三月を迎えた。艦娘の数も30を超え、朝潮型が全て揃った事もあり、予定している学生生活の準備は万全と言える。
資材も順調に増えているので、現状では必要以上に増やすより、前線で戦っている艦娘に役立てようと、横須賀鎮守府に納め、そこから各鎮守府に配布されている。
吹雪から見て、鷲一は想像以上に優秀だった。
学力が高い事は知っていたが、同年代の子供に比べても、頭が良いし、精神的にもタフだ。
当初の懸念であった霞だが、彼女の罵詈雑言を忌避するどころか、歓迎している節すらある。どうやら、彼女が着任する前の甘やかす空気が逆にストレスになっていたらしい。
「渦が消えてたわよ! どうすんの!」
「場所は?」
資材回収の任務から戻ってきた霞が開口一番、詰め寄った。
渦の消滅。吹雪は何度か経験した事だが、鷲一は初めてのことだ。
そんな事態の発生を、霞のように怒鳴りながら伝えられたら、普通なら必要以上に動揺しそうなものだが、鷲一に慌てる様子は無く、渦の消えたポイントを聞いて、資材回収ポイントを記した地図に×を増やす。
「何よそれ?」
「今分かっている渦の場所。過去にあった場所はバツになっている」
工廠に設置されている事務所には、パソコンの他に、壁には日本地図と世界地図が貼ってあり、机の上には地球儀がある。
渦のポイントは、それとは別に机の上にある書棚にある紙に記した鎮守府近海の地図に手書きで書いたものだ。
渦の説明をしている最中に、鷲一が自発的に記録しだしたものだ。
横須賀鎮守府の長である北条の執務室にも、これと同様のものがあるが、まだ小学生の鷲一が同じものを必要とした時は、正直驚いたものだ。
「やっぱり、法則性は分からんな。
ところで霞、新しい渦を探すとしたら、西と東、どっちが良いと思う?」
「そうね……って、そんなこと自分で決めなさい!」
「決めてはいるよ。だけど他の人の意見も聞きたいと思った。
まあ、意見が無いなら良いや。霰は?」
「決めてるなら自分で言いなさいよ!」
「ちょっと、霞、落ち着いて…」
鷲一が一緒に来た霰に質問の矛先を変えると、霞が怒り、それを陽炎が嗜める。
だが、霞を抑えるのは、霰は当然ながら、陽炎や不知火でも無理のようだ。
そんな騒いでいる十八駆逐隊を見て、呆れた視線を送っていると、第八駆逐隊が帰還した。
「ただいま帰還しました、司令官」
「おかえり。何か問題は無かった?」
「はい。大丈夫です。途中ではぐれ一隻と戦闘しましたが一蹴出来ました。無事に資材も回収していますし、損傷もありません」
「良かった。ところで、第十八駆逐隊の向かったルートの渦が一つ消えたんだ。
それで、新しい渦の捜索をしたいんだけど、東と西の、どっちが良い?」
「私は西が良いと思います」
朝潮は開拓が進んでいない西のルートを選ぶ。
次いで、他の三人にも同じ質問をしていく。
「大潮も西です。西は何だか出てきそうな予感がします!」
「私は東が良いと思うわ。
西の開拓が進んでいないのは、それだけ危険だからでしょ」
「荒潮もぉ、東が良いと思うなぁ~」
朝潮と大潮は西。満潮と荒潮は東と意見が分かれた。
実際に満潮が指摘したように、西の方が危険が大きい。理由は簡単で西と言っても日本の地形上、南西に進むことになり、沖に出ると、それだけ南に近付く。
つまり、伊豆諸島と小笠原諸島で形成されている、深海棲艦の制海権に近付くのだ。
その答えに、鷲一は満足そうにする。
「うん。やっぱり、西は八駆にお願いする」
「西は? 両方行くつもりなの?」
満潮が気付いたようだ。
自分の意見が通らなかったことを不満に思う様子も無い。実に素直なものだ。
「うん。最初から探索はしたかったから、両方行きたかった。効率が良い場所を探したいから。西は興味があったんだ。
それで、朝潮と大潮は間違い無く西って言うと思ってた。
ただ、満潮と荒潮も西って言うなら危険だから止めようかなって」
「ハァ……あのねぇ、私達に姉さんたちを止められると思ってんの?」
「満潮と荒潮が止めれば止まるよ。ね?」
「も、もちろんです。大丈夫よ満潮。お姉ちゃん無茶しない」
「ねえ、由良さんにも来て欲しいんだけどぉ~」
満潮がジト目で朝潮を見て、荒潮も不安そうに由良の増援を願う。
朝潮が少し落ち込んでいるが、普段の言動から、正しい反応だろう。
「うん。そのつもり。最初の頃と同じ顔触れで行く。
明日の朝から行ってもらうけど、とにかく、危険だと思ったら直ぐに撤退して」
「了解です」
「それで、東は?」
「九駆に頼む」
「そこに、霞たちがいるけど?
