白雪聖女様と7人のオーク   作:槍刀拳

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【夏】
前編 『スティール・ロータス教団』


 あれから私は数日の観察期間ののち、特に警戒されていた感染者へと転化することもなく、このレジスタンスが大勢存在する新しい(基地)で与えられた役割をこなしていた。

 与えられた役割と言っても、今の仕事は衣類を洗濯して。干して。綺麗にしたら持ち主へ返すという一見、単純で簡単そうに見える仕事。

 しかし意外にもこの仕事は、基地に蔓延るホームレスや変質者に衣類を盗まれる危険性や、衣類に付着した感染者の血液を確実に落とさなければいけない重労働であった。それでもこの仕事は基地にとって必要不可欠な役割でもあり、私個人の理由としてもこの仕事を続けることは外からやってきた傭兵、レジスタンスのメンバーである兵士、避難民、対魔忍、魔族、獣人のような様々な人々と適度な距離を保った状態での交流ができるため、最初に与えられた役割であるカンザキ食堂のウェイトレスとして勤めるよりは嫌いな仕事ではなかった。

 それに、この役割なら……あの時、私を助けて、この基地に護衛してくれたオークさん達にも会えるような……そんな気がしてならなかったことのもあって……。もちろん、待つだけではなく休日は積極的に基地内を歩き回っては、自ら彼等に会おうと行動をしていたが……そう会えることも無かった。

 あの時は猿轡を巻き付けられ、満足にお礼も言えないような状態ではあったが今はそんな私を縛るものはない。だから、今度……もし仮に店に訪れて会うことができればちゃんと伝えよう。そう思って。

 

――カランカラン

 

「はぁーい!」

 

 簡素な扉に付けられた鈴が鳴る。誰かが洗濯屋に入ってきた合図だ。泥水に浸けた衣類を一旦引き上げ、盗難に遭わないよう洗濯物を一旦ザルへ移して、濡れた重い衣類ごと店先に入る。

 現在、店内には私1人しかおらず。他の同僚は先に仕事を終えて、あがってしまっている。

 店内へ戻ると、そこには赤黒いローブに顔の上半分をすっぽりと覆うことのできるフードを被った人物が立っていた。わずかに見える顔にはペストマスクを着用しており、視界を確保するための目元にも色フィルムが貼られたレンズでその人物の目元すら見えなかった。それは男とも女とも取れるような人物で、ライトノベルや小説サイズの本を片手に店内を見渡している。

 この基地にやって来てから初めてみる姿と異質な気配に少したじろいでしまうが、ここには様々な避難民が地下で肩を寄せ合って生活している。きっと奇抜な服を着用している避難民だっているだろう。第一印象は大事とはいうが、付き合ってみれば意外といい人、良い客かもしれないと思ってその人物の対応に入った。

 

「いらっしゃいませ! 洗濯屋ウォッシャーへようこそ!」

「……」

 

 赤黒いフード付きローブを纏ったペストマスクの人物は、その少しでも歩いてしまえばローブが揺れてしまうような格好にも関わらず、衣服を揺らすこともなくまるで幽霊のように滑るような足取りでカウンターに付いた私の元まで歩み寄ってきた。

 挙動不審で何もしゃべらない様子が、余計に私の不気味だったが……割と避難民の中には人間不信であったり、シャイな客は少なからず存在するので、こちらとしては敵意のない朗らかな笑顔を向けながら自作したメニュー表を見せて、ざっくりと一通り洗濯物のプラン説明を行う。

 

「……あなた様は今、幸せですか?」

「……はい?」

 

 だが、プランの説明とは裏腹に帰ってきた言葉は私が予想していたものとはかけ離れていた。思わず笑顔を作るのをやめて首をかしげてしまう。

 

「閉鎖された空間。絶えない争い。避難民同士の諍い。先の見えない未来。いつ拠点襲撃に現れるかわからぬ感染者やブレインフレーヤーの恐怖。我々は今、人類史上最悪の困難に直面しています。……もう一度、問います。あなたは今、幸せですか?」

「あ、え」

 

