喫茶ステラ ―異邦人と蝶の残滓―   作:コクーン√

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目が覚まして、主人公の名前を思い出した後からになります。




-新訳-第33話:記憶の残滓ー澤田達也ー

 

 

不思議な夢を見て目を覚ますと、忘れていたこれまでの事を思い出していた。

 

「これって……、澤田君のことを思い出した……ってことだよね?」

 

前の世界での記憶。彼が居て一緒にお店で働いていた世界の記憶。

 

「澤田君が明月さんを助ける為に高嶺君と閣下と過去に飛んで……それから……」

 

今の世界のワタシの記憶と、前のワタシの記憶を擦り合わせれば……。

 

「あの日、お店に入る前に話した澤田君は未来の……」

 

前の世界では確か、一緒にお店に入ったはず……。だけど、今回は後で入るって言ってそのままその場に残った。

 

「それに……、ワタシに魂を、渡した?」

 

目を閉じさせて魂を確認すると言っておでこをくっつけていた。あれは恐らく確認とかでは無くて……。

 

「その直後にワタシや皆の記憶から消えている……?」

 

その直後にお店の中で明月さんとの会話が明らかにおかしい。

 

「何が起きたの……?あの瞬間に……」

 

それから今の今まで彼の事を忘れていた。何かが起きたに違いない。

 

「そのせいで、澤田君が消えた……?」

 

一番に考えられるのは、彼が言ってた神様からの罰が下った……とか?それとも……。

 

「想定外の何が……あったの?」

 

彼のことを思い出せても、あるのは自分の記憶だけ。

 

「……一回、確認しておく必要があるかも」

 

まずは、澤田君がワタシに魂を分けたのが本当なのか、閣下に確認してみないと……。

 

聞いていた話だと、明月さんを助けるはずだったのに、ワタシにも何かをしていた。咄嗟の思い付きなのか、それとも最初からの計画なのか……。

 

「澤田君なら……やりそうだなぁ」

 

何となく、彼ならそうしてもおかしくない。

 

「……なんだか、変な感じ」

 

前の世界のワタシの記憶と、今の世界のワタシの記憶の両方がある。この世界に居ない澤田君に対して困惑しているワタシと、今までの謎が一気に解けて来て安心している自分がいる。

 

「焦りに任せても良い考えは思いつかない。落ち着くことが大切……だっけ?」

 

妙な落ち着きのままその場を立ち上がる。

 

「お店に行けば、会えるかな?」

 

最低でも明月さんが居るだろうと思い、名残惜しく感じながらも部屋を出ようとする。

 

ピンポーン。

 

「え……?」

 

すると、部屋を訪ねて来たことを知らせる音が鳴り響く。

 

「……誰?」

 

ここを訪ねる人が居るなんておかしい。普通居るはずがないけど……。管理会社の人、なのかな?

 

おそるおそる近寄り、玄関の覗き穴から外を確認する。

 

「……この子って」

 

外を見ると、白い服と髪をしている少女が立っていた。

 

……確か、澤田君の部屋に何度か尋ねて来ていた子、だったよね?どうしてここに?

 

「そこに居るのは分かってるからさ、大人しく開けてくれないかな~?一応礼儀として鳴らしているんだけどね」

 

「ッ!?」

 

覗き穴越しで目が合う。……どうやら、バレていたみたい。ってそれもそうか。タイミングが良すぎるし……。

 

観念して素直にドアを開ける。

 

「やぁやぁ、この世界ではお互いに初めまして。で良いのかな?」

 

「………、実際は2度目。なんだけどね」

 

「ふぅん……。ってことは、本当に記憶を取り戻したんだ……凄いね」

 

「……もしかして」

 

「あ、うん。そうだよ。僕は前の世界で最後にキミの部屋を訪れた偉い神様だよ」

 

「やっぱり……」

 

喋り方が見た目と全然合っていない。依代として体を借りている状態……だったよね。

 

「玄関で立って話すのもなんだし、上がらせてもらっても良いかな?」

 

「……わかった」

 

多分だけど、碌な内容じゃないと簡単に想像できる。

 

「長話になるかもしれないから、座らせてもらうよ」

 

そのまま部屋に入り、腰を下ろしたのでワタシもベッドに座る。

 

「話って……何?」

 

「う~ん、そうだねぇ……。まずは、キミが記憶を取り戻した事から話しておこうか」

 