実力的に朝雲たちより、霞たちの方が、もう上回っていない?」
現状、駆逐隊としては、最初に揃った八駆が一番高く、次いで九駆だったが、元のスペックと実績の高い十八駆が猛追して、最近では上回っていると思えた。
「そう思ってたけど止めた。ちょっと出てくる」
「何処へ?」
「体育館。軽巡の二人に用事がある」
「ああ。二人を付けるんだ」
「うん。二人とも身体慣らしは出来て来たみたいだし、朝雲たちと一緒ならお互いにフォローできるかなと」
「良いんじゃない」
そう言うと、立ち上がって体育館へと向かう。
だが、無視された格好になった霞が怒りを露わにする。
「ちょっと、待ちなさいよ! それって私たちが使えないって事!?」
「先程の会話から、自分達が頼りになると思うか考えなよ。
考え無しに危険に飛び込もうとするバカを、止められずに全滅する光景が浮かんだぞ」
「なに言ったの、アンタ」
「ちょっと、お姉ちゃんたちと話をしようか」
顔を赤くする霞を朝潮たちに任せて、工廠を出る。
「霞ちゃんのあれ。ワザとだって気付いてるよね?」
「怒鳴って動揺させるですか? 戦場での精神状態に近づける訓練の一種ですよね。
でも、吹雪さんは、俺に効果が無いって気付いてますよね?」
父親に習っており、その訓練をした事もあるそうだ。
どんな訓練をしたか気になったが、珍しく言葉を濁して教えてくれなかった。
「まあね。うん。確かに霞ちゃんは、やり方を変える必要があるわね」
「ですよね。俺って、そんなに信用できないですかね?」
霞の真骨頂は、鬼軍曹の真似事では無く、駆逐艦としては稀有なまでの指揮能力だ。
戦艦や空母の艦娘がいない現状では、霞の能力は鷲一にとって、最も必要なのだが、当の霞が間違った方向に走り続けている気がする。
「まあ、しばらくは様子見ね。霞ちゃんも観察している最中だと思うよ」
「そうします」
話しながら歩いている内に、体育館に到着した。
中では天龍と龍田が運動をしている。呆れた事に、天龍が建造されたと思ったら、次いで龍田が建造されたのだ。
二人で身体に慣れるため、最近ではボールを使ってバスケやバレーをしているが、今日はバレーボールを落とさないように打ち合っていた。
こちらに気付いた天龍が声をかけてくる。
「よう、提督どうしたんだ?」
「はい。天龍さんにお願いがあります」
「さん? ます?」
天龍が睨み、鷲一が自分の失敗に気付く。
素直に近づくと頭を差し出し、天龍が軽く叩いた。
「ゴメン、天龍に用があった」
「おう。何だ?」
今度は機嫌よく頭を撫で始める。
天龍に言わせれば、提督が艦娘に敬語を使ってはならないらしい。
自身の言葉遣いはどうなのだと思うが、逆に天龍にしたら敬語は壁と感じるのかもしれない。
「探索を行ってほしい。九駆を連れて、東の海上に新しい渦が無いか調べて欲しいんだ」
事情を説明すると、二人とも納得したようだ。
「良いぜ。探してきてやるよ。どれくらい探せばいい?」
「今回は、数よりも海域をくまなく探す事。たくさんあればルートを組みやすいけど、一つも無い可能性だってあるからね。
無いものを無理に探しても事故の元だし、安全第一で」
「艦載機を飛ばして、索敵を重視しろってことで良いかしらぁ~?」
「うん。朝雲たちには無理をさせないで」
「任せとけ」
ここで天龍に怪我をしないようにと言わず、朝雲たちに怪我をさせるなと言うところが、天龍を良く分かっていると思った。
天龍は自分のことだと、無理をしかねない。龍田も嬉しそうにしている。
「お、司令官だ!」
「本当だ。提督さんがいるっぽい!」
その時、体育館に入って来る集団の声。
その声に鷲一の身体が強張る。明らかに嫌がっている。
だが、声の主たちは気付いた様子も無く、鷲一に近付いてきた。
「提督さ~ん、遊ぶっぽい!」
「バスケしようぜ」
声の主の夕立が抱きついてくる。
更に深雪がバスケに誘うが、鷲一は困り顔だ。
特型と白露型、甲型。その中から元気がいい艦娘が集まっている。
「いや、仕事中だから」
「そんなこと言わずにさぁ~」
吹雪には不思議だった。
霞は平気だし、天龍と龍田に対しても、恐れたり苦手にする様子は無く、しっかりと言えるのに、何故かここにいるメンバーには何も言えなくなる。
特に深雪の性格は天龍と近いものがあると思うが、何故か深雪のことだけを苦手にしているようだ。
それだけでは無い。今の状況に、今まで見たことが無い嫌悪の表情が浮かんでいる。
「おら、提督の邪魔すんじゃねえ」
天龍が見かねて、夕立を引き剥がし、他の艦娘を追い払う。
鷲一は安堵しながら、天龍に礼を言うと、その場を逃げるように離れて行った。
吹雪は後を追おうとする瞬間、天龍の何か言いたげな視線に気付いた。
「後でお話を」
そう言うと頷く。
多分、天龍も鷲一の異常に気付いているのだろう。
後を追いながら、何を嫌がっているのか考える。
最初の頃は、スキンシップの激しい艦娘に性的な興奮をしていると思っていた。
そのため、どうすれば良いか分からずに戸惑っていると、甘く考えていたのだが、どうやら違うようだ。
少しずつだが、嫌悪感が表に出てきている。
提督でも、全ての艦娘を好きになる必要は無いし、出来れば嫌う艦娘がいない方が望ましい。
だが、人の心の問題だ。どうしても好きになれない、嫌いな相手が出るのは仕方がないとは思う。
それでも、今の状態は、そんな甘い考えでは、取り返しが効かない事になる気がしてきた。
「悔しいけど、提督に相談するしかないか」
前を歩く、鷲一の小さな背中を見ながら、小声で呟く。
あまりにも上手く行っているので油断をしていたのかもしれない。
だが、相手は幼い子供だ。優秀さに目を見張っていたが、冷静に考えると親と引き離された子供なのだ。
そして、吹雪は母親では無い。子供の心が分かるはずもない。
自分の子供では無いのだ。そんな事を思うと、胸が痛くなった。