「手がある。足がある。そして小さい。それなのに、攻撃の威力や防御力は変わらない。
この戸惑いは、想像以上に大変だと思うよ」
「はい。と言うより、想像も出来ません」
「うん。それで良い。むしろ、その方が良いかな。
何故かって言うと、戦い方を考えるのに、変な先入観が邪魔になるからね」
「戦い方を考えるって?」
「実は世界中で研究中。
艦娘の能力が第二次世界大戦で活躍した軍艦の能力だといって、それが、そのまま以前と同じような戦い方をするのは、無理がある。
だが、艦娘が生まれてから、まだ間もない上に、研究する余裕もないので、実戦の中で見出すしかないのだ。
「でも、戦い方を変えるにしても、船である以上、戦い方に大きな変化は無いですよね?」
「ところが、そうでも無いのよ。戦争なんて戦い方の模索だといっても良い。
そうね。日清戦争って、どんな戦いだったか知ってる?」
「詳しくは知りません。ただ、近代化に成功した日本が、旧態然とした清国に圧勝したってくらいで」
「うん。あってはいるけど、それって誤解をしている人が多いと思うのよ。
近代化の成功って、あくまでシステム面であって、
近代化と言っても、当時は両国とも優れた装備を手にするには、西洋から購入するしかない状況だ。
そして、両国の国力は圧倒的に清が上で、日本では財政的に手が出せない装備も、清は手にすることが出来た。
清は日本の台湾出兵を機に、海軍力の増強に力を入れたが、日清戦争時には戦艦二隻を保有し、開戦前は7対3で清国有利だと西洋諸国は予想していた。
だが、この時代の艦船は、試行錯誤の繰り返しと言って良い時代であり、帆が廃止され完全な石炭動力の船が出始めた時代だ。後の世から見れば呆れられるような設計も少なくなかった。
「この頃は、欧米の列強国同士での戦争は避けていたからね。
そこで、欧米から最新の兵器を購入して、軍備を整えていた日本と清が戦う。
列強国から見れば、良い実験材料だったのかもしれない」
まず、この戦争に参加した艦で、最大であり、最強と言われていたのは、清国の定遠型だが、ドイツで製造された定遠と鎮遠は、7300トンであり、30.5cm2連装砲を装備し、その砲配置は正面と後方には全砲門を向けることが出来るが、横には無理な配置である。更に体当たり用に衝角を装備していた。
つまり、正面に向かって砲撃しながら接近し、そこで仕留めきれなかったら体当たりで倒すという設計である。
「7300トンで戦艦ですか?」
「この頃はね。基本的に軍艦って、段々と大型化するから、後の時代から見ると小型軽量に感じるだろうけど、少なくとも装甲の頑丈さは、欧州の一万トン超えの戦艦に匹敵する戦艦で間違いないの」
「でも、正面に全砲門って、変な形ですよね?」
「何処が? 何もおかしくないと思うな。全然OK」
「何か定遠押し?」
「そんな訳では無いよ。でも、日本なんて、もっと酷いの作ってるから」
この厚い装甲を持つ艦に対抗するために日本がフランスに発注した松島型は、4300トンに32cm単装砲を装備している。
明らかに艦の重量に対して、砲の威力が高すぎて、松島型の戦闘記録を見れば、1時間に1発程度しか発射されていない。
「一発発射すれば、艦が揺れて次弾の照準が出来なくなったの」
「普通、テストとかしないんですか?」
「しなかった。信じられない話だけど、本当にしなかったの。
おまけに、無理がある設計は主砲だけでなく、全体に行き渡っていてね。
フランスから運行中に故障して、途中で本国から技師を呼んで修理したりと、投入前から不評だったみたい」
松島型は三隻建造。二隻をフランスで建造し、その設計図を元に日本で一隻建造した。
