白雪聖女様と7人のオーク   作:槍刀拳

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結編 『終末世界に、一輪の花を』

――3日後。

 

 ついに来てしまった。ブレインフレーヤーのサキュラの大群を退け、基地の命運を決める日。夢で見たような光景を、もう一度眺めているかのようなデジャヴを経験する。でも、もう泣かない。私は勇者達を見送るって決めたのだから。

 外界へと繋がるシャッターが閉じられた通路では、未来のため、愛する人の為、復讐のため。様々な理由で集まったレジスタンスの姿があった。思わず私がギョッとしたことは、そこにはスティール・ロータス教団の連中の姿もあったことだろうか。しかし、彼等は私を見つけてもまるで興味を無くしたかのように一切の無視をし、一部の者だけが『聖女様』と近寄って来ては崇め奉られる程度の対応へ変わっていた。失礼な話ではあるが、こうなった以上、私としてはやっと脅威から開放されたようで内心はホッとしている。

 彼等は一同にこの場に集まって作戦の確認や、サキュラやハンターの弱点の共有。廃墟と化した東京に残されている消火栓の位置の確認を行っている。

 その中を出撃には参加しない異質な一団が、制服姿で奔走していた。それは私を含めた洗濯屋ウォッシャーの従業員だ。私達は今、レジスタンスの団員に安全祈願のお守りを配って回っている。

 以前、オークさんが大量に持って来てくれたナナカマドの木の実や枝を潰して、沸騰したやかんに放り込んで、色染めの出汁で染物を作ったのだ。

 

「オークさん!!!」

「……!」

 

 お守りとして願掛けの染物を配っているとやがて、他の魔族や対魔忍よりも頭3つ分、飛びぬけた高身長のオークさん達の姿が見える。声を掛けると、こちらに振り返り手を挙げて返事を返してくれる。近寄ったことで気づいたのだが、どうやらこの作戦にはオーク分隊の全員が参加するようで、奴隷商さんを中心に作戦の再確認を行っていたようだった。

 ……きっとこうなることは分かっていたが、やはり寂しく悲しい。

 

「お嬢! もう会えないかと思ったぜ!」

「テメーが飛び出して行ったアト、家にモ、職場にも居なくて心配したんダゾ!」

「ごめんなさい! どうしてもこの作戦を決行するにあたって、この染物をレジスタンスのみんなに配りたくて……ずっとウォッシャーの厨房と裏方に居たんです。従業員の皆にも協力してもらって、オークさん達には内緒で……」

「道理で見つからない筈だ。……なにやら新兵が取ってきたナナカマドの木の実を潰して、染物と化させて配っているそうだな。確か花言葉は『あなたを守る』だったか?」

「そこにいるスティール・ロータス教団の言葉を借りれば『聖女様の御墨付きの加護』……ということになるな?」

「目の下が黒いですね……ちゃんと寝ましたか? 人族は脆いのですから、一日に最低8時間は睡眠を取るように以前、口を酸っぱくして言ったことを覚えていらっしゃられますか?」

「『聖女様の御墨付きの加護』だなんて……大げさですよ軽油さん。皆さんの分も作って来てありますよ。奴隷商さん、最後ぐらい夜更かししても怒らないでください。あの時は特に時間が惜しかったんです。あとで留守番として皆さんの家で8時間しっかり寝るつもりですので!」

 

 彼等と言葉を交わしながら、現在レジスタンスのメンバーに配布している染物とは個別に取ってあった染物を取り出す。その色は、他の染物よりも濃い梅重と朱華色が混じったような染物で……。

 本当はこの後に訪れるクリスマスプレゼントとして渡すはずだったものを取り出す。

 ……こんな形で渡してしまうことになってしまうだなんて、想像もしていなかったが……この染物は他のレジスタンスのメンバーに配布した染物にはない特別な願掛けが込めてあった。

 

「ケッ! 薄汚ねー色だな。赤と黄色が混じって、一貫性がねーじゃねーか」

「……ハイオークくん。本当に君には物を見る目がないですね。……この染物は何十にも染め直しが施されています。それに、この色。ナナカマドの実だけじゃないですね? ……これは……」

「流石、奴隷商さん! レギュラーくんが玉ねぎサラダを作ってくれた時の外皮を染物に使ってます。ゴミとして捨てちゃうのは勿体なかったので……」

「…………これにも花言葉が?」

「もちろんですよ。でも、この染物にはもっと特別な意味があって……でも悠長に話していたら、出撃時間になっちゃいそうなので、説明しながらでも私が着けても良いですか?」

 

 オークさん達の了承を取って、私は一人一人に近づいていく。

 

「まずは、ガソリンことハイオークくん。これは、ナイフの柄の滑り止め。……ハイオークくんは、言葉は汚いし、下品で、見栄っ張りですが、いつも突っ走っていて、ガソリンのように爆発的に動いているので、たまには『慎重』に周りの状況を見てくださいって意味が籠っています」

 

 私にとってみれば彼のナイフは斬馬刀と言っても差し支えなかったが、手を差し出して渡されたその錆び付いて手入れの行き届いていないナイフの柄に染物を巻き付けて渡す。

 

「次に、フレイムさん。フレイムさんにはマフラーです。炎の精霊を操れるのに、いつもその首元は寒そうなのと……。でも人に物を教えたり、植物を育てるその熱意は、いつも暑苦しくて。その志に燃えている炎が途切れないように『不死』の願掛けがしてあります」

 

 彼の首にマフラーの端を投げつけ、なんとか、風呂上がりのバスタオルのように垂れさせることには成功させる。そのまま、彼の首に巻き付くように端を投げようとしていると、膝を着いて巻き付けやすいように身長を調整してくれた。

