「……また来ます」
「……はい」
あまりにも会合はあっけなく終わった。『ふうま御一行』は食い下がり会合を続行させることもなく素直に部屋を出ていく。
彼等が退室した後、真っ先にガソリンくんが膝でスライディングをかましながら両手の中指を出口に向けて突きたて、変顔のまま舌をべろべろと出して扉に向けて小声で口汚い言葉で罵り倒す。
私もフレイムさんのように緊張の糸が切れて、立ち上がろうにも立ち上がれず両手を前に付くと犬のように四つん這いになってしまった。開いた口からは乾いた笑い声だけが漏れ出てしまって……。
しかし、奴隷商さんとチーフさんの話し声が聞こえ視線をそちらに移すと、羅刹さんがベロベロに煽り倒すガソリンくんの首根っこを捕まえて奴隷商さんのもとへ、神妙な顔をした傭兵さんも、フレイムさんも集まっているのが見えた。
「……ぁっ……私も……」
本当に無事に終わったんだという安堵の元、ガタガタと震える膝を叩きながら私もオークさん達の事後報告会に参加しようと近づこうと立ち上がる。しかし腕が後方に引かれたままで、ガクンと先へと進むことができない。どうやらオークさんが私の手を掴んだままで私の左隣りに座っていたままだったようで、彼に引っ張られて先に進むことができなかったようだった。
「皆さん集まってますよ。私達も行きましょう?」
「…………」
掴まれている手と反対の手も、彼の手に添えて引っ張る。しかし、彼は座ったまま微動だにしない。きっと、また彼なりに言葉を選んで言いたいことがあるのだと思って、微笑みながら彼の正面に座る。
「…………」
「……」
「…………」
「……」
「…………」
「……?」
こちらはこちらで沈黙。向こうは私達が来ないにも関わらずに、小さな円陣を作って何やら話を始めてしまっている。そろそろ混ざらないと話の内容についていけなくなってしまいそうなのだが……。
「オークさん。奴隷商さん達が何かお話してますよ。行きましょうよ」
「…………」
「オークさん……?」
彼は何も言わない。私と手を繋いだまま置物になってしまったかのように微動だにしない。
それでもしばらくしてから、変化はあった。そっと手を離して私が奴隷商さんの元に1人で向かわないことを確認してから、おもむろに会合の際には着用していたトゲ付き肩パットありの鎧を脱ぎ始めたのだ。鎧を脱ぎ、武器を傍らに置き、私と向き直る。鎧の下には彼がラフな時にいつも着ているくすんだ灰色の首が伸びた肌着に、ベージュ色の襟が立派な上着を着ていて……。
「???」
「…………っ」
「!!!」
どうして鎧を脱いだのか、どうして皆との会話に混ざらないのか、どうして私の手を離さないのか、疑問に包まれ首を傾げる私に、オークさんは何も言わずに再び腕を掴んで引っ張って引き寄せると、そのまま引き倒すようにして抱き着いてきた。
彼のポヨンポヨンなお腹に私は沈みこむ。私の胸よりは筋肉質で少し固めだが、それでも彼のお腹の脂肪の塊のお腹は私を優しく包み込んだ。彼は鎧で蒸されて、肌着は汗ばんで、少し酸っぱくて、えっちな気分になって……♥ それでも私は彼のこの匂いが嫌いじゃなくて……。
「え?え?え? ……オークさん?」
「……っ。……っ」
がっちりと……それでも私が苦しくないぐらいには抱きしめられて、私の頭の上に彼の頭が乗っているため彼の表情は見えない。でも、何か口がパクパク動いて何かを話そうとしているのは分かった。
「なんですか♥♥? 今日はいつにもなく積極的ですね……♥ でも……♥♥♥ 今は、奴隷商さんのところにイって……♥♥♥ お話をしない……んッ♥♥♥ あぁ……酸っぱくて……♥ 男らしい匂い……♥♥♥ い、卑しい女でごめ——」
「……っ。……ごめんな……っ」
「え……♥?」
彼の胸の中で、半ば快楽のまどろみの中に落ちつつある私に、いま、オークさんは私に謝ったような気が……? 痛……首に……なにを……?
