フミダイ・リサイクル ~ヘンダーソン氏の福音を 二次創作~   作:舞 麻浦

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◆前話
伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)ハッシャーシュ氏族のかつての本拠地に居座る動死体軍団は、その本拠地が滅ぶ前に分派した “真珠の巫女” ルゥルアの下へ婿入りした帝国の魔導師マックスが従える護衛近侍たる魔導生物 “巨蟹鬼(クレープス・オーガ)” により蹴散らされた。
動死体の首魁であった伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル) “黒曜の刺客” マリヤムも打倒され、弔いのトドメにルゥルアとマックスは、神の加護を宿らせた矢を放つ!

だがその瞬間、ルゥルアの脳裏に、蠍の神から有り得た未来(ヘンダーソンスケール)を見せる『天啓(むしのしらせ)』が降りてきて────?
 


24/n はじめての共同作業-5(姉妹仲良く末永く)

 

 存在しないはずの記憶が溢れた────。

 

「(我が神からの『天啓』ッ!? なぜ今ッ、しかも、動死体のままのマリヤム姉さんと暮らしている未来など見せたのです! 我が神、蠍の心臓(カルバラクラブ)の赤き星よ!!)」*1

 

 数十年分の分岐未来の情報を精神に直接注入されて。

 伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の真珠の巫女 ルゥルア・ハッシャーシュが伏せて構えた先祖伝来の魔法の大弓に番えた、神の加護を纏わせた破邪の矢。

 それを引いていた蠍尾の弓掛けの矢離れが一瞬遅くなった。

 

 もちろん膨大な分岐未来の情報を伝えた『天啓』は、神の遣わせた奇跡によって与えられたものであったため、それを受け取った過負荷によってルゥルアの尾の動きが乱れたというわけではない。

 天啓によって与えられた膨大な情報は自然とルゥルアの精神に収まった。世界の管理者たる神が起こした現象であるがゆえに。

 だが、ルゥルアがその内容を咀嚼したことによる微かな動揺までは隠せなかった。動揺が尾に伝わったのだ──── なんたる未熟か! ルゥルアは己の不甲斐なさに憤激した。姉ならばこのような無様は晒さなかった!

 

「(あのような未来を! 死んだままの、死に損なったままの姉と! この私が! 夫君(マックスさん)を共有して──── 大帝国の妃として幸せに暮らす……姉の死体の横で!

 なんという欺瞞ッ! 怯懦ッ! 惰弱ッ! そんな未来など、許容できるものですかッ!!)」

 

 死者は生者の領分を侵すべからず。

 不死人(アンデッド)、殺すべし。

 ましてや、死者に魅入られるなど悍ましきにもほどがある。

 

 

 あの分岐未来における私は、教義(おしえ)を何だと思っていたのか……!

 

 

 気がかりなのは、あの光景は蠍の神の天啓により見せられたものだということ。

 いったいどういう意図なのか。

 

 蠍の神は答えない。

 その未来に導こうとしたのか、あるいは、そのような未来を回避させたいのか。

 天啓の解釈は、ルゥルアに委ねられている。

 地上を生きる者の自由意志に。

 

 

 

 信仰者としての信条とは別に、ルゥルアの中に芽生え始めた恋する乙女の部分も悲鳴を上げていた。

 

 あの分岐未来では、私が死んだ後も、寿命のないあの二人(落日派魔導師と高性能動死体)はずっと寄り添っていくってことでしょう!?!?

 ズルい!! 姉さんズルい!! あんまりだ!! 貴女はいつもそうだ、私に無いものを持っている…………。

 

 ルゥルアの中での姉への感情というのは複雑だ。

 尊敬、信頼、憧憬、羨望、怨恨、失望、哀惜、憎悪、赫怒、家族愛。

 そのどれもが正解で、そのどれもが不正解。

 屈折し、背反し、絡まっているのだ。

 

 ルゥルアは憤りに染まる精神がみせる極度の集中のなかで、時の流れが遅くなったかのように感じた。

 主観的には()()()()()── 実際には雷のごとく── 矢が飛んでいくのを見る。

 圧縮された時間感覚の中で、神威に輝く矢が奔る。

 