今の言い方的に、目の前の人が関わってるのだろうか。

 

「彼の記憶が消えた理由だけどね。あれは僕がしたこと。まぁ、これに関しては何となく予想が付くとは思うけど」

 

「どうして、消したの……?」

 

「本人がそうしたいと僕にお願いしてきたからさ」

 

「……え?澤田君、自身が?」

 

「そう。彼自身が……ね」

 

「なんで……?」

 

「なんでってそりゃあ……おっと、これは僕の口から言うのは止めておこうかな?どうやら、僕が予想していたよりまだ取り戻せてないみたいだしね」

 

「取り戻せてない……?何を……?」

 

「キミの中に眠る記憶を、だよ。まだ切っ掛けしか思い出せてないみたいだしね。これに関しては、彼女がコントロールしてるのかな」

 

「彼女……?」

 

「キミが最近夢で会う女性のことさ」

 

「えっ……、知ってるの?」

 

「そりゃあ、僕はえらぁ~い神様だからね。それなりのことは知っているのさ」

 

「誰なの?その人は……どうして夢で?」

 

「さぁね。直接本人の口から聞くのをおススメするよ?」

 

「………」

 

目の前の神様は、ワタシが知りたい事を知っているが、あえてそれを伏せている。何か理由が……?それとも反応を見て楽しんでいる?

 

「失礼だなぁ……。ちゃんと理由があって伏せてるに決まってるじゃないか。僕が君の反応を見て楽しんでいるだなんて、そんな訳ないない」

 

……やっぱり、考えが読まれてる。

 

「あれ?驚かないんだね」

 

「何となく、そうじゃないかなって思ってたから……」

 

「……へぇ。キミがこれを知るのは初めてのはずだけど……、思っている以上に無意識下で共有してるのかもしれないね。凄く面白い現象だ」

 

急に眼を細め、真面目な声で呟く。

 

「……?どういうこと」

 

「キミの中に眠る澤田達也の記憶と自分の記憶が混ざってるってことさ」

 

「ワタシの中に……澤田君の記憶が……?」

 

「そうだね。これに関しては彼も望んでいたわけじゃないけど……、こればかりは仕方ないことだし」

 

何かを納得するように1人で頷いている。

 

「思い出さないといけない記憶が……ワタシにはある」

 

そうじゃないかと思ってた。まだ、真実に辿り着けていない。

 

「そうだよぉ~?最も、それを知ればキミは絶望するかもしれない。知らない方が幸せだった……。なんて答えかもしれない。それでもその答えを知りたいかい?」

 

揶揄う様な、試すような眼差しでワタシを見る。

 

「……例え、あなたの言う事が本当だったとしても、ワタシはそれを知るべきだと思う。ううん、知らないままじゃダメ。ワタシ自身がそう望んでる」

 

「……同じ目をするんだね。それが彼の影響なのか、はたまたキミ自身の変化なのか……」

 

興味深そうにこちらを見てくる。

 

「多分、澤田君の影響……かな?」

 

「ふむ……、なるほどなるほど。彼の言葉に……ね。前者とも後者とも受け取れる答えだね」

 

ワタシの言葉を聞いて、1人で頷く。

 

「どうやら、あまり心配することは無さそうみたいだし、僕はこのまま帰ることにしよう」

 

「……え?帰る、の?」

 

あれ?てっきり澤田君のことを思い出したことに対して何かするのかとばかり……。

 

「今のキミに何かする気は無いし、記憶も消すつもりも無い。僕が頼まれたのはあくまであの日の一回だけだしね」

 

「そうなの……?また消されるのとばかり……」

 

「しないよ、そんな面倒な事。それに……こっちの方が良い方向に動きそうだし、このまま見守ることにするよ」

 

面白い物を見るようにこちらを見て笑いながら、立ち上がる。

 

「それじゃあ、楽しみにして見てるよ。彼の影響を受けたキミが、この世界でどう生きて行くのかを……ね。出来れば、良い未来になる事を願ってるよ」

 

最後に笑って玄関から出て行く。

 

「……結局、何が目的だったのかな?」

 

緊張の糸が切れ、体から力が抜ける。

 

様子を見に来た……とか、そんな所だろうか?ワタシが思い出した事でどう変化したのか……とか?

