白雪聖女様と7人のオーク   作:槍刀拳

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終編 『ふたりきり』

 すれ違う兵士さん達に夜の挨拶をしながら、閉店している商店街をオークさんと2人で並んで歩く。私達2人だけ以外にまるで人が居なくなってしまったかのように、辺りは閑散していて足音だけが響いていた。

 オークさんは木斧を手にしながら辺りを警戒してくれているようだ。たまに暗闇の先をじっと見つめ、そんなオークさんに気付かずに私が先を歩いてしまいそうになると、そっと私の胴体並みに太い木の幹のような腕を伸ばしてきて、私の身の安全を確保してくれる。

 初めて見たときにこの腕は恐怖を煽り、気色の悪い肌の色だと思っていたが今は違う。彼の腕にそっと手を触れて、身を寄せることで性的興奮の他に、安心できるようなぬくもりがあって……。ナナカマドの花の花束を貰い、最初は意図こそしていなかったようだがその花言葉である『あなたを守る』という彼の意思の強さを感じることができた。

 

「ここまでくればもう大丈夫だね、ありがとう」

「…………」

 

 そんなやり取りをしながら、早30分。帰路がいつも以上に時間はかかってしまったが、オークさんのおかげで何事もなく居住区の自宅に辿り着くことができていた。

 スティール・ロータス教団の襲撃後。私の自宅は場所が替わり隣の小屋の前に見張りが付く様な場所になった。私が直接的に守られているわけではないのだが、結果的に警備が厳重となり気軽にスティール・ロータス教団の信徒が私へ手出ししてくる心配はなくなっていた。

 オークさんは自宅の前まであと数メートル進んだところでその足を止め、私は彼の腕と胴体の間から顔を覗かせる。こちらを見ている爛々と光り輝く赤い目。透き通るルビーにLEDライトを押し当てたかのような光で、悪鬼羅刹を退かせるかのようなそんな強い彼の目が私を捕らえる。

 私の言葉に彼は逞しい腕をそっと開き、大きな掌で背中を押してきた。彼の腕の長さを考えるならお尻を押したほうが楽にも関わらず、押してこないところから彼がウェイトレス時代に出会ったセクハラする客よりもずっと紳士であることがわかる。

 ここで心の奥底で、オークさんの家で他のオークさん達が見送りに来てくれなかったときのような寂しさが胸をジクジクと蝕む。……きっと、役目を終えた彼はこのままでは帰ってしまうだろう。いいえ、帰ってしまうに違いない。

 

「……えっと。お礼をせずに帰しちゃうのも悪いし……お茶でも飲んでいって欲しいな」

 

 …………私は彼には帰ってほしくなかった。

 だからそっと押された背中の腕に私の腕を回して、彼の手を自宅に誘うようにして手を引っ張る。

 

………

……

 

「…………」ゴンッ

「!? だ、大丈夫!? 怪我してない?!」

「…………頑丈だから大丈夫」

「ご、ごめんね。人間用の家だから入り口の梁が低いの。帰るときには潜って帰ってね?」

 

 入り口の梁に頭をぶつける彼に対して謝りながら、お茶を入れるためのお湯を沸かす。

 私の家は、春に紹介されて以来ほとんど家具は何もない。新築祝いとして家の前に置かれていたやや大きめの椅子と机が1組と壁に木の板を打ち込んだだけの簡素な本棚に格安で取引されていたボロボロの小説がぎっしりと詰まっていること。1人用の食器分と衣装タンスに数着の服、洗面台にはオークさんが物資調達の度に摘んできてくれるナナカマドの生け花が飾られている。本当にそれだけの室内だった。

 彼は少し屈んだ状態になりながら、本棚に向かう。

 

「…………本、読むのか?」

「少しでも賢くなろうと思って」

「…………」

「……私ね。最初のパンデミックが起きたとき、まだ小学生だったの。……昔から本当に学が無くて噂話ばかり信じていてね。……今こそ、奴隷商さんに色々、様々なことを教えて貰えたから知識として習得できたけど、避難民の中で私だけが生き残って貴方達に護られてここに来た当初もどうしようかって、自分で道を決められないほどに痴愚で……でもある時、前の避難所で働いていた時に店長から賢くなりたいなら読書して人付き合いを増やすことを勧められて」