 

 

 

 矢の飛ぶ先にあるのは、巨蟹鬼(クレープス・オーガ)に首を掴まれて吊るされた人型の上半身のみのシルエット。

 ハサミ腕もヒト腕もヒト脚も、主たる六肢全てを失い、さらに下腹から下も失った伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の女戦士。

 ルゥルアの姉にして、帝国に敗れて動死体とされた悲劇の部族最優戦士である “黒曜の刺客” マリヤム・ハッシャーシュだ。

 

 伝来の魔剣である『斬り拓くもの(チャプラハンディ)』を尾ごと失い、不運を覆す『運否均衡の指輪』も切り離された彼女だが、吊るされたマリヤムにはまだ匍匐用の四肢がある。

 伏蠍人/蠍背人(ギルタブルル)の脚の数は10本。

 六つを失ったとて、まだ残りは四つあるのだ。

 

 伝来の魔剣も。

 家宝の指輪も。

 何も無くとも。

 

 アンデッドとなったマリヤムの身体は()()()()

 まだ動くから()()()()()

 マリヤムの精神はともかく、マリヤムの身体は──── 鍛え上げられた最高の戦士の肉体は己の状態をそのように認識していた。

 だから抗う。

 

 

 矢を放ったルゥルアが見る中で、吊るされた動死体であるマリヤムの胴から生えた匍匐走行用の歩脚が展開される。

 本来であれば矢の速さに間に合わなかったであろう歩脚の爪による迎撃が、矢離れが遅れたために生じた一瞬の差で間に合うだろう。

 

 ああ── ほら、間に合った。

 

 マリヤムの四本の歩脚のうち一本が矢を弾き、その矢の軌道を変える。

 

 そして矢を弾いた一本の歩脚は、その代償として、矢が纏っていた神威により崩壊し始める。

 神の定める理に背いたモノが、神の恩寵に触れて存在していられる道理は無し。

 

 ゆえに。

 

 間髪入れずにマリヤムの残りの歩脚が閃いた。

 そして崩壊を伝える一本の歩脚を根元から切断。体幹から離すように弾き飛ばす。

 胴体へと崩壊が伝わる前に処理を完了。

 

『一手、(しの)いだ』

 

 吊るされたマリヤムの瞳に意思の光が宿り、そう呟いたようにルゥルアには映った。

 

 たかが一手。

 されど一手。

 

 部族最強の戦士であり最上級の暗殺者であるマリヤム・ハッシャーシュにとって、一手あれば状況を覆すに容易い。

 

 たとえ己の首根っこを、巨鬼の上半身を持つ蟹の化け物に引っ掴まれていたとしても。

 

 

「おお?」

 

 

 巨蟹鬼セバスティアンヌの感心したような呆けたような声が聞こえた。

 そして次の瞬間、黒曜の刺客マリヤムは、()()()とセバスティアンヌの掌中から落ちた。

 

 斬られたセバスティアンヌの親指とともに。

 

 

『離脱完了、だ』

 

 

 3本だけ残った歩脚で素早く地面を這うマリヤムを追撃せずに見送った巨蟹鬼セバスティアンヌが周囲を見れば、少し離れた場所に、マリヤムの切り離された尻尾が魔剣『斬り拓くもの(チャプラハンディ)』を尾先に付けたまま、跳ね上げられるように地面から空中へと伸びていた。

 その近くには、消滅していく伏蠍人の黒曜の歩脚があった。

 

 「なるほど」とセバスティアンヌが呟いた。

 黒曜の刺客マリヤムは、切り離した歩脚を尾の方へ飛ばして、その着弾の衝撃により動かし、それによって起こった動作を斬撃としてトリガーにして魔剣『斬り拓くもの(チャプラハンディ)』の権能を発揮させたのだ。

 

 選んだ現象は、斬撃転移。

 

 空間を超えて斬撃を飛ばして、マリヤムを掴むセバスティアンヌの親指を斬り、拘束を解除せしめたのだ。

 対向する親指がなければ、ものを掴んでいることはできない。

 親指を狙ったのは巨鬼(オーガ)の太い腕を切り落とすよりは、親指(そちら)を狙う方がまだ成算があったからだろう。

 