 ……うまく言葉が出て来ない。このタイプの客は初めてだった。

 でも、ここで邪険に扱ってしまえば、店の悪評を立てられ悪い影響が出てしまいかねない。……洗濯屋ウォッシャーの怒りっぽい店長に怒られてしまう。それゆえに正面の相手が望んでいるような言葉を探りながら、適切に適当な回答を告げる必要があった。

 

「そ、そうですね……。幸福か、不幸か……と聞かれたら、どちらでもない……ですかね?」

「……」

「えっと……?」

「では、そんなあなた様を更に幸福にして差し上げる方法がございます」

「は、はぁ……」

 

 そういって正面の人物は、手に持っていた本を差し出してカウンターに乗せてきた。机上に置かれた本を見る。そこには黒を基調とした表紙に、銀色の縁取りをされた赤色の蓮の花と緑色の葉が開いて浮かんでいる絵が表紙を彩っていた。

 

「迷える子羊よ。我等『スティール・ロータス教団』に入信致しませんか? 世界は不幸に満ちています。ですが。信仰を持つことによって、我等は心の支えを得て、信者たちは結束し、世界に蔓延る邪や悪、不平等をを払いのける力を手に入れることができるのです。今 入信していただければ、きっとあなた様には教祖様から素晴らしい力を見せて頂けることでしょう」

 

 う、うん……。困ったな。これは宗教の勧誘で、明らかに洗濯屋ウォッシャーに用がある様子ではない。仕事もまだ中途半端な状態残したままだし、ここから穏便に話をどのように持って行って解散を促すか……。悩みが深まるばかりだが……。

 

「……ここだけの話。あなた様は教祖の選ぶ優秀な素材……いいえ、教祖様曰く。教団の再頂点に君臨しすべし、清らかな聖女様に相応しいお方なのです」

「わ、私が? ですか?」

「はい。あなた様は3カ月前の春。この地へは、外から避難民としていらっしゃられましたね?」

「え。えぇ、そうですが……」

 

 なんでこの人はそんなことを知っているのか。不思議に思いながらも適当に相槌を打って、帰ってもらえるような話へもって行ける方法を模索する。

 

「その際。あなた様は“あの”オーク共に囲まれながら、ここに連れて来られたそうじゃないですか! 凌辱されることなく、それも純潔たる印である処女膜を保った状態で。これがどういうことか分かりますか?」

 

 ペストマスクさえ着けていなければ、唾が飛び散ってきそうなほどにカウンターから身を乗り出して顔と聖書を近づけてくる。聖書から思考が鈍ってしまうような、何か甘い香りが鼻孔をくすぐり、少し頭がトロンと溶けるような感覚がする。……危ない匂いで思わず、一歩後ずさった。

 それと同時にこの人が何を言いたいのか、わかった気がする。

 

あなた様はロータス教団に入信し聖女様として君臨するにはふさわしい人物なのですよ! あの下卑で野蛮、不潔でこの世界から一匹の残らず屠殺工場行きにして民族浄化されるべきオーク共に囲われながらも汚されることなく純潔を保つことができたのですから! オーク……否、あの害獣共は邪教徒(カルティスト)同様、宇宙の彼方までぶち殺されるべき存在なのです!!!」

 

 ……。正直な話。あのオークさん達の事、何も知らないくせに酷い言い方だと思った。

 ペストマスクのレンズ越しにロータス教団の信者の目が私の瞳に映ったが、その目は私の目を見ているはずなのに焦点が定まっていないように見えたのも気味が悪かった。それなのに自分の信じるモノにひどく心酔して、覚せい剤でも服用しているかのような目が異様にギラギラと燃え滾っているのが分かる。……はっきり言って『この人は狂っている』そう、感じた。

 ……今すぐにでも、外にいる警備員を呼び寄せて、この無礼な狂信者を追い出してもらいたかったが……今の言葉によって私の腹は決まり、この邪教徒に“聖女様”として神託を突き付けてやろうと後ずさってしまった足を一歩踏み出した。

 

「さぁ! さぁ! さぁ!!! 聖女様! 聖書を手に取って! 私の手をお掴み下さい! あなた様を欲しています! あなた様が入信したときこそ、我等の信徒は更に救われ、聖女様も含め皆で幸せを掴むことができるのです! 極楽浄土の道「入信する気はございません。出ていってください」

