向日葵に黒羽を添えて。   作:クロ

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2話

 多くの視線を前にしながら堂々と話す姉の姿は生徒会長に相応しいものだ。普段の彼女を知っている者からすればまた違った印象を受けるだろう。

 昨年度、紆余曲折あり生徒会長へと就任した姉は、生徒会長としてまた一段と成長したようだ。

 勝手に推薦されたと愚痴をこぼしていたと思ったら、やっぱやる事にしたと聞いた時はどういう風の吹き回しかと思ったが、立派に生徒会長をしているらしい。

 まあ、正直感心してはいる。

 ぶっちゃけ、姉ちゃんは生徒会長というキャラではない。人を引っ張るというよりかはついていく側だ。金魚のフンみたいにくっついてくるヒモ……お財布諸君はいるけど。

 そんな人がこれだけ立派に挨拶しているのだ。感心して当然だろう。身内贔屓が若干入っているのは否定しないが。

 「……新入生のみなさんがいち早くこの学校に慣れてもらえるよう、私達もがんばります。なので、是非私達を頼ってください。以上、生徒会長の一色いろはでした!」

 挨拶の終了と共に繰り出される最高の笑顔。男子諸君へのサービスを忘れない。ここまで来ると流石としか言いようがない。これが一色いろはという人間だ。

 まあ、『多くの人間が知る』という言葉がつくが……。

 

 

 「一色君っていろはさんの弟さんだったんだね!」

 入学式も終了し、教室へと帰ってくると一目散に比企谷がやってくる。

 「そうだけど……てか、比企谷は姉ちゃんと知り合いなのか?」

 一体どういう繋がりだ?

 「うん!お兄ちゃん繋がりでちょっとね」

 「比企谷の兄っていうと、俺と同じくらい目が腐っているっていう?」

 自分の兄の目を躊躇なく腐っているというのはどうかと思うけどな。いや、初対面の俺に言ってくる方がヤバいけどさ。

 「そうだよ!いろはさんとは会長選挙の時に知り合ったらしいよ」

 「会長選挙……」

 ふむ。なるほど。その時期ということは。

 「センパイか……」

 「へ?たしかに小町達から見れば先輩だけど……」

 「あぁ、姉ちゃんがそう呼んでるからってこと。センパイとしか言わないからそれで覚えちゃっただけ」

 「なるほど!たしかにそうかも!」

 他にも姉から先輩の話は出てくるが、そのどれも頭に名前がついている。しかし、1人だけ、その『先輩』だけがそう呼ばれていた。まあ、これがどういう意味かわからない程、俺も子供じゃない。

 「そっかー!やっぱ世界って狭いんだね!」

 「お互い姉や兄が同じ学校に通ってるんだし、こうなる可能性は高い方だろ」

 「もー、一色君はロマンがないなぁ。小町的にポイント低いよ?」

 なんだそのポイントは。そんなポイントカード作った憶えないぞ。ポイント貯まると掃除機とか貰えるのかよ。

 「まあとにかく!いろはさんの弟さんなら、これからも深い付き合いになりそうですなぁ、くろはさんや」

 「どんなキャラなんだよ……」

 でもまあ、比企谷の言うことも否定できない。

 はっきり言って、姉のセンパイに対する執着はかなり強い。センパイにもパートナーが出来たらしいのだが、むしろ前よりも強くなった気もする。

 だとすれば、姉とセンパイ、およびそれを取り囲む者達との関係が切れることはまずないだろう。そして、あの姉が俺をその輪へと引き込まないわけがない。

 だから、比企谷の言っていることは否定できない。むしろ、そうなる可能性の方がよっぽど高いだろう。

 ほら、噂をすれば。

 震えた携帯を取り出すと、俺は軽く息を吐いた。

 

 『放課後付き合いなさい』

 

 

 その日の全ての課程が終了し、放課後となった頃、俺は姉の呼び出しに応えるべく校内を彷徨っていた。

 「特別棟ってどこだよ」

 姉からのメールには特別棟に来いと書かれていたのだが、今日入学したばかりの俺には難易度が高すぎた。気付いたら体育館にいるし、なんなんだ全く……。

 「あれ?どうかした?」

 「え?」

 空を見上げながら途方に暮れていると1人の女子生徒が話しかけてくる。

見る限り先輩だろうか?幼くも見えるが、なんとなく同い年ではない気がする。

 「あ、ごめんね?驚かせちゃったかな?」

 「あぁいえ。大丈夫です」

 「そう?ならよかった。それで?何か困りごと?」

 「あー……その、恥ずかしながら道に迷いまして。どうしようかなーと」

 若