鎮守府では、正月は一年で最も仕事が少ない日だ。
犯罪に休みが無いため、警察は正月でも忙しいように、深海棲艦にも正月は関係ないので完全に休みでは無い。
だが、鎮守府の主な業務である護衛任務が、対象である漁業や輸送する会社が一斉に休みになるので、任務が少なくなるのだ。
流石に、海岸にある発電所などの主要な施設の警護があるし、万が一の深海棲艦の急襲に対応しなくてはならないので、一斉に休むのは無理だ。
それでも、ここ横須賀鎮守府でも、普段より多くの艦娘が食堂に集まっていた。
おせちの中身は数の子やイクラと言った高級食材は無いが、年末に一斉に行われた漁を警護した帰りに貰った、ブリで作った照り焼きや、種類の豊富な煮しめといった、普段は食べられないものが並んでいる。
それに何と言っても餅だろう。普段の節制を忘れたかのように大量に食べられる餅は、艦娘の胃を喜ばせた。
それらを食べながら、テレビを見るのは、実に正月らしいと言えるのだが、問題はテレビの内容だ。いや、そもそも内容が番組では無い。
「あの子に籤を引かせたら、絶対に大吉しか引かないよね」
「同感だね。まさか、ここまでとは」
皐月と松風が、雑煮を食べながら、テレビを見ている。
その口調は何処か呆れているように聞こえるが、呆れているのはこちらだと吹雪は言いたい。
「これ、監視映像だって言ったよね」
妖精さんの仕事だろうが、鷲一の行動を監視をする、カメラの映像を映すモニターは、今や横須賀鎮守府の大食堂に設置された大型のテレビ画面で、大勢の前に披露されていた。
プライバシーの侵害は遥か遠くに飛んでいったようだ。
「だって、正月のテレビ番組って面白くないじゃん」
「理由になってない」
「それにしても、面白いメンバーになったね。
もう、吹雪ちゃんの理想通りじゃない?」
如月が雑煮のお餅を伸ばしながら笑っている。
相変わらず、こちらの意図をはぐらかすようだが、何を言っても無駄だろうと諦める。
それに、如月には協力を頼んだので吹雪の意図を理解している。
だからこそ、改めて画面に映っている顔ぶれを見ると、彼女が驚くのも無理はないだろう。
「どんな順番だったの? 不満は出なかった?」
全員がこちらを興味津々に見ている。10日間、ずっと鎮守府に残っていたのは島風くらいだから、説明を始める。
「如月ちゃんに協力してもらった朝潮ちゃんの調教……教育の後は、次の建造で荒潮ちゃん。
彼女は素直なものね。文句も無しにお姉さんに甘えたり、鷲一くんを誘惑したりで楽しんでた。
このままだと、鷲一くんがヤバいかなって思ってたら、次の建造で満潮ちゃんが。目出度く荒潮ちゃんの標的は満潮ちゃんに変更。全力で弄ってるみたいだけど、満潮ちゃんも文句を言いながら楽しんでるみたい」
「まあね。満潮ちゃんにしたら、他の子がいない状態で、八駆が揃ったなんて、内心は大喜びよね」
「うん。途中に別の子が建造されていたら、それが
それに、朝潮ちゃんと大潮ちゃんが大人しくしてるから、預かり身分って事にも文句は言ってこない」
不満はあったようだが、それも朝潮に諭されて、納得したようだ。
最初に朝潮を望んだ理由の一つがこれだ。預かりの立場に不満を覚える子の相手を一々していたら身が持たない。
だが、最初に朝潮に分からせたので、危険人物の満潮が納得し、更に八駆が納得していたら、他の子も文句を言ってくる可能性は少ないだろう。
「
危ないのは夕立ちゃんくらいかな?」
「いや、夕立ちゃんは、それこそ『提督さんと学校っぽい』とか言って喜ぶよ。
他の子も、仮に不満を覚えても、朝潮ちゃんに実力行使させればいいしね」
「ん? あれから、強くなった?」
「結構ね。あのバスケの遊び。あれって効果的みたい」
「ああ、だから大潮ちゃんは思ったより動けたんだ」
如月との、朝潮と大潮コンビの戦闘。
吹雪の予定では、あれほど大潮が粘るはずは無かった。如月もそう思っていたはずだ。
何しろ、大潮はあれまで、艤装を展開して、海上での訓練をしていなかったのだ。朝潮同様に手も足も出ないで終わると思っていた。
「戦闘機での戦いは、敵も味方も見失いやすいから、お父さんの勧めで始めたそうよ。
素早く動きながら、周囲を見失わない練習だって。でも……」
「立体的に動くパイロットより、平面で動く艦隊、しかも高速で動く駆逐艦にこそ効果的なトレーニングになると。なるほど、あの方は、御子息にそんな教えをしてたんですね。あ、おかわり下さい」
赤城が何個目になるか分からない餅を食べながら、感慨深そうに呟く。
年始の挨拶と称して、伊豆大島から来ているが、先程から餅と画面に集中しているので、本命はこちららしい。
「やっぱり、空母勢は興味があるんですか?」
「ええ。我々だけでは無く、他の艦娘たちも。小学生、しかも、宇喜多さんの御子息が提督になったと聞いて興味津々です。
ですが、私たち以上に気にしているのは、この子たちですよ」
そう言って、自分の肩を見る。
そこには、赤城が使用する艦載機の、パイロット型の妖精さんが真剣な表情で画面を見ていた。