「…………それで本を読んで、洗濯屋に働くようになったのか」

「うん。……でも洗濯屋で働くようになったのは、人付き合いの為じゃなくて……あの職場ならオークさんに会えるかもしれない。会ってお礼を言えるかもしれないと思ったからかな」

「……ウェイトレスの方が会える確率は高いとは思わなかったのか?」

「…………店に来てくれるお客さんにオークさん達の事を聞いても、オーク自体 見たことが無いっていうお客さんが多くて。常連の外食客が見てないとなると、オークさん達は人目の付かない内食されているんじゃないかと推測して……。それに洗濯屋なら自宅で落とせない血の汚れを落としに来訪してくれるんじゃないかと思ったの。あと、洗濯屋に就職してからはセクハラもかなり減ったしね!」

「……賢いな」

「私なりにたくさん本を読んで勉強しましたから」

 

 やかんに入ったお湯がぐつぐつと煮えたぎったので火を消し、戸棚からマグカップとお茶っ葉の粉を取り出して出来立てのお湯に浸ける。高価な未使用のお茶っ葉だった為、お湯に浸けたのと同時にお茶の成分が広がっていく。

 それを誤って落としてしまわないように平皿に乗せると彼にとっては小さすぎる机の上に置く。

 

「冷めないうちに、どうぞ」

「…………すまない」

「これは夜に家まで送ってもらって、私のわがままに付きあって貰ったお礼ですよ。お礼。……だから『すまない』だなんて、こんな時まで謝らないでください。オークさんは何も悪いことなんかしてないんですから」

「……ありがとう」

「ふふっ。その言葉の方が私は嬉しいです」

「……! ……」

 

 ズズズっ。という、彼がお茶を火傷しないようにゆっくりとお茶を飲む音が室内に響く。彼にとって私のマグカップは小さいが、それでもティーカップほどの分量にはなるはずだった。

 私がニコニコと微笑み、椅子に座って彼がお茶を飲む様子を見ていると彼はそっと視線を逸らす。でも、そんな彼の仕草も愛おしくてよりまじまじと見てしまう。

 

「……そ、そうだ。…………この前、ナナカマドの花を見つけてきただろう?」

「はい。あの花であれば、まだ生花としてあの場所に飾っていますよ。枝も大切に保管してあります」

「……そうか。……そろそろ枯れてしまうだろうから、新しいナナカマドの花を持ってこようと思ったんだが……あいにくすべて枯れててな」

「あら……」

「……だが実はあって。…………でも、いっぱい取りすぎて。……その良かったら一緒に……食べないか?」

 

 そういって彼はポーチの中から赤い木の実を取り出して、私に見せてくれた。彼の両目と同じ赤色の細かな筋子のような粒が、ナナカマドの花と同じように大量に付いている。彼はそれをマグカップ置き場として転用していた平皿に一房分ちぎって乗せて差し出してきた。

 そして、食べられることを証明するかのように数粒を掌に載せて、その竜牙の生えた口の中に……——————

 

「——駄目っ!」

 

 間一髪、彼の腕を両腕で飛び掛かるように掴んで彼の口に入ってしまうことを阻止した。今の衝撃で、ナナカマドの実は掌から零れて床に転がる。目は赤いけど、白黒させ困惑する彼は私が止めた理由が分かっていないようだったが、私がその腕を掴んで止めた理由をなんとなく察した様子ではあったようだ。

 平皿に並べられたナナカマドの実と私を交互に見て、唖然としながら細かく震えている。

 

「……冬ならまだしも、この時期のナナカマドの実は微量ですが『シアン化合物』が含まれています。食べるのは身体に毒ですよ!」

「…………あぁ……そんなつもりは……すまない……すまない……。……俺は……危うく毒物を……」

「……良いんです。知らなかったんですから。次から気を付けましょう? そんなことよりも、オークさんこそ、大丈夫ですか? この実をいっぱい食べちゃったり、避難所の交易所で食べられる木の実として物々や貨幣交換していませんか?」

「…………それはしていない……いっぱい取ってきたのに……まさか、毒だっただなんて……」

 

 そう告げ狼狽える彼のポーチには沢山のナナカマドの実が詰め込まれていた。きっと街中にある木の実で鳥類にも啄まれていないことから、味気のある木の実として幸運だと思って取ってきてしまったのだろう。

 でもその中にはオレンジ色で、ブルベリー大のナナカマドも入っていて……。

 

