喫茶ステラ ―異邦人と蝶の残滓―   作:コクーン√

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今回で夢は終わりを迎えそうです。




-新訳-第40話:郷愁別離

 

朝のアラームを聞いて目を覚ます。

 

「起きるか」

 

寝起きの頭を起こしつつベッドから立ち上がる。

 

「んんーーっ。旅立ちには良い朝かもな」

 

今日でここともおさらばになるだろう。ぬるま湯の様なこの夢をもう少し味わって居ても良いと思えるが、向こうから終わりに向かわせたのなら足踏みをしてる暇はあまりなさそうな気がする。

 

「最後の朝食でも食べに行くか」

 

階段から降りてリビングへ顔を出す。

 

「おっ、起きて来たか」

 

そこには昨日と同じく父の姿だけがあった。

 

「おはよ。結局母さんは向こうで泊まった感じ?」

 

「みたいだな。忙しそうだ」

 

「ならしゃーないなぁ」

 

一緒に朝食の準備を済ませて食べ始める。

 

「達也、何か面白いニュースでもやってないか?」

 

新聞を読み終えた父がテレビへ視線を向ける。

 

「特に変わりないラインナップだけどな。平和そのものだよ」

 

「それは良い事だ」

 

その後も何気ない雑談を交えて朝食を終える。

 

「皿は俺が洗っておくから、そっちは家出る準備でもしておいてくれ」

 

「……どうやら、昨日の優しさがまだ続いているみたいだな。関心感心」

 

満足そうに俺を見てリビングを後にする。

 

「まぁ、最後ぐらいは……な」

 

たかが皿洗い。だけど、思い出としては悪くないだろ。

 

2人分の食器を洗い終えて部屋に戻る。

 

「俺も出る準備しないとな」

 

最後を迎える前に、寄っておきたい場所がある。

 

「まだ美咲さんに、ゲームの感想言ってないしな」

 

夢が続くのなら、今日は出勤とかだったのだろう。

 

「一応時間は守っておかないとな……」

 

着替えを済ませて一階に降りる。

 

「……あれ?まだ出てなかったのか?」

 

そこには既に仕事に行ったと思っていた父がまだ残っていた。

 

「まぁ、ちょっとした忘れもんをしてな」

 

「良いのか?遅刻とか平気なの?」

 

「それよりも大事なことだからな!たまにはいいだろう」

 

いや、ダメでしょ……。

 

「それより、そっちも出掛けるのか?」

 

「まぁ、普通に喫茶店に行くつもりだけど?」

 

「今日は朝からだったのかっ、なら早く行かないとな」

 

「そっちもな」

 

「今日は俺が達也を見送ってやろう!いつも見送られる側だったからなっ」

 

「いやいや、忘れ物は……?」

 

「細かい事は気にすんなって!いいからいから」

 

肩を組まされて無理矢理玄関まで引っ張られていく。

 

「あー……分かった分かった」

 

玄関に着き靴を履く。

 

「……それじゃあ、行ってくるよ」

 

「ああ、気を付けて行けよ?」

 

元気そうにこちらを見る父を見て不思議と込み上げてくるものがあった。

 

「うん……。しっかりと頑張って来る」

 

「ははっ、そこの心配はしていないな!んじゃ、行ってこい!」

 

「……ああっ、行ってきます!」

 

満面の笑みで俺を見る父に向かってこちらも最大級の笑顔で返して玄関を出た。

 

「……行くか」

 

寂しさが残る中、静かな朝の街を歩き出した。

 

 

 

 

「……行ったか」

 

「そうか、そうだよな……」

 

「お前は前に進むことを選んだんだな。流石は俺の息子だ」

 

やり切った様な表情で目を閉じて頷く。

 

「俺の役目もここまでだな」

 

1人になったリビングを見渡す。

 

「ありもしない夢だったが、悪くない夢だったな……」

 

「後はあいつが何とかしてくれるだろう。俺なんかよりもずっと頭が良いからな」

 

周囲の景色が薄れていく中、満足そうに上を見上げながら蝶へと還って行った。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

店に着きそのまま中へ入る。

 

「おっ、おはようさん!」

 

「達也か、いつもより早いな」

 

店内にはカウンター側に2人が居た。

 

「ちょっとしたいことが出来たから、話しておきたいと思ってさ」

 

「ふむ、したい事か……。店を辞めるのか?」

 

「あー……まぁ、そういうことになるのかな?」

 

「えっ!?達也くん店辞めるのっ!なんで!もしかしてマスターからパワハラでもあったの?」

 

「そんなことするわけないだろうが。ややこしくなるからお前は奥に下がっておけ」

 

「ぶーぶー。でも真面目そうな話だしそうしようかな」

 

受け入れた美咲さんが大人しく奥へ下がって行く。

 

「さて、一応話を聞いておこうか」

 

「ああ、詳しくは話せないけど、やることが出来てさ。店に来られそうに無いからその挨拶をしておきたくて……」

 

「……嘘じゃないみたいだな」

 

「流石に世話になった人に嘘は付きたくはないな……」

 

「腐った根性をしてなくて安心した。そうだな……お前にやりたい事が出来たと言うのならこっちとしては喜んで背中を押させてもらおう」

 

「割とあっさりしてるな」

 

「何、目を見れば判る。一昨日までのつまらん目をしてない。何かしらの決意が見られる」

 

「……流石、って言っておくよ」

 

「何をしようとしてるのか分からんが、お前がそれをすべきだと思うのならやってみると良い。もしそれで疲れて休みたくなった時はここに羽休めしに来い。コーヒーの一杯くらいは出してやろう」

 

「羽休めって……」

 

俺の中の記憶はあんた含めてトラウマしかないんだが?

 

「それじゃあ、奥に居る山吹君にも挨拶は済ませておくといい」

 

「そうしとく」

 

カウンターから出て、奥に向かおうとする。

 

「……小さい時から色々と、世話になりました」

 

聞こえない様に小さく呟いて奥の休憩室に入る。

 

「あーっ、やっと来た。ねぇ、お店辞めるの?」

 

「えっと、そうですね。少しやりたい事が出来てしまって……」

 

「うーん……そっかぁ、本人にしたい事が出来ちゃったのなら止める訳にも行かないし、しょうがないか……」

 

「美咲さんにも色々とお世話になりました」

 

「あはは、気にしないで。私も達也くんに結構助けてもらったしね!お互い様だよ。あっ、それよりぃ~……」

 

「ん?どうしました?」

 

「一昨日私が渡したゲーム、もうした?」

 

「あ~……あれですね」

 

「その様子だと、中身は見た様だね」

 

「まさか職場の人からエロゲを勧められるとは思いませんでしたよ」

 

「いやー、達也くんなら喜んでくれると思ってさ」

 

「まぁ、色々とありがたかったですけどね」

 

「それで?もう何人か攻略したの?」

 

「1人残して攻略済みですね」

 

「めっちゃやり込んでんじゃんっ、結構気に入ったの?」

 

「ええ、感謝したいくらいには」

 

「そう言われると勧めたこっちとしても鼻が高いね」

 

「って、挨拶しに来たのにゲームの話で盛り上がってしまってますね」

 

「だねぇ……ま、しんみりしてるよりかはましでしょ」

 

「そうですねぇ……」

 

「あまり長く引き留めるのも悪いし、そろそろ行く?」

 

「そうします」

 

「お店辞めても私のこと忘れないでよー?」

 

「大丈夫ですって、ちゃんと覚えてますから」

 

「なら良かった。そんじゃあ、またねっ」

 

「はい、美咲さんも元気で」

 

挨拶を済ませて店から出る。

 

「……残りは」

 

後は最後の1人。

 

駅へ向かって電車に乗るが、俺以外に乗客はおらず他の人とすれ違いすらしていない。

 

「もう、変に取り繕う必要が無くなったとかか?」

 

無人の電車に暫く乗っていると、聞き覚えのある駅名が聞こえて来たので立ち上がって降りる。

 

「……昨日ここに来たのは必然だったって訳か」

 

特に意識せず電車に乗っていたが、自然とここに着いた。俺が来るのを待ってるということなんだろう。

 

そのまま駅から森へ向かう。

 

「この先に、居るんだろうな」

 

中に入る前に一度後ろを振り返ると、先ほどまであった景色が薄れていた。

 

「引き返させないって感じだな」

 

当然する気も無いけどな。

 

覚悟を決めて前へ進んでいく。

 

昨日と同じ様に開けた場所に出る。すると、その中心で初めて夢の中で会った時と同じ姿でこちらに背を向けていた。

 

「……お別れは、済んだみたいね」

 

「……そうだな。ありがたいことに」

 

「そう。満足は出来たかしら?」

 

「残念ながら、まだ最後の1人が残ってる」

 

「あら、誰のことかしら?」

 

「その相手は目の前に居るよ。()()()

 

確信した声で呼ぶ。

 

「……ふふ、あーあ。折角このまま終わらせてあげようとしてたのに……しょうがない子ね」

 

「ここまで来てそれは無いでしょ」

 

「それもそうね」

 

くるりとこちらに向いた瞬間、周囲の景色が移り変わっていく。

 

「私とあなたなら、こっちの方がしっくり来るかしら?」

 

「まぁ……そうかも」

 

そこにはいつもの夢の中の景色が広がっていた。

 

「それじゃあ、なんだか聞きたい事があるみたいだし座りましょうか」

 

何もない空間からいつものセットが出てくる。

 

いつも通りに座り、紅茶を一口飲む。

 

「それで?何から聞きたいのかしら?」

 

「今までの夢は、母さんの夢だったのか?」

 

「私の夢……そうねぇ、私の夢でもあったけど、あの人の夢でもあったかしら」

 

「あの人?」

 

「お父さんよ。家で一緒に過ごしてたじゃない」

 

「……あれって、創った存在とかじゃなかったのか?」

 

「幾つかは私の記憶を参照にしたけど、大まかな部分は本人のよ?」

 

「まじで?」

 

「ええ、マジよ」

 

「つまり、あれは本人でもあったのか……てか、どっちもこっちの世界に来てたのか」

 

驚きの事実である。

 

「あら、何度か見てるはずよ。ほら、私の肩とかに止まっていたじゃない」

 

「ん?あ、ああ……確かにそんな蝶が……って、あれが父親の魂だったのか」

 

って、蝶の姿で誰とか分かる訳がない。

 

「だからあなたがあの家で話したことは作られた嘘じゃないわ」

 

「そうか……」

 

「あの喫茶店のは流石にあなたからの記憶を使ったけどね」

 

「2人が知ってたらおかしいもんな……」

 

つまり、色んな記憶を拾って創っていたって感じだったのか。

 

「わざわざ俺に思い出させるように仕向けたのは?」

 

「あなたならその内気づいてたことだし、さっさと思い出させてどっちを選ぶか見てみたかったのよ」

 

「どっちを選ぶか……」

 

「ええ、結果は今を見れば分かるけどね」

 

「あの写真立ての中身を見せたのも計算だったのか?」

 

「残念ながら、あれはあの人が勝手に動いただけ。そこに関しては私は介入していないわ」

 

「そのおかげで早くここに辿り着いたんだけどな」

 

「あの人なりにあなたの背中を押そうとしたのでしょうね」

 

一旦会話が途切れたので飲み物を飲む。

 

「それで、答えに辿り着いた俺は……どうなるんだ?」

 

「どうもしないわ。所詮夢だもの。時が来れば目を覚ますだけよ」

 

「目を覚ます……?」

 

「あなたは一個勘違いをしているみたいだから正しておくわ」

 

「勘違い?」

 

「どうやら、ここが終われば自分は死ぬ。そんな事を考えてるようね」

 

「違うのか?実際俺は蝶に還ったわけだし」

 

「違うわよ。ただ蝶に還っただけじゃない。死んでいないわ」

 

「それを死んだって……ああ、そうか。確かに明月さんもそうだったな」

 

「だからまだ死んで無いわ。仮死状態の様なものね」

 

「でも、結局終わるんじゃないか?明月さんみたいに生まれ直す訳でもないし」

 

「あら?またあの世界で生きたくないのかしら?」

 

「まー……、またみんなと一緒にお店で働きたい気持ちはあるっちゃある。けど、俺が居ると迷惑しか掛けないからなぁ……」

 

「その原因が無くなれば、また一緒に生きても良いとおもうのかしら?」

 

「それもまた夢みたいな話だな」

 

それなら、またお店を開いてワイワイするのも悪くはないけど。

 

「ふふ、そう。それなら安心したわ」

 

「何が?」

 

「親として、最後の勤めを無事果たせそうと思っただけよ」

 

「ん?勤め……?」

 

何をする気なのだろうか?と聞こうとした時、夜空の景色に薄く小さな光が射しこむ。

 

「……もうそんなに時間は残されてないみたいね」

 

「なんの光なんだ……?これは?」

 

「外からあなたを起こそうとしてるのよ。もう少し位待ってくれても良いのにね」

 

「俺を……起こす?」

 

「そう、今の外の状況を知りたいかしら?」

 

嬉しそうに俺を見る。

 

「……ああ、知りたい」

 

「今、外ではあなたを呼び戻そうとしているわ。方法としては死神のあの子にした手段と同じ方法でね」

 

「それって……」

 

俺を生まれ直そうとしてるってことか?

 

「安心しなさい。あなたが懸念してる点はほとんどクリア済みよ」

 

「外では既に年を越して新年で、死神の子も人として無事戻って来てるわ」

 

つまりは、明月さんルートを進んでるという事か。

 

「それなら、なんで俺のことを……」

 

「そんなの、あなたのことを覚えている人が居た以外ありえないでしょ?」

 

「……マジか」

 

「きっと、その子が再びあなたに会いたいって願ってるのよ。まぁ、帰って来て欲しいと願ってるのは1人だけじゃないみたいだけどね」

 

「俺に、会いたいと……?」

 

「何となく、誰が覚えていたのか察せたでしょ?」

 

「……四季さんか?」

 

「ふふ、正解ね」

 

「俺が消えた後でも、四季さんは俺の事を覚えていて、行動に移した……」

 

「そうみたいね。しっかりと、することをしてから」

 

前の世界の記憶を保持してるってことなのか?

 

「色々とこんがらがってきた……」

 

「そこは、起きてから彼女に詳しく聞くといいわ」

 

「いや待て、それでも起きた後が問題になる。また蝶を引っ張ってくるのは勘弁したい」

 

「そこも大丈夫よ。悪いのは全部私が持って行ってあげるから」

 

「……どういう意味?」

 

「ほら、小さい頃よくやったじゃない?『痛い痛いの飛んでけー』って」

 

「いやいや、急に表現を可愛らしくして誤魔化さなくても良いから」

 

「可愛くない返し方ねぇ……」

 

そうこうしてるうちに、天上から漏れ出る光が少しずつ増えて来ている。

 

「……あまり長く持ちそうにないわね」

 

お互いに上を見上げる。

 

「きっと、色々と聞きたい事や気になる事もあると思うけど、あまり時間がないみたい」

 

残念そうにため息を吐いてこちらを見る。

 

「とにかく、あなたが心配しているような事は起きないから安心しなさい。変に心配なんかせずまたあの子に、あのお店のみんなに会って来なさい。これは母からの命令よ」

 

人差し指をこちらに突き出して来る。

 

「急な親権の振りかざしで驚きを隠せないのだが……」

 

「最後くらい子供に親として振る舞いたいから黙って聞きなさい」

 

「それに……あなたには碌に残すことは出来なかったからね」

 

そう言って、申し訳なさそうに目を逸らす。

 

「……そんなことは無い。夢の中や色んな場面で助けてもらった」

 

「そのくらい、親として当然のこと。本来これまでするべきことを今になってしただけだから」

 

「それでも、俺にとっては嬉しかった。自分1人だけの秘密を共有し、話せる相手が居たんだから。それにその相手が親だったと知った。俺はこの世界で1人じゃないって気づけて良かった」

 

「いつも、俺のことを見ていてくれたと今更ながら理解出来たよ」

 

夢で毎回俺の日々の暮らしを楽しそうに聞いていたのは当然のことだった。

 

「私としてもあなたの成長を知ることが出来て、嬉しかったわ。この世界に来てから前向きに生きている姿を見ることができた」

 

「やりたい事を見つけて、それに向かって努力して、好きな人が居て、守りたい人が出来て……」

 

「その為に自分を犠牲にしたのはちょっとマイナスだけどね」

 

「元を辿れば俺のせいだったからなぁ……」

 

「けど、その悪いのもここでお終い。あとは明るい未来が待ってるわ。悪い物は全部、私たちが持っていくからね」

 

「……生まれかわるのは、俺だけってことなのか?」

 

「何を今更。当たり前のことじゃない。それに……私はあの人を置いてく気は無いわ。最後まで私に付き合ってくれたもの。それなら私も最後まで寄りそうつもりよ」

 

「そっか……」

 

「しょぼくれた顔しないでもっと笑いなさい。最後くらい母に笑顔を見せても良いんじゃない?」

 

「今の状況で笑えは難易度が高いと思うのだが……」

 

「情けない子ねぇ……お父さんは最後まで笑ってたでしょ?息子なんだから根性見せなさい」

 

「根性って……」

 

けど、最後くらいは願いを聞きたいと思い、可能な限り笑ってみる。

 

「んー……35点ってとこかしら。あなたはお父さんと同じで笑顔が素敵なんだから。もっと明るくなること。これ宿題ね?」

 

「割と手厳しい点数だな……」

 

「自他ともに厳しいのが売りですから」

 

お互いに小さく笑う。

 

時間が経つにつれ、次第に上から差し込む光が増して来る。

 

「もう、せっかちなんだから。もうちょっと親子の会話を楽しませても良いじゃない」

 

「……もう時間は無いのか?」

 

「そうね、そろそろお別れの時間よ」

 

「………」

 

「だから、寂しそうな顔をしない。新たな門出よ?嬉しそうにしなさい」

 

「無茶なことを言う……」

 

「時には無茶無謀も必要よ?まぁいいわ……それより、もっと顔を見せなさい」

 

俺の頬に手を添えて正面を向かせる。顔を見ると、そこには愛おしいのを見るように優しく微笑んでいた。

 

「全く、恥ずかしいとか申し訳ないとか感じてまともにこっちを見ないんだから……」

 

「……ごめん」

 

「謝ってほしいわけじゃないわ。それに、謝るのはこっちの方」

 

そう言って俺の顔をゆっくりと見る。

 

「……ふふ、目元はあの人似かしら?それ以外は割と私寄りかもしれないわね。でも、笑った時の顔はやっぱりあの人似ね」

 

「そんなものなのか?」

 

「ええ、世界一顔を見ている私が太鼓判を押してあげるわ」

 

「そりゃ信頼出来そう」

 

「けど、その記録もその内あの子に塗り替えられるのは嬉しくもあって少し寂しくもあるわね……」

 

「………」

 

「って、私がしんみりしちゃったわね。ごめんなさい」

 

恥ずかしそうに苦笑して俺の肩を掴む。

 

「それじゃあ、私とはここでお別れ。あなたは先に進みなさい」

 

ぐるりと後ろを向かされる。するとそこには、大きな門があった。

 

「それを越えればみんなの元へ戻れるわ。もう時間もないから早く行きなさい」

 

そのままグイグイと背中を押される。

 

「………」

 

返す言葉が思い浮かばす、言われるがまま門に手を付けて押す。

 

ゆっくりと扉が開き、中から眩い光が射し込んで来る。

 

「ほら、この先にあなたの未来が待ってるわ」

 

「……だけど俺」

 

「良いのよ。これはあなたの父と母がそうしたいのだから。大切な子の幸せを願ってのことよ」

 

「……ありがとう」

 

結局、思いついたのは感謝の言葉ぐらいだった。

 

「こちらこそありがと。息子の成長を見届けれて嬉しかったわ。あの子に……ナツメちゃんによろしくね」

 

「はは……頑張ってみるよ」

 

今のこの世界ので状況は分からないけど、そう悪くないと願いたい。

 

「気を付けなさいね。ちゃんと健康には気を遣いなさい。あと、女の子を揶揄うのは程々にしておくように」

 

「それは……善処します」

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 

優しく、背中を押される。

 

「……いってーーー」

 

一歩前に踏み出し、その場に立ち止まって振り返る。

 

「まだ何かあるのかしら?」

 

「ああ、最後は笑顔でって言われてたから」

 

真っ直ぐとその目を見てから伝える。

 

「母さん、行ってきますっ!」

 

今で出来る最高の笑顔を浮かべる。

 

「……ふふっ。ええ、いってらっしゃい」

 

驚くようにそれを見て、嬉しそうに笑った。

 

再び門へ向き直り、歩き出す。

 

もう振り返ることはない。最後は笑顔で別れるのだから。

 

歩みを止めず、眩しく輝く光の中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「ふふ、最後に根性見せたじゃない。流石はあの人の息子ね」

 

既に夜の様な薄暗さは無く、世界のほぼ全てに光が射しこみ、ひび割れるようにそれらは広がっていた。

 

「やっぱり、笑った顔は父親譲りね……」

 

嬉しそうに笑い、光に包まれていく世界でゆっくりと空を見上げる。

 

「孫の顔が見れないのは、ちょっと残念かしら」

 

困ったような笑顔を浮かべ、白い光の中……蝶へと還っていった。

 

そして、主が居なくなった世界が、遂に終わりを迎えた。

 

 





次回は、主人公の目覚めからですね。

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