離島の指揮官 作:あすか
「これで、これでたとえ指揮官であったとしても、確実に――――殺れるのです」
☆ ☆ ☆
朝。心地の良い朝だ。窓を開けると、一陣の海風が部屋に吹き抜ける。海は、太陽の光を反射してキラキラと、星のような美しき光を放っている。
「とりあえず、綾波の部屋に行ってみるか」
俺が今いる離島はもともと基地の建てられていたところだ。故に、生活するには困ることのないしっかりとした建物がある。すでに半ば打ち捨てられていた基地とはいえ、そこを俺は不当に占拠しているわけだ。にもかかわらず、攻撃が仕掛けられてこないということは、それだけ俺を過大評価しているのか、それとも単純に綾波を恐れているのか。
「いやー、この時間なら綾波も寝てるかな?」
綾波の部屋に向かう途中の廊下で、少し考える。俺が綾波の部屋を訪れるのは毎日のことだが、今日はいつもよりも少し早い。
けれども、すでに起きている可能性はある。俺が毎日毎日綾波の部屋を訪れるのは、ちょっとした狙いがあり、
例えばだ。
『綾波? 入るぞ?』
『あ、指揮官! まっ――』
『あっ!! 悪い、まさか着替えているとは……俺としたことが、注意が足りなかった』
『……いえ、指揮官は何も悪くないのです。むしろ……綾波は、指揮官に見てもらえて嬉――』
そこで、出てきたよだれをぬぐって俺は妄想を止める。もしこんなことを考えているなんて綾波に知られてしまったら、ほとんどあり得ないことだが、綾波から嫌われてしまうかもしれない。
「けど、こういったことが起こるかもしれないっていうだけで、もう我慢ができないぜ!!」
俺は意気揚々と(当然ノックすることなく)綾波の部屋のドアノブに手を伸ばし――
「これで、これでたとえ指揮官であったとしても、確実に――――殺れるのです」
フリーズした。
☆ ☆ ☆
「あばばばば、あばば? あばば、あばあ、ばばあ」
「えー……ちょっと指揮官どうしちゃったの?」
あれから、気づいた時には俺は、自分の部屋の扉の前であおむけに倒れていた。そこに、重桜を抜けてまで俺についてきてくれている、瑞鶴、翔鶴が現れて、不思議そうに俺を見る。
「綾波が……綾波が……俺のこと嫌いに……」
「……信じられないことに、信じられないね」
「指揮官がどうして綾波から嫌われないのか、気になっていましたけど、いざ嫌われたといわれても想像がつきません」
「……綾波が『たとえ指揮官であったとしても、確実に殺れる』っていって……」
「……うーん?」
「あの、もし綾波が感情的になって指揮官の抹殺を企てているとして、その心当たりは…………ありそうですね」
「いや……もはや風呂に入っているときに乱入するとか、下着を盗むとか、その程度で殺されるとは思わないから」
「かなり屑みたいなこと言ってるけど、納得できるのが指揮官のすごいところだね」
瑞鶴に褒められたが、今はそれほどうれしくない、綾波がどうしてあんなことを言っていたのか、それがわからない限り、俺の精神の安寧は遠い。
「けれど、基本的に艦船少女は自らの指揮官を殺せるはずがないんですが」
「ああ、殺意、悪意、害意をもっての指揮官への攻撃は基本出来ない。愛をもって殺されかけた指揮官を知っているから穴だらけだとは思うが。だから綾波の発言も、『たとえ指揮官であったとしても』が入っている。なんだかの抜け道を見つけたんだろう。っていうか綾波に殺されるならそれはそれでいい気がしてきた」
「……一応私たちの指揮官なんだし殺されちゃったらさすがに困るんだけど?」
瑞鶴がツンデレだー。ただ、目をそらして頬を赤くしたりせずに、ただあきれ果てた目を向けている理由が気になるが。
「それで、とりあえず理由がわかれば、謝って許してもらうという選択肢も取れます。何をしたのかわからずにとりあえず謝るというのは、この場合逆に怒らせてしまうだけでしょうから。差し当たって、昨日あたり、綾波に何か怒らせるようなことをしましたか?」
怒らせるようなこと……?
