電車に乗り、数駅隣にある目的の店まで辿り着いた。中に入り、今回試す為のコーヒーを選んでいく。
「コーヒーと言っても色んな種類があるのですね。聞いたことがあるものから無いものまで。澤田さんはどれが良いとかありますか?」
「そうだな…、飲んだ事がある奴なら、キリマンジャロ、ブラジル、ブルーマウンテンとかになる。正直どれが良いのか分からん。」
「確かにそれらはお店でよく見かけますね。ブルーマウンテンはお高い豆と聞いているですが。」
「らしいな。他のコーヒー豆の良いとこを集めた物らしくコーヒーの王様とか呼ばれている位だ。」
値段を見るとやはり他より少し高めになっている。
「此処に置いてある物の他にも種類はあるのでしょうか…?」
「知らないだけで細かく分けるとあると思うが…。他にはジャコウネコから採れる奴とか?」
「あ、聞いたことがあります。確か…コピ・ルアクでしたっけ?糞から消化されないままの豆で作るコーヒーですよね。」
「そうそう。希少性が高いから世界一とか言われているけど…、流石に置いてはいないようだな。」
動物の糞から採れる豆を洗浄し殻を剥き、それをコーヒーとして作る。現代ではあまり思いつかないが、先人はそれを思いつく辺り、今ほど裕福では無い暮らしの中で何とかコーヒーを飲もうと試行錯誤したのが伝わってくる。
「因みになのだが、名前がジャコウネコとか言っているが、ネコ科では無いらしい。」
「ええ…、名前にあるのに違うのですか?」
「詳しくは分からないが、独立した科とか?イタチに似ているからイタチコーヒーとか呼ばれることもあるらしい。」
ジャコウネコ科とかそんな感じだろう。多分。恐らく。知らんけど。
「そうなんですね、ネコ科とばかり…。」
(ネコ科と言えば、閣下はネコ科に当たるのか?いや、妖精とか精霊的な存在なのかもしれない。現実にあるものさしでは測れる存在では無いのだろう。)
「どれを買ってみましょうか…。此方でも選んでみますので澤田さんの方でも幾つか選んで貰えないでしょうか?」
「了解。と言っても大体決めているからそんなに時間はかからないと思う。」
「もう既に…。因みにどれを選ばれたのですか?」
「アメリカン、キリマンジャロ。ブルーマウンテン…は今回は見送ろうかな。味を比べるのには良いのかも入れないが」
「では、私はそれら以外からですね…澤田さんが幾つか選ばれているのでこちらは一つ位にしておきましょうか。」
商品名と説明と睨み合いしながら横にスライドしていく。暫くすると決心したようにこちらを向く。
「決めました。このグアテマラというのにします。」
(確か果物的な香りがするとか書かれていた物だったか?他とは違う味がしそうだし良いセンスだな…。)
「それじゃあ、今回はこの3つを買うにするか。別のが気になったらまた買いに来るとしよう。」
「そうですね、それじゃ店員さんを呼びましょうか。」
取りあえずは目的のブツの入手は達成することが出来た。
店から出たが、思ったより時間が空いてしまっている。まだ昼が過ぎた辺りだ。
「思っていたより早く購入し終えたな。この後の予定とかあったりする?」
「いえ、特に無いですよ?澤田さんはあるのですか?」
「実は洋服を買いたくてな。今はこの1着しか着てないし流石にそのままとは行かないからな。折角ショッピングモールに来たことだし、ついでに買いたいのだが…?」
「分かりました。では澤田さんの洋服選びにお付き合いさせていただきます。まぁ、アドバイス出来るか分かりませんが…。」
「率直な意見を貰えればそれで助かるので頼みます。そうだな…。時間も良い感じだしお昼を食べてから行動再開としようか。」
「ですね。まずは腹ごしらえ。としましょうか。」
案内板から店を選び、昼食を取った後、メンズ用服を見ていく。
「見に来たのは良いが…。正直マネキン買いで良いんじゃないかと思っているのですが、解説の明月さん。そこのとこ、どう思われますか?」
「そうですね…。一式なので恐らくちゃんとした人が選んでいるはずです。最低限のファッションセンスは保証されると思われます。ですが知っている人から見るとマネキンのを買っていると一目で見抜かれてしまうリスクがあるかと…。そこは本人が気にするか次第になるかと思います。」
雑な振りに、思っていた以上のコメントが返って来た。
「素晴らしいコメントありがとうございます。因みに私は気にしない派なので余裕ですね。それでは幾つか店員さんのおすすめを買って行こうかと思います。以上実況の澤田と。」
手でマイクを持つジェスチャーをし、明月栞那の口元に持っていく。
「解説の明月栞那でした~…。って、何をさせているのですかっ。恥ずかしいですよこれ!」