「まさか脚を斬られるだけでなく、同じ日に指まで落とされるとはな。しかも苦し紛れのまぐれ当たりなどに…………いや、指輪の権能頼りかと思っていたが、貴公はひょっとして自前でも運否(うんぷ)を幾らか操れるのでは?」

『…………』

 

 セバスティアンヌが見遣る先では、いつの間にか切り離された六肢と尻尾を含む下腹部を回収して、動死体として仕込まれた修復術式の作用で繋ぎ合わせたマリヤムが、蠍背人として立ち上がっていた。

 

 神銀の骨格を持ち合金交じりの腱と皮膚を持つ巨蟹鬼(クレープス・オーガ)の親指を、苦し紛れに尻尾を無理やり動かさせただけのやり方の斬撃を転移させたくらいで斬り落とせたのは、マリヤム自身が『運否均衡の指輪』無しでも、ある程度は運命を歪める技能(スキル)を身に着けていたからであった。

 運命変転。窮地にあって、起死回生の一手を呼び込める──── それはまさしく英雄の素質であった。

 

 それゆえにマリヤムは、死して動死体に改造される最中に気力で自我を取り戻したし、こうして今また巨蟹鬼の手の内から逃れられたのだ。

 ヒト腕、ハサミ腕、尻尾それぞれの先に短剣を持った五刀流で構えを取るマリヤム。周囲を砂煙が流れる。

 

 

「それに貴公、意識を取り戻したな?

 動きに魂が入っている……今からが本領発揮というわけだな?  ──── これならまだまだ楽しめそうだ」

 

 ニィと口の端を上げるセバスティアンヌは、己の魔晶に刻まれた重力操作の魔法によって、斬り落とされた親指と歩脚を吸い寄せ、浮かび上がらせ、己の胴体側の断面に接合。

 魔晶から溢れて有り余る身体活性の魔法で即座に傷口を再生させた。

 

 

『…………。帝国の魔法使いの走狗(イヌ)め、殺してやる。

 そっちのキメラ使いの魔法使い、金髪のガキ、お前もだ』

 

 殺意を持ってマリヤムが巨蟹鬼セバスティアンヌと、その後ろに庇われた魔法使い──── 落日派魔導師マックス・フォン・ミュンヒハウゼンを睨む。

 傍らにマリヤム最愛の真珠の巫女ルゥルア・ハッシャーシュを伏せさせた、深淵の蒼い瞳を持つ彼を。

 

『私を動死体にした奴らと同じ匂いがするぞ……。生かしては置かん。

 そして妹は返してもらう!』

 

 

 おそらくはマリヤムの中では、かわいいかわいい真珠の妹ルゥルアは()()()()()()()()()()()()()()()、神威を纏わせた矢を射させられたことにでもなっているのだろう。

 金髪碧眼に白い肌という大陸西方の人類種の特徴を持つマックスへと敵意の視線を向けるのは、自らに施された動死体化術式と同じ()()のする魔導の気配を感じ取ったがゆえだ。

 マリヤムはマックスらを帝国の魔導師だと断じた。つまりは怨敵である。

 

 彼女の精神は帝国との戦争中のまま認識が止まっており、ましてや己の身体を冒涜した一派(落日派)に連なるだろう者が相手であれば、戦闘を止める理由など何処にもない。

 

 ハッシャーシュの一族で最強の戦士が解き放たれる。

 先程までの、曖昧で朦朧とした意識の中で半自動的に動いていた状態とはまるで違う。

 精密で、剛胆で、それでいて幻惑するような……魂が籠った彼女本来の動きで、黒曜の刺客マリヤムが巨蟹鬼へと躍りかかった!