「…………はい?」

「『出て行ってください』っていったんです。オークさんたちの事を何も知らないくせに好き勝手言って。私を感染者から守ってくれて、足の手当てをしてくれて、このレジスタンスが大勢いる場所へと送ってくれて、監視房での過ごし方を教えてくれた私の命の恩人に『屠殺工場行きになるべき存在』だなんて。私は貴女に聖女様なんて持ち上げられようと、私の命の恩人を貶す人がいるスチール? ロータスなんかに入信する気はないです。どうぞ、お帰りください! これ以上、居座るなら警備員を呼びますよ」

「……あぁぁ……あぁぁぁ……」

「……っ!」

 

 形勢逆転したように、先ほどまで私を入信させようと流暢に喋っていた邪教徒を押し黙らせるように捲し立てながら感情をぶつける。私の剣幕に恐れ慄いたのか、正面の人物は二、三歩まるでよろけるように後ずさった。

 それから、まるで感染者に転化する直前のようなうめき声を上げ始め、聖書を落とし、両手でペストマスクを抑えながらフラフラと左右に身体を揺らし始める。

 こちらとしてもこれには驚いて、カウンターの下に隠してある強盗除けの拳銃を突き付けた。

 

「あぁぁぁ……あぁぁぁぁ……あぁぁ、なんておいたわしや……聖女様……! 教祖様のおっしゃる通りだ! そのご身体こそ汚れておらずとも、心はあのオーク共に誑かされ闇の奥底に沈んでしまっているのですね! あぁぁぁぁ。あぁぁぁぁ、なんとおいたわしや……」

「出て行ってください! この銃は玩具じゃないですよ! 店長から発砲許可は頂いてます! 最終通告です……っ! 次は撃ちます! 早く出て行ってください!」

「……大丈夫ですよ聖女様。今、ロータス教のわたくしめが救い出して差し上げます。すぐにその身元を教祖様の元へ……」

 

 正直、銃の扱い方なんてわからない。扱ったこともない。

 でも、銃の威力は誰でも知っているから、これでけん制にはなって一旦はその身を引いてくれるとは思った。

 しかし、それは思い違いでしかなかったことに気づかされる。

 邪教徒はゆっくりと落とした聖書を拾い上げ、顔に着けているペストマスクを取り払った。仮面の下には女性の顔があり、ボタボタ、ボロボロと大粒の涙を流していて……。その顔を見て、彼女は……まるで自分の事のように。私の境遇について嘆き悲しみ、あまつさえ救おうとしようとしているのを察することができた。そんな気迫を察することができてしまった。

 そのまま、拳銃を突き付けられているにも関わらず その場で許しを請うかのように両膝を地面に付き、聖書を差し向けて両手指の親指から薬指までの4指の先を突き合わせ、人差し指は右側に倒し、中指は左側、薬指で二等辺三角形を作って、小指を外側に大きく開き、紋章のようなものを指し示した。最初はロータス教団での仕草かと思っていたが、直ちにそれが何であったのか気づきを得られる。邪教徒が照らされて発生した影。影に映るその奇妙な紋章を形作っている影がロータス……蓮の花の形を作っていた。それからぼそぼそと何かを呟き始める。

 私としては、一刻でも早く、客から誰かが入ってきてこの異常事態に気が付き、警備員へ報告しに向かってほしいと願ったが、誰も来ることが無かった。

 

「ボソボソボソボソ」

「……!」

 

 こんな、にらみ合いが続くかと思われたとき。唐突、背後の扉が開かれ、複数人誰かが入ってくるような音が聞こえてくる。瞬時に、その方向に銃口を向けようとしたところで身体の異変に気が付いた。

 

(身体が……っ!? 動かない…っ!!!)

