今回は大家さんをお招きする話までですね。
涼音さんが参加し、ようやく本格的に店の体制が整った。
既にミカドさんと明月さんにはどのようにして行くかは事前にやり取りはしていたが、最後の1人が加わったことでみんなにも共有した。
キッチンには涼音さんと俺が常駐し、高嶺にも入ってもらう。フロアとキッチンの忙しさを見て俺がフロアのサポートに入る事もあるが、そっちは明月さんを始め、四季さん、墨染さん、火打谷さんの4人で調整して回していく。休みやシフト次第ってこともあるが……。
ミカドさんには裏方の仕事を。仕入れや帳簿、経理系をお願いすることになった。一応人が居なければドリンク位なら問題無いとは言っている。
メニューも一気に増やした。
以前に明月さんには渡したメニューに追加でパスタ系が二種類、オムライスも一種類、そしてデザート部門にパフェとパンケーキ。工程と味の統一には少し手間がかかったが、問題無いレベルまでは仕上げた。
後は涼音さんが作るケーキなどのテイクアウト制度。正直殆どを涼音さんに任せてしまっている。それでは今後が駄目だと分かっているので、頼み込んで教えてもらってはいる。……分かってはいたが、滅茶苦茶大変だった。
パン屋よりはマシとはよく聞くが、朝は7時前には店に来る必要がある。これは別に良いが、問題は作る方だ。手順を完璧にこなす為には覚えること慣れる要素が多い。感覚的な部分もあり、合格がまだもらえていない。
「なんだその腰の使い方は!もっと力を入れろっ!ジジイの方がまだ気合入ってるぞっ!」
「イエッサーッ!」
後ろから飛び交う罵声に、俺と高嶺が大声で返事をする。
「うむ、声だけは一丁前だな」
涼音さんの罵声と、調理器具と食材が混ざる音が厨房内に鳴り響く。最初は他の皆が何事かと様子を見に来ていたが、すぐに慣れ今では楽しそうに見ている始末。
「終わりましたっ!確認をお願いします!」
「ほう、随分と早いではないか……。まさか手を抜いたわけないな?」
「いえ、全力で挑ませて頂きましたっ!」
「やるではないか。前職の成果か?」
「そうであります」
ビシッと敬礼をする。
「貴様もこいつを見習えッ!いつまでもたついている!日が暮れるぞっ!」
「サー!イエッサー!」
「よーし、では、貴様には次をして貰おう」
「了解であります!」
その後、涼音さんからのしごきを楽しみながら、昼休憩へと入る。
「ふ~、若い男を一方的に罵るのも良いもんだね~」
休憩室で肩を回しながら満足気に言う。
「言い方はあれでも、教え方とかが上手いので文句が言えないところが何とも……」
ぐったりとした声で机に突っ伏す高嶺。
「なんだい、根性が無いねぇ。その子は普通にしてんのに」
「いや~、元々の鍛え方が違いますので比べるのは酷ですよ」
「前も喫茶店だったんだよね?どんなかんじだったの?」
「そうですね~。ぶっちゃけ涼音さんのが可愛いって思える位には激やばでしたね。クソブラックでした」
「つまり……こき使っても問題無いってこと?」
「直ぐにそれが思いつく辺り、やっぱり良い性格してますね……」
「褒めても優しくする気はないから」
「望むところです」
「ほほう、言ったな?どこまで耐えれるか楽しみだ」
お互いにニヤリと笑って挑発する。
「煽り合うのは良いですが、それって俺は無関係ですよね……?」
「戯け、あんたも強制に決まってるだろうが」
「一人だけ楽できると思ったら大間違いだぞ」
「えぇ……」
絶望した様な声を出して再度顔を突っ伏す。
「……ほれ、俺のチョコレート分けるから元気出せ。美味いぞ」
高嶺の顔の横に一個置く。
「姉御も、おひとつ、どうっすか?」
「誰が姉御じゃ。ありがと、一つもらうよ」
涼音さんからの教育も大事だが、同時に料理とフロアでの接客とドリンクなどの対応もして行かなければいけない。
8:2くらいでキッチンが主ではあるが、何とかなりそうではある。後は……タイミングと時間が空けば、ミカドさんの仕事も聞いている。まぁ、こちらは聞くだけで手は出さないんだけど。
忙しいが、その分充実している様な気もする。今までがゆっくりし過ぎだったのかもしれないが……。
とか考えている内に、大家さんを招くと決めた約束の10月18日になっていた。
「はぁ……ドキドキする……」
