体育館にボールの弾む音が響いていた。
鷲一が運動を望んだので、体育館に案内をしたのだが、バスケットボールが趣味だったのか、器用にドリブルとシュートを決めている。
途中からは、大潮にルールを教えながら二人でやっているが、艦娘である大潮の身体能力は凄まじく、パワーもスピードも鷲一を圧倒している。
だが、その大潮に技術で対抗しているのだから、相当なものだと感心しながら吹雪は見ていた。
「あの子が、新しい提督か?」
その声に振り向くと、長身の女性が立っていた。
「長門さん、到着したんですね?」
「ああ、先程な。提督には入れ違いだと言われた。
残念だったな。出来れば目の前で見たかったが」
「ダメですよ。可能な限り接触禁止だと、司令官から通達が出てるんですから」
「分かっている。理由も納得している。まあ、だから不慮の事態を装って、近くで見る機会を失したことを、残念に思ったのだがな」
北条は、横須賀に所属している艦娘には、吹雪と鹿島以外は、極力接触禁止の通達を出している。
理由は、艦娘に妙な先入観を持たせない事。
マイナスイメージは当然のことで、逆に変に好意を持ってしまったら、自分が建造する艦娘との関係に、悪い影響を与えかねないからだ。
吹雪と鹿島は諦めるしか無いが、この先、実際に鷲一が、建造で吹雪を作った場合に、これまで接してきた自分と、新しい吹雪との差に、戸惑いを覚えるだろう。
仮に自分が嫌われてしまったら、その延長で嫌う可能性が高いし、逆に好意を持たれたら、その違いに不満を覚えるかもしれない。
この世界で活動して5年になるのだ。最初の頃とは考え方も変わってきているし、良くも悪くも擦れている。
それに、吹雪にとって鷲一は世話をする子供で、好意の対象ではない。ある意味、母親代わりなのだ。
そこに初々しい生真面目な吹雪が現れて好意を向けてくる。どんな反応をするのか楽しみでもあった。
「悪い顔をしているぞ」
「ええ、我ながら変わったと思います」
そのやりとりで、長門も、何を考えていたか想像が付いたようだ。苦笑を漏らす。
「昔の初々しい貴様を見たら、笑うかもしれんな」
「かなり不本意ですが、否定できないのが遺憾であります」
お道化ながら、変化を肯定し、気になっていた事を質問する。
「大島の状況は?」
「変わらんな。定期的な攻撃を迎撃しているだけだ。いっそ、こちらから攻めたいが、それも厳しいしな。
まあ、しばらくの間、私が抜けても問題は無い。金剛が代われと騒がしかったくらいだ」
「相変わらずですね。まあ、今回の提督の同行者に、金剛さんは却下でしょう」
「ああ。武藤と言ったか、6人目の提督だったら、むしろ適任だったのだろうがな」
「そうですね。でも、8人目は女性ですから、金剛さんを連れた提督を見たら、変な目で見られかねます」
鷲一の横須賀での受け入れが決まった後、静岡で8人目の提督が発見された。
初期艦は時雨。高校生で、しかも女性だった。
6人目の武藤は、新潟出身だったので、舞鶴の一色が請け負ってくれたが、今回は静岡なので北条が動く他ない。
そこで、艦娘を一人護衛に連れて行くことにしたのだが、長門が選ばれた。
理由は女性受けを狙っての事だ。新しい提督になった少女は、真面目なタイプのようで、凛々しい長門であれば、提督業に真剣な想いで受け止めてくれると期待している。
これが金剛だと、世間の悪評の一つである、女性を侍らせた連中という状況を、前面に出してしまうだろう。
丸っきりウソでは無いし、武藤のように、その状況を羨ましいと思える男性なら、自分もこうなれると、金剛を連れて行くのはアリだと言えるが、今回は女子高生である。
某潜水艦よりマシだとは言え、真面目そうな中年に、スキンシップを求める20歳前後にしか見えない女性。そののコンビに面接を受ける女子高生という、非常にシュールな光景が繰り広げられると思うと、金剛には自重してもらうしかない。
「それにしても、仲が良いな。安心した」
鷲一と大潮を見ながら、長門が安堵の声を漏らす。
鷲一は大潮の身体能力に驚きながらも、それを楽しんでいるし、大潮も自分を翻弄する司令官を喜んでいるようだ。
「そうですね。陸自の方も、好感を抱いているようでした」
別れ際に逝った言葉は、力がこもっていた。
単に提督として鍛えろでもなく、子供としての幸せを尊重しろでもない。
短い間とは言え、一個の人間として見て複雑な思いを抱いているのは明らかだった。
「そうか、しかし……」
長門が続きを言い淀む。
何を言いたいのかは察したが、続きを拾いたいとも思えなかった。
やがて、意を決したかのように、続きを言い始める。
「……お前が変わったように、大潮も変わる。
今は分からないだろうが、やがて知るだろう。そして、今の時代の常識や倫理観に染まっていく。
そうなった時に、奴は自分の選択を後悔しないだろうか」
自分が提督にしてしまった。大潮がそんな想いを抱く可能性は、十分にある。
その時に、鷲一がどう思っているのか、今は楽しそうに見える二人が、どんな未来を歩むのか。
少しでも良くしたい。そう思いながらも、自分にはどうにも出来ない事だとも思う。
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食事は、魚だけでなく、イカの刺身がある豪勢なものだった。