日本で建造したのが橋立だが、初の国産での最先端技術を盛り込んだ軍艦の建造は困難を極め、納期は遅れに遅れ、フランスで建造したもう一隻の厳島は、安全運転でゆっくり日本まで来たので故障は避けられたが、こんなの軍艦じゃないと呆れさせている。
「まともな船は無かったんですか?」
「いや、三景艦、松島型が変だっただけで、小型の艦は良かったよ」
この戦争で最も活躍したのは、イギリス製の吉野であり、4200トンだが、15㎝と12㎝の速射砲と、当時世界最速と言われた速力を活かして勝利に貢献した。
それもあり、後の日本海軍は、造船に関してはイギリスを頼ることになり、イギリス式の造船技術を身に付けていくことになる。
「この時代の軍艦は、技術は日進月歩だし、正しい戦法の確立も出来ていないからね。
だから、定遠だって変じゃないよ」
「やっぱり、定遠押し?」
「別にそんな訳じゃ無いけど、とにかく、世界中で正しい戦い方なんて分かっていなかったの。
だから、日清戦争は列強国の海軍にとっては注目の的だった」
この戦争は世界中から注目され、清国の横陣による突撃戦法と、日本の単縦陣の速射砲での砲撃の戦いとなったが、結果は日本側の圧勝であり、後に速射砲による単縦陣が海戦の基本として各国にも採用されている。
他に、日本軍が世界で初めて実施した水雷艇の集中運用による攻撃も効果を上げており、大砲では沈まなかった定遠を擱座させることに成功している。
この水雷艇による攻撃は、非常に興味深かったようで、観戦のためイギリスは四隻、アメリカは三隻、他にフランスとロシアが軍艦を派遣している。
「でも、この戦いでは、艦の優劣や作戦の優劣より、もっと根本的な優劣があったの。
それが人。清国の李鴻章や丁汝昌が劣ると言う気は無いの。彼等と山本権兵衛や伊東祐亨の優劣は語りようが無い。だって、手足を縛られたような状況で戦ってるからね。問題は上と下」
上。つまりは両国のトップ。日本は明治天皇。清は西太后。
日清戦争が始まる前、日本海軍は清国に負けない軍艦が必要だと訴え続けてきたが、財政面の問題もあり、軍艦の増強は議会で否決され続けた。
そんな中、明治天皇はその状況を憂慮し、内廷費と官僚の給料を削減して、建艦費を充当するよう詔勅を出している。元々がアンパンを食べて、こんな美味いものは食べたことが無いと言われる方だ。贅沢とは無縁であった。
それに対し、清では逆に西太后の隠居後の居住地とするため、アロー戦争で破壊された頤和園の再建を始め、その資金に軍艦建造費が流用されている。その流用額は、当時の日本円で三千万円以上(定遠型一隻が約三百万)と言われている。彼女の贅沢を語る記録は多くあるが、こんな上司がいては、例え山本権兵衛でも改革のしようがないだろう。
そして下。兵の練度が違い過ぎた。
日清戦争では、日本側の艦艇は低速だった赤城(砲艦)や比叡(コルベット)が三〇発、他が十数発の被弾に対して、清国側の定遠や鎮遠は二〇〇発近い被弾を受け、他も百発前後の被弾を受けている。
いくら頑丈な船に乗り、沈没しなくても、操艦している水兵はたまったものでは無いだろう。
更に士気の差が大きい。三浦虎次郎三等水兵が、死に瀕して「まだ、定遠が沈まないのか」と聞き、戦闘不能になったと知らされてから微笑んで死んだというエピソードがある。
この下級水兵までもが、自らを省みず、敵を倒そうとしていた。良くも悪くも日本らしい戦意の高さである。
それに対し、清の水兵は軍紀は悪く、八年前には長崎事件(清の水兵が寄港した長崎で起こした乱闘事件)を起こし、日本の敵対心を煽り、同時に練度の低さを見抜かれている。ある意味、戦争の原因の一つであろう。