笑顔で正面に手を振るが素に戻る。どうやら恥ずかしいが勢いでやったようだ。
(最後までノリに付き合ってくれるとか神ですか貴方は。いや、死神だけど。)
店員から幾つかおすすめを買っていく。これから寒くなっていく事もあり買う物が多い。
「澤田さん、澤田さん。これからの冬、マフラーがおすすめですよ?」
「マフラー?そういえばこの中には無かったな。」
「必需品ですよ。マフラーは。この機会に買っておきましょう。」
謎のマフラー押しだが、確かにいい機会だと思うので買うことにした。
「色はどれがお好みですか?それか服に合う物を選びましょう。」
「服に合うか分からないからな。今回は色で選ぶことにするよ。」
幾つかの中から首に巻いてもなるべく肌に違和感を感じないものにした。色は青色だ。
「さてと、買いたいものは買ったし、そろそろ行きましょうか。服の買い物まで付き合って貰って助かった。」
「いえいえ、これも死神のお仕事の一つですから。気にしないで下さい。」
随分と仕事の範囲が広いようだ。その内過労死してしまいそうだ。
多少荷物が増えてしまったので、ここまでと切り上げて帰ることにした。
電車を降り改札を出て、ステラへと向かう。
「澤田さん、先にお洋服の荷物を部屋に置いて来てはどうでしょうか?邪魔になりませんか?」
「それもそうか。すまんが一度こっちの部屋に寄っても大丈夫か?」
「それ位大丈夫ですよ。大した時間もかからないですし。」
寄り道の許可を得て、部屋に向かおうとするが、少し離れた場所に蝶が飛んでいるのに気づく。
「明月さん。向こうに蝶が飛んでいます。」
小声で耳打ちすると、彼女もそれに気づく。
「本当ですね。どこからか迷い込んだのでしょうか?すみません、取りあえず回収だけでもさせてください。」
蝶に近づき、鎌で回収をしていた。他に居ないかと周囲を見ると、離れた場所に一人の男性が俯きながら座っていた。その周囲に蝶が集まる様に飛んでいた。
(多分あの人に集まっているのだろう。となると、だいぶ落ち込んでいる事になるな。)
男性の周りには数頭の蝶が飛んでいた。隣を見ると明月栞那もそれを確認していた後、こちらを見る。
「どうやらあの人に惹かれている様ですね。」
「その様子だな。どうする?声を掛けてみるのか?」
「そうですね…、一度話しを聞いてみようかと思います。」
男性に話しかけようと近づく彼女の後に続く。男性は俯きながら何か呟いているようだ。
(怨嗟がすごいな。何があったんだ…、それにしてもあの男…。)
男性は上から羽織っているパーカーのポケットに両手を入れている。よく見ると右手には何かを握っている様に見える。
(まさか…いやでも今のご時世そういう事件は幾らでも起きるし、警戒はしておこう。杞憂に終わると良いけど。)
恐らく杞憂に終わらないと分かりながらも、そう思えずには居られなかった。その場に荷物を置き、話しかけようとしている明月栞那に近づく。
(問題はいつ爆発するかだよなぁ…。会話することで衝動が収まるのなら万々歳なんだけど。)
そう考えている間に男性に声を掛けていた。
「こんにちは。俯かれているのですが、どこか体調でも悪いのでしょうか?」
特に警戒した様子を見せずに男性に近づいている。手を伸ばせば届いてしまう距離だ。
(その距離はちょっとまずいな。話し相手を変わろう。これは流石に確定だな。)
「明月さん、少し待ってくれ。」
「澤田さん?…どうされたのですか?そんなに怖い顔をされて…。」
俺の顔を見て何かあったのかと振り返る。こっちを見ている為、正面には無警戒だった。
すると男性は顔を上げ、何か覚悟を決めた様に立ち上がる。右手には異様な程、力が入っているのが分かる。
ーーーー来るなこれは。
危険と判断し、咄嗟に明月栞那の腕をこちら側に引き寄せ、強引に体を間に割り込ませる。いきなりの事で彼女は驚きの声を上げていた。
位置を入れ替えたと同時に男性が右手を出し、勢いのまま振り切った。
それと同時に右の二の腕辺りに鋭い何かで線を引かれた様な感覚が走る。目の前の男性を見ると右手にはナイフが握られていた。
「フゥゥッ!ハァ…ハァ…!。」
極度の緊張からか息が荒く、目を限界まで開き、こちらを凝視している。
(あの大きさは果物ナイフ辺りか…?いやペティナイフ位の大きさに見える。)
「……え?、澤田さん?その方が持っているのは…。」
状況が上手く把握出来ずに唖然としているが今はそれ所では無くなっている。
「はは、、あははは!。やってやるっ。俺の不幸を味合わさせてやるからな!………くそっ!」
いきなり笑い出し方と思えば、周囲をキョロキョロを見始め、どこかに走り去って行った。
(衝動的に起こしたのは良いが、目撃者が多いこんな時間は流石にまずいと判断したのか…?)