 

『死ねぃ!! 帝国のキメラ兵め!!』

「フハハ! 異国語では何言ってるかわからんな! だが我らには “(コレ)” がある! 存分に語ろうぞ!」

 

 武人同士の共通言語。

 それすなわち暴力である。

 

 動死体(マリヤム)の身体が(ましら)の如く跳ね、巨蟹鬼がそれを巧みな身体運用により迎撃する。

 お互い無傷では済まないが、それぞれ再生能力も高いため手足が吹き飛ぼうとも戦闘不能には陥らない。

 苛烈な戦いが繰り広げられる。

 

 

 

『帝国め、この地から出ていくがいい!』

「うむ! 楽しくなってきたな!」

 

 マリヤムがセバスティアンヌの死角から飛びかかるが、マリヤムの放つ斬撃はいなされて、その勢いを逆用されて吹き飛ばされてしまう。

 

 吹き飛ばされたマリヤムが体勢を立て直したとき、愛する妹の溜め息が聞こえた。

 

『……ハァ。帝国には負けてしまったんですよ、既に。姉さんも本当は分かっているんでしょう?』

 

 気炎を吐くマリヤムに対して、溜息とともに冷ややかな声が掛かる。

 マリヤムの妹にして真珠の巫女、ルゥルアの声だ。

 動死体と話す舌など持たぬとばかりに冷淡な声だが、これまで数年、姉の残骸が率いる動死体の軍勢に集落や流通を脅かされていたのだから恨み骨髄に徹していても不思議はない。肉親の情がないわけではなかろうが、それはそれだ。

 

『……なんだと』

『姉さんが勝てない相手に、他の誰が勝てるというのです。

 かつてここに大帝国があったころならいざ知らず、今のように部族ごとにまとまりを欠いていては各個撃破されるだけ。いくら地の利があっても勝てるものですか』

 

 ルゥルアは語る。

 彼女が敬愛する姉の死を『天啓』によって知ってからのことを。

 

『姉さんが勝てないことを私は神様から知らされました。

 だから私に付き従う者だけを連れて、いち早く帝国に降りました。

 だってそうでしょう、姉さんが……我らの英雄たる “黒曜の刺客” マリヤム姉さんさえも死んだというのに、勝つことなどできませんよ』

 

 そもそも勝ってもどうにもならない。

 侵略を退けられたとて、残るのは傷ついた諸部族だけで、帝国から得られるものはない。

 そして戦後は各部族の精鋭や英雄が死に果てているから既存のパワーバランスも崩れてしまっている。

 

 そうなれば帝国を退けた後に来るのは、諸部族同士の戦争と、勢力圏の再構築だ。

 

 いやそもそも、帝国を退けることすら、彼我の国力差を鑑みれば、非現実的というもの。

 事実、帝国は東方への交易路を再打貫した。

 

『ならば最初から帝国に与して、勝ち馬の尻に乗るのが賢明というものでしょう。

 幸いにしてハッシャーシュの一族が持つ諸部族の情報は、帝国の欲するところでもありました。手土産は十分……』

『帝国に降ったというのか! ルゥルア!』

 

『それの何が悪いというのです!!』

 

 そもそもマリヤムを含む主要な戦士たちが戦場から帰ってこなかった時点でハッシャーシュの一族の命運は尽きていた。

 

『健闘して帝国を追い払ったとて、疲弊したところを今度は周辺部族に呑み込まれるだけ!

 ならば帝国に与して地歩を確保するしかない。

 ……それに年若い子供たちを、老人たちの感傷に巻き込ませ、矜持とともに心中させるわけにはいかなかった。

 帝国は交易を求めているのだから協力してやればいいし、そこから私たちも利益を吸い上げればいいんだ』

 

 そしてルゥルアのその企ては、数年の時間が空いたが、実りつつある。

 帝国から凄腕の魔導師(マックス・フォン・ミュンヒハウゼン)が婿入りしてきたことによって。

 彼女は賭けに勝ったのだ。

 

『……それが族長としての判断というわけか、ルゥルア』

 

 マリヤムが切先を下げる。

 

 この地においては、族長とは神の声を聴く者でなければならない。

 長子相続による秩序ではなく、神殿・神権を中心とした政治・経済の体制が編まれているのだ。

 戦士は巫覡である族長に従うことになっているのだ。

 

 だからルゥルアは長子ではないが最初から一族を率いることが決まっていたし、そのための教育を受けていた。

 マリヤムもまた、将来は戦士長として、巫女にして族長となるルゥルアを支えることが決まっていた。

 

