喫茶ステラ ―異邦人と蝶の残滓―   作:コクーン√

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ハピバスデトゥユ




第54話:家族

 

 

俺を監視していた正体が判明してから何日か経ち、今日は遂に深山先生の誕生日イベントの日になった。

 

あれからミカドさんが色々調べてくれてはいるらしいが、大胆に聞くわけにも行かないらしく進捗はそんなに無かった。

 

「そろそろ結菜ちゃんのお父さんが来るのよね?」

 

カウンターの掃除をしている俺に、カウンター越しで飲み物の用意をしている四季さんが訪ねてくる。

 

「ああ。準備は完璧だし、キッチンには火打谷さんと涼音さんが居る。後は待つのみだな」

 

「喜んでくれると良いけど……」

 

「勿論喜んでくれるだろ。愛娘から誕生日を祝ってもらえるんだぞ?しかも自分が落ち込んでいる時に。泣きすぎてケーキの味が判らなくなるかもな」

 

「……もしかして、()()()()()それが分かってるの?」

 

意味深な視線をこちらに向けてくる。

 

「はは、そのくらいちょっと考えれば簡単に辿り着く答えだろ?」

 

「……それもそうね」

 

俺の返事を聞いて、自分の発言に苦笑いをする。

 

「それじゃあ、俺は最後に今日一番のヒーローに挨拶をしてくるよ」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

カウンターを離れ、厨房へ入る。中には今か今かと待ち遠しそうにソワソワしている結菜ちゃんが居た。

 

「お父さん、もうすぐ来るってさ。準備は大丈夫そうか?」

 

視線を合わせて話しかける。

 

「はい!大丈夫ですっ」

 

「プレゼントも持ってる?」

 

「ここに入れています!」

 

「よし、なら問題ないな。今日はお父さんの一生に残る大事な日になるからな。お父さんに元気になってもらう為にしっかりと気持ちを伝えてな?」

 

「うん!沢山元気になってもらうのっ」

 

「その意気だな」

 

「そんじゃ、後はよろしくお願いします」

 

立ち上がり、火打谷さんと涼音さんに声をかける。

 

「はい、お任せくださいっ」

 

「折角頑張って作ったしね、最高の一日にしてやるよ」

 

二人も嬉しそうに笑う。その時、店の入り口がベルが鳴る。

 

フロアを覗き、主役が来たことを確認して厨房の三人に合図を送ってフロアに戻る。

 

「約束?なんのことだ?」

 

「いいからいいから」

 

当の本人は何も知らされていない為、終始困惑していた。

 

「ハッピバースデー、トゥーユー。ハッピバースデー、トゥーユー。ハッピバースデー、ディア、パパ。ハッピバースデー、トゥーユー」

 

「お誕生日おめでとうパパ」

 

そこへ、両手に今日一生懸命に作ったケーキを持って現れる。

 

「これは……一体……?」

 

「パパの大好きなケーキ!ユイナもおてつだいしたの!すごいでしょ!」

 

「結菜が、このケーキを……?」

 

「この子ったら、アナタの為に色んなケーキ屋さんを探し回ってたのよ?でも、見つけることが出来なくて、それを、このお店の方が特別に引き受けて下さったの」

 

「そう、だったのか……」

 

「パパ、元気なかったから、このケーキ食べて元気だして!」

 

キラキラとして目でテーブルに置かれたケーキを指す。

 

「あっ、ああ……だが……」

 

「食べないの?もしかして、病気……?」

 

「そう、かも……しれない。折角作ってくれたのに、本当にごめんな?」

 

「ううん。ケーキはまた作ればいいから!あとね、パパのことはユイナが治してあげるからね?ユイナはお医者さんになるの。だからパパのことはユイナが治してあげる!」

 

「結菜が、医者に……?」

 

「うん!ユイナ、パパみたいなお医者さんになるの!」

 

「医者って……なんで……?それにパパみたいなって……」

 

「パパはすごいもん!旅行の時もすごいカッコよかった!ユイナも、みんなにありがとうって言われる、すごくてカッコいいお医者さんになる!」

 

小さな子供の、現実を知らない夢だという人もいるかもしれない……が、親にとってこれ以上に救われることはないだろう。それに……これから1人、父親の病気を治すしな。

 

「はいこれ!プレゼント!」

 

「これは、ネクタイかな?」

 

「これからもお仕事、がんばってください!」

 

「……あ、ありがとう……本当に、ありがとう、結菜……。そうか、結菜は医者になりたいのか」

 

「なるよー!」

 