毎日ではないそうだが、海が目の前だから魚は手に入りやすいらしい。
深海棲艦の攻撃さえなければ、海は前よりも豊かだと言えるが、普通の人からすれば、魚を取るのも命懸けだ。
しかし、ここは深海棲艦に怯えることが無い艦娘の本拠地。昨今の食事事情からすれば、かなりの高環境だと言える。
鷲一は、豪勢な食事に満足し、入浴することになったのだが、そこで問題が発生した。
「背中をながしま~す」
混浴だった。正確に言えば鎮守府というのは、基本的に女所帯で、男性は提督だけ。
提督専用の風呂でも作らない限り、女性風呂に提督が入れてもらうというのが実情らしい。
北条や他の提督に関して聞いてみたら、お風呂に必要な、水と燃料のコストの説明が始まった。
簡単に言えば、そんな贅沢すぎること出来るわけがないである。
更に時間をずらしたら、それだけ燃料を必要とするので、一緒に入るのが望ましいそうだ。
幸いと言っては何だが、入浴施設は横須賀鎮守府の者が使う施設とは分けられていて、一緒に入るのは大潮だけで良かった。
銭湯並みに大きな風呂を二人だけで使う事に、先程聞いたコストの事を考えると、後ろめたさもあるが、今後は増えていく予定らしいので、慣れる必要がある。
そのため、大潮なら、女性らしさが少ないので大丈夫だろうと、失礼な事を考えていたのだが、自分の見積もりの甘さを、直ぐに後悔することになった。
「ポカポカしますぅ~」
大潮は胸は平坦で、女性らしさは確かに無かった。実際に身体のラインは、股間に目を向けなければ、少年と変わりがないのだが、問題は髪の毛だった。
普段の両サイドで結った髪形より、自然に降ろしたセミロングの方が女性らしさが増している。
青みのある髪の毛は神秘的な雰囲気で、活発さが薄まった分、何処となく品の良さを感じていた。
おまけに、これで終わりではない。
提督と言う仕事は、少年にとって想像以上に困難な仕事なのかもしれないと痛感し始めていた。
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「う~ん、苦戦してるねぇ。でもでも、大潮ちゃんは、四天王最弱。
この先の刺客の攻撃に耐えられるかにゃぁ~」
「え? 四天王ってなに? 何の戦いが始まるの?」
モニターを見ながら、不穏な事を言っている睦月に、吹雪は呆れた様に聞いてみる。
どうせ、碌な事では無いと思うが、一応の確認はしておく。
「いや、だって、これから正統派に、意地っ張りに、お色気担当が来るにゃし。
男の子的には、大潮ちゃん以上の強敵ぃ」
八駆の事らしい。
納得しかけたが、モニターを観察していた、もう一人の人物が、まるで評論家のように否定する。
「いえ、その認識は甘いわ。あの子の動揺は裸体を見た時より、髪の毛を解いた時にピークに達している」
「お~、解説の如月先生。あの子って、まさか髪の毛フェチ?」
「流石にあの年齢では、そこまでの上級者ではないと思うわ。
理由はシンプルに、ギャップ萌え。髪の毛を解いたことで、大潮ちゃんの認識が、女の子から女へと変わった」
「なに言ってるのかな?
ところで、二人とも何してるの?」
そもそも、勝手に監視モニターを見ながら、何を言ってるのかと問い詰めたくなる。
問題が起こらないように、仮に起きたら直ぐに対処が出来るように、監視カメラを設置して、行動を監視している。
しかし、吹雪以外の艦娘が見ることを、禁止しているわけでは無いが、監視モニターの設置は当然ながら、鷲一には内緒だ。
プライバシーの侵害だと言われれば否定は出来ないし、出来れば見ている者は増やしたくはない。
「え? だってヒマだし」
「面白そうだったので、つい~」
よし、追い出そう。そう思ったが、ドアが開いて良い匂いがしてきた。
「干し芋を持ってきたよ。それで、どうなった?」
「お茶もあるよ~。それでそれで」
お茶とお茶菓子をセットで、今度は皐月と文月が入ってきた。
どうやら、新しい提督は、彼女たちの娯楽対象になったようだ。
それに4対1。少し手強いが、黙って見過ごすわけにはいかない。
「あのね、吹雪ちゃん。一人で教育も監視もしようなんて無理よ。
香取さんと鹿島さんはプライベートまで手が回らないだろうし、普段の行動くらいは、他の娘に頼らないと手が回らないと思うけどなぁ」
如月が優しく声をかけて来る。
心配するように表情に、彼女の言葉が正論だと認めざるを得ない。
だが、問題は鹿島考案の『理想の提督と艦娘の日常』を周囲が見る事である。
「それで吹雪、お風呂上がるみたいだけど、後は寝るだけ?」
「うん。後は寝るだけ……一緒の布団で」
「「「へ?」」」
「うん。言いたい事は分かるよ。私も流石にどうかと思ったし。
でも、止められなかった。護衛として少しでも側にいた方が良いとか言われて」
現状は大潮だけだが、今後は交代でその任務に就くという名目で、艦娘が寝食を共にする。
どう考えても鹿島の願望だと思うが、自分の願望でもあると言われたら否定できない。
「さ、流石鹿島先生! ナイスアイディア!」
「う、羨ましいかも」
「ねえねえ、ウチもやろうよ」
好評だった。如月以外も、こんなに欲望に忠実だったかと疑問に思うが、艦娘が提督に抱く気持ちとしては間違っていないのかもしれない。
同時に、新しい提督の日常は、横須賀鎮守府に在籍する艦娘の、娯楽対象になる。それを止めるのは無理だと諦めるしかなかった。