「ところで、2017年から2018年にかけて、ついこの前の出来事何だけど、鷲一くんはどう思っていた?」
「え? 別に普通だったような……」
言われてみれば、電気は使えなかったが、それは前から省エネが叫ばれていたし、そう言うものだと思っていた。
言い争いや、暴力で人が死ぬ事もあるが、別に珍しい事でもない。
それを答えると、鹿島は驚いた表情を浮かべ、次に悲しそうな表情をした。
「子供って凄いよね。順応性が高いっていうか。
その点、大人はダメ。環境の変化に、中々付いて行けないのよ。
でも、全くダメでは無いの。良くも悪くも環境の変化に慣れてしまう。それはもう、悲しいほどにね」
電気が無いなら、無いなりの暮らしをすれば良いだけだ。
だが、電気があるのが普通、それに慣れ切った大人はそうはいかない。
少ない燃料を何処に配るかで言い争いが起こり、時には暴力に発展した。
そして、子供程では無いが、大人も順応する。暴力を行使する事に慣れ始めたのだ。
燃料や食糧不足から来るストレスで、簡単に争いが起こるようになっていた。
やがて、弱い者から淘汰される。
電気が無くなれば、病院でしか生きていけない身体の持ち主は生きていけない。そうで無くても薬が手に入らず死亡するケースもある。
頑丈な人でさえ、生きるのにギリギリな状況で弱者を優先させる余裕は無い。
2018年の半ばには、2010年に比べると、日本の人口は6割まで激減した。社会に影響が少ないのは、死亡したものが高齢者や社会に影響を与えにくい立場だったからだ。
特に2017年は死亡者の数は過去最高を記録した。冷房が使えないので、熱中症で病院に運ばれることも無く死亡したり、暖房が使えないので、寒さに震えて凍死したり、中には集団に暴行を受けて死亡した者もいる。
だが、暴行による死亡者数に限って言えば、翌年の2018年の方が多い。
「2018年、ロシアとの同盟が成立し、同時に米国と欧州からの支援物資が届いて、配られることになるんだけど……」
鹿島が言い淀む。
何度か呼吸を繰り返し、やがて決意したかのように言葉を発した。
「これから言う事は軍事機密です。私たちの提督さんを嫌っても構わないけど、他言は許せません。
もし、外部に漏らせば、貴方の身の安全は保障しかねます。良いですね?」
北条が何かをしたのだろうと思った。
これを話せば、殺されるかもしれない。そんな重大な秘密を聞かされようとしている。
だが、口の堅さには自信が有る。グライダーの操縦を始めとした父との秘密は、母親にも話していない。それに、考えようによっては、話そうにも外部との連絡は取れないのだ。気にする事では無いと思った。
「大丈夫です」
「そう。では言うけど、このまま日本の息を吹き返させても、また彼女たちの妨害にあう。
だから、提督さんや、自衛隊の人、政府の人は、彼女たちを封じ込めるため、ある方法を使うの」
彼女たちと言うのは、先程まで出ていた艦娘を非難していた人たちだろう。
あの人たちは、鷲一も嫌いだった。大好きな父が嫌っていたからだ。
「その方法とは、支援物資を配りながら毒を撒き散らした。言葉と言う毒を」
その支援物資は、村上提督の力で手に入れたと言っても過言ではない。
実際に彼がいなければ、日本は間違いなく滅んでいただろう。
毒とは、自衛隊が支援物資を配りながら、その事実を若干の脚色と共に話しただけだ。
「陸自の隊員さんは、物資を渡しながら、こう言うの。『○○による妨害さえなければ、もっと速く支援物資や燃料が手に入ったのですが、申し訳ありません』とね。
その場その場で、内容は変わるけど、そこにいる左派勢力の名前を告げながら、顛末を話したの」
「事実じゃない」
「間違っては無いんだけどね。でも、村上提督の功績に関しては、彼女たちの妨害が無かったとしても、早まったのは精々数か月くらいよ。
それを、如何にも燃料の枯渇さえ無かったかのように伝えたの。
そして、効果は高かった」
支援を受け取りに来る人の中には、彼女らもいる。
その場で反論でもしようものなら、即座に暴行にあった。止めようとする陸自の隊員の前で、瀕死の重傷に合う。