「そっか……、そうだな。それなら結菜の目標になるような医者になれるよう頑張らないと」

 

「パパはもう、ユイナのモクヒョウだよ!」

 

不安そうな父親に、自信満々の笑顔で答える。

 

「そうか……、ありがとう、結菜」

 

今にも泣きだしそうな表情でお礼を言う。

 

「そうだ!ケーキ、食べていいかな?」

 

「病気はもういいの?」

 

「ああ、すっかり良くなった。結菜のおかげで治った。結菜はきっとすごい医者になれる。いや、もしかしたら、パパよりも凄い医者かもしれないな」

 

「えへへー」

 

「それじゃあ、いただきます……」

 

「どーお?」

 

「美味しいに決まってるだろ。結菜が作ってくれたケーキなんだから……!」

 

「よかったぁ、どんどん食べてねっ!」

 

「美味しい……本当に、美味しいよ……」

 

泣きながらも、愛娘が作ったケーキを美味しそうに食べる。それを見て母親と結菜ちゃんが嬉しそうに笑う。

 

「随分と、嬉しそうに見てるのね……」

 

それをカウンター側で見ていると、横から声をかけられる。

 

「そういう四季さんこそ、いつもより表情筋が柔らかいんじゃないか?」

 

「余計なお世話」

 

いつもなら文句を言って来るのに、今日は言い返さずに微笑んでいる。

 

「結菜ちゃん、喜んでもらえて良かった……」

 

「ああ、そうだな。いつまでも見ていたいくらいに最高のシーンだと思うよ」

 

「澤田君にも、そう言った感性が残っていたんだ」

 

「失敬な。けど、俺でもそう思える程良い物を見させてもらったよ」

 

「良い物って……どこから目線で……って澤田君?大丈夫……?」

 

「ん?何がだ……?」

 

「いや、ほら……泣いてるから……」

 

言い辛そうにこちらを見る。

 

「は?泣いてる……?」

 

突然何を言い出すかと思って自分の顔を触る。

 

「……マジだ」

 

そこには、涙で濡れたと思われる指があった。

 

「え、なんで……?確かに感動したが、そこまでじゃ……」

 

ちょ、ちょっと待て、マジで俺泣いてるぞ?頬がしっかりと濡れてるじゃん!?

 

「あ、いや、別におかしいとか、ダサいとかそんなことないからっ」

 

「え、ええ~……なんでだ……?」

 

それよりも、これ以上醜態をさらす訳にはいかないっ!

 

「すまんっ、ちょっと奥に下がってくる……!」

 

「え、あ、うん……」

 

四季さんの返事を待たずそのまま奥の休憩室へ入り、椅子に座る。

 

「何故だ?泣く程心が揺さぶられたか……?いや、なんかおかしいな……」

 

目と頬を拭きながら、さっきの出来事を冷静に考える。

 

「俺の感情が勝手に動いたみたいな……無意識に泣いていたのか……?自分で気づかないとか……」

 

それはそれは滅茶苦茶恥ずかしいんだけどなっ!どんな顔してフロアに戻れば良いんだよ!四季さんに思いっきり顔みられたじゃねーか!!

 

『あ、いや、別におかしいとか、ダサいとかそんなことないからっ』

 

取り繕うように咄嗟に言っていたが……。

 

「うわぁ……最悪だ」

 

穴があったら入りたいとはこのことだろう。

 

自分の醜態にため息を吐いていると、体から蝶が飛び出てくる。

 

「っと、お店で出てこないで欲しいのだが……?見つかったら斬られるぞ?」

 

俺の忠告を無視してテーブルの上に止まる。

 

「なんでわざわざ……」

 

このタイミングで出て来たのなら何か俺に伝える事でもあんのか……?夜でも良いと思うのだが……。

 

「……いやまてよ。まさか、さっき俺が泣いたのって……お前のせいか?」

 

何となく思い付いた可能性を提示する。すると、正解と言わんばかりに羽を動かす。

 

「まじか……、道理で知らん間に泣いてたわけだよ。納得……」

 

恐らくだが、そっち側に感情が表に出て来たんだろう。

 

「……はぁ、まぁ……言い訳は今日の夜にでも聞くから、取りあえず引っ込んでくれないか?誰かに見られたら不味いしな」

 

戻るように、クイクイと指を動かす。

 

「……っ!?急げ!誰か来てる……!」

 

フロアから誰かがこっちに向かって来ている気配を感じ、すぐに戻るように手を伸ばす。

 

蝶が戻るのと同時に、部屋の扉が開いた。

 