「……。オークさん、オークさん。そんなに嘆く必要はなさそうですよ」

「…………え……?」

「そっちのポーチに入っているオレンジ色のナナカマドは食べられます。ジャムとかにして……。……と言っても、もう少し成熟……そうですね。1月に入ってからじゃないと食べられないのですが」

「……こ、これか?」

「それです。それはセイヨウナナカマドと言って、ヨーロッパ原産の外来種のナナカマドですね。日本のナナカマドと違って、木の実がオレンジ色なのが特徴です。それと、そちらの大量のナナカマドですが、もしも不要でしたら私にくれませんか? 対価は……そうですね……」

 

 室内をぐるりと見まわして何かあげられそうなものを見渡すが……本当に生活に必要最低限なものしかなく、床下に隠してあるバーボンぐらいだろうか?

 

「た、た対価なんてとんでもない!」

「?!」

俺は君を危うく殺しかけたんだ! むしろここは俺が慰謝料を払うべきだ! この木の実なんかで良ければタダで受け取ってくれ!」

「!!?」

 

 いつもなら少し考えてから言葉を発するのに、すごいびっくりするぐらいの勢いと大声で彼が流暢に話して出して私が目を丸くする。それから彼は余程申し訳なく思っているのか、大量の木の実を机の上に置いた。

 

「……こんなにいっぱい取ってきちゃったんですね……。……ありがとうございます、この木の実は有意義に使わせて頂きます……?」

 

 興奮するオークさんを宥めながら、貰ったナナカマドの木の実を全て戸棚にしまう。でも彼のおかげで良いことができそうなのも確かだった。

 ふと、そんなやり取りをしてから少し外を覗いてみる。すぐ隣の民家では、見張りの兵士さん達が2人とも丸い目をしながらこちらを見ている。彼等には別に何でもないという合図を送って、ジェスチャーで謝罪したのちに周囲を見回した。時間帯的にも、どこの民家からも光が消えて消灯されている。見える範疇で電気が点灯しているのはこの家だけのようだ。

 すごすごと自宅から半身を乗り出すのをやめて扉を締める。そして簡易的なものだが、こっそりと鍵を閉めた。

 

「えっと、オークさん?」

「……大声を出してすまない……なんだ?」

「もう夜も遅いですし……今日のところは泊っていきませんか?」

「……。…………オークに対してそのセリフはやめたほうがいい。『襲ってくれ』と言っているようなもんだ」

「……」

「……いいですよ」

「……え?」

「いいですよ。オークさんになら、襲われても」

「……」

「……布団は一枚しかないですし。いつでも入ってきていいですからね」

「…………」

 

 こうして仲秋の昼は残暑が残り、人とのぬくもりと共に夜の少し肌寒くなる日は過ぎていく。

 

 




-閑話-
「……ただいま」

「ゲヒャヒャ! 朝帰りかよ! それで~?」

「…………なんだ」

「オレだって言わなくても分かるぞ。彼女と昨日はしっぽり……」

「……するわけないだろう」

「マタまたァ~」

「…………」

「……ヘイヘイヘイ……本当にヤってないのか?」

「…………」

「お前の事だ。自らから家に上がり込んではいないだろう……つまり、だ。……合意があった(彼女から自宅に招いた)のにか?」

「…………」

「……あの、私達がどうして彼女の見送りに行かなかったのか……わかっていますよね?」

「…………」

「…遅漏インポ」
「オークの面汚し」
「カマ野郎」
「Very funny(棒読み)」
「新兵のイチモツはやはり新兵」
「君はあんなかわいい女の子を見ても陰茎が勃たないフレンズなのですね!」

「そこまで言わなくたっていいだろう!!!!!!」


~あとがき~
 今回は、作者の予測が入っています。
 大人ゆきかぜの作画資料は23歳ぐらいをイメージして描かれたそうですが(対魔忍RPGwikiのデータ参照)。
 本編を遊ぶ限りコンビニのバックヤードに残されたフルーツの缶詰の賞味期限が7年経過していること。缶詰商品が品出しの前にダンボールの中に入っていたということから、状況としては入荷した直後。賞味期限の最長だとして+3年。ですので、パンデミック発生から10年前後は経過していると作者は考察しています。
 また、この時。大人ゆきかぜさんの年齢ですが、作中 変異アルサールと争ったのがふうま君が五車学園2年生の頃なので、16+10=26歳ぐらいですかね。


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