始編 『洗濯屋ウォッシャーの一日』
あれから夏が終わり、秋がやってきました。
旧洗濯屋ウォッシャーは、ゆきかぜさんの奥義とオークさん達の大乱闘によって消し炭になってしまいましたが、基地の皆の協力もあり季節の変わり目には再建設を果たし、リニューアルする形で再復興を果たしました。その再建設時にはオークさん達も手伝いに来てくれて、最初は何かと洗濯屋ウォッシャーの再建設に来てくださったの皆さんと壁があったのですが、対魔忍のゆきかぜさんやアスカさんの弁解や作業をしているうちに打ち解けてくれたようです。
そして、このナナカマドの花が掘られた看板こそ、みんなで作った新しい店です。
……出会いの春。ついに私を助けてくれたことに対してオークさん達へお礼を言うことが叶いました。探したにも拘わらず、ずっと会えなかったことを告げたところ、どうやら騒動と波乱の夏の間に私とオークさん達が合えなかったのは、オークさん達が私と会うことを積極的に避けていたことが分かりました。理由としては、自分達オークと私が関係を持っていることが避難民にわかってしまった場合、村八分にされてしまうのは私であり、私を思ったからこそ会うことを避けたとオーク分隊の総大将である奴隷商さんから聞いて……。
でも、今回の共同建設で『完全に』ではないですが、少しだけ壁が溶けたので彼等の事を特別に敵対視する人も減ったのは大きな進展だと思います。
――カランカラン。
今日も来訪客を知らせる出入り口のベルが鳴る。お客様が入店した時のチャイムだ。
私は話に来た兵士さんに洗濯物の見張り番を任せ、店内へと戻る。
「ヘイ、よう! お嬢! 新兵の奴、お嬢と一緒の時ぐらいは喋るようになったか?」
店内にはカウボーイハットを被った傭兵さんの姿がありました。外で物資調達に出かけていない時の彼の周りには、いつも避難民の子供たちの姿があって、彼の身体にしがみついたり、連れ添って歩いていることから子供たちに信頼されていることがよくわかります。
「あいかわらずです。でもオークさんは、確かに口数は少なくてぶっきらぼうですけど、優しいですよ。それに力持ちですし、洗濯物を運ぶときなんか真っ先に濡れた衣類を運んでくれますし……あ、そうだ! 最近は、オークさんが見張りをしてくれるおかげで衣類、下着泥棒も減ったんですよ! 私はその間、安心して接客もできるようになって……オークさんが嫌でなければ、ずっとこのままここで働いて貰いたいぐらいです」
「……スッゲー馴染んでんな新兵。……この戦争が終わったら、お嬢の元で洗濯屋を開いた方が様になってんじゃねぇのか? ……で、俺は? 俺はお嬢から見てどんな感じよ?」
「傭兵さんは、すごくフレンドリーで皆さんの中で一番いろいろ話しやすいですよ。子供達にも人気があって、この前は魔界のカウオークごっこをされてましたよね! ヨミハラのアンダーエデンで工具を片手に暴れまわる大悪党を退ける魔界騎士団のシチュエーションで!」
「ハッハー! 見てたのかよ! なんだよ。それなら声をかけてくれたっていいじゃねぇか」
「いやぁ……。あの後 子どもたちの銃弾によって西部劇のガンマンのように倒れ込んだのはかっこよかったですが、転んだ拍子に民家の壁に穴をあけて子供達と逃げていくところまでセットで見ちゃいましたからね」
「OK. わかったお嬢。それ以上はいけない。お口チャックだ」
「うふ、んふふふふふ……」
避難民との壁が溶けたおかげで、こうして時間のある時にオークさん達の誰かが店に顔を出してくれるようになりました。この洗濯屋ウォッシャーに立ち寄る初見さんはオークが来ることに対して驚いて逃げちゃったりするのですが、衣類が惜しいと思う場合は必ず兵士さんたちを引き連れて帰って来るので、洗濯屋にオークがたむろしていてもすぐに誤解を解くことができます。
それに彼等が出撃や物資調達のため外へ出かけた際でも、スティール・ロータス教団の襲撃があってからというものオーク分隊の中で必ず1人は残って私の警護をしてくれます。そして、ただ警護するだけじゃなくて仕事も手伝ってくれて……。
オークさんなら、洗濯屋の手伝い全般。
傭兵さんなら、子供たちの遊び相手。
羅刹さんなら、高温乾燥室の室温を保つために、竈に入れるためのくず木材の調達や運搬。薪割り。火の番。
フレイムさんは、洗濯屋で待つお客さんへの外国語の授業や、日本語を離せないお客さんの通訳。
チーフさんは、兵士さんたちへの素手での近接戦訓練。チーフさんに兵士さん達が勝てば、洗濯屋の無料利用券が贈与されます。
奴隷商さんだと、私の仕事の合間に私が知らない様々な知識を授けてくれます。
……何か、1人足りないような気がしなくもないですが……それはきっと気のせいです。人に得意・不得意、好き嫌いがあるようにオークにだってそれぐらいありますから。
「そうそう! 以前、新兵の奴がお嬢の御守で残った時、俺達でお嬢が棲んでたっていう拠点に行ったんだよ!」
「えっ! 今はかなりの感染者が徘徊しているはずのあの拠点にですか!?」