 

 

 

 

「すまんっ、ちょっと奥に下がってくる……!」

 

「え、あ、うん……」

 

逃げるように奥へ引っ込んでいく澤田君を、驚きながらも生返事で見送る。

 

……今、確かに泣いていた。別にそのことを茶化すつもりは無いけど……。

 

「………」

 

私が泣いてるとこを指摘すると、彼はその時初めて自分が泣いているとこに気が付いた様に見えた。しかも、どうして自分が泣いているのか分からず困惑している様にも……。

 

「澤田さん、どうかされたのですか……?奥へ行っちゃいましたけど」

 

「明月さん……」

 

「ナツメさん?……もしかして、何かあったのですか?」

 

なんて答えようか困る。

 

「えっと、澤田君が……その、泣いていた」

 

「澤田さんがですか……?」

 

「……うん、それで、見られたくなさそうに奥に……」

 

「ははぁん、なるほどぉ。結菜ちゃん達家族のシーンを見て感動したんですねぇ……可愛いところもあるじゃないですか」

 

「うん、多分そうだと思う……けど」

 

「けど……?」

 

「彼、何だか、自分がどうして泣いているのか理解していないみたいに驚いていたから……ちょっと不思議に思った」

 

「泣いてるのが……ですか?」

 

「うん。私が泣いてるのを指摘したら、自分の顔を触って凄く驚いてた」

 

「……なるほどです」

 

「澤田君って小さい頃にご両親を亡くしているから……それでなのかなって」

 

「それは……あるかもしれないですね。無意識に自分と比べた可能性も充分にあり得ますし」

 

「そうなんだ……それもそうだよね」

 

前に聞いてたけど、この世界で澤田君にとっての家族や知り合いはいないし、元々居た世界でも小さい頃に両親を亡くして生きて来ている。普段の彼からは想像出来ないけど、もしかすると、本当は心の中で溜め込んでいたのかもしれない……。

 

私たちに心配かけまいと、明るく振る舞っていつもはおちゃらけているけど……本当は不安だったのかもしれない。ううん、普通に考えればそうに決まってる。

 

「……少し、様子を見てくる」

 

「……、分かりました。お任せしますね」

 

「うん」

 

カウンターを出て、奥へ向かう。

 

……謎の怒りが込み上げてくる。

 

普段はワタシに色々と聞いてくるくせに、自分の悩みとかは話さないとか……。まるで役に立たないと言われているみたいでムカつく。

 

休憩室に着き、そのままドアを開ける。

 

「……っ!?」

 

中を見ると、謎の体勢で手を突きだしている澤田君が居た。

 

……それに、今の。

 

見間違いじゃなければ、さっきの一瞬、手の中に蝶が消えて行くように見えた。

 

……つまりは、そう言うことだ。

 

先程の推測に確信を得たワタシは、部屋のドアを閉めて、明らかに挙動不審の彼と向き合った。

 

 

 

 

 

……これは一体、どういう場面だ?

 

ノックもせずにそのまま乗り込んできたかと思えば、明らかに機嫌の悪い四季さんが俺を睨んでいた。

 

「あ~……どうかしたのか?そんな目付きしてると、折角柔らかくなった表情筋が硬くなるぞ……?」

 

いつもの様に冗談を言ってみたが、更に怖い顔になった。

 

ええー……なんでぇ?ガチギレじゃん。冗談言ってる場合じゃないだろこれ。何があったんだ……?

 

「えっと、四季さん?まじでどうしたんだ?何か相談でも……?」

 

恐る恐る聞いてみると、そのまま歩き出し、椅子に座る。

 

「澤田君も座って」

 

「あ、はい」

 

有無を言わせない迫力に、そのまま従う。

 

「………」

 

「………」

 

お互いに向き合うが、無言が続く。

 

……ええっと、ここは、俺から聞くべき……かな?

 

「……それで、何か相談ごとか?」

 

「ワタシじゃない」

 

「え?」

 

「ワタシじゃなくて、澤田君こそ、何か悩みや相談事ないの……?」

 

これは、恫喝?脅迫?自白しろって雰囲気だよな?相談事とか優しい言い方じゃないよな!?

 

「まてまてまてっ、話が見えない!一から説明してくれ」

 

「……さっき、泣いてたでしょ?」

 

「あ、ああ……お見苦しい所をお見せしました……」

 

くそ!直接言われると更に死にたくなるだろうが……!!

 

「どうして泣いてたの……?」

 

「え、ええ~……それは、なんというかぁ」

 

「話して」

 

拒否権は無いと申すか……!

