最も来て欲しかった朝潮が着任した。
それを引いた鷲一の強運に、吹雪は思わず拳を握りしめる。
松風の言葉を気にしないようにはしていたが、やはり考えてしまう。
運の無い提督より、運の良い提督の下で戦う方が良い。
例え前者の方が卓越した指揮能力を持っていたとしても、やはり不安に思う。上官の運の無さは、士気にも関わる。
戦場では、悲壮感にあふれているより、楽天的なくらいの方が力を発揮できる。
強い艦娘に明るい性格のものが多いのも、戦場を肌で知っているからこそだ。
その朝潮は、大潮に抱きつかれて一生懸命になだめている。
司令官を前にして、決めていたのだが、再会に喜んだ大潮に抱きつかれて台無しである。
ただ、朝潮も嬉しいのか、大潮の頭を撫でながら満更でもなさそうだ。
しかし、何時までも、姉妹の再会を見ている訳には行かない。
朝潮が最初に来たのだ。その利点を最大限に使わせてもらう。
「さて、もう少し感動の再会を喜んでもらいたいけれど、朝潮ちゃんには色々と説明したいから、少し付き合ってもらえるかな」
「了解です。吹雪さ……ん?」
「うん。私は吹雪だけど、貴方の司令官の吹雪ではない。その辺りの事情は分かるかな?」
自分と同一の存在が複数いる。その事実は違和感だらけだったが、受け入れてしまうと大丈夫だった。
目の前の朝潮もそうだと思う。
「……はい。大丈夫です。吹雪さんの司令官は別の方なのですね?」
「正解。現状の事とか、色々説明したいの。
鷲一くんも朝潮ちゃんに見蕩れているところ悪いけどゴメンね」
そう言うと、動揺するが、内緒話をすることへの抵抗は無いようだ。安心して朝潮を別室へと連れて行く。
「さて、ざっとだけど、現状の戦況を含めて、朝潮ちゃんの司令官のこととか説明するね」
すでに、南半球は深海棲艦の勢力圏である事。この日本は地理的に孤立している事。
同盟国であるアメリカは遠く、同じくロシアは戦力不足から、逆に東の海の防衛を日本に頼っている事。
周辺には頼りになる国は無く、逆に鷲一にとっては危険な存在である事。
これらを説明した段階で、朝潮が質問を挟んでくる。
「ロシアとは、ソ連のことで良いのでしょうか?」
「うん。ソ連は崩壊してロシアに戻ったの。帝政では無いけどね。それと、今は味方だから敵視は無しね」
「それは大丈夫です。アメリカも問題ありません。
ただ、気になったのは、かの国は我が国には劣ると言っても、海軍はあります。
そして、西の海は欧州の艦娘がいると思いますが、何故、東を我が国に頼るのでしょうか?」
「答えは簡単。西も東も守る余裕が無いから。南は中国だから、大きな河がある上に、戦力としては……ね?
そして、深海棲艦には、私達と一緒で足がある」
「なるほど、理解しました。あの東西に広い国土を、南からの攻撃から守る。
ソ連の艦娘では守るだけでも精一杯でしょう」
「理解が早くて助かるわ。
でも逆に、そのお蔭っていったら不味いけど、燃料なんかは、あの国から輸入できるの。輸送はこっち任せだけど、あちらとしても日本の陥落は絶対に避けたい」
「防波堤ですね。ですが望むところです。
それと、中華民国ですが、陥落していないのですか? 司令官にとって危険だと言っていましたが?」
「まず、訂正として、中華民国は、あの大戦の後、共産党との戦争に敗れ台湾に逃れたの。
その台湾は陥落している。
今の中国は、共産党が作った国だけど、共産党の軍事力が深海棲艦に壊滅状態にされたから、各地で蜂起がおこり、あの地は分裂状態で内乱中よ」
「なるほど。司令官を身を望む者は複数いて、しかも、人間相手に私たちの力を使いたがっていると考えて良いのでしょうか?」
「私の司令官や、他の提督、それに今の日本政府は、それを危惧している」
「了解しました。それで、今の司令官の状況は?」
「横須賀鎮守府の預かりよ。鎮守府の運営も艦娘の指揮も無理だから、これから勉強するところ」
「分かりました。ですが、ご心配には及びません。この朝潮が着任したからには、司令官には勝利をお届けする覚悟です。
どこかで鎮守府を開くべきです」
