大潮との出会い
父さんが死んだ。
友人の家みたいに、父親と毎日会っていれば、一週間も会わなかったら実感がわくのかもしれない。
しかし、父の大地とは、一週間どころか、一か月以上も会わない事が珍しくなかった。
父は、
あるいは、遺体を見て返事をしない父を見れば違うのかもしれない。それも見ないで言葉だけで死んだと聞かされてもピンと来ない。
いや、本当は、ただ認めたくないのだろう。
父の大地とは、客観的に見ても仲の良い親子だった。
会える時間が少ない分、父は一緒にいる間は、家族サービスを大事にした。特に長男の鷲一は、飛行機やパイロットに興味を示したために、特に可愛がられた自覚がある。
しかし、今は少しずつ、父が死んだということが、認めざるを得なかった。
たくさんの真っ白な花の上に並んだ写真の中に、父の顔があった。
今回の戦闘で戦死した自衛官の写真。今は戦死した隊員の葬儀の最中だった。
すすり泣く声が聞こえる。悲しみに満ちた空間。嫌でも父の死を突きつけられる。
ここから離れたい。そう思ったが、それが許されない事だと判断できる分別はあった。
妹と弟は、我慢できないと判断されたのだろう、母の友人の家に預かってもらっている。
長男で小学5年生になる鷲一だけが、母と一緒に葬儀に参加していた。
その式も、ようやく終了するようだ。係りの人に促されるまま遺族の列にが並び、端から葬儀の参加者が頭を下げながら進み出口へと向かう。
顔見知りの人は短く言葉をかけながら進んでいるようだ。
母は知り合いが多いようで、多くの言葉をかけられている。全員が父の死を悼んでいる。
だが、鷲一にとって、その言葉は父の死を認めろと言っているように聞こえた。
逃げるように、視線だけ動かして、数少ない知り合いを探した。
その人物は直ぐに見つかった。本人より、隣にいる少女が目立つので見つけるのは簡単だ。
不自然だと思っていた、青みがかった灰色の髪の毛は、遠くからでも直ぐに分かる。
少女の名前は『叢雲』。人ではない艦娘と称される存在。
そして、彼女を連れている男性は鍋島という名前で、以前は父と同じくF-15のパイロットで、今は提督と呼ばれている。
その鍋島と目が合う。その瞬間、彼の話を思い出した。
撃墜され脱出した後、海を漂流中に艦娘が現れた。そして、彼女に請われ提督になったそうだ。
もしかすると、父も何処かで漂流していて、今頃は艦娘に助けられていないか。
そんな希望とも言えない妄想をしていたら、鍋島と叢雲が出口の方に視線を向け、驚いた反応をする。
鷲一も出口を見ると、流れとは反対に進む、同じくらいの歳の少女が近付いてくる。
青い髪の毛の上に不格好な帽子を乗せているが、可愛らしい顔立ちだ。
目が合うと、嬉しそうな表情で小走りに寄ってきて正面に立つ。
ふと、青い髪の毛に違和感を持っていない事に気付いた。
叢雲の髪を見た時は変な色だと思ったのに、彼女に対しては変だと思わない。
いや、今日は叢雲の髪の色も変だとは思わなかった。
そんな、どうでも良い事を考えていると、目の前に立つ少女が口を開く。
「初めまして司令官。大潮って言います」
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元航空自衛隊員にして、現佐世保鎮守府の司令長官である鍋島は慌てて、鷲一と彼の母親を連れて離脱し、会場にいた顔見知りの航空自衛隊員に命じて、すぐ近くの新田原基地に連れ出した。
今は基地司令に任せて一息ついたが、沸々と怒りが湧いてくる。
「なに考えてるんだ大潮は!」
叢雲と二人きりになり、鍋島はテーブルを叩きながら怒鳴った。
最悪の状況だ。葬儀には地方局のテレビカメラが回っていたし、複数のマスコミもいた。
それだけではない。マスコミの写真のフラッシュに釣られるように、手持ちのスマホで写真を撮っている者もいた。確実に鷲一の顔は、新しい提督として知れ渡るだろう。
「落ち着きなさい」
「これが落ち着けるか! 宇喜多さんの子供が提督になるんだぞ! まだ小学生なのに!」
叢雲にたしなめられるが、とても冷静になれる状況では無かった。
罰なのか。ふと、そんな事を考えた。
首都圏に突きつけられた剣と言える、伊豆大島を奪還した事で、国内は祝賀ムードだった。
それに合わせて、英雄である鍋島も笑顔を見せ続けた。
だが、本当は泣きたかった。
伊豆大島を奪還するために、多くの戦友が散った。その中に、恩師である宇喜多大地の名前があった。
それに艦娘にも少なからず轟沈した者がいた。その中には鍋島の佐世保鎮守府に所属する大潮もいた。
会場では泣いても良い。英雄の仮面を外して本音を見せても良いのだと、何処か安堵していた。