 

「それは……個人的な感じでありまして……」

 

「ワタシじゃ話せない?」

 

「いや、そういうわけじゃ」

 

「澤田君が明月さんと閣下と色々と裏でコソコソしているのは知っている。その内容が話せない事も理解しているつもり。けど、ワタシに協力するって言った。それならその逆もあったらいけない?」

 

「それは……そうかもしれないが……」

 

「確かに、ワタシじゃ2人みたいに役に立てるとは思ってない。それでも、借りた恩ぐらい返させてほしい」

 

さっきまで怒った顔をしていたが、今度は困った様な表情を浮かべていた。

 

「あー……なるほど、四季さんが言いたい事は理解した」

 

「ほんとうに?」

 

「ア、ハイ……。ホントウデス」

 

「それじゃ聞かせて。さっきはどうして泣いてたの?何か悩んでることがあるんでしょ」

 

「正直、今のところ自分でも分かってない。ほんと無意識というか……勝手に出てたんだ」

 

嘘は言ってない。嘘は言ってないからなっ!

 

「多分だが……あまりそういったことに触れあわなかったからだと思う。ほら、前に話したけど、小さい時にどっちも死んでるからさ?」

 

「うん、ちゃんと覚えてる」

 

「たぶん、眩しく思えたんじゃないのかなって自己分析している途中」

 

「そっか……」

 

「いや、心配してもらうほど大した内容じゃないからさ!それに、学生の時には受け入れていたしっ」

 

「……澤田君の学生の時って、どんな感じに過ごしていたの?」

 

「へ?どうしたんだ、急に……」

 

「別に。ただ興味本位で聞いてみただけ」

 

「どうって……普通にモブみたいにひっそりと……?」

 

「叔父さんに迷惑かけない様に静かに暮らして来たんでしょ?」

 

「そうだな。忙しそうだし、可能な限り迷惑かけない様に気を遣ってたな。ご飯は作ってくれてたし、お金も充分にもらってたしな」

 

「やっぱり……なんか想像出来る」

 

「ん?そうか?」

 

「育ててもらってる人にワガママ言えない。迷惑を掛けたくないって自ら周囲と距離を置いたんじゃない?」

 

「……そうだな、その通りだ。よくわかったな」

 

「……ワタシにも共感できるところが多いから」

 

知ってる。

 

「ワタシもね、澤田君と似たような感じに過ごして来たんだ。小さい頃は体が弱くて、よく入退院を繰り返してたの」

 

突然、四季さんからの過去話が始まる。

 

「あまり友達とも遊べないで、すっかり話についていけなくなって……でも、親に迷惑かけていたから自分のワガママは言えないでしょ?」

 

「……ああ、その気持ち、物凄く理解できる」

 

「そう言うと思った」

 

「どうして急にその話を……?」

 

「ん?特に。……ただ似たような境遇かなって気になっただけ」

 

「そうか」

 

「そう、それだけ。共感したかっただけかも」

 

……そうだな。知っているに決まってる。なんせ、俺も四季さんの過去に凄く共感を覚えたからな。画面越しだったけど。

 

「共感……ねぇ」

 

「澤田君はこの世界でたった一人じゃない?前に居た世界の知り合いや家族の繋がりはないでしょ?それなら、共感とか出来たら安心できるかなーって思っただけ。まぁ、ワタシが勝手に思っただけだけどね」

 

恥ずかしそうに、苦笑いをしながら話を終わらせる。

 

「………」

 

「なに?その顔……。どうせワタシのキャラじゃないくらい分かってますよー」

 

「あ、いや、違う。なんて言うか、予想外だったから……」

 

「それの何が違うの……?」

 

「そういう意味じゃない。でも、うん、お礼は言っておくよ」

 

「素直じゃないなぁ……。それに、人に感謝を言う時は、ちゃんと伝えた方が良いじゃなかったっけ?」

 

「……そうだったな。ありがとう。励ましてくれて」

 

「どういたしまして。少しはマシになった?」

 

「かなり?まさか四季さんに励まされる日が来るとは思っていなかったけど」

 

「はぁ?それ、どういう意味?」

 

「あまり人と深く関わろうとするタイプじゃないからさ」

 

「そりゃあ、そうかもしれないけど……」

 

「でも、わざわざ部屋まで来てくれたのは助かった」

 

「……そりゃ、どうも」

 

……照れ隠しでツンツンしているのも最高にキュートだと思います。

 

 

 





次回はお店へ謎のお届け物が……。『生物』と書いてある長方形の……。

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