内心で微笑んだ。予想通りの反応だ。
朝潮はもちろん、他の艦娘も同じような反応を見せるだろう。
自らの提督には、独立して鎮守府を運営して欲しい。そう思う筈だ。
だからこそ、朝潮が、正確には朝潮と大潮のコンビが最初に揃ってほしかった。
「でも、鷲一くんは子供だから、難しいかな。
それに……朝潮ちゃんたち弱すぎて、鷲一くんを守るなんて無理だし」
本当に、意地の悪い物言いが出来るようになったと、我ながら感心しながら声を出した。
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「初めまして。如月と申し…」
「挨拶は良いから、戦闘準備をお願いします。ペイント弾だけど、怪我をさせないように」
吹雪と変わらない位の年頃の少女が挨拶をしようとしたが、吹雪に中断されて追いやられる。
如月は文句を言いながらも、海上へと立つと、離れて行った。
「吹雪さん、どういうつもりです?」
「へ? どうって、朝潮ちゃんが、自分の力を見せるって言うから、対戦相手を用意したんだけど?」
朝潮が憤慨しているが、それに取り合うことなく、逆に挑発している。
「さあさあ、大潮ちゃんと二人がかりで良いから、頑張って如月ちゃんに掠り傷の一つでも付けてきて」
「私は吹雪さんとの勝負を希望しました」
「う~ん、じゃあ、万が一、じゃなく、億が一にでも、如月ちゃんに勝てたら、相手をしてあげる。
あ、当然、大潮ちゃんと二人がかりで良いよ」
「くっ、分かりました。やりましょう。大潮は見ているだけで構いません」
「あ、大潮ちゃん、朝潮ちゃんが危なくなったら、手を出していいからね」
朝潮が吹雪を睨みつけるが、手で追い払う仕草をして、如月の待つ海上へと行かせる。
二人が行った後で、ほっと息を吐いていた。
無理をしている。そんな気がしたが、何事もなかったかのように質問をしてくる。
「さて、この勝負、鷲一くんはどう見る?」
「えっと、大潮と朝潮より、如月って人の方が大きいし」
「ああ、確かに、普通ならそう見るか」
何か違うのだろうか、そう思ったが、せっかくだから講義を始めると言って説明を始めた。
「艦娘の強さは、5つの項目で判断できるの。それが何か分かる?」
「いえ、分かりません」
「一つ目、元の艦のスペック。
二つ目、元の艦の経験。これは言い換えれば、かつての戦争で操っていた人たちの技量ね。
三つ目、現在使用している装備の性能。
四つ目、艦娘になってからの経験値。
最後の五つ目、提督の能力」
それを聞きながら、戦闘を見ると、すでに大潮が参戦している。
対する如月は、二人を相手にしても余裕の表情だ。
「まず、一つ目なんだけど、これは朝潮ちゃん達が上。
如月ちゃんは睦月型って言うんだけど、その睦月型を飛躍的に強化されて作られたのが、特型、又は吹雪型。
その特型を更に発展させたのが朝潮型」
「吹雪型って、吹雪さんより強いんですか?」
「正確には、性能が上。まあ、私の欠点を克服して、優秀な装備を乗せたからね。当然ながら上よ。
そして、二つ目の経験なんだけど、これも朝潮ちゃんと大潮ちゃんの方が上。
私も如月ちゃんも、これと言った武勲は無いんだけど、あの二人には有る。
自分より多い艦隊、しかも軽巡までいる相手に大立ち回りをして勝利しているの。その事で、駆逐隊として表彰もされている。
まあ、そんな訳で、朝潮ちゃんは、私からの、上から目線に怒っちゃったんだけどね」
「ワザと、ですよね?」
「まあね。それより話の続きだけど、三つめは変わらないか、これも朝潮ちゃん達が上。
如月ちゃんには、新型の装備があるけど、今回は使わせていない。ところが……」
戦っている最中の三人を見る。
吹雪の説明では、朝潮たちが上だというのに、朝潮も大潮もペイント弾に汚れきって満身創痍に見える。
それに対して、如月は汚れ一つなく涼しい顔をしている。
いや、とうとう朝潮が倒れてしまった。大潮も動きが鈍っている。
「ちょっと、驚き……そうか、アレか」
吹雪が面白そうな表情で見て来る。