「うーん、風呂に一緒に入ったときはうれしそうだったからそれより後」
「なんでこの人しれっと綾波と混浴しちゃってんの?」
「瑞鶴……嫉妬は見苦しいぞ?」
抜刀しようとして翔鶴に止められている瑞鶴を横目に、少し考える。
「うーん、風呂入って寝るまでの間なら二つくらいだな」
「……そんな短時間に何で二回も怒らせるようなことをしてるの」
「でしたら、その二つの中に何かあるのかもしれませんね」
「うーん、じゃあ、一つ。虫が出てきて恐怖のあまり綾波に抱き着いてついでに匂いを嗅いだ」
「うえー」
「……ですが、その、その程度でしたら日常的にしていらっしゃるような」
「ああ、いや、抱き着いて匂いを嗅いだだけで殺されてたら命が万あったとしても足りないよ。ただ、虫を怖がって綾波に抱き着いたことに失望されて、『こんな貧弱な指揮官なんていらない、よし、殺ろう!』みたいになったのかと思って」
「いえ、それはそれで、今更その程度で殺したりしないと思いますけれど、長い付き合いなんでしょう?」
「まあ、初期艦だしな」
初期艦以上だが。
「確かに、綾波は俺の虫嫌いを知っていたか。ならもう一つだな」
「でも、あの綾波が間違っても指揮官を抹殺しようと考えるようなことをしちゃったと思っているわけ?」
瑞鶴はもう一つも大したことではないのだろうと思っているのか、片目を閉じて、疲れたようにため息交じりに言った。心なしか、顔に『自覚あるならそういったことをするな』と書いているようにも見えるが気のせいだろう。
「ああ、これは流石に、自分でも気持ち悪いと思うし、正直事故だったんだ」
しかし、俺の真剣な様子に気おされたように、瑞鶴と翔鶴は困った様子で顔を見合わせる。俺が前にここまで真剣になったのは重桜を抜けるとき以来だろう。
「うっかり押し倒して胸を揉んだ挙句に、スカートの中に顔を突っ込んじゃった」
「……うーん?」
「それくらいでしたら……それほど怒らないように思うのですが? いえ、十分刺されても文句は言えないことをしていらっしゃるとは思いますが」
「いや、俺は直接綾波の胸を揉んだことも、スカートに顔を突っ込んだことも今までなかった。そこは超えてはいけない一線な気がして」
「もう駄目な一線を何本も超えている気がするから気にしなくていい気もするけどね」
瑞鶴がそんな意味の分からないことをぼやいたちょうどその時、廊下の奥から綾波が歩いてきた。
瑞鶴と翔鶴の間にわずかに緊張が走る。瑞鶴は腰の刀に手をかけて、翔鶴はいざとなれば俺と瑞鶴を連れて避難できるように準備をしているようだ。
「指揮官……渡したいものがあるのです」
綾波は、手に金属製の筒のようなものを持っていた。なるほど、爆弾か。
「……指揮官……」
瑞鶴は、目で、まずは自分が受け取ってみると俺に伝えるが、俺はそれを手で制して。
「いや、俺が受け取るからお前らは離れてろ。俺は嫌われたことにはショックを受けたが、最悪殺されることに対しては何とも思わない。それがあいつの選択なら受け入れる」
瑞鶴は俺を止めようとするが、それより先に俺は綾波から金属製の筒を受け取る。万が一これが爆弾で、次の瞬間爆ぜたとしても、この三人ならば、無傷で耐えるだろう。
しばらくたっても何も起きない。
「……綾波、これ何?」
「殺虫剤です」
「…………殺虫剤?」
「射程の長いもので、指揮官が虫が苦手でも、近づくことなく殺れるのです」
「……あ、あー。『たとえ指揮官であったとしても殺れる?』」
「ええ、虫が苦手な『指揮官であったとしても殺れるのです』」
「なるほど……」
くるりと振り返ると、あきれたような様子の瑞鶴の顔が見える。
「まったく、指揮官ったら綾波に嫌われた、殺されるって大騒ぎしちゃって大変だったのよ?」
「何言ってんだ瑞鶴? 綾波が俺を殺そうとするわけないだろ? 常識的に考えてみなよ」
「……」
無言で刀を抜こうとした瑞鶴に殺虫剤を向けて牽制する。
綾波は不思議そうに首をかしげてその様子を眺めていた。