「パイロットという種族は、例え敵であろうと、腕の良い相手を尊敬します。
ましてや、共に戦った戦友ともなれば尚更です」
それは聞いたことがある話だ。
戦争が集団戦、平民の暴力と変わった後で、最後の騎士と称されたのがパイロットだ。
全員が、とはいかないが、それでもサムライ気質が多いように思う。
「彼に関しては、色々と聞いて来いと言われてますが、今回は、この強運だけでも、話のタネになります。
あの子たちは、今年から、自分達で資材の改修を始めるんですよね?」
「はい。訓練を兼ねて、近海で行う予定ですが……」
近海で遭遇する深海棲艦は、はぐれ、と称される生まれたばかりの個体である可能性が高い。
これなら、建造されたての未熟な艦娘でも十分に勝てる。
だが、問題は近海だと資材は多く望めないので、可能な限り沖へと出る必要があるのだが、そこでは成長した深海棲艦。ましてや艦隊を組んだ群れと遭遇する危険が跳ね上がる。
それを避けるには、索敵が重要だ。可能ならレーダーより、偵察機を使用するべきである。
「……これなら、多少は沖へと出ても問題はありません」
「ですね。彼女なら偵察機を複数飛ばせます。敵を発見次第、逃げることも可能でしょう」
満潮の後に建造された艦娘、由良を見る。
軽巡洋艦だから、偵察機を扱える。それに、冒険をする性格では無いので、危険と知れば撤退を促すであろう。
面倒見も良く、沖に出るのに、これほど安心できる艦娘は多くはいない。
「おまけに性格も良し。数は減ったけど、ほのぼのとした正月を迎えられたね」
「まあ、駆逐艦でなく軽巡が作られると分かった瞬間は焦ったけどね」
最小の資材で、軽巡が建造される可能性は低いため油断していた。
特に満潮が建造された後だったので、これで霞が出ようが、誰が来ようが、もう大丈夫だと安心していた。
それが不意打ちの軽巡サイズの影。どうしても、神通の影がちらついた。
考えを読んだかのように、如月が苦笑しながら聞いてくる。
「八駆って、神通さんと長かったよね?」
「3年位は神通さんの下で二水戦だね。おまけに、あの戦争の始まった年まで二水戦。
私の時は、旗艦は那珂さんと交代だったけど、八駆の頃は神通さん一本だから。
もし、建造されたのが神通さんだったら、正月から訓練を始めてたかも」
神通も普段ならそんな無茶は言わないが、朝潮と大潮のコンビが一緒なら変に火を付けかねない。
朝潮と大潮のコンビも由良の前では大人しいが、神通を前にすると無駄にテンションが上がる。
要するに一緒にしてはいけない組み合わせだ。お互いに加減と言うものを知らない。
「他にも、無駄にリーダーシップのある天龍さんも避けたかったかな。
しばらくは、駆逐艦の子に主導権を握らせたいから」
大事なのは4月から始める学生生活だ。
そのためには、主導権は朝潮たちに握らせたいが、軽巡の中には、本人が意識しないでも主導権を握りかねないキャラが多い。
幸いにも由良は例外で、その能力にも関わらず、朝潮たちを見守る形に落ち着いてくれそうだ。
「でも、由良さんって、提督大好きだからね。
案外と誘惑したりするかも」
「いや、流石にそれは無いでしょ」
そう言ってモニターを見ると、そこには、妙に甲斐甲斐しく世話をしている由良が映っている。
そして、不思議な事に、姉弟には見えないのだ。
「年齢差的には、世話好きなお姉さんに見えないとおかしいんだけどね」
「いや、あれは女の顔だよ」
「まあ、提督と艦娘だからねぇ」
「でも、あの年齢でデキルの?」
「ふむ、出なくても起つ。実際に大きくなってた」
「え? いつ見たの?」
「お風呂に入ってるときだ。もちろん監視カメラの映像だぞ」
「で、誰に反応したの?」
「う~ん、あれは、どっちなんだろうな。
状況としては、荒潮が身体をくっつけながら、誘惑というか、揶揄っている最中だったんだが、実際に反応したのは、朝潮が荒潮を注意している時だったからな。視線は朝潮に向いていた」
「視線は朝潮、感触は荒潮。どっちだろうね?」
「それで、二人が大きくなったのを見た反応は?」
「朝潮は、洗うための変形だと思ったようだ」
「で、実際に洗おうとしたと」
「正解だ」
みんな笑っているが、吹雪としては笑えない。
提督が艦娘と関係を持つのは悪いことでは無いとは思う。
だが、まだ小学生なのだ。いくら何でも早すぎる。
朝潮の反応は笑い話で済むかもしれないが、由良は最後までやりかねない。
「こっちは、お母さんの顔だね」
「あのね、吹雪ちゃんの心配は分かるけど、逆に興味を持たない方が困るから」
「それはそうだけど」
「あと、
「でも、現状で由良さんに依存するようになったら最悪じゃ無いかい?
由良さんには説明して、基本的な教育方針は伝えた方が良いと思うな」
「そ、そうね。そうする」
周囲が楽しそうに見ているのに、何で自分だけ胃が痛くなるのか。
なんだか、正月から納得がいかない思いをしていた。
盗撮は犯罪です。真似をしたらダメだぞ。