アレとは何か、聞こうとしたところで、大潮も倒れてしまった。
完全に勝負ありだ。
「はい、撤収。如月ちゃん、二人を連れてきて」
距離があるにもかかわらず、耳に手をやり、普通に声をかけると、如月が両手で丸を作る。その後、二人に手を貸して、ここまで連れて来た。
ペイント弾に汚れた二人は涙を浮かべている。
朝潮に至っては、捨てられそうな子犬のように見つめて来るので胸が痛んだ。
「さて、話の続きなんだけど、五つの内、三つが朝潮ちゃんが上なのに、この結果。
理由は分かるよね?」
「残りの二つで、如月さんが二人を大きく上回っている?」
「正解。四つ目の艦娘としての経験。そもそも、船には手も足も無いのに、今はある。
当然だけど、それに慣れないとね。朝潮ちゃんより、大潮ちゃんが動きが良かったのはそれ。まあ、鷲一くんの影響かな」
何をしたのかと思ったが、吹雪は話を続ける。
「そして、最後の五つ目。私たちの司令官は確固たる意志がある。この国を守りたい強い意志が。私たちはそれに応えたいと願っている。
でも、鷲一くんはどうかな?」
強い意志など無い。これまでは守ってもらう事を当然のように受け入れていた。
世話になり続けている環境も当たり前だと思っていた。
だが、その境遇に反発した朝潮は、むしろ正しいのではないかと思う。
強い意志、それを示した瞳が濡れている。それをしたのは、如月ではない。自分だ。
「朝潮ちゃんも、司令官を守りたいなんて思ている内は、私たちにも、他の鎮守府の艦娘にも勝てない。ちなみに、
朝潮が、ついに涙を零した。
身体が震えている。それに、怯えた視線で見て来る。
「申し訳……ありません」
「違うよ。悪いのは俺だ。俺が何も示せなかったから」
国を想う。守りたい人を護る。
それが提督と呼ばれる人たちなんだろう。
そう思わなくてはいけない。
「でも、そう簡単には無理だよね?」
こちらの想いを見透かすかのように吹雪が笑う。
そうなのだ。強く思おうとしても、どうすれば良いのか分からない。今のままでは、艦娘に頼る以外、何をしていいのかも分からない。
「だから、学んでほしい。話してるけど、4月からは、鹿島さんを講師にして勉強してもらうけど、大事なのは鹿島さんに習う事では無いの。
一緒に勉強をする朝潮ちゃんや大潮ちゃん、他の艦娘と一緒になって、いろんな経験をして考えて欲しい」
「へ? 一緒に勉強? し、司令官と御一緒に!?」
「そうよ朝潮ちゃん。大潮ちゃんもだけど、4月から1年間は、朝潮型の子は、鷲一くんのクラスメイトになるから、それともイヤ?」
「と、とんでもありません。この朝潮、全力でクラスメイトをやる覚悟です!」
朝潮は先程までとは大違いで、元気になった。
まるで、リードを持った飼い主を見て、散歩できると楽しみにして、尻尾を振っている犬のようだ。
「それじゃあ、今日は勉強は良いから、鷲一くんは朝潮ちゃんを案内してやって。その後はバスケを楽しんで良いから」
「遊んでて良いんですか?」
「良いの良いの。むしろ、楽しみなさい。特に朝潮ちゃんは人の身体に慣らさないと」
「わかりました。じゃあ、行こうか」
「了解です! よろしくお願いします。それと吹雪さん、先程は失礼しました!」
「大丈夫大丈夫。わざと煽ったんだし。むしろ、予想通りの反応で助かったかな」
「はあ、ですが……」
「それより、これからは、面倒な子が来ると思うけど、よろしくね」
「面倒?……あの、つかぬことをお聞きしますが、満潮と荒潮は、それに他の妹たちは、私が沈んだ後どうなったのでしょうか?」
「え~とね、満潮ちゃんは、あれから転々としたせいか、ひねくれちゃった。
荒潮ちゃんは、朝潮ちゃんが沈んだ後、直ぐに。最後の光景がショックだったのかな~少し変な子に」
「ど、どんな顔をして会えば良いかわかりません」
「大丈夫だよ。ウチもだけど、他の鎮守府でも八駆は仲良しだから。
それと、霞ちゃんなんだけど、司令官を『クズ提督』とか言っちゃうけど、根は良い子だから、よろしくね」
頭を抱える朝潮に対して、肩の荷が下りたような表情の吹雪は、実に嬉しそうだった。