最初に会場で大潮を見た時は、大潮が無事だったのかと喜んだが、直ぐに自分の大潮では無いと気付いた。
そして、その喜びは絶望へと変わった。
提督になる。それは世間が言う英雄だ。
特に日本の提督は、イギリスの提督と甲乙つけがたいと言われるほど貴重な存在だ。
一人の提督の下に、その国の第二次世界大戦時の艦が艦娘として現れる以上、当時の戦力に比例する。
一位であるアメリカの提督には遠く及ばないが、日本の提督はイギリスと二位争いをする戦力だ。
「まだ、小学生だぞ。あんなに拉致しやすい対象がいるか?」
深海棲艦に対抗できるのは艦娘が最も有効だ。
通常兵器での撃破は困難で、世界中で発生している深海棲艦の手で、既に多くの国家が滅亡している。
さらに滅亡の危機に瀕し、日本以上に危機的な状況の国は多くある。
そんな国から、艦娘を支配する提督を貸すように要請されることは少なくなく、さらに強制的な手段に出る国もあった。
鍋島も身の危険を感じたことは一度や二度ではない。鷲一は確実に危険にさらされるだろう。
「アンタが愚痴ってても事態は好転しないでしょうが。
そもそも、何をするべきか、少しは考えなさい。佐世保鎮守府の司令長官として」
何処までも悲観的になっていく様に、改めて叢雲が呆れた口調で文句を言いながら、そっと抱きしめた。
抱擁の温もりと、最後に足した言葉が、鍋島の心を落ち着かせる。
戦死した恩師の子供という事で冷静さを失っていたが、提督としてなすべきことがある。
そして、自分がいくら悩んでも妙案は出ないし、仮に出ても自分の立場では何もかも実現させるのは不可能だ。
「北条提督に連絡をとる」
全提督を統括する横須賀鎮守府の司令長官。
新しい提督が誕生したのだ。何よりも真っ先に、彼に連絡をするべきだった。
「今は鎮守府を通すより、携帯にかけたほうが良いわよ」
確かに、正式なルートである鎮守府に連絡しても、他の業務の電話と重なれば待たされてしまう。今は急いで連絡を付けたい。何よりも緊急事態だと知らせることが出来る。
提督間や、政府の者だけが知っている北条の携帯番号に、自身の携帯を使って電話をかける。
コールが3度鳴った後、女性の声で返事があった。
『お久しぶりです。鍋島提督、大淀です。
北条提督は電話中ですので、少しお待ちいただけますか』
表示で自分からの電話だと知ったのだろう。
秘書の大淀が代わって出てくれた。
「ああ、それで北条さんの電話は長くなりそうか?」
『相手は大臣ですから、普通なら長くなるでしょうが、早めに切り上げるつもりです。
あ、終わりました。代わりますね』
大臣とだけ言えば、それは防衛省の大臣の事だ。
タイミングが悪かったと後悔したが、代わった北条の声が聞こえた。
『待たせたな。それで何があった?』
「はい。6人目の提督が誕生しました。ですが…」
『待て……側には誰がいる?』
新しい提督の誕生に驚いたのか、暫しの沈黙の後、周囲の確認をしてくる。
これから話す事は、更に驚くだろうが、まずは質問に答える。
「はい。叢雲がいるだけですが」
『叢雲と代われ』
「え?」
『いいから代われ』
強い語気に戸惑いながらも指示に従い、叢雲に携帯を渡す。
「叢雲です……宇喜多大地の子供よ。ウチの人がポンコツになった件、大目に見てくれると助かるわ。
ええ。了解……はい」
それだけ言うと、再び携帯を渡してくる。
「代わりました」
『最初に言っておく。宇喜多一佐の子息は6人目では無く7人目だ。
今朝、6人目の提督が誕生している。初期艦は睦月だ』
予想外の事実に言葉を失う。
呆然としている間に、更なる爆弾が落とされる。
『恩師の子供が提督になったのだ。気持ちは分かるから、連絡が遅れたことは不問にする。
同時に君は、これ以上は何もするな。心配なのは分かるが、安心しろ。
当面の対策として、新田原基地には、護衛に陸上自衛隊を周囲に配置するよう手配している』
連絡が遅くなったと言われ、思わず時計を見ると、葬儀会場を出て1時間近くが経過していた。
その間にやったことは、親子を新田原基地へ連れて来ただけ。他は無駄な時間を過ごしたのかと呆然とする。軍人としてあるまじき失態だ。
逆に、遅れて情報を入手しながら、すでに陸上自衛隊への手配を済ませ、護衛を配置した北条の手腕に感嘆する。
何もするな。その言葉が胸に刺さる。確かに自分が動いても、鷲一の件に関しては足手まといだろう。
「鷲一のこと、よろしくお願いします」
『任せろ。最善を尽くすつもりだ』
絞り出すように言った言葉に、何時もと変らぬ冷静な返事が返ってきた。
そして、自分の手から、あの子が離れてしまった事を自覚せざるを得なかった。