 ……帝国が言うところの “東方征伐戦争” によって全てがご破算になったが。

 

 

『ええ、そうです。帝国に(くみ)し、一族の繁栄を掴み取る。それが私の、族長としての判断です』

『──── やつらが信用に値するものか!! この身を見ろ! 動死体を戦場に投入するような奴らだぞ!』

『だからこうやって、私の婚約者が、帝国貴族でもある彼が、動死体の始末にも協力しに来てくれたのですよ』

 

 動死体の掃討に巨蟹鬼(クレープス・オーガ)セバスティアンヌが主力として参加することは、政治的には帝国が自らの不始末の尻拭いをした、という風にも見られる。

 

 黒曜の刺客マリヤムは、油断なくいつでも飛び出せるように身を沈めつつ、帝国から来たという金髪碧眼の少年魔導師を見た。

 どういう意図か、巨蟹鬼セバスティアンヌは様子見をしている。*2

 

『そこのガキが……?』

 

『失礼な物言いは止してください。

 彼は……マックスさんは、一夜にして河を造り平原を緑で満たせるほどの、御伽噺のような魔法使いです。この塩の沙漠を楽園に変えて私たちの一族を救ってくれる人ですよ。

 ──── わきまえて、姉さん』

 

 伏せた体勢から立ち上がり、心なしかドヤ顔で婚約者を自慢するルゥルア。

 それを見てマリヤムが若干肩を落として、溜息をつくような動きをした。

 世間知らずな箱入り娘を案ずるような動作だった。

 

『いや、それ、ルゥルアお前騙されてるだろう?? あり得ないよ』

『むぅうううー-!! 本当だもん! 確かにこの目で見たもん!』

『はいはい……』

 

 思わず素で返したマリヤムに、ルゥルアがついに癇癪を起こした。

 その妹の様子に、かつて過ごした在りし日の思い出が脳裏をよぎり、マリヤムは頬を緩める。

 そして地団太を踏むルゥルアから視線を切ると、マリヤムは件の魔法使いへと目を向けた。

 

 ──── 純真なルゥルアを騙して付け入るなど、許し難し。

 ──── そもそも可愛い妹を帝国野郎なんぞにくれてやる謂れもなし。

 

 その金髪碧眼の少年は、魔法使いと言うには立ち姿に隙がない。

 恐らくは何かしらの体術に長けているのだろう。

 ……街の酒場の用心棒の中でもかなり使()()()やつらと同じ程度だろうか。我流の喧嘩殺法で、達人とまでは行かない程度……というところだろう。年齢を鑑みれば十分な腕前だ。

 

 本当に魔法使いであれば、ここまで肉体を鍛えるとも思えないし、そもそも肉体を鍛えるような時間があるとも思えない。

 やはり妹ルゥルアは騙されているのではないか。こいつは喧嘩慣れしたチンピラ詐欺師に過ぎないのではないか……。

 マリヤムの中で疑惑が大きくなった。

 

 ──── だが一方で、あれほどの力量のキメラ兵を従えているのだ。魔法使いという線も無くはないのか。

 ──── それに確か、ルゥルアと一緒に空から降りてきていたし……。何らかの手段で魔法を使うのは間違いないということか。

 

 考えれば考えるほど、どうにも胡散臭(うさんくさ)く、掴みどころのない少年であった。

 マックスを睨むマリヤムの視線に険が増す。

 

『姉さん、マックスさんを睨むのは止めて』

『だってこんな怪しい帝国のガキが、お前の夫に相応しいとは思えないぞ』

 

 お姉さんは許しませんよ、という雰囲気を出したマリヤムだが、ルゥルアそれを鼻で笑って却下した。

 

『というか、姉さんは死んでいるんだから、現世のことに口出ししないでよ』

『ああ……そうだった、私はもう死んでいたのだった……』

 

 がーん、という感じでマリヤムが消沈した。

 やはり先ほどのルゥルアが放った加護の籠った一矢で浄滅されてしまうべきだったのかもしれない、などと思い始めている。

 実際のところ、本来自分は、既に蠍の神の御許に召されていて然るべきであるのだ。

 ましてやそれが妹の手にかかってであれば、葬送としてこれ以上なかったはずだ。

 