 

「その次は傭兵さん。ガソリンくんと同じタイプの用途ですが、これは2連ショットガンのストックの滑り止めです。いつも傭兵さんは気さくに私に声をかけてくれて、子供たちの人気者で……オークさんと一緒に励ましてくれましたよね。この染物への願掛けは『永遠』です。あなたの放つ弾丸が『永遠の平和をもたらす銀の弾丸』になる願いを込めて」

 

 ランヤードリンクに染物を撒きつけ、ウッドストックを覆い隠す。彼の狙撃の邪魔になってしまわないようにガソリンくんのナイフに巻き付けたときとは異なり、丁寧にまるで怪我をした箇所に包帯を巻くように丁寧に、丁寧に巻き付けた。

 

「羅刹さんは、手拭い。基地はいつも一番 汗をかいていて、腕でその汗を拭っていることが多かったので。7人の中で、一番の力持ち。洗濯屋を再建設したときは誰よりも一番に資材を運んでくれていて。それでいて、気遣いの出来るいい人です。願掛けの内容は『安心』。羅刹さんは近接戦闘で常に前線を走るチームの盾です。その逞しさでみんなの心にいつも穏やかさを齎してください」

 

 彼の胸当てを固定しているベルトに巻き付ける。逞しい上腕二頭筋は私の掌の3倍以上の幅があって、そこから彼の力強さがひしひしと感じ取ることができた。眺めの布は彼の動きを制限しない程度には短いものだったが、それでも汗の滴る顔を拭くには十分な長さになった。

 

「軽油さん。……冗談ですよ、チーフさんにはハチガネです。チーフさんは一見、羅刹さんと同じようにパワー系に見えるんですけど、実はすごく頭の回転が速くて、奴隷商さんを含めてチームのみんなの事をよく看てますよね。だからそのハチガネには総大将や仲間達を『安全』を守る願いを込めてあります」

 

 私の軽油さんという言葉に、少し残念そうな顔をしていたがすぐに期限を取り戻したようだった。他のみんなと同じように彼なりのいいところを告げると謙遜したように、否定的な仕草をしていたが、皆もきっと気づいているはずだ。彼だけが、私がハチガネを取り出した瞬間に額に巻き付けやすいようにとすぐに屈んでくれたことにも。

 

「……そして、奴隷商さん。絹や綿のネクタイがどうしても見つからなかったので、作りました。奴隷商さんには本当にいろんな知識を教えて貰って……。まだ何も恩返しできてないのに……。……すみません。泣き言は言わないつもりだったのですが……願掛けの内容は『賢明』です。分隊を勝利と未来に導く頭脳として、どうか皆を導いてください」

 

 彼に頭を撫でられながら、うるんで何も見えなくなってきてしまった視界で、襟首にネクタイを通して苦しくないように結ぶ。ネクタイを誰かのために結ぶなんて行為は人生で初めてではあったが、クリスマスに備えて自分で何度も練習をしたのだ。思っている以上にうまくつけることができる。

 

「最後に……オーク……さん……」

「…………」

「オークさんには……出会った時から……助けられて……保護してもらって……励まされて……オークさんが……来てくれなかったら……私……わたし……っ」

 

 言葉が出て来ない。言葉が詰まって、頬に熱い雫が垂れて顎を伝って、顎先から零れ落ちていくのがわかる。でも、これだけは……と思って……言葉こそ出なかったけど、彼の足に……私が春で怪我したときに、彼が包帯を巻いてくれた場所に、染物の布を巻き付ける。

 

「これは花言葉ではっ……ないのですが……っ。玉ねぎの収穫は春で、今は冬です。……だからっ……この染物には……『つらい冬を乗り切れば……っ、玉ねぎの収穫である春がやってくる』っ……て。だから……だから……」

「…………」

「私は……一足先に…………春で待ってます。……必ずっ。……迎えに来てくださいね」

「…………」

 

 彼は最後まで何も言わない。でも、何を考えているかはわかるようなそんな気がして。私が泣き止むそれまでの間。優しく背中をさすってくれて……っ。

 

………

……

 

 出撃10分前になって、やっと涙が止まる。最後ぐらいは笑顔で送り出したいこともあった。だから、留めなくあふれる涙をのみ込んで。不器用な笑顔をつくる。

 最後の別れとして、傭兵さんとは抱擁ののちに背中を叩きあって、羅刹さんには頭を撫でられその手を撫で返して、フレイムさんにはメロン汁に浸したEブロックを分け合い、ハイオークくんとはハイタッチをした。チーフさんとは3度拳を打ち合わせるフィスト・バンプを交わして、奴隷商さんとはもう何十年も会っていない父親に抱き着くように長い時間 抱きしめあって……。

 最後にオークさんには……。

 オークさんには逆に抱き着いて欲しいというように、腕を大きく開いて見せる。

 

「……」

「……っ」

 

 ……ほんっと、オークさんはオークさんですね。こんな時にまで、躊躇するなんて。

 でも、今度ばかりはおっかなびっくりといった様子で、顔を近づけて抱きしめてくれる。

 私も二度と離すつもりがないというほどに彼を抱きしめ、彼の肩と首の間に自分の頭をうずめた。

 

 やがてシャッターが開かれ、レジスタンスは英雄ふうまの作戦の元。地表へと軍靴の音共に進軍が始まる。

 私はオークさん達やレジスタンスがシャッターが閉じその姿が見えなくなるまで、ナナカマドの枝に付けたナナカマドの実で染め上げた赤い布を振り続けるのだった。

 

 

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