 

「って考えてもわかる訳ないか」

 

向こうとは違って、人の考えを読める訳じゃないし。

 

「……今は、まだ思い出せてない記憶を、思い出すことが先決……かな」

 

この世界に澤田君が居ないのは、彼自身が望んで、あの神様にお願いをしていたってのが本当なら、前の世界でワタシにまた会おうって嘘を付いていたことになる。

 

「多分、ワタシが止めると踏んで、嘘を付いていた……」

 

何か理由があるはず。それを知らなければならない。

 

「記憶を思い出すには、あの人がコントロールをしている……だったっけ?」

 

夢で会う謎の女性。最初は夢だからとあまり考えてはなかったけど……。

 

「うーん、なんだか……どんどん謎が増えていってるような……」

 

近づいてるのか遠ざかってるのか……。

 

「今度夢で会った時に、しっかりと聞いておかないと……」

 

あの人は、澤田君の事を知っている。ワタシがそれを思い出すのを待っている。

 

 

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい」

 

その日の夜、望んだ通りに同じ夢を見た。最近はずっとそうだったので大丈夫だろうとは思っていたけどね。

 

「こんばんわ。今日もお邪魔させてもらうね」

 

「ええ、ご自由にどうぞ。何か飲む?と言っても紅茶とコーヒーしか出せないけどね」

 

「……実質、選択肢は一つしか無いのだけどね」

 

「それもそうだったわね」

 

こっちの意図を理解して紅茶を淹れ始める。

 

「はいどうぞ。それで、今日は何を知りたいのかしら?」

 

「……彼の事、澤田君の事を知りたい」

 

「ふふ、ちゃんとあの子の事を思い出したようね。安心したわ」

 

「今日、とある人に会って、ワタシの中にある記憶を知るにはあなたに聞くのが良いって説明されたの」

 

「ああ、あの神様ね」

 

……どうやら、どっちも認識しているみたい。

 

「そうね。あなたに見せて来た記憶も、私の方で好きにしていたからね。無事あなたが思い出したことで、ようやく次に移れるわ」

 

手元の紅茶を一口飲んでワタシを見る。

 

「覚悟はしてきたのかしら?あの子が忘れさせた……、という事はそれに値するだけの記憶があるわよ?勿論、あなたにとって」

 

「……うん、ちゃんと覚悟はしてきた、つもりではいる……。澤田君が何を思って消したのかは分からない。だけど、ワタシはそれを知りたい」

 

「一応、このままあの子の事を忘れて、お店で働き続ける……。その選択肢もあるのだけれども?」

 

「それだけは絶対に嫌」

 

「ふふ、愛されてるわねぇ……」

 

「えっ、いやっ!別にそういう意味で言ったわけじゃ……!」

 

「あら?違うのかしら?てっきりあの子の事が好きで、知りたいからの行動だと思っていたのだけど?」

 

「……違わないけど」

 

「素直じゃないわねぇ」

 

恥ずかしくなり目を逸らす。

 

「そ、それより!前の続きをっ。澤田君の事を思い出したら話すって条件だったでしょ?」

 

「はいはい、ちゃんと覚えてるわよ」

 

ワタシの反応を楽しそうに見ながら立ち上がる。

 

「それじゃあ着いて来なさい。そして、しっかりと見届けなさい。あの子が、この世界で生きていた証を……ね」

 

以前と同じように後を追う。歩き出した道に新しく道が出来ていく。すると、左側に光が集まり始める。

 

『俺の名前は澤田達也。明月さん達とは昨日知り合ったばかりなんだ。まぁ死神関連で関わる事になったんだが、どうやら俺に起きている事象は初めてのケースみたいで、調査するなら近くに置いていた方が良いってことになった』

 

『お店については、俺自身が過去に実際喫茶店で働いていたこともあったから、協力できると考えて申し受けた感じになる。これから宜しくお願いします』

 

そこには、改装する前のお店で、ワタシに向かって自己紹介をしている澤田君がいた。

 

「これがあなた達2人の顔合わせね」

 

「……うん。確か、明月さんと話してた時にお店に入って来たのが初めてだった」

 

そのまま視界は変わり、ホテルの一室だろうか?肉まんを食べていた。

 

『今日はもう終わりだと思っていたが、まさか四季ナツメと出くわすとは……、明月栞那はこれの為に俺をもう一度店に呼んだのか。嵌められた気分だ。でも、今後関わって行くことになるからそれ込みで考えていかないと……』

 

多分、考えごとしているのだろうか?