その場にいない、あるいは黙っていた場合も、支援物資を奪われたり、配られないなどのイジメと言うの生温い境遇にあった。
どんな理由があっても、女性を殴ってはいけない。そんな正しさは、平和が保障された世界でしか通じないという事を思い知らされる。
「それは、最後の敵を排除する準備段階でもあった」
燃料が手に入り、社会は一定の安定を取り戻す。
そうして、少し余裕が出来ると、外部の情報にも目が届くようになった。
「日本を艦娘が守っている間、近くにある艦娘がいない国が、どうなるか分かるよね?」
その頃には、深海棲艦の手で、艦娘がいない国、朝鮮半島にある二国が落とされており、政府との連絡は不可能。
中国では激減していた海軍と、ただでさえ数少ない艦娘は全滅し、空軍も全滅。
陸軍が相対していたが、戦車砲で駆逐艦の砲撃と互角だ。戦艦や空母の航空機による攻撃で、その戦車を始めとする兵器が壊滅。歩兵が手持ちの武器で相対することになったが、脱走者が多く、戦線離脱者が相次ぎ、更には内乱まで起こって、崩壊間近の有様だった。
「あの国の軍艦って石炭動力だからね。その艦娘だから当然ながら弱い。しかも、軽巡でも排水量は甲型並み。
提督が複数いても、元の数が少ないから、全部合わせても、日本の一人の提督にも及ばない。
そんな国に、戦艦や空母の深海棲艦が襲ってきた。勝敗は火を見るよりも明らかってやつ」
日本から見れば、混乱が収まり周囲を見渡せば消えていた。そんな感じだった。
だが、それを良しとしない人々がいた。
それらの国を祖国に持つ者、特別に親しみを抱く者、そんな人々が救いを求めた。
同時に、彼女たちとは繋がりが深かった。そして、最後の敵とも。
「最後の敵って?」
「あの戦争を引き起こした元凶と言える連中って言えば分かる?」
「ああ、マスコミね」
「そうなの?」
「うん。マスコミって、日露戦争のころに大衆に広まったの」
ロシアが攻めてくる恐怖と、戦争に備えた重税に喘ぐ民衆は、その戦争の動向が気になり、新聞を見るようになった。
そして、日本が勝つと熱狂して販売部数が伸びることになる。
日露戦争では海戦で奇跡的な勝利を納めたが、これ以上の継戦能力が無い日本は、停戦の交渉を望んでいた
その交渉ではアメリカが仲立ちになり、無事に停戦に漕ぎ着けるが、賠償金を貰えると思っていた民衆は、その停戦に不満を持ち、交渉を仲介したアメリカが賠償要求を邪魔したと、アメリカに恨みを抱くようになる。
そこから始まる反米感情と、大正デモクラシーに代表される民衆の発言力強化に、マスコミは大いに役に立った。
「衆愚政治とは、良く言ったもので、本来なら難しい政治の話に、良く分かっていない人が口を出すようになった。
例えるなら、その仕事の事を良く分かっていない上司が、下手に口をだしてきて無茶苦茶にするのに似ているかな。あの時の状況と一緒ね」
上司に文句を言えない社員は、ダメだと分かってもやるしかない。
そして、民主主義社会とは、民衆は政治家の上司に当たるのだ。あの戦争はシビリアンコントロールを失ったのではなく、コントロールが出来ない民衆が暴走したと言える。
そして、今回は艦娘の事を理解しようともせずに、排除しようとした結果、このような状況になった。
「正直、あの時の事を、知らぬ存ぜぬで逃げたマスコミを、私たちも許せなかった。
今回の作戦には喜んで参加した」
マスコミというのは、民衆の好むものを書いてナンボだと言える。
正しい情報より、民衆が好む情報を優先する。その中で、自分達の主張を可能な限り出して民衆をコントロールしようとするのだ。
だが、現状では民衆の好みより、自分の主張を優先する新聞社が増えていたし、政治家はそこに目を付け、マスコミの思考を誘導した。
「そう難しい事では無いの。支援物資を配っている最中に起こっている暴行の件や、東アジアの状況を、マスコミに脚色を加えて伝えただけ。艦娘の考えと共に」
そして、マスコミは予想通りの反応を示してくれる。
暴行を起こした集団を弾劾し、中韓を救う軍を出すキャンペーンを開始した。
マスコミは報じたのだ。艦娘は、かつての贖罪を望み、彼等を救いたがっていると。