 だがあの時、咄嗟に身体は動いて矢を弾いてしまったし、改めて考えればこのように動死体として穢れを重ねてしまっては、このまま果たして神の御許に迎え入れてもらえるだろうか、という懸念もある。せめて死後の世界では、数十年後に天界の楽園にやってくるだろう妹と同じところで過ごしたい。

 それにマリヤムとしては、可愛い可愛い妹の行く末も心配だ。

 死んだ後で妹に一目会えれば満足できるかと思う一心でここまで来たが、妹のルゥルアと会話してみればなかなか容易ならざる状況に置かれているようだし。

 

 ──── それも元を辿れば、己が不甲斐なくも敗れてしまったがゆえであるというし。

 

 マリヤムとしても責任を感じている。

 

 己が敗れてしまったこと。

 動死体として、故郷を襲ってしまったこと。

 

 そのせいで妹のルゥルアに要らぬ苦労を掛けた。

 不可抗力ではあるが、己のやらかしには違いない。

 

 というか、現在進行形で “動死体となった(マリヤム)の始末をどうつけるか” ということで、(ルゥルア)に負荷をかけ続けているのも察している。

 先ほど幼児退行じみた物言いをしてきたのも、張り詰めた精神が限界を迎えてしまったのだろう。

 自分の意識が戻らなければ、妹もただ単に動死体を浄滅しただけだとして割り切ることも出来たのだろうが、既にこうやって言葉を交わしてしまった以上は、どうあっても気に病むだろう。それくらいは察せられた。

 

 

 

 

 

 

 一方で、珍しく一歩引いて大人しく推移を見守っているように見える帝国魔導副伯マックス・フォン・ミュンヒハウゼンであるが、その脳内では <思念通話> や神託が()()っていた。

 

 まず近侍護衛たる巨蟹鬼セバスティアンヌと思念で通話してみれば、

『この相手は思った以上に凄腕の英雄級の戦士であった。ゆえに叶うならば、好敵手として遇したいので、まともに意識を保たせたまま長らえさせられないか』

 という旨の求めがあった。

 巨鬼にとって、好敵手を得られる機会というのは非常に貴重なものだということは、無論マックスとて理解している。

 だが、流石に婚約者の姉を勝手にどうにかするのも(はばか)られた。セバスティアンヌを巨蟹鬼にしたときのように緊急避難の言い訳を適用できそうな状況でもないし。

 まあ婚約者にして宗派の責任者であるルゥルアと、本人であるマリヤム、両者の同意は欲しいところだ。最悪、どっちか片方の同意だけでも良いが。

 

 

 一方で、実はこの時点で、落日派魔導師としてのマックスは、黒曜の刺客マリヤムの動死体としての指揮権などについて、既に魔導的に掌握していた。

 もとからマリヤムには動死体を管制するための術式が仕込まれていたし、マリヤムが脱走するときに魔剣により破壊されていたそれを、この場で気付かれぬようにこっそりと修復し、パスを繋げたのだ。

 魔剣『斬り拓くもの(チャプラハンディ)』は、担い手の認識の範囲外の事物は斬ることが出来ない。まだマリヤムには管制術式を再掌握したことに気付かれていない現状、魔剣によって再度切断されるおそれは低い。

 その動死体管制術式を通じて、マリヤムの思念のおおよそのところも窃視できている。どうも妹であるルゥルアと話したせいで、未練が大きくなったようだ。これは説得できるかもしれない。

 

 

 そして魔導師であり神官でもあるマックスとして最も重要なのが、神託である。

 彼が信仰する“終焉と再始の神(もったいないおばけ)” は特に現世に興味を持っておらず、普段は神託を下すような神ではないが、必ずしもそれ以外の神から神託(メッセージ)が来ないとも限らない。

 

 

 実際に今この瞬間、マックスには神託が降りていた。

 