まだ多くの人が活動している時間だ。周りの人の何事かとこちらを見ており、何人かは携帯を取り出していた。
「明月さん、怪我とかは大丈夫?。」
「ええ、私は澤田さんが咄嗟に引いて貰えたので特には。」
「それなら良かった。取りあえずここを離れよう。注目を集めすぎている。」
「警察などに連絡した方が良いのでは…?」
「それなら周りの人達がしてくれるだろう。それに俺たちは連絡する手段が無い。」
置いていた荷物を持ち上げ、この場から離れるように歩き出す。腕に力を入れた際、先ほど感じた二の腕からじわじわと痛みが広がってくる。
(これは100%切られているな…。ああくそ痛くなってきた。けど確認するのは後にしよう。今は離れるのが先決だ。)
明月栞那が後から付いて来ているのを確認し、急いでその場を離れていった。
駅から離れ裏路地に入り、周りに人が居ないことを確認して腕の様子を見る。
(あーあ、やっぱりかぁ。バッサリ系か?結構血が出てるわこれ。)
何かが服に広がる感触で想像は出来ていたが、いざ目にすると思った以上に血が出ていた。
「澤田さん?どちらへ行かれるのですか、そっちは宿泊している場所では…ってどうしたのですかっ!」
隣まで追いつきこちらを向く。腕の血の跡に気づいたのか大声を上げた。
「どうやら、さっき切られていたらしいな。今になって痛みが出てきた。」
「え、ええっと、取りあえず病院に…、救急車でしょうか!」
怪我を見たからか急にあたふたし始めた。パニックになっているのか謎の動きをしている。
「ストップ。ちょっと落ち着いてくれ。」
「これが落ちついてられますかっ。」
凄い剣幕でこちらを向く。
「取り敢えず、血を止めたいから手伝ってくれ。」
「あ、分かりました。まずは止血が大事ですよねっ!」
先ほど買った服の中から肌着を取り出し上から被せ、腕の部分で圧迫するように巻いて縛る。最後にマフラーをなるべく脇の根本近くできつく縛る。
(割と適当だがこの瞬間は大丈夫だろう。とは言っても安心は出来ない。どこかで処置をしないと。)
「取り敢えずはこれで大丈夫。ありがとう。」
「い、いえ、大した事していません…。それより早く病院へ行きましょう!」
「いや、すまんが病院では無くお店に向かおう。恐らくミカドさんが居るはずだ。」
「え?どうしてお店に?」
「病院に行くと何があったか聞かれる可能性が高い。明らかに切られた後の傷だからな。直前に起きた駅の事と結びつくと思う。そうすると事情聴取の為警察が入ってくる、こっちは被害者だしな。そうなると物凄く面倒な事になる。なるべく避けたい。」
「し、しかし…。」
「大丈夫。もし必要になったらその時に改めて行こう。」
納得いかない彼女の話を無理やり終わらせ、なるべく人の目に付かないよう店に向かって歩き出した。
こういった怪我って切られてから少し経ってから痛みがじわじわと来るような気がします。
血が沢山出ているけど思ったより大した傷では無かったり…。
次回はステラに避難します。