「贖罪?」
「さあ? マスコミが喜びそうな話をした記憶はあるけどね。
でも、直ぐに否定したわ」
マスコミがキャンペーンを行っている最中に、鎮守府から抗議が出されたのだ。
艦娘は、この国を守る存在だ。他国に力を貸す余裕は無いし、艦娘は断じて望んでいない。贖罪など名誉棄損も甚だしいと。
同時に工作員と思われる者が、提督の周囲を嗅ぎまわっている事も発表した。
「工作員は事実よ。鷲一くんも、その所為でこの状況だしね。
ただ、マスコミにとっては、梯子を外されたに等しいかな。そして、最後のトドメとばかりに、マスコミが特定アジアの団体から賄賂を受け取っているとして、一斉摘発を行ったの。そして、実際にクロが出た」
ただでさえ、マスコミは艦娘が出現した当初は、一部を除いて軍国主義の化身の怪物として批判した。
そして、燃料問題などでも、民衆の味方をしていたつもりが、結果として枯渇を招いた他、これまでの積み重ねとして、様々な問題があった。
挙句の果てに、特定アジアの先兵という容疑を与えられた。
更に、暴行を弾劾する事は、それを実行した人々への弾劾だという、当たり前の事を見失っていた。
その暴行に参加した人の多さを見ていなかったのだ。
「鷲一くんの周りで、暴行に参加しなかった人っている?」
「いないと思います。普通に頭に来てたみたいで、みんなやってた」
「う~ん、冷静だね。これがジェネレーションギャップってやつかな。少し前の人って、暴力に否定的でね……
まあ、そんな訳で、マスコミは民衆を完全に敵に回した。そして、弾劾をしていた、その暴行を受ける羽目になる」
民衆は暴力に目覚めていたと言って良い。そんな彼等に正論を振り回しても勝てはしないし、ペンは剣より強しというのも、剣に刺された後の話だ。刺される覚悟も無いくせに使って良い言葉では無かった。
ペンの弱さを思い知り、剣に怯えてコソコソと生きなければならない。マスコミというだけで、白眼視されるようになっていた。いや、マスコミだと知られた途端に、愚連隊染みた連中に遊び半分で殴られることもあった。
これまで、マスコミが取っていた高圧的な態度もまた、弱者を護る『何か』があったからだという事を思い知らされる。
そんなマスコミを救ったのも艦娘だった。マッチポンプではあるが、民衆の暴動を見逃せないのは政府も同様だった。
艦娘を代表して、横須賀鎮守府の長門がインタビューを受ける形式で、暴行をしないように呼び掛けた。マスコミを信じるなと言うオマケ付きで。
更に数日後、追加で呉鎮守府の大和が、短いながらもインタビューを受ける。
宇宙を舞台にした傑作アニメの影響で、日本国民で知らぬ者はいない彼女は、その美しくも華やかな外見も相まって民衆を虜にする。
彼女の口から、日本人として誇りを持った節度ある行動を求められ、民衆は我慢する事を思い出した。
ただ、求めるだけでは無かった。燃料の確保が出来たこと、更に石炭の採掘を再開した事で、電力事情が回復したこともあり、ネットが復活した。
鎮守府もサイトを持ち、民衆の要望を聞かせて欲しいと願ったのだ。白々しい気もするが、
「今のところ、無茶な事は言ってこないね。一度、どん底まで行ったせいもあるけど、生活は段々と良くなっているし」
こうして、日本は危機を乗り越えただけではなく、本当の意味での戦時体制に移る事が出来たと言える。
「それで、やっぱり幻滅した?」
「え? 何がです?」
「何がって、提督さんや私たちがしたこと」
「えっと、別に変なことはしてないですよね? 逆に何が問題なのか分かりませんけど」
「……そう、なんだ。そんな風になってるんだね。今の子供って」
鷲一には本気で分らなかった。
鹿島は、そんな鷲一を悲しそうに見ていたが、気を取り直したかのように笑顔を見せる。
「まあ、若い子には分からないと思うけど、お年寄りは、違う価値観が残ってるから。
そこは考慮しようね。それと、理由もなしに暴力はダメだからね」
「わかりました」
取りあえず、過去の記録は終わり。
日本ヤベエと思わせといて、実は主人公がヤバかったというオチ。