 

『それにしても、改めて思うと明月栞那も四季ナツメもやっぱり超絶美少女だったな。他のヒロインも変わらずとなれば、それらと交友関係を持っていく高嶺昂晴はギルティというわけになるな、主人公だから仕方ないけど……』

 

そのままベッドに寝転がり始める。

 

『四季ナツメかぁ……まさか出会う事になるなんて……。彼女の紅茶を飲んでみたい。今でもある程度は美味しいだろう。自分の目標としている人の腕を味わえる機会が訪れるとか最高過ぎる……』

 

『また、明日から頑張ろう。高嶺昂晴がハッピーエンドを迎えられるように』

 

そして、そのまま目を閉じて眠りについた。

 

「今のは……澤田君の記憶?」

 

「ええ、そうね。あなたと最初に会った日の出来事よ」

 

そっか……。ということは、あの日の時点で既に高嶺君をどうするかを考え始めていたんだ。それに……ワタシの紅茶を飲んでみたいって……。

 

集まった光が散り、再び歩き出す。少し歩くと、反対側に光が集まり始める。

 

『この店、CAFE STELLAで働くことで何が高嶺さんのプラスになるかというと……』

 

そこには、手を大きく広げながら高嶺君に話しかけている澤田君が居た。場所は、お店の部屋だろうか。

 

『まず、可愛い女の子と一緒に働ける』

 

『……え?』

 

『考えてもみてくれ、今この店には君の大学で有名なあの孤高の撃墜王、四季ナツメが居る。彼女と同じ店……同じ空間を共に過ごすチャンスが到来だ。四季さんだけではない。もう一人の金髪の女性、死神こと明月栞那。彼女とも一緒だ。しかも明月さんは高嶺さんの現状を一番に心配している。常に君の事を気に掛けていると言って過言ではない。そんな女性達と同じ店で働けば必然と会話をする機会も増える。友好を築けるわけだ』

 

『同じ職場で働いていれば仕事終わりにどこかに食べに行くかもしれない。オシャレなバーに飲みに行くかもしれない。夜だし家まで送る事になるかもしれない……、その流れで家で少しお茶をするかもしれない。他愛もない会話から一緒に買い物に出かける機会があるかもしれない。二人で遊園地などの娯楽施設に遊びに行くかもしれない……』

 

『そんな夢の可能性が出てくる』

 

「………」

 

力強く、高嶺君へ伝える。彼は一体何を言ってるのだろうか……?

 

『は、はぁ……』

 

正面の高嶺君も同じ反応をしている。さっきの台詞的に、お店に勧誘している場面なのは分かるけど……。

 

『そして、最後に3つ目』

 

『可愛い女性と同じ屋根の下で働くという事はつまり……、ハプニングは付き物、という事だ』

 

「……あの時、奥でこんなことを話していたのかぁ」

 

物凄く、くっだらない内容だった。

 

『やる。ここで働く。あ、いや。一緒に働かせて下さい』

 

『ようこそ、CAFE STELLAへ。私たちは君を歓迎しよう』

 

そう言ってお互いに力強く握手を交わしていた。そして、光が散っていった。

 

「今のが高嶺君を納得させた内容だったのか……」

 

理解は出来ないけど、結果を見れば無事成功していた。

 

「あの子なりに確実に引き込みたかったのよ、きっと」

 

そう言って前に進む。

 

「今度は……」

 

また光が集まると、1つの光景が映し出される。

 

『……よし、今の所はまだ順調だな。一応原作通りに進んではいるし問題は無いはず』

 

そこは、澤田君の部屋だろう。ベッドに座りながら、一冊の大学ノートを見ていた。

 

『今は、この辺りだから……次は涼音さんをお店に誘う辺りだな』

 

ノートには、何かのフローチャートだろうか?丁寧に書き込まれており、その横には詳細らしき何かが沢山書かれていた。

 

『この調子で、まずはお店を開かないとな……』

 

そう言ってノートを閉じて、ベッド横の棚の後ろにバレない様に隠していた。

 

「何?今のノート……」

 

何かを確認する為に見ていた。しっかりとは見れなかったけど、何かしらの進行状況のすり合わせのようだった。

 

疑問に思っていると、次の映像が流れ始める。

 

『無事、お店を開くところまでは持ってこれたな。このままお店を維持して、何とか高嶺を明月さんルートに持っていかないとな……』

 