 

 まるで頭のてっぺんから、足のつま先まで見えない透明な蝋でもかぶせられたかのように、何か巨大な触手の触肢に巻き付かれ絡めとられたように腕がピクリとも動かない。声も出そうと試みるが、声も出ない。出せない。

 まるで、私の身体がマネキンに入れ替えられて、魂だけがその中に閉じ込められてしまったかのようだ。

 

——カランカラン

 

 それでも、やっと私の祈りが届いたように正面の扉から店長が店の戸締りのために店内へと戻ってきて——

 

「なんだテメ——」

 

 されど、ほっとしたのもつかの間。私の背後からスティール・ロータス教団の赤ローブと同じような黒ローブを纏った人物が、まるで私の影から生まれたように擦り抜けて現れる。店長が怒り狂いながら大声を上げるよりも先に飛び掛かって、口元を抑え押し倒す。それから彼等の体重も掛けるようにしながら、店長の眼球目掛けて包丁のような鋭利な刃物を突き立てているのが見えた。

 それは何度も。何度も。何度も。何度も。刃物が眼球に突き立てられるたびに店長の足が脊髄反射で激しくビクンっ。ビクンっと跳ねて。その反応が無くなるまで。何度も刺して。

 

 ——36秒後。

 

 ……黒ローブが店長に圧し掛かるのをやめた時には、店長は既に事切れているのが理解できた。執拗にその箇所だけ何度も刺されたであろう両目が真っ赤な血の池地獄になっていて、血液が涙のように横から流れ零れ出ている。

 

「……教祖様は言われたでしょう。獲物を即死させるなら脳に外傷を与えられるよう視神経か上眼窩裂を狙いなさいと」

「……」

「ですが、大声を出される前。それも抵抗される前に邪魔者を葬り去ったことは評価に値します。作戦完了後、あなたの事は教祖様へ報告させていただきますね。他の者も彼を見習うように」

 

 目の前で店長を殺したばかりだというのに、赤ローブはまるで慣れているかのような口調で店長を殺した人物に賞賛と評価の言葉を送っている。明らかに普通じゃなかった。

 更に私の背後にまだ大勢いるであろう残酷な暗殺者にも声をかける。私はいずれにしろ動くことはできない。やがて背後からその黒ローブたちが姿を現わした。現れた彼等は、全員闇に溶け込むかのような黒色のローブを身に纏って、顔にも表情が分からない黒い無表情のデスマスクを着けている。

 彼等は手に様々なものを持っていた。私の頭をすっぽり包み込むことのできる布製の黒い袋。ダクトテープ。革のベルト……それが何に使われるかなんて、正面で赤ローブが嫌にニヤついていることから簡単に思いつくことができる。

 手から銃が奪い取られ、正面から更に厄介な侵入者が入ってきた時の武器として持ち帰られる。構えて突き出されたままの不自然な腕にダクトテープがグルグルと巻きつけられ、足も同様に固定される。叫べないようにと入念に口元にも巻かれ、不自然な格好のまま正面出入り口側であるカウンターの反対側に引きずられた。そして、やっと身体が動くようになるが、ダクトテープで頑丈に拘束されている以上、私にできることは少ない。くぐもった声で悲鳴を上げることだけだ。

 赤ローブの邪教徒がゆっくりと私に近づき、胸元で馬乗りになって顔を寄せてくる。動けない私の両手を乱暴に掴んで甘い危険な香りのする聖書を無理やり握らせる。投げ捨てようとする前に、それもダクトテープでミイラのように身体に巻き付けられ投げ捨てることさえ許されない。

 

「ご安心くださいませ。聖女様。必ず、信心深い我が信者達と教祖様の手であなた様を“正気”へと戻して差し上げます。……例え、傀儡にならず(正気に戻らず)ともその肉体さえあれば私はどうとでもできますので。……怖いことなんて何もございませんよ。最初は確かに怖いかもしれませんが、身を委ねて快楽に身を任せることで瞬時に信仰度3000倍になれます。嫌なことはすべて忘れましょう。そして1つになり、(みな)で幸せになりましょう」

「~~~~っ゙!!!」

 

 赤黒色ローブの彼女は、その狂気的な笑顔を更にニタニタと歪ませて 鼻頭がくっつきあうほどの距離で諭し始める。散瞳している瞳の中でぐるぐると闇が渦巻いていた。それから、他の信者には聞こえないような小声で脅し文句を吐いた後に、その指先で滑らかに胸や胴体をなぞりながら額にキスまでしてくる。まるで、この身体は私のものだとでも言いたげに……。

 

 

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