南雲ハジメは今日もまた。
襤褸の服を着て街を流離う。
ふらりと入った呉服店。
そこで目が合う異形の怪物。
その時ハジメはふと閃いた。
「このアイディアは学校生活に活かせるかもしれない!」
ほんと、ごめんなさい。
「はぁ……」
秋の寒がり。夕暮れの商店街を、ぽつんとひとり、少年が歩いていた。その足並みは遅く、どこか足に鉛が付いたかのように遅く、その顔は夕焼けに照らされながらも暗い。
そんな暗い表情を浮かべた少年は、制服の襟を捲る。今年の春に高校に入学し、まだ真新しい学生服。その下にあるモノに、少年は吐息する。
「陰湿なんだよ、あいつら……」
真っ黒な、およそ学ランと呼ばれるものの下には、買って短く白いはずのシャツが、見るも無惨な姿で隠されていた。
「はぁ……」
少年は、再度ため息を吐いた。
シャツがこんな姿になってしまった原因というのも、さほど珍しいものではない。イジメである。
南雲ハジメ、高校一年生。
晴れて高校に入学し、華の高校生活を迎えるはずだったハジメの夢は、とある少女によって叶わないモノと成り果てた。
少女が繰り出す無自覚の悪意に晒されたハジメは、今や学校中の嫌われ者だ。例え何もしなくとも、悪意の刃が身を切り裂いて、もはやハジメは満身創痍だった。
学ラン事態は傷ついていないのは、それに要因する。簡単なことだ。外見にバレればさらに彼女がハジメに構うから、である。だからこそ、外に出るような傷はつけない、というのが奴らの陰湿なところなんだ、とハジメは嘲笑する。
「さて、どう誤魔化すかなぁ」
内心で嘲ったからか、幾分か心が軽くなったハジメ。今日は確か、両親とも帰ってきていたはずだ。よりにもよって、という心持ちであるが、居てくれること自体は嬉しいために複雑な気分といったところ。
商店街を抜け、家への道を急ぐ。今日は図書館に篭っていたこともあり、遅くなってしまった。もしかしたら、両親が帰ってきているかもしれない。玄関で鉢合わせたらそれこそ最悪──と、そこまで考えて足が止まる。
「──こんなとこに、店なんてあったっけ」
とある店の看板に、目が止まった。
『ブティック・クリスタベル 地球支店』
それだけ書かれた看板に、妙に惹き寄せられていた。住宅街に聳え立つ、異質な店。地球支店という謎の言葉。昨日まではなかったはずのその店は、どこか心惹かれる魔性を放っていた。
「……制服買わないといけないし、寄ってこうかな」
あまりに軽薄に、そんなことを口にした。
それが、
”何に対して?”
それを戯言と切って捨て、ハジメは足を踏み入れた──
──あっ! このアイディアは
彼はきっかり一時間後、そう
**
早朝の校舎。もう春先になり、涼しい風が校舎内に吹き込み、過ごしやすくなってきた頃。下駄箱に廊下に教室に、所狭しと生徒たちが談笑していた。
聞こえてくるのはたわいもない世間話に冗句に漫談猥談。実に高校生らしい言葉を交わし、朝の青春の一ページに相応しい光景だった。誰も彼もが笑顔で、こんな青春の最中を邪魔するものはいない──
──
──ギシッ
それは、本来会話の中で聞こえるはずのない、微かな音だった。だがしかし、そんな微音は、明瞭に響き渡った。その瞬間、誰も彼もが口を閉じた。
その身体には季節にあるまじき汗が伝い、微かに震えていた。それは何よりも、それが何よりも恐ろしいことを雄弁に語っていた。
──ギシッ!