あれ……? なんか、どうじに……なんか……ねむくなっ……て? 奴隷商さんの……お話……きかなきゃ…………いけないのに……。
あったかい……おーくさんの…………おなか……あたたかくて…………ねむ……く……。
………
……
…
夢を見た。
私がこれを夢と言えたのは、私の目前には『私』が居た。
『私』が居て、それをバーチャルシュミレーターの中に入ってみているような。そんな感覚だった。
そんな中で、目の前の『私』は泣いていた。正面にはオークさん達が居て、皆 光の指す方に向かって武器を片手に振り返って、みんな笑顔で『私』と私に対して手を振っているのだ。『私』だけはなぜかその場で膝を着いていて、スローモーションで口だけが動いて、『行かないで』と言っているように見えた。
その『私』が口にしている言葉を理解した瞬間に場面が切り替わる。場面が切り替わったと言っても、その場にいるオークさん達と『私』の構図は変わらない。背景が変わった……私が認識できるようになったとでもいえばいいだろうか。その光景は約1年前見た光景。この基地の出口だった。
その背景も認識したところで、また場面が変わる。今度は、今までの光景に様々なレジスタンスのメンバーが加わる。みんな、笑って、これから死にに行くのに。笑顔で。避難所から出て見送りに来た人たちを悲しませないように。笑って。
場面が変わる。私達の後ろに見送りの避難民たちが『私』と同じように笑顔で、悲しんで涙を流しながら見送っている。
場面が変わる。見張り番の兵士さん達が『私』を取り押さえているのが見える。
場面が変わる。床にナナカマドの花と木の実。バーボンが置かれて……でも私が認識したのと同時に砂の城が崩れるように粒子状になって溶けて……。
場面が変わる。すべてが掻き消え、私しかいない。真っ暗な空間。
……ゆきかぜさんの声。
「彼等は最後まで勇猛果敢に敵の本陣までの血路を——」
……アスカさんの声
「ごめん。何か持って帰って来たら良かったんだけど——」
……ふうまさんの声
「すまない——」
……アビゲイルさんの声
「作戦は失敗した——」
目の前に現れる。7人。皆、申し訳なさそうな顔をして。
「——守れなかった」と言って、粒子状になって……消えて……。
……あの時に私が止めていたら——
………
……
…
「……嬢……お………お嬢……!……お嬢!」
「んぅ……?」
「お嬢!大丈夫か!?俺がわかるか!?!?」
夢から覚めて、ぼやーっとした状態で目を開けたときには目尻が異様に冷たくて、傭兵さんが私の顔をペチペチ叩きながら、頭上側から覗き込んでいるのが見える。いつもならカウボーイハットを被っているのに、今だけは被っていなくて、その禿げ上がった緑色の頭が天井のライトを隠していて、皆既日食みたいで……。
「んふ。うふふふふ……傭兵さん」
「よしッ! コイツは!?コイツは?!」
「…………」
「……オークさん……? ……んふ。……おはよう」
笑う私に、傭兵さんは嬉しそうにガッツポーズを取るとデコの上に冷たい濡れタオルを置くオークさんの胸元の服を掴んで、天井を見上げる私の顔に近づけた。皆既日食が終わって、今度は天井のライトがゲーム会社のディースリー・パブリッシャーの形になる。
私の目覚めの挨拶にオークさんは、口元をもにょもにょさせた。きっとおはようと言いたいのだろう。だから私は微笑んで、先におはようと彼に伝えた。
それから上半身を起こして状況を確認する。どうやら布団で寝かされていたようで、床にはふかふかの敷布団、体には温かい羽毛布団が乗せられていた。少し胸元が開かれていて、きっと眠っている間に息苦しくないようにガソリンくん以外の誰かが緩めてくれたに違いないと思った。
「こっちの熟してないプチトマトとプチトマトみたいな奴らは!?」
「誰が熟してねープチトマトだゴルァ!!!」
「白雪姫ノお目覚めダナ。トマトはネーケド、秘蔵の家庭菜園メロンならあるゾ。喰うカ?」
「ガソリンくんと……フレイムさん? あと2人の背後に羅刹さんとチーフさんも居ます」
まだ、目が覚めてぼやーっとする私に、羅刹さんとチーフさんに首根っこを掴まれクレーンゲームにつるされたような状態になったガソリンくんとフレイムさんも姿を現わす。
一体、傭兵さんは何をそんなに焦っているのだろうか? なんだか、すごくよく眠れたような気がする。疲労が蓄積された身体が何処も痛くない。
「うおぁあああああああ!!!! よかったぁぁぁあああぁああ!! もう目覚めないかと思ったぜー!!!」
「……うぅうぅぅぅ」
今度はザメザメと泣き出してしまう。なに? 私が寝ている間に何があったの?