そろそろ大家さんが来る時間が近づき、四季さんが胸に手を当てて深呼吸をしていた。今日は朝から若干ぎこちなくソワソワしっぱなしであった。何度か『大丈夫かな……?』などと聞かれたので、取りあえず『いや~……どうだろなぁ?』と返しておいた。それを聞いて更にソワソワしている姿を楽しみながら今日を過ごしたが、流石に可哀そうかと思って一個だけアドバイスを教えた。
「ナツメさん、そんなに強張った顔をしていてはダメですよ。ちゃんと笑顔で出迎えしないと」
「ヘーキですよ。ちゃんと練習だってしたんですからっ。自信を持って、笑顔で頑張りましょう」
今日のありさまを見ていた明月さんと火打谷さんが励ます。
「……笑顔で、笑顔で……っ、はい、よろこんでー!!」
あかん、緊張のあまり四季さんがおかしくなってしまった。
「それは居酒屋のノリです」
「今更ジタバタしても仕方あるまい。やるだけやったのなら結果を待つしかないだろう」
「それはそうだけど……」
「澤田さん澤田さん」
落ち着きのない四季さんを眺めていると、横から明月さんにコソコソと話しかけられる。
「実際のところ、澤田さん的にはどうでしょう?」
「俺的に……?というか、ここまで来ているのが答えみたいなもんだけどなぁ……」
無事、今日まで来ているのだ。ここで大家さんがノーというとは思えない。
「……それもそうですね。すみません、ナツメさんが心配されていたので……何かあったのかと」
「ああ、それはソワソワしている四季さんを見て楽しんでいただけだから気にしないでくれ」
「………」
無言になった明月さんを見ると、『マジかよこいつ……』みたいな絶句した顔で俺を見ていた。
と、同時に、入口のドアが開き、ベルの音が響く。
「いらっしゃいませ」
大家さんが入って来たのに合わせて、一斉に挨拶をする。
「………」
それを見て、驚いた表情を浮かべて立ち止まる。一発目の印象はまずまずのご様子。
「随分と、お店の雰囲気が変わったのね」
「お待ちしてました」
「ナツメちゃんも随分と変わった」
「あのっ、これは、その……っ」
「似合ってると思うわ。やっぱり若い子はいいわね……ふふ。案内してくれる?」
四季さんの姿を見て嬉しそうに微笑む。
「あっ、失礼しました。こちらのテーブルへどうぞ」
席まで案内し、そこへメニューを持った火打谷さんが現れる。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ!」
「ありがとう……あら、メニューも増えたのね。ケーキまで……」
「じゃあ、そうね。チーズケーキと、こっちのコーヒーをもらえる?」
「畏まりました。少々、お待ち下さい」
注文を受け取り、厨房へと向かう火打谷さん。それを見ていると、四季さんがこっちを見ていた。……アドバイスは役に立ったのかね?
待ち時間の間、大家さんと目が合ったので、取りあえずお辞儀を返しておいた。
「お待たせいたしました。チーズケーキとコーヒーです」
大して時間はかからない内に、注文が運ばれる。
「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
「ありがとう」
優しく微笑み、チーズケーキを一口食べて、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「……ふぅ……」
「このケーキ、美味しいわね。どこかのお店?」
「いえ、このお店の中で作っています」
「そう……ウィトレスにも新しい人が増えて、今すぐにでもお店をオープンさせられそうなぐらいね……」
「はい。そのつもりで準備しましたから」
「ずっと、お父さんやお母さんの真似をする事だけを考えていました。でも、それではダメだと教わって、考えました。どうすれば、お客さんに来てもらえるかって……」
「ワタシ一人だけじゃなく、周りのみんなに助けてもらいながら考えて……今のお店にしました」
「……そう……」
頷きながら俺をチラリと見て、また視線を戻す。
「ケーキは美味しい。コーヒーにも文句はない。流行る理由は沢山あるのに、お客さんが絶対来るとは言えない。それが水商売なのよ?」
「わかってます。それでもワタシは、このままじゃ諦められませんから」
真っ直ぐに大家さんを見て、はっきりと口にする。