 それは蠍の神からの、

『そこの娘は英雄級の戦士だからどうにか我が神域に迎え入れてあげたいが、現状だと穢れが溜まり過ぎているから難しい。どうにか穢れを落とせないか?』

 という終焉と再始の神(もったいないおばけ)への依頼が漏れ聞こえて来たものであり。*3

 

 終焉と再始の神(もったいないおばけ)からの

『いいよ』

 という蠍の神への簡素な返答と。

 

 それを前提としての終焉と再始の神(もったいないおばけ)からマックスへの

ソウルロンダリング(魂の洗濯)よろ。もったいないしね』

 というお墨付きであったりだ。

 

 神からのお願いであれば、マックスが動くのに不足は無い。なぜなら彼は狂信的な信仰者であるからだ。

 

 

 とはいえ出会って数日の婚約者であるルゥルアの機嫌を損ねたくもない。

 ハッシャーシュの部族神の教義的には動死体もNGで、信徒の不自然な蘇りも歓迎されないみたいだし、提案しても反対されるだろう。

 ルゥルアも本心では姉のマリヤムが生きていてくれる方が嬉しいのだろうとは思うのだが……。

 

 

 とりあえず、マックスは仲良く口喧嘩する姉妹のやり取りに、嘴を突っ込むことにした。

 

『さて、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の時間といきましょう。

 我が魔導と我が神の奇跡を以ってすれば、そちらの戦士を蘇生………より正確に言うなら “再誕” させることは容易いことです』

 覚えたこの地の言葉で、事態をご都合的に収拾すべく声をかけた。

 

『なっ……!? ダメですよ、蘇りなど、摂理に反します! 死者は死者のままでなければ! 我が神もお許しにはならないでしょう……!』

 当然、巫女であるルゥルアとしては看過できないため反対する。せざるを得ない。

 

『……まず第一に貴様を信用出来ない。帝国の魔導師がそもそも私をこのような身体にしたのだろうが!』

 また戦士マリヤムの不信も根深い。これもまた当然のこと。

 

『ならば仮定の話をしましょう。考えてみるだけの、例え話ですよ。そう思ってほんの少しだけ聞いてくださいな』

 魔導師にして神官のマックスが、ゆっくりと、心に染み入るような巧みな声で語る。

 この地の言葉は韻律を重視するものであり、美しい調べの語りは、それだけで説得力を持つものなのだ。*4

 

『凡人と英雄の運命は等価でしょうか?

 堕ちた英雄の魂はそれでもなお万人の凡人に優る価値があります。

 穢れを(そそ)ぐには功徳を積むしかありません。

 そのために一時(いっとき)信仰を離れたとて、神はお許しになるでしょう。

 穢れを清め、さらに運命を高めて、最期には元の神の御許に侍るならば、全ての帳尻が合うからです』

 巫女ルゥルアに対しては、戦士マリヤムの英雄としての価値を説く。

 ルゥルアならばこの言葉から、蠍の神もマリヤムの再誕を望んでいるのだと、そのためには教義に抵触しないように一時的に他教に改宗することすら織り込み済みだと、そう察するだろうと信じて。

 

『家族と過ごすことの何が悪でしょうか?

 お互いに思い合っているのであれば、死が分かとうとも繋がりは強固です。

 それほど強い思いやりを審判により分かつことは、神ですら望んではいないのです。

 穢れに塗れたことを悔いるなら、生まれ変わって功徳を積むのです。

 それは罪業を拭う第一歩なのですから。

 我が神は、貴女を許します』

 戦士マリヤムに対しては、マックスは神の奇跡をその身に降ろして光背を負って語る。

 このまま英雄を朽ちさせるのは惜しいと思う気持ちが、説得のための奇跡の行使を可能としたのだ。

 異教の神威とはいえ、神威は神威。

 それを後光として纏えるほどの神官の口から出た美しい音律の発言とあらば、戦士マリヤムとて、感じ入るものがあって当然。

 

 

 マックスは目的の達成を確信して言葉を紡ぐ。

 

 