「応よ。でも安心しな。突入したのは夜だったし、総大将の作戦で、以前お嬢が逃げていくのを見たコンビニエンスストアで、残っていた爆竹をうまく使って十分に感染者の大多数をブレインフレーヤーのハンターども共にぶつけてやったみたいでよ。賑やかにドンパッチやってくれたおかげで、そんなには殴り合ってねぇな」
「オークさん達の “そんなに” は少し信用できないですね……」
「ハッハー! お嬢、それは言いっこなしだぜ!」
ゲラゲラと笑う傭兵さんに釣られるように、周囲の子供達もカウンターの向こう側でゲラゲラと笑う。しかも笑い方だけではなく、片腕を腰に当てて腹筋を使って笑う様子までそっくりそのまま真似をしている。
……子供達から話を聞いたところによると、傭兵曰く、この笑い方は 自身を元気づけるときや喝を入れるとき、憂鬱な気分を吹き飛ばす時、覚悟を決めるときに使える笑い方でなのだそうだ。
「でだな! まぁ確かにお嬢のいたコミュニティは、ここに比べちまったら小さなコミュニティだけど物資はそのまま残っててよ。宝の山の何の……とにかく物資がどっさりだったわけよ。
「確かに、奴隷商さんは外で働く武闘派というよりも、内政している方が性にあっていそうですもんね。……チーフさんのお気持ちわかります」
「それでもやっぱり宝の山をそのままにしておくことはできないってことで、俺達が持てる物資を持って帰っちまったんだが…………」
「……もしかして?」
「あぁ。
今の情報でなんとなく、最近の奴隷商さんの行動がいろいろと読めてきた気がする。外での活動後に疲れているにも関わらず、私の店に入り浸って色々と会計士としての資金帳簿の付け方とか……この世紀末世界での物価の変動とか価値とか、洗濯屋の売り上げ金の状況とか……きっと私を洗濯屋から引き抜くつもりなのかも……。
奴隷商さんは口八丁手八丁だから、今の情報が無ければ確実にあの人の口車に乗せられていたに違いない。でも私としては奴隷商さんと働くのは楽しそうだし、毎日が刺激的で新しい知識を得られると思う分、嫌ではないけど……今はまだ、この洗濯屋ウォッシャーで様々なお客さんと交流を深めることのできる場所で働いては居たいと思っていた。
「……だからよ。お嬢からも言って聴かせてくれねえか? 俺達は総大将が居なけりゃ、ただの荒くれモンなオーク衆だって。確かに
いつも元気な傭兵さんが本当に困ったような顔をする。こんなことを思ってしまっては失礼とは思うが……確かにあのメンバーでは奴隷商さんが欠けてしまったら分隊機能に支障がでると私も思う。
「ま、切り抜けられない場面っつっても、主にバロネスシティで盛大にやらかしちまった時の出来事や、この基地に安心して腰を落ち着けることができるようになったぐらいの出来事だけどな!」
私の神妙な顔にも気が付いて、わざと明るく振る舞ってくれる傭兵さん。
……別にそんな気遣いしなくてもいいのに。傭兵さんは、オークさんのように直接感染者の脅威から助けてくれたわけじゃないけど、あのキレ芸で自分を強く見せようとしているとあるオークを宥めて、道中もこの身を護ってくれた命の恩人だもの。そんな人物の頼みを聴かないわけがない。
「大丈夫ですよ。任せてください。今度、2人っきりで奴隷商さんが私に色々勉強を教えてくれる時に、さりげなく聞いて私の言葉で傭兵さんの気持ちをちゃんと伝えますね」
「本当か……! いやあ、お嬢! 流石、お嬢! 頼りになる!!! よっ! 第二の奴隷商!」
「おだてるのは奴隷商さんの説得がうまく行ってからにしてください。それと、第二の奴隷商は元の意味から考えると誉め言葉になってないですよ」
シンバルモンキーのように手を叩きながら喜ぶ傭兵さんを思わず居酒屋で酔っぱらうおじさんをあしらうウェイトレスのようにあしらう。まったく、この人は……。
「ねー! ねー! おじさん、まだー?」
「お、お。お。悪い悪い。少し長居し過ぎちまったかな? じゃ、お嬢。俺はこの後、坊主どもと行くところがあっから、またな!」
「はい! また!」
子供達を連れて傭兵さんは店を出ていく。子供たちが私に対してお別れの挨拶である『さようならー』と挨拶をするように促していることから、ちゃんと教育係としても子供たちの面倒を見ているようだ。
彼等の後ろ姿を見送ってから、バックヤードへと戻ろうとしたとき傭兵さんが、まるで録画したBlu-rayを逆再生するかのような動きで戻ってくる。……あのお茶目で陽気な動きは忘れ物かな?
「……ちなみに、ガキどもは俺の事をおじさんって呼ぶが、俺はお嬢と同じく人間でいうところの20代前半だ。お嬢は勘違いするなよな」
「……はいはい」
オネエのように掌の裏を口元に寄せヒソヒソと私に内緒話をする。私は半分あきれたような微笑んだ顔で、返事をすると今度は指を指しながらウィンクをした後に後ずさりしていく。新築の出入り口の梁に後頭部をぶつけながら退場していく笑いを誘う彼にエンターテイナーだと思いながら、その日の洗濯屋としての忙しい一日は いつも通りの業務でまるまる潰れて行った。
………
……
…