────来た。
そう察するにはあまりある距離で音が鳴る。誰もがそう確信し、決して目を合わせまいと必死に視線を背けた。だけど口だけは、いつも通りに。
口を閉じるな、勘繰られる。
足音消さすな、悟られる。
視線を合わすな、気取られる。
覚悟を決めろ。それがこの数ヶ月で知った現実だ。性別も部活も何もかも違う生徒たちは、ただその瞬間のみ団結していた。
彼らが覚悟を決めたその瞬間、それは、その姿を表した──
「あらぁ〜ん、みんなおはよぉ〜〜ん♡」
────それは……何だ。
化物と形容すればいいのだろうか。身長二メートル
驚くべきはその体躯だ。ボディービルダーすら真っ青な筋肉の鎧を纏っており、くねくねと動くたびにピクピクギシギシと蠢いていた。
恐るべきはその服装。学校指定の制服であるはずなのに、その原形が残されていない。何もかもが露出され、極め付けは膝上三センチを鼻で笑う超ミニスカート。ありがたくないパンチラをかましながら大腿筋が踊る様は、生徒たちを冒涜的な何かに叩き落としていた。
「ば、化けも──」
「バカッ、お前ッ!」
転校生だったのだろうか、あまりの恐怖に思わず口を滑らせる、友人が必死に口を押さえるも、もう遅かった。
「だぁ〜れが、究極生命体すら地球から逃げ出す、見ただけでSAN値がマイナスに達して狂気に陥る化物だゴラァァアアッ!!」
「ひぃっ!」
「ひっ、す、すいません
──南雲先輩、そう呼ばれた化物は恐ろしい(元から恐ろしかったが)憤怒の形相から笑顔に戻し、生暖かいカーペットを生み出す後輩に笑いかけた。
「いいのよぉ〜ん。だけど、次は気をつけねぇん」
「は、はい……」
そう言って、化m南雲ハジメはその場を後にする。
何を隠そう、彼が南雲ハジメである。いや、隠せてもいないが。
純朴平凡であったハジメは数ヶ月前、とある人物に出会った。クリスタベルと名乗るブティックを営む女……男? に出会い、ハジメは色々あり変わった。うん、本当に色々あって。
突如として変わったハジメであったが、誰もそれを口に出すことはできない。だって怖いから。色んな意味で。
「おねぇさまぁ〜ん♡ おはようございますぅ〜」
「あらぁ〜、だいちゃ〜ん。おはよぉ〜ん♡」
ハジメに語りかけたのは、“だいちゃん”と呼ばれた、同形の異形であった。ハジメとは異なり、頭頂に聳え立つは三柱であったが、見た目の強烈度で言えば遜色ないので割愛する。
「はぁちゃんったら、ひどいんだからぁ。あたしを置いていくなんてぇ〜ん」
「そんなわけないじゃなぁい。だいちゃんってば、ずぅっとお洋服選んでるんだものぉ」
「だってぇ〜ん。とぉっても可愛かったんだものぉ♡」
なんだ、そのなんだ、これ。
巨大な筋肉が女制服着て駄弁ってる。なにそれこわい。生徒のSAN値は直葬だ。
だけど彼らはなにも言わない。だって怖いから。
それは、視覚だけの恐怖ではない。彼……彼女らと同族にされるという意味で。
“だいちゃん”。
かつて彼女は、“檜山大介”という少年らしく、淡い恋心を抱く高校生だった。
とある少女に恋をしていた彼は、南雲ハジメに嫉妬から嫌がらせをしていたのだが──変わり果てたハジメに、多少ビビりながらもいつものように絡みにいったのだが──
『あらぁ〜ん♡ おはよぉ〜ん、だ・い・ちゃん♡』
“ま、ちょ、まっ”。
それが檜山大介の遺言だった。
恐ろしい速度で両腕を掴まれたと思えば、ハジメに「おねぇさまのところにいくわよぉ〜ん」とどこかへ連れ去られ、その日一日どこかへ消えた。
そして三日三晩の時が立ち、檜山大介は姿を表した。変わり果てた姿となって。そして、くるりと一回転しバチコンとウインク。開口一番こう言った。
『みんなぁ〜ん、どぉ? この服ぅ〜』
それは、生徒たちを悟らせるには十分だった。
その日から、教師すらも何も言えなくなった。同族にされるから。見境もなく、アレにされるから。
「はぁちゃ〜ん、おはよぉ〜ん。早速だけど、これ見てみてぇ〜ん♡」
「あらぁ、こうちゃぁ〜ん、なにそれぇ」
そして増える四本角の化物。朝の校舎に聳え立つ三柱の化物。生徒たちの目はもう死んでいる。ちなみに“こうちゃん”は“天之河光輝”と呼ばれていた以下省略。
「このスカートなんだけどぉ、すぅっごく可愛いいと思って持ってきたわぁ」
「わかるぅわぁ〜ん」
「すぅっごくいいと思うわぁん」
ライトに地獄を顕現させた三人は、笑い合いながら廊下を進む。その会話はまさに、どこかの庭園でお話をしているよう。そんな微笑ましい光景が校舎を行脚する様はまるで百鬼夜行。今日もまた、生徒たちの心が死んだ。
**
『ブティック・クリスタベル』
そう書かれた服飾店にて、今日も彼女は笑う。
「あら〜ん、いらっしゃい♡ 可愛い子達ねぇん。来てくれて、お姉さん嬉しいわぁ〜ん♡」
そう言って、彼女は今日も手招いた。
いつだって、彼女はそこにいる。
ステキな服を、人々にプレゼントするために。
いつだって、彼女は笑っている。
好みの男を見つけるために。
いつだって、クリスタベルはそこにいる。
いつ何時でも、あなたのそばに。
『ブティック・クリスタベル 地球支店』
今日も暖簾を開げて、あなたを待っている。
あの人なら拳一つで時空に穴開けて地球来そう。
えらいものをインストールしたハジメくん。
本当にごめんなさい。