『戦士マリヤムが穢れを祓うまでのその一時(いっとき)、“終焉と再始の神” の名の下に身を預かります。

 ──── 戦士マリヤムよ、我が神の名の下に再誕し、罪を雪ぐのです。

 その魂の輝きは、ここで朽ちるにはあまりに惜しい。

 ──── 巫女ルゥルアよ、いま一時(いっとき)、姉にして英雄たる彼女の帰還を待ちなさい。

 貴女の黒き太陽が再び昇るそのときを信じて』

 

 マックスは巫女ルゥルアと戦士マリヤムの顔から説得の手応えを感じると、彼女たちが心変わりする前にと、この場で全てを済ませてしまうことにしたようだ。

 

 術式と奇跡が、戦士マリヤムの身体に降り注ぐ。

 

 

 遺骸復元鮮度回復術式(そのみはくちるさだめにあらず)

 

 魂魄情報遡行取得浄化術式(そのたましいはしびとにあらず)

 

 動死体化術式除去術式(そののろいはくさりにあらず)

 

 

 術式によって、死の直後のような鮮度まで、マリヤムの肉体と魂魄を回復させる。

 魔導によってのみでは、完全な蘇生は叶わないので、その一歩手前までだ。

 そして魂が離れる前に、蘇生処置をする。

 

 

 心肺蘇生術式(いぶきよ こどうよ ふたたびやどれ)

 

 

 人工呼吸のように術式で息を吹き込み、心臓を電気刺激で拍動させる。

 これにより、限りなく生へと近づいていく。

 あとは最後のひと押しだ。

 

 

 洗礼の奇跡(あらたなどうほうよ)

 

 再誕の奇跡(うまれかわるがいい)

 

 

 仕上げに洗礼と再誕を祝福し、神の奇跡で以て生死の境を此岸の側に乗り越え、事象は確定された。

 

「天地万物御照覧あれ、この英雄の再誕を」

 

 光降り注ぐ中、まるでまさしく宗教画のように、その再誕の奇跡は執り行われたのだった。

 

*1
カルバラクラブ(Carbalacrab):蠍の心臓、という意味の言葉。蠍座の赤く輝く星。火星と対をなす赤星(アンチ・アレス)。ライン三重帝国の世界の星座が西暦世界と同じとは限らないが(※銀河すら違う可能性があるので)、たまたま蠍座に似たような星座はあったという想定。ハッシャーシュの部族神である蠍の神を象徴する星であるようだ。

*2
◆様子見する巨蟹鬼セバスティアンヌ「(知らない言葉で話しているが、生かしておける選択肢があるならその方がいいか……? 今後何度でも戦えるようになるかも知れんし)」

*3
◆蠍の神はルゥルアちゃんにもっと具体的な神託した方がいいのでは?:蠍の神『いやほら、これまでの教義と矛盾するような神託投げるのは気が引けてさー。……信徒の前ではかっこつけたいって理由もあるけどね。その点、第三者的な神を通じてなら融通利くじゃん』

*4
◆中東地域の言葉の調べ:例えばコーランは『詠唱されるもの』という意味の通り、古典アラビア語で発声されるその音律も含めて初めて完璧なものになるというし、伝播の過程でその読経の美しさが即ち説得力になったのだという。ペルシア語においても古来から詩の文化が発達しており、音の調べが重要な役割を果たすのは同様らしい。おそらくはこの文化圏では社会戦判定の際に吟遊詩人(バード)職業Lvがデフォルトで足される感じなのでしょう。ラップバトル……よりはもっとずっと上品な感じ。




 
ルゥルアちゃん「……姉さんが生き返ったのは実際嬉しくはあるのですが、流れで異教徒(よそのこ)になった……? の、脳がおかしくなりそうです……はっ、もしやこれがNTR────!!?」
マックスくん「いや別にお互い多神教文化圏なんだし、蠍の神への信仰は捨てる必要ないし、徳を積んでいって穢れを雪げれば元鞘に戻ってもらう予定だからそんな気にしなくても……」
ルゥルアちゃん「確かにいつかはマックスさんの方の信仰に帰依する一族の者も出るだろうと思ってましたが、その第一号がまさか姉さんになるだなんて……!」
マックスくん「聞いてる??」


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メリー・ユール!(遅い)
※一話でキリの良いところまで、と思ったら、いつもの倍くらい長くなってしまいました。

 
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