彼等にもう少しでも知恵があれば、敵対心を上げる事も無く、何より日本に勝ち目があると見抜かれはしなかっただろう。
しかも、開戦して敗北しかけると、パニックを起こして内乱を起こしそうになっている。
日本海軍の父と言われた山本権兵衛が、西郷隆盛の弟、初代海軍大臣の西郷従道に全権を任され、辣腕を振るえたのに比べると、清で洋務運動を起こし、海軍力の増強を行った李鴻章は、上奏文にて海軍や水兵の現状を嘆き、改革を訴えているが、それは全く届かなかった。
艦隊を指揮した伊東祐亨と丁汝昌に至っては語るまでも無いだろう。
「例えば、人を丸ごと入れ替えていたら、横陣の突撃戦法が勝利して、もう暫くは横陣突撃と体当たり用の装備が続いてたかも」
「でも、流石に体当たりって言うのは」
「いや、体当たりを否定するけど、そもそも古来から続く由緒正しい戦法なんだからね。
日清戦争では比叡の桜井艦長だって、定遠に体当たりを狙ってたんだから」
「体当たりって大人気ですね。でも、日露戦争でやったTの字戦法とかの方が格好いいですよね」
「あ、そんなこと言うんだ。言っとくけど、あれってウソだから。
あんなの信じるなんて軍人失格だから」
「え? ウソだったんですか?」
「あの、東郷ターンでTの字戦法って流れは、言ってみれば大本営発表。民衆向けの景気の良い話。
いえ、言葉を選ばずに言えば、愚民向けの作り話。少し考えれば、不自然だって気付くんだからね」
「何だか、やけに……」
そこで、鹿島が妙に、Tの字戦法を否定して、体当たりを支持していることに違和感を抱いた。
そして、謎の定遠押し。
だが、深く考えるまでも無く気付いてしまった。
「もしかして艦娘って、定遠と近い?」
冷静に考えれば、Tの字戦法が成り立つのは、横方向への攻撃が高いからだ。一般的に軍艦の主砲は縦に並んでいるので、横に向けてなら一斉斉射が可能だが、艦娘の場合は違う。
「艦娘って、正面への攻撃が得意で、横方向への砲撃って苦手ですよね?」
前に見た動画でも、正面方向に砲撃を放っていた。主砲を背中に背負ている戦艦も、各砲門の配置的には定遠型に近いと言える。
しかも、艦娘同士は横に並んでいた気がする。
それに、深海棲艦も似たようなものだ。特に駆逐イ級辺りは口から砲が飛び出るので正面にしか攻撃不可能。
そんな両者が衝突すれば、片方が沈まない限りは距離がゼロになり、殴り合いをするしかない。
確かに、近接装備が必要なはずだ。
「何か、艦娘って時代を戻ってしまったんですね」
鹿島が目を逸らす。
第二次世界大戦時の軍艦かと思っていたら、実は50年前の日清戦争時、しかも、負けた側の定遠型に近い戦闘スタイルだった。
戦い方を考えようにも、Tの字戦法なんて使いたくても使えない。定遠が目指した、砲撃しながら接近が正義だ。
「なんか、銃剣突撃が合ってそう」
倉庫では見なかったが、実際に銃剣がありそうな気がしてきた。
艦娘のイメージが、急に泥臭くなった。
「……宿題にする」
「へ?」
「日露戦争の日本海海戦の話。あんな作り話を信じるなんて軍人失格。軍人を目指すなら不自然だって気付いて当然。
だから、何が不自然なのか考えてくるように」
「怒ってます?」
「怒ってないです。これを考えるのは、戦い方を考えるのに役立つから言ってるの。
朝潮ちゃん達は見ての通り、しばらくは訓練で戦法を考える以前の状態だからね。それまでに考えておくこと」
どう見ても怒ってる。いや、拗ねているというのが正しいか。
だが、宿題を与えられた事実には変わらない。おまけに分からなければ軍人失格だと言われたからには、真面目に考えるしかなかった。
Tの字有利とはいったい……