「仕入れの方はどうなってるの?1日の客数や、客単価の設定。それから、売り上げの目標は?」
「そっちも計算してます。なんとか無理のない範囲に出来たと思います」
………そっちに関しては今よりもう少し高めに出ると思うけど、まぁ後でいいか。
「………」
無言で目を閉じる。
「……あー、もうっダメだって言おうと思ったのに。大学に専念しなさいって言うつもりだったのよ」
観念したように、降伏宣言を口にする。
「じゃあっ!?」
「ここまでされて拒否したら、私がイジワルしてるみたいじゃない……分かった。認めます。このお店はナツメちゃんに任せます」
大家さんからの勝利条件を聞き出すことに成功した。
「ありがとうございますっ!」
それを聞いて、四季さんが勢いよく頭を下げる。
「ナツメちゃんにほだされちゃった。ここまでされて、やっぱりダメとは言えないじゃない。それじゃあ意地の悪いおばあちゃんみたいだもの……」
「そんなこと全然思っていません。ワタシのことを思ってくれてっていうのはわかってました。……むしろ、申し訳ないと思ってます」
「だったら、今からでも撤回してくれていいのよ?」
「それは出来ません」
四季さんが嬉しそうに、ゆっくりと首を振る。
「このお店の為に……いえ、ワタシのワガママの為にみんなに沢山協力してもらって、ここまで出来ました」
「あっ、でも、責任を感じてるとかそういうことではなくて……その、なんというか……、このお店は、もうワタシだけのワガママじゃないんです。だから、前とは違う意味で、諦められません」
「嬉しそうですね」
四季さんと大家さんのやり取りを眺めていると、明月さんから声をかけられる。
「そうか?」
「はい、口元が特に。それに、随分と優しい目で見られていたものですから」
「そうだな。ようやくスタートラインに立ったって実感が湧いたかも」
「それだけですかぁ~?」
揶揄う様な目でこちらを見てくる。
「後は、四季さんの変化に……かな?」
「おや、意外と素直ですね。はぐらかすかと思いました」
「失礼な。俺はいつでも素直だぞ?」
「素直な人は、人の不安そうな様子を見て、楽しまないと思いますが……?」
「………」
「無言は肯定と受け取りますよ」
「おっと、そろそろ大家さんがお帰りの様だ。送って差し上げないと」
「逃げましたね」
後ろからの視線を受けながら、帰ろうと席を立った大家さんに声をかける。
「すぐそこまでお見送りしますよ、マダム」
「あら、そう?それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
俺の出した腕に掴まりながら外へ向かう。店から出ると、中から火打谷さんの喜ぶ声が聞こえた。
「嬉しそうねぇ」
「今日の為に、みんな頑張って来ましたから」
「そう、お店もだけど、ナツメちゃんも随分と変わっていて驚いちゃったわ」
多分、変わったというのは見た目だけじゃなくて中身のことだろう。
「結局、あなたが言っていた通りになったわね」
「そうなるように、本気で取り組みましたから……有言実行をすれば、多少は信用は生まれると考えていたので」
「そうね。ほんとに全部成し遂げちゃうだもの。任せても安心かもって考えちゃうわ」
「それが狙いでしたので」
「まんまと策に乗せられちゃったのね」
少し歩くと、俺の腕から手を離して立ち止まる。
「ここまででいいわ。あなたも早く喜びを共有したいでしょ?いつまでも老人の相手は可哀そうだもの」
「問題無いですよ。後でしっかりと分かち合いますから」
「……お店のこと、よろしく頼むわね。ナツメちゃんにも言ったけど、何か困ったことがあれば、いつでも頼ってね」
「お任せ下さい。それと、いつでも大丈夫ですので、お好きな時にまた来てください。今度は美味しい紅茶をごちそうします」
「ふふ、ありがとね。楽しみが一つできちゃったわ。それじゃあ、また来るわ」
「はい。今日はありがとうございました」
手を振って帰ってく大家さんに頭を下げて見送る。
「……よし」
無事、許可も貰えた。これまでの頑張りが成功した。
店に戻り、中に入ると、何やらみんなで話し合いをしていた。
「あ、達也先輩!おかえりなさいです」
「ただいま、何か話し合い中?」