「あー……小娘。お前、丸2日間ぐらい寝てたんだよ。それにさっきまでは、ひどくうなされていてな」
「うむ……フレイムが睡眠薬の分量を誤ったみたいで……」
「え? 睡眠薬?」
羅刹さんとチーフさんの言葉に眉間にしわを寄せて目を細める。そしてその顔のまま、フレイムさんを見た。
「ダ、ダカラ、お詫びのメロン! デ、デモ、俺は悪くネーゾ! 総大将がヤレって! それに実行犯は新兵だシ? 俺は調合したダケデ……」
「……。なるほど! なるほどぉ? 実行犯はオークさんで、指示した主犯格は奴隷商さん。幇助犯はフレイムさんですか! なるほどぉ……?」
「ユ、ユルシテ……ユルシテ……。I'm Sorry. Please forgive me」
「……今度からガソリンくんと同じように、フレイムさんのこと……赤いのでレギュラーくんって呼びますね!」
「Aaaaaaaaaaaahhhh! チ、チーフは知ッテイテ、黙認してたゾ!!!」
「きさっ余計なことを言うんじゃな――」
「じゃ、チーフさんのことは、緑色なので今後軽油さんって呼びます」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!゙」
「だから俺はやめとけって言ったんだ……軽油」
「オレも止めたぜ。ちゃんと小娘にも説明しようってな。軽油」
「ぐぐぐ……お前等……!」
苦虫を奥歯でかみつぶしたような苦しそうな声を上げる軽油さんに、メロンを風呂敷に包みながら一矢は報いたという顔をするレギュラーくん。
俺は? 俺は? と改名を希望してそうな顔をしたガソリンくんには、にっこりとした笑顔だけを向けておく。オメーは一生、黄色のガソリンのままだ。
「ところで羅刹さん、説明っていったい……?」
「…………それは俺から話す」
しかし、朗らかな日常の空気が包み込み始めていた空気が、私の一言によって再び影を落とした。それでも、今度こそ逃げないと言った顔つきになったオークさんが私の正面にやってきて、他の皆は邪魔しちゃいけないというようにイソイソと部屋を退室する。
そして、短い深呼吸ののち。
「俺は、俺達は英雄ふうまの作戦に乗ることにした」
「——ッ」
いつもなら言葉を選ぶオークさんなのに、この時ばかりは初めから台詞を考えていたように間髪入れずに述べてきた。
今の楽しい日常の会話で忘れかけていた、夢の光景が脳裏でフラッシュバックする。それはまるで正夢になってしまいそうな妙な暗示があって、夢の『私』のように『行かないで』という言葉が出てきてしまいそうになる。でも。その言葉を私は飲み込む。
「睡眠薬で眠らせたのは、もしもこういうことがあった時の為に事前に予測していた総大将の指示だが、俺の意思でもあった。羅刹と傭兵はああ言ってはいるが、相談しても反対すると思ったからで…………すまないことをしたとは思っている。でも、あの花を渡して、花言葉を教えられて、受け取ってもらったときから『お前を守る』ことを俺は決めたんだ。だから、その…………お前から離れてお前を守ることを許してくれ」
「……」
「事後報告になってしまって、本当にすまないと思っている」
「…………1つだけ、聞いても良いですか?」
「なんだ」
……いつもと立場が逆転してしまったようだ。今日は私が、オークさんのように言葉を選んで。言葉を飲み込んで。これから戦地へ、死地へ向かう彼に送る言葉を選んでいる。
「……それは、オークさん自身が決めたことですか? ……総大将である奴隷商さんや、大将であるチーフさんが決めたことではなくて……?」
「ああ。そうだ」
力強い返事。引き締まった声。揺るぎない決意の象徴。
私も深呼吸をする。彼の答えで、私の決断も今決定した。
「……反対するわけ……ないじゃない……ですか」
「……!」
「……だって、それはオークさんが自分の意思決定で決めたことでしょう? ……いつも分隊の中では自己主張の控えめなオークさんが。……これで、あの2人が独断で決めたのであれば猛反対したと思います。……でも、それがオークさんの選んだ道なら……引き止めませんよ……。……いって……らっ……しゃい……どうか……ご……無……事で……」
「…………」
声が震える。本当は行ってほしくなんかない。ふうまさんの推測は正しいのかもしれないが、それでも奴隷商さんが私に教えてくれた新たな新天地である『バロネスシティ』へみんなで赴いて、楽しく廃墟で拾い集めた物資で店を開いた方がよっぽどいいに決まってる。
推薦状を持って、1人だけでバロネスシティにある酒場『吊るし屋』ギガースさんの元で働くなんてもってのほかだ。
「……いつ……いつ……出発……されるん……ですか?」
「3日後だ」
「……見送りに……行っても…………いいですか?」
「来てくれるならこれ以上の喜びはない」
彼に言いたい言葉が更に浮かび上がるが。
この言葉は出立のその時まで取っておくことにした。布団から抜け出して、折りたたむ。そして私は彼等の出立に合わせて為すべきこと為すために、彼に頭を下げて みんなの引き止める声も無視して、部屋を出た。
~あとがき~
来週は丁度正月の期間ではありますが、通常通り。2022年1月3日に投稿します。
よろしくお願いします。