休みが明けて最初の営業日です。
「これからよろしくお願いします」
新年の休みが終わり、今年最初の開店日。その朝の開店時間前で、皆に俺の紹介と挨拶を済ませておく。
「最初の担当はキッチンを集中してもらおうか。慣れてきたら他の事も覚えて行くように」
ミカドさんの指示で始めはキッチンとなる。
「了解。それじゃあ涼音さん、よろしくお願いします」
「おっけー。四季さんから話は聞いてるからね。容赦なくしごいて良いってね」
嬉しそうに話す涼音さんの台詞を聞いて、思わずナツメを見る。
そこには、面白い物を見るようにこちらを見ている人がいた。
は、謀ったな……!!なんてことを……っ!
「頑張って」
「嵌められた……」
俺らのやり取りを高嶺と明月さんが苦笑いして見ていた。
「そんじゃ、早速向かおうか」
「了解です」
連れられながらキッチンへ向かう。
「一応、朝の準備はもう終わってるから、後は開店の時間まで待つだけだし……それまで色々と聞いておきたいんだけど……良い?」
「はい。なんでも聞いて下さい」
「経験者って聞いてるけど、ある程度動けるって考えても大丈夫?」
「どの程度か気になりますが、割と平気ですよ。過去に二回ほど喫茶店で働いてたのである程度は平気です」
その内、一回はここだけどな。
「澤田さんならある程度問題無いと思いますよ」
「そういえば昂晴は知り合いなんだっけ?」
「ですね。栞那とミカドさんも少し前から知り合ってます」
「まぁ、四季さんが勧めて来るぐらいだし、安心しても良いか」
うんうんと頷く。
「それなら、取り敢えず今日は流れを覚えてもらうのと、お店のメニューを記憶してもらおうかな?」
「あっ、一応お店のメニューなら全部暗記していますよ」
「え、そなの?」
「働く前にメニューを見せてもらってたので一通りは全部」
「……本気で?」
「はい。なので今日は流れを見せて貰っても良いですか?」
涼音さんが『大丈夫なの?』という視線を高嶺に投げる。
「多分大丈夫だと思いますよ?澤田さんですし」
「あー……それなら、そうしてもらおうかな」
「はい、よろしくお願いします」
「基本的には昂晴に付いてくれる?こっちでも見て欲しいのがあればその時に呼ぶから」
「了解です。その時はおねがいします」
流石に初日から参加するのはよろしく無いので今日は見学だけに抑えると話して決めた。
世間は休みが多いし、今日の客足はそこまで無いから問題ないだろう。多分店内より持ち帰りの割合が多そうだしな。
「では、高嶺先輩。ご指導の方宜しくお願い致しますっ」
「ご指導って……良い性格してますね、はは……」
「昂晴ー、情けない姿見せない様に頑張れよー?彼の今後は君に掛かってるっ」
「涼音さんも変なプレッシャーをかけないでくださいよ!」
「冗談冗談。そんじゃ、よろしく」
午前中は基本的に調理工程の説明と、フロアからの伝票の受け取りやらこちらからの渡す際の話を聞いた。
時折涼音さんが作るケーキの説明も隣で観察させてもらった。相変わらずその姿は真剣そのものだった。
午後が過ぎ、客の数が減って来た辺りに高嶺からの提案で、完成品をフロアへ渡す作業から始めることにした。
と言っても、出来上がったのを伝票と共にフロアの人に渡すだけだったので特に必要の無い作業なんだが……まぁ、入りとしては良いかもしれない。
それから少しずつ高嶺が作る料理の食材の前準備や、皿を並べたり、帰って来た食器を洗ったりなどをして徐々に仕事を増やしていった。
「なんか、パンケーキとパスタ系はちょくちょく出るけど、今日はオムライス系がそんなに無いな」
「ですね。ケーキは相変わらず一番売れますけど」
「どうー?多少は場の空気には慣れたりした?」
隙間時間で話していると、涼音さんの方も特に無かったのか声をかけてくる。
「そうですね。高嶺師匠の厳しいパワハラにも馴染んできました」
「ちょっ!?何をっ!」
「昂晴……あんた、初日の新人をいじめるって、どんな性格してんのさ」
「いや、俺がそんなことするわけないでしょう!?」
「安心しな。後で私の方からしっかりと言っておくから」
「頼りになりますっ!」
「頼らないでくださいっ!」
「冗談。それにしても、あまり緊張とかもしてなさそうだし、ほんとに問題なさそうだね」
「多少は場数を踏んでいましたから。それに、このお店は良い人しか居ないでそこも安心できる要素ですねぇ」
「そんな初日で判断するものじゃないでしょ……」
「いえ、やっぱり最初が重要ですよ。あと、人を見る目がそれなりにありますので……」
「ふーん。そういうもの?でも、そう言ってもらえるとこっちとしても嬉しいかな」
「可能な限り早く参戦出来るように頑張りますので、遠慮なく鍛えてください」
「ほほぅ、それはそれは良い事を聞いた」
俺の発言を聞いた涼音さんが楽しそうにこちらを見る。
うん。予想通りの反応ですな。
さっきみたいにこちらから望めば言ってくれると思ってたが。
「やる気があるのは良い事だ。それなら明日から望み通りしごいてあげようじゃないか」
「何から行きますか?」
「一応、四季さんと御帝さんに確認はするけど、取り敢えず明日から……昂晴と同じ時間で出てみる?」
「準備するとこからですね」
「そうそう。いずれしてもらう事だし、それなら早い内から慣れて貰った方が良いでしょ?」
「確かに、それもそうですね。その方が1日の流れとしても把握しやすいし……了解です」
「へぇ……特に嫌がる様子もないと」
「経験済みですから」
「これは……使い易そうな良い人間が来たみたいだね」
良い獲物を見つけたかのような目線を投げてくる。
「昂晴はそれで良い?負担が少し増えるけど、私の方でも面倒は見るからさ」
「俺としてもありがたいので全然オーケーです」
「よし、それなら後で確認しておくとしよう」
「自分の方からも言っておくので、その時はお願いします」
「うむ、よかろう。しっかりと鍛えてやる」
とまぁ、こんな感じで初日は何事も無く終えることが出来た。
その日の営業が終わり、店を閉めて片付けをして順番で着替えていく。
「初日はどうでしたか?」
着替えてるときに高嶺からの質問が飛んでくる。
「まぁ、想像通り?そんなに変わって無くて一安心ってところ」
「澤田さんにとっては正直暇でしたもんね」
「それは仕方ない。完成品を渡す作業とか完全にフロアの人とのコミュニケーション目的だったしな」
「手持ち無沙汰だと思って必要そうな事をお願いしてみたんですが、余計でしたか?」
「いや、滅茶苦茶ナイス案だった。涼音さんとは話す機会が多くても墨染さんと火打谷さんとの会話がどうしても少ないからなぁ。フロアに出れるのはまだ先になりそうだったから、俺としては高嶺の案はありがたかった」
「それなら良かったです」
「やっぱり、店を開くまでのあの準備期間に居ないのはかなり大きいと実感した」
自分たちで最初から進めて行ったんだから自然と一体感や仲間意識が出る。その時に居なかったから仕方がないんだけどさ。
「ま、上手いこと頑張るさ」
「分かりました。何かあったら言って下さい。今度はこっちが協力しますので」
「ははっ、ありがとな」
「いえいえ、して貰った事を返してるだけなので。これ位では全然足りませんが……」
「俺にとってはその気持ちだけでも超ありがたいので気にしないでくれ。お互い様ってことで」
「……ですね」
「あっ、早速で悪いが、連絡先を交換しても良いか?」
「そういえば、ここではしてませんね」
「あと、もしかしたら手伝って欲しいのが出て来るかも。ついでに高嶺の友達の汐山弟の手を借りることになる可能性が……」
「えっ、宏人のですか?」
「そそ。その時が来たらまた連絡するよ」
「了解です」
高嶺との秘密の話を終えてフロアへ戻る。そこにはナツメと明月さんが居た。
「ただいま戻りました。マイレディ」
思い付きのままに目の前で跪く。
「戻って来て早々、何をしてんのだか……」
「これは……中々ぶっ飛んでますね……」
「……俺も真似した方が良いのか?」
「いえ、私が反応に困りますのでしなくて結構です……」
「それなら帰るか」
「ですね」
「ワタシもこのまま1人で帰ろっかな……?」
「置き去りは流石に泣くぞっ」
「なら馬鹿なことしてないで早く立つ」
「サー」
「なんか、すっかりナツメさんの尻に敷かれてますね」
「好きな人の尻に敷かれるなら……それはご褒美だな」
「また下らないこと言って……」
呆れるようにため息を吐くナツメと、明月さんの隣で妙に納得してる表情の高嶺。
「昂晴さん?何頷いてるのですか……?」
「いや、一理あるなと思ってさ」
一理じゃない百理……いや万里だろっ!
「どうしましょうナツメさん。お二人は納得のご様子ですが?」
「そういう生き物だって割り切った方が楽かな?」
「それもそうですね」
話も完結?した事で店を出てナツメと帰り道を歩く。
「一日目だったけど、どう?問題なさそ?」
「今の所は順調かな?涼音さんの方は問題無くやっていけそう」
「問題はフロア?」
「高校生組の2人かなぁ?絡む機会が少ないから仕方ないけど」
「それは、確かに。と言ってもすぐにフロアに出て来て貰うわけにもいかないし」
「だから気長にやってくよ。今日の成果はフロアへ料理を渡す際の会話程度だな」
「事務的な会話しかない」
「初日だし、これからこれから」
「そうね。手伝えることがあればいつでも言って?協力する」
「あんがと。それなら、少ししてから何かイベントとかしても良いかもな」
「イベント?」
「そそ、皆で遊びに行ったりご飯食べに行ったり」
「あー……それはありかも」
「娯楽施設なら……カラオケとかか?」
「手頃だとそれじゃない?」
「だよな。あとボーリングとかも面白そうだし」
「チームに分けて対決とか?」
「そんな感じ。7人だから割れないけど」
「7人?閣下は呼ばないの?」
「猫にボーリングの球を投げさせるのは虐待だろ……」
「……そうだった」
それに、多分ミカドさんなら断るだろう。
「春には、桜の花見とかも行きたいな」
「気が早すぎ。まだ今年が始まったばかりでしょ」
「そのくらい楽しみが多いってことだな」
「それは……楽しそうで何より?」
「しかも」
「しかも?」
「好きな人とこうやって話しながら過ごしていくって考えたら、最高にハッピーだと思ってな」
「……急に何を、言い出すのかと思ったら……」
「いや、最高に幸せだろ?」
「そりゃ……幸せに決まってるでしょ……ばか」
んんんっ!!?何今のっ!?語尾に小さく『ばか』って言ったよな?はぁーーー!!可愛すぎるんですけどぉ!
「ちょっと、心が満たされ過ぎて死にそ」
「え?どうしたの急に?」
「いや、お隣の可愛い可愛い彼女さんの事が好きすぎて辛いだけだから……気にしないでくれ」
「ま、またそうやって揶揄ってっ!」
その反応も最高ですっ!弄ればその分良い反応で返ってくるので、達也は幸せ者です……。
「すまんすまん。でも、ほんとうのことだからしょうがないよな?」
「全然しょうがなくないからっ」
今すぐにでも抱きしめて撫でまわしたい衝動に駆られるが、全力でそれを抑える。流石に公共の場でするのは憚れる。
「そうやって怒りつつも嬉しそうな表情を隠しきれてない感じも最高に素敵。もはや天才的」
「ッ!?」
図星だったのだろう、更に顔が赤くなる。
「う、うるさいっ」
限界を超えたのか、拗ねるように顔を逸らす。
「ごめんごめん、流石に揶揄い過ぎた」
「……気持ちがこもってない」
つーん、と擬音が出る感じでそっぽを向いておられる。
「やり過ぎたと反省しております」
反省しつつ、こちらを向きながら揺れている黒髪を撫でる。
「お触り禁止。反省の色が見えるまで許すつもりないから」
優しく、ぺしっと俺の手を弾く。なので今度は頭を撫でる。
「ちょ、だから触るの禁止だって……っ!」
「この通り。深く反省しております」
「……頭撫でながら言っても、全く説得力が無いんだけど?」
今度は手を弾かず、恥ずかしそうに照れながらもジト目でこちらを見る。
「反省の意を込めて精一杯の愛情表現をさせてもらっています」
ここで"よーしよしよしよし!"とかしたら、流石に本気で怒られそうなので控える。
「……全然足りない。これっぽっちも感じない」
「まじですか。ナデナデでは満足していただけなかったか……」
と言われても止めはしないのだが。
「そんぐらいじゃ、荒れたワタシの心は落ち着かない……からっ」
こちらにぶつけるように体を寄せてくる。
「んー……それじゃあ、これは?」
ポケットの中に入ってるナツメの手を握る。
「残念、落第点」
「左様で……。と言ってもこれ以上は公共の場だしなぁ」
「……なら、猶予をあげる」
挑発的な眼差しで俺を見る。
「猶予?」
「そ。期限は……私の部屋に着いた瞬間までにしようかな?」
「それは……かなりギリギリだな」
「これで、もし落ちたら……暫くの間、そっちからワタシに触るの禁止ね?」
「再試とかは?」
「ノー。一発勝負」
「燃える展開だな」
「そのくらいでないと反省しないでしょ?」
むしろ真逆の効果だと思うんだが……まぁ、言わないでおこう。
しかも俺からだけお触り禁止とか……中々解っていますな、このお方は。というか仮に落ちても俺に美味しい展開しかない。
だが、負けるつもりは毛頭ない。可愛い彼女のご希望に応えようではないか。
……最後まで進まない様に、理性だけは固く建築しておこ。鉄筋コンクリート程度には。
「それじゃあ、待たせるのも悪いし……早く送り届けないとな」
「そのまま狼にならないようにね」
「かなーり、前向きに善処します……」
「ふふっ、期待してる」
どっちの期待なんでしょうねぇっ!!
天に向かって叫びたい気持ちを堪えつつ目的地へ向かった。
結論を述べると、今後もお触りは可能となった。
後、ダイナマイト並みの破壊力だったが、俺の理性の崩壊は何とか守られた……。基礎工事が良かったのかもしれない。
挑発的な視線……これだけで最早ご褒美ではっ!?
……普通なら部屋に着いた時点で理性とか余裕で崩壊ですな。即決壊しますとも。