「お店をオープンさせる前にどうやって告知しようかと話し合いをしているところです」
「なるほど、広告をどうするか相談中か」
「あ、澤田君。大家さん大丈夫だった?」
「また来るって。楽しみが一つ増えたって嬉しそうだったぞ」
「そう、よかった」
その後は涼音さんからの提案を採用し、SNSの方でも情報の拡散を進めることになった。
「うーむ、善し悪しが分からん」
夜になり、チラシ作りを女性陣に任せていたが、俺たちからも意見があれば明日までにお願いと言われ、渡された紙を見ていた。
「どうしたの?そんなに悩んだ顔して」
「いや、意見と言われても良く分からんからさ」
帰りの支度を終えた四季さんが声をかけてくる。
「主に火打谷さんと墨染さんが決めてたから、ワタシも同じなんだけどね……」
「まぁ、今時って感じで良いかと思う……位しか感想が言えないな」
「特に修正とかは無さそう?」
「俺からは特に。これで良いんじゃないかな」
「そう……、じゃあ大丈夫かな。高嶺君は?」
「今日も感覚を覚えたいから、そっちの着替えが終わるまで厨房に居るよ」
「そうなんだ」
何かに納得した様な声を呟く。
「そういえば、今日のアドバイスは役に立った?」
「ああ、あれ?アドバイスって程でも無かったと思うけどなぁ」
「何が来るか分かってれば多少は気が楽になるかなって思ったんだが?」
「まぁ確かに、気休めにはなったの……かな?」
「大家さんをあまり待たせるのも良くなかったし、言い塩梅だったと思ってる」
「そっちにとっては、ワタシへの証明にもなったしね」
「さぁ、どうだろうな。事前に大家さんと注文する物を決めていたかもしれないぞ」
「自分で疑わせて何がしたいの……」
そりゃ!四季さんにそう言った目で見てもらいたいのです!!
「ま、無事オープンの許可が貰えたし、気は抜けないけど一安心だな」
「うん、まだまだお店を開くに向けて、やることが沢山あるけど」
「やることは決まってるから簡単簡単。それらをこなせば無事カフェステラ開店だ」
「気軽に言うなぁ……。こっちは大丈夫か心配なのに」
「今までに比べたら軽いもんじゃないか?」
「それは……そうかも?」
「何か気になることや相談があれば遠慮なく言ってくれ。いくらでも協力するよ」
「うん、わかった。……それと、ありがと」
「ん?」
今、小声で感謝を言われた気がしたので四季さんを見る。
「……なに?」
「いやぁ、人にありがとっていう時はちゃんと伝えた方が良いと私は思うわけですよぁ?んん?」
「……うっざ。……ありがとう」
「んん?何に対してのありがとうなのかな?言葉は正確に伝えないと」
「はぁ、言わなければ良かったかも……」
「ため息吐かれると流石の俺でもダメージが入るのだが……?」
「自業自得でしょ。茶化したそっちが悪い」
「ごもっともで」
仕方ないっ!目を逸らして照れながらも言う四季さんが可愛いんだもの!これを見て揶揄わないという選択肢があるだろうか……?いいや、ないっ!
「さっき、明月さんから聞いた。澤田君がお店を開くために色々してくれてたって」
「……余計なことを口走ったみたいだな。何か聞いたりした?」
「大家さんに取り合ってたとか、閣下と仕入れとかの話し合いをしてたとか……色々?」
「へぇー」
「頑張ってるのに、それを特に口に出さないから困ってるって文句言ってたくらいかな?」
「いやぁ、言う程の事でもないと思うぞ。頑張ってるのはみんなも同じだし、確かに表面化しにくいのはあるかもしれないけど、好きでしているだけだし」
「うん、それは分かってる。だからちゃんとお礼と、労っておこうかなって。……お疲れ様」
「……四季さんに言われるだけで、今まで以上に頑張れる気がしてきたわ」
「だから茶化すなっ」
ほんとのことなんだけどなぁ……。
「四季さんもお疲れ様。今後もよろしく」
「ええ、こちらこそ」
話し込んでいると、残りの女性陣も出て来た。
「お疲れ様でーす」
「お待たせしました。奥、空きましたよ」
「了解、そんじゃお疲れ~」
「お先に失礼しまーすっ」
「四季さんも、また明日」
「また明日」
ぞろぞろと出て行く女性陣を見送る。
「さってと、厨房で頑張っている人に声をかけましょうか」
席を立ち、厨房に居る高嶺の方へ向かった。
次回は遂に……、多分オープンまで行くかなぁ……?