『四季さんの方も現時点では問題は無さそうだし……。そっちの方も考えておかないといけないな。どうにかこの調子で前向きに生きて行って欲しいものだが……』

 

光が消え、次が現れる。

 

『まさか、四季さんにバーに誘われるとはな……。しかも高嶺じゃなくて俺が。これは……少し予想外だったな。いや、滅茶苦茶嬉しいのは確かだけど、原作との差異が起きないか心配ってのもある。誘った基準でもあったのか……?』

 

これは……確かワタシが澤田君を飲みに誘った日の事だろう。彼の想定では、ワタシは高嶺君を誘っていたの?単純にお世話になっていたからそのお礼も込めて誘ったのだけど……。

 

『……卯花之佐久夜姫、竜胆ルリ。天神乱漫からのキャラかぁ……。このまま何事も無く過ぎて欲しいけど、そう都合よくは行かないだろうな』

 

『お店の害にならなければ良いのだが……』

 

これは、あの神様ときつねの少女の事だと思う。このことについても澤田君は想定外って話だったよね。

 

その言葉には、何かを守ろうとする意志が込められていた。

 

次の映像には、地面に倒れながら苦しむ男を見下ろす様に立っている澤田君だった。

 

『……ほんと、折角良い感じで進んでいるのに、お前みたいなやつが一番めんどくさい……』

 

『がっ、あが……っ!』

 

『しかも、中途半端に追い払うと、逆恨みで誰かを狙う……狙われたのが俺で本当に安心したよ』

 

『て、てめぇ……こ……のっ!』

 

睨むように見て来た男に拳を振り下ろす。

 

『ごっほ!?』

 

『……二度とそう思えない様にしないとな』

 

立ち上がり、手を広げる。

 

『負の感情ね』

 

深く、暗い感情が流れ込む。すると、掌に一匹の蝶が現れる。

 

『この蝶をこいつにぶつければ、多少なりと壊れるだろう。廃人……とまでは行かないが、こちらを可能な限り恐怖してもらえれば関わって来ないだろう』

 

澤田君の考えが聞こえてくる。

 

『試すのにはもってこいかもしれないな』

 

そのまま、蝶を男に向かって放った。

 

「ダ、ダメッ!」

 

言っても意味が無いのは分かってるけど、咄嗟に止めようと声が出る。

 

飛んでいく蝶が男に触れる直前で白く輝く何かに飲み込まれる。

 

『やめておけ、このど阿呆が』

 

そこを見ると、煌びやかな巫女服?の様な衣装を着ている神様が居た。どうやら、寸前で阻止してくれたみたい。

 

『すまんが、勝手に止めさせて貰った。このままじゃと、そこに居る男がかわいそうじゃからのう』

 

『……つまりは、効果があるということなんだな?』

 

『そうじゃな。お主……分かっていて行うつもりだったろ』

 

『まぁな。こういった輩は、加減をすると幾らでも突っかかってくるからな。経験のあるあんたになら分かると思うが?』

 

『……じゃな。そちらの言い分も理解できる。だが、それをお主がする必要はない』

 

『……どうする気だ?』

 

『なに、妾の力で記憶を消すのじゃ。ついでに店には近づかない様に暗示……おまじないもかけておこう』

 

『……それで店の安全は保たれるのか?』

 

『保証しよう。神である妾がな』

 

『……分かった。それなら任せるよ』

 

言質を取ったことで矛を収める。

 

そのままその景色が消え、次が現れる。

 

『どうするつもりなの?なにか手伝えることとかある?』

 

『そうだな、四季さんには高嶺の動向を見守っててほしいかな?』

 

『高嶺君の……?』

 

『そそ、高嶺が何をしたとか、どんな行動を起こしたとか気にしてもらえると助かる』

 

『そんなことでいいの?』

 

『勿論、俺もあっちこっちと気に出来るだけの余裕があるかわからないし、見逃すかもしれないから、手伝って貰えると助かる』

 

『ん、りょうかい。気にかけておく』

 

『よろしく』

 

『これで四季さんは高嶺のこれからの行動に注視するはず。新しいメニューを作ったり、お店の為にと頑張る姿を見て自分も……、となってくれると助かるのだが……』

 

「ワタシに高嶺君の動向を任せた理由は、そう言う事だったのね……」

 

場面は変わり、澤田君の部屋で、卯花さん?と一緒に居た。

 

『ああ、ナツメの魂が弱っているのは元々じゃ。今回の原因は別にある』

 

