白雪聖女様と7人のオーク   作:槍刀拳

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【春】
上編 『ファースト・コンタクト』


「…………終わった」

 

 男はぶっきらぼうにそれだけ告げて、感染者の肉片と広がっていく血だまりの気にする様子もなく踏み越えてこちらに歩み寄ってくる。

 誰だか分からないが、命を救われ、非業な死を遂げることもなく、生きながらえることができた。まるでよくできた夢のようだ。

 ホッと安堵したこともあってか私は腰を抜かして立ち上がることができなくなっていることに気が付く。でも妙にガラス片によってできた足に走る痛みだけは、私をここが現実であることを知らせているようであって……。

 

「ぁ、あ、ありが……ひぃっ」

 

 そんな状態でも、助けてくれたことに関してお礼を告げようとして顔を上げる。振り返り、私の方へ歩み寄ってくる人物に視線を合わせようとする。

 でも、それが誰なのか何なのかを理解してしまった瞬間に目前の存在に助けて貰うぐらいなら、感染者に食い殺された方がよっぽどマシであるようにも考えてしまった。

 近づくにつれて見えてくる男の人相。

 ——邪悪なゴブリンのようにとがった耳に、イノシシのような下あごから突き出た口端の4本の牙。上唇のない口からは歯茎とキザキザのトラバサミのような鋭利な歯が見えていて。鼻は見えないフックで釣り上げられたかのように2つの鼻の穴を覗かせていた。全身が苔に覆われたかのような血色の悪い抹茶色で染まり、上半身や胸部を堅牢な鎧で守っていようとも、腰巻との隙間からでもわかるようなでっぷりとした……だらしない腹の贅肉。そして、何よりもその種族の特徴的な要素であったのは、暗闇の中で白目や黒目のない単一色の目が赤く光って……その男が近づく度に私はメスとして、その男の陰茎にしゃぶりつきたいという性欲を刺激されて、緊張とは裏腹に口の中によだれが溜まっていくのを実感していた。

 遭遇して、そんなことができる。そんなことになる。そんな外見の種族は1つしかない。

 

 ——……オークだ。私の目の前にオークがいる……!

 

 オークとは。魔族に位置付けされた種族の1つ。

 性欲旺盛で、如何なるメスであっても交わることにより子を成すことができる。生まれてくる子供はすべてオークであり、オークの如何なる体液には、あらゆるメスを発情させるための媚薬成分が含まれているとされていた。またの名を生殖猿。この世紀末となった世界で、感染者やブレインフレーヤーの次にぐらい、ハンターと同じぐらいには忌み嫌われるおぞましい生命体……!

 それが、今。私の目前に姿を現わした。

 

「…………お前」

「ァッ……ヒッ」

 

 悠々とその巨躯と巨根でこちらに近づいてくるオークに対し、恐怖で思わず手が。身体が震えてしまい、手に持って武器として構えていたバーボンを転がり落としてしまう。焦って拾おうとするが、そのままオークの足元に転がってしまい回収はできそうにもなかった。壁を弱々しくカリカリとひっかきながら、みっともなく小さな悲鳴を上げることしかできない。

 

「…………顔の血は……返り血か。……。……脚を……怪我しているのか」

 

 いつでも私のファーストキスを奪える位置にまで顔を近づけ、私が目を固く閉ざし顔をそむけても、私の顔半分程もある大きな掌で顎を掴んで無理やり正面に向き直らせてきた。

 それから、負傷した足が乱暴に握りしめられる。握り絞められたことによる痛みなのか、それとも引き裂いてしまった足が純粋に痛みを発しているのか分からないが、それでもこのオークに私が逃げることができないという弱点を知られてしまったのだ。これから蹂躙されるにしても、この傷を玩具のように、良いように弄ばれることが想定できる。『痛みと快楽は紙一重だぜ? ゲヘヘへ……』と言いながら、傷口をその未使用のポンタンの2倍の太さのある極太な指でいじくり抉られながら、きっとレイプされるに違いない。

 この世紀末な世の中で贅沢な夢だとは思うが、キスもウチャヌプコロも初めてこそ好きな人が良かった。しかしそれは叶いそうにもない。だから足と処女膜への痛みへ耐えるように固く強く目を瞑って上半身を強張らせて、その瞬間を待った。

 

「……」

「…………」

「……」

「…………」

「……?」

 

 ……何も起きない。

 乱暴に掴まれた足はジンジンと痛むままだったが、着ている衣服を引きちぎられチンパンジーのように剥ぎ取られる様子はない。

 …………まさか『初物の相手を認識できるまで、俺はヤらねえ! その眼にたっぷりと俺の姿を焼き付けな! グギャギャギャギャッ!』と言う更に残虐なタイプだったのだろうか?

 恐る恐る目をうっすらと開けてみる。やっぱり目の前にはオークがいた。手を私の血で真っ赤に染め上げて、1.5フィートもない場所に片膝を付いたオークの姿があった。立てられた片膝の腰巻から下着によって覆い隠されているが、立派で美味しそうな極太な恵方巻が浮き立っている。私の視線は恵方巻に釘付けだ。

 

「……りんご」

 

 ……。……え?

 怯えながらもうっすらと開けた目で、腰巻の下の恵方巻を凝視する私に、今。目の前のオークは『リンゴ』と言った気がする。

 ……いいえ、今たしかに『りんご』と言った。

 ……え、えっと。……こ、これは……えっと、あれかな? 助けた対価としてリンゴを寄こせという……。いやきっと違う。生殖猿のオークの考えることだ。『リンゴのようにうまそうだな。お前。ギュヒュヒュヒュ』というオーク流の口説き文句に違いな…………いやでも……。

 

「りんご」

「……ご、ごめんなさっ……りんごは持ってませ」

「違う」

 

 日本語で話される渋い声が私に苛立ちを覚えたかのようにしかりつける。私が答えを誤る度に、このオークに握られた命綱が少しずつ手放されるような心が締め付けられるような心的状態になる。

 ……なにを。なんて。どのように答えれば……。

 

「りんご」

 

 また『リンゴ』だ。手汗がじっとりとする。答えなきゃいけないのにどう答えればいいか分からない。そもそも、相手が何を求めているのかもわからない。やはり服を脱いで、この身体を……自ら差し出して——

 

「わ、わか、り、ました……」

「……ハァ……」

 

 そっと服のボタンに手を掛けて自ら胸元から1つずつ外していく。

 だが正面のオークは溜息をついたかと思えば、背中に背負っていた斧を手に持つ。なんで?! こ、殺される……っ! 服を脱げってことじゃなかったの!?

 

「…………りんご」

 

 もう頭の中は滅茶苦茶だった。

 リンゴが欲しいわけでもない。服を脱げという意思表示でもない。

 それでも、この状況で私にわかったことが一つあった。この次の回答を誤ったら、後ろの感染者同様に私もその鋭利な斧で頭を叩き割られて、夏の砂浜のスイカのように路上で朽ち果てることになるのだと。

 必死に頭をひねる。唾液量が減る。心拍が早く鼓動を刻む。掌がビチョビチョになる。でも代わりに火照って広がっていた子宮が縮んでいく。

 りんご? りんご? りんご? 正面にはオーク? 手には斧? オーク? オーク? オークと言えば? 怪力で、生殖猿で、レイプ魔で……?

 

「…………ハァ……」

「ご、ごりら!」

「……!」

「ごりら! ゴリラ!」

 

 大きなため息。腕がゆっくりと持ち上げられ、私の瞳孔がいつも以上に開いたような気がする。

 だから、それゆえに私に出来たことは……せめて一矢報いるつもりで頭を叩き割られて死ぬ前に言葉の暴力で正面のオーク見てなじることのできる暴言を吐き捨てることだった。

 その暴言に赤い目が大きく見開かれる。黒目も白目もない、赤い光を放つ目が私を捕らえる。私は表情を読み取るプロではないが、それでも突然なじられたことで正面のオークは驚いているようだった。

 

「ゴリラか。……ラッパ」

 

 だがすぐに粋の良い獲物を見つけたと言わんばかりに、オークは少し満足そうに笑ったかと思えば、今度はラッパと言った。ラッパ?! 裸っ剥!? やはり裸になれということなのか。

 それとも、これは俺の恵方巻にラッパのように『しゃぶれ』という意味だった、り……?

 っ……!! オークっていつもそうですよね! 異種族の女性の事を何だと思っているのですか!!

 えーっと…………怪力をゴリラとして結びつけられたから、今度は生殖猿を暴言として変換した場合は……。ウコチャヌプコロ。動物園で中国製のパンダがウコチャヌプコロ……。そうだ……!

 

「パンダ!」

「達磨」

 

 だる……っ!? 四肢を捥ぐって意味!? 恐ろしい! オークこわい! えっと、あとのオーク的特徴で暴言となる言葉は……。

 

マントヒヒ!((このさるぅ!))

「火だるま」

「っ……! まんまる目玉!」

「マゾヒスト」

「鳥頭!」

「マゾヒズム」

「村八分!」

「ぶ……ぶ……。……ぶた」

「たぬきじじい!!!」

「い……い……」

 

………

……

 

 一体、私は何をしているのだろうか?

 背後は壁。正面にはオーク。そのオークの背後には、活動を完全に停止させた状態の感染者の死体が2つ……。

 目前のオークと『私のこれからの処遇』と『オークに対する暴言』を言い続けて早20分。生存者の物資を略奪するハンターでも、“保護” 目的で生存者を襲うブレインフレーヤーの傭兵でもいいから、この地獄を終わらせて欲しいと願いながら単語をお互いに吐きあいを続けていた。

 

「大潮」

烏滸(おこ)の沙汰!(意味:無礼で侮辱的な態度)」

「対魔忍……あ」

「……」

 

 だがそれでも、始まるがあれば終わりも来る。

 オークが私に対して潮吹きアクメを命じ、私がクッソ無礼な輩とオークをののしり、悲惨な目に遭いがちな対魔忍と言及したところで、オークの方が『しまった』という顔をした。

 

「俺の負けだな」

「!?」

 

 それだけ言うと正面のオークは立ち上がる。それから斧を背中に背負いなおし、床に置かれていたトゲ付きの棍棒を手に持ち直すと、何も持っていない方の手で私の手を握ってその怪力任せな力加減で引き上げた。まるで大人がその場に座り込む子供を引き上げるように軽々と持ちあげられる。そのせいで、自然と私は立ち上がることになった。

 

「……丁度、迎えも来たようだ」

 

 そういってオークは私の腕を握りしめたまま先ほど飛び降りた場所を見上げている。私も自然とそちらに視線が向く。

 ……私の悪夢は終わっていなかった。そこには更なる数体のオークの姿があったからだ。いずれもオークや、ハイオークで混成された……さながらオーク部隊と言えばいいのか。いずれのオークも手にカタールのような歪曲したナイフや、ショットガン、斧を携えている。中には魔術を扱うものもいるようで……手から炎を……。

 いずれのオークも私の事を見ていた。赤く黄色く茶色く、黒く、青色に光る眼がらんらんとこちらを見つめて…。

 

 

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