『詳しく聞かせてくれ』

 

『おぬしらが言う魂の分離、いわゆる蝶となって魂が零れ落ちた。それによって彼女の魂は一般の人間より弱い。いわば病弱な体質の人間と同じじゃな。何かしらの干渉などでも体に影響を及ぼしてしまう位にな』

 

『じゃが、これまでは問題無く生きて来られた。多少の刺激があっても、その分魂も元に戻ろうと強くなっていたからのう……。しかし、その魂の許容範囲を超えてしまい、それが体にも影響を及ぼした。恐らく、これが今回の原因だ』

 

『……何をしたら、魂に影響を、及ぼすんだ?』

 

『魂とは自分の心じゃ。沈んだ気持ちを持てば魂にも影響を及ぼす。勿論逆も然り』

 

『それは……つまり、マイナスだけじゃなくプラスの考えもってことか?』

 

『そうじゃな。ナツメの魂の許容よりも強い気持ちを持てば、当然その分魂へ無理を強いる』

 

『……ああ、なるほど、理解したよ』

 

『つまり、倒れる直前に俺が背中を押した事で希望を持ってしまって……。俺のせいで……』

 

次に移った光景は、澤田君が言っていた竜胆ルリちゃん?と向き合って話していた。

 

『なるほど、キミの言いたい事はよぉくわかったよ。彼女を救う為に許可が欲しいと?』

 

『ああ。不干渉だとありがたい』

 

『なるほどねぇ~。ふむふむ、良いよ。その代わりと言っては何だけど、僕からキミへ条件がある』

 

『俺に出来る事なら、何でも受け入れる』

 

『おや、内容も聞かずに良いのかい?とんでもないことを提案するかもしれないよ?』

 

『俺だけで済むなら安いもんだ。それで四季さんが助かる可能性が上がるならな』

 

光が散る。

 

『……それなら、絶対に譲る訳にはいかなくなったな』

 

『……っ!?どうしてですか!』

 

これは、明月さんと対峙していたときの……。

 

『残念だけど、明月さんがその役目を果たすのは今じゃない。もっと後だ』

 

『どういう意味ですか……?』

 

『……すまんが、それを今話すことは出来ないんだ』

 

『……あなたはっ、いつもいつもそうやって、全部を自分一人で背負おうとして……!』

 

普段からは想像出来ない様子で、声を荒げて鎌を澤田君に向ける。

 

『それなら、私もあなたを止めます』

 

『どうしても、譲ってくれないのか……?』

 

『そのままそっくりお返ししますよ』

 

『……それじゃあ、仕方ないな』

 

『ごめんだけど、明月さんには退場してもらう』

 

『ここで明月さんに使わせる訳にはいかない。それは高嶺の為に使うのものだ。それに……助けるなら俺自身が四季さんを助けたい』

 

譲れない何かを思い、明月さんと敵対した。

 

『前と同じ要領で……、それを徐々に送り付けて行く感覚を……』

 

病院の一室で、寝ているワタシに顔を近づけて、おでこをくっつける。

 

『どうか目を覚ましてほしい。四季ナツメの輝かしい未来を俺に見せてほしい……!お店で皆と笑いながら過ごす日々をっ!』

 

『こんな場所で終わらせてたまるか。この人には、もっと素晴らしい人生を歩んで貰わなければいけない!俺がその希望を信じた様に、この先もそれを見せてくれ!』

 

強く、眩い感情が流れ込んでくる。

 

「澤田君……」

 

病院で見た夢は、やっぱり本当だったんだ……。

 

光が集まる。

 

『……ごめん、少し頭の中を整理させてほしい。澤田君が言っている事は分かってるけど、追いついていないだけだから……』

 

『……分かった。ひとまず俺も風呂入って来るよ』

 

『うん……その間に整理しとくから……』

 

今度は宿での場面だった。

 

『これで多少は誤魔化せたはず。最後に爆弾を投下したことで混乱もしていたから細かい箇所を忘れただろうし』

 

『……ごめんな』

 

『自分でもクソ野郎とは思うが、バレる訳にはいかないからな』

 

『これは、明月さん……そして四季さんを助ける為に必要なことだと割り切らないとな』

 

場面が変わり、部屋が朝の陽ざしに照らされ、ベットで寝ているワタシを見ていた。

 

『幸せそうに寝ているなぁ。こうやって好きな人の寝顔を眺めながら朝を迎えるって、最高だな』

 

『だが、こうして幸せそうに寝ている彼女を置いて過去に戻ってリセットすることを考えると……って、今更言っても遅いか』

 

『それでも。と決めたのだから今更揺らいでいては駄目だろう』

 

「……あの日の朝、そんな事を……っ」

 

泣きたくなる気持ちをぐっと抑える。涙で見えなくさせてはいけない。ちゃんと見ないと……っ!

 

『終わった?』

 

『ああ、協力ありがとな』

 

『どうだったの?魂を見たんでしょ?』

 

『少し弱ってたって感じ。少し治療したけど体調とか変じゃないか?』

 

『んー……特に平気かなぁ……?』

 

『了解。それじゃあこれで終わりだな』

 

「あっ、この場面は……」

 

最後に、ワタシが澤田君に会ったシーン……。

 

『中に入らないの?』

 

『もうちょっとここで涼んだら入るよ。お先にどうぞ~』

 

『そ、じゃあ先に入ってるから』

 

特に気にすることなくお店へ入って行くワタシ。知りたいのはこの後。

 

『やれることはやったし……あとは高嶺に任せるか』

 

澤田君が自分の体に視線を向けると、体が淡く光っていた。

 

『なるほど、消え方は明月さんと似た感じなのか……』

 

何かを納得するように苦笑する。

 

『後悔や心残りはある。けど、消える最後に四季さんと会う事が出来たので全部チャラで良いと思えた』

 

『これでーーー彼女の幸せに繋がるのなら』

 

最後にそう思って、その体は蝶へ還っていった。

 

「………」

 

その姿を見て、唯々立ち尽くす。

 

「……ざっくりとだけど、これがあの子のこの世界で生き抜いた証拠ね」

 

隣を見ると、少し寂しそうに笑っていた。

 

「澤田君は……最後にワタシのために……」

 

「そうね。あなたを助けたい。そう想っての行動よ」

 

「なんで……どうしてそんなに……、こんなにワタシのために……」

 

「そんなの、あなたの事が好きで好きでしょうがないからに決まってるでしょ。大切な人を助けたい。ただそれだけよ」

 

「っ!……ぅ」

 

遂に堪え切れずに泣いてしまった。

 

「……さっきまでのは、ほんの一部分。それなりに大事な部分を見せただけ」

 

「ま、まだ……澤田君には何か、あるの……?」

 

「……ええ、あるわ。沢山ね。どうしてこの世界にやって来たのか、どうしてあなたたちの事を知っていたのか、どうして、あなたの事を最初から見ていたのか……」

 

「それらを知りたいのなら、泣かないで顔を上げなさい」

 

「……っ」

 

涙が出てくる目を擦りながら顔を上げる。すると、正面に木製の扉が現れる。

 

「……これは」

 

「あの子の全てを知る勇気があるなら、その扉を開けて前に進みなさい」

 

半歩横に逸れて、ワタシに道を譲る。

 

「この先に、澤田君の記憶が……あるの?」

 

「そうよ、あなたが知りたがっていた事が、きっとあるわ。そして、あの子を救う手立ても……きっとね」

 

「……それなら、開ける」

 

「一応、知れば後には引き返せないわよ?」

 

「引き返すことも、セーブも出来なくなる?」

 

「ふふ、そうね。そうなるわ」

 

「それなら、尚更答えはイエス」

 

「そう……。それなら何も言う事は無いわ。あなたがそれを望むなら、好きに進むなさい」

 

「うん、そうする」

 

真っ直ぐ前を見据え、扉に向かって階段を上がる。

 

「……この奥に」

 

ドアノブを回して扉を開ける。中から目が開けられない程の眩しい光が射しこむ。

 

「ぅ……」

 

手で光を遮りながら、一歩前へ踏む出す。

 

そして、そのまま光の中へ足を踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「……行った、わね」

 

閉まった扉を見つめながら、小さく呟く。

 

「その一歩が、運命を変える……ねぇ」

 

先程の会話を思い出しながら少し笑ってしまう。

 

「彼には勿体ないくらいの良い子に出会えたじゃない」

 

「………、ナツメちゃん」

 

「あの子を……、達也をよろしく頼むわね」

 

そう言って、くるりと身を翻して姿を消した。

 

 





さて、これで主人公の記憶を手に入れた四季ナツメが、出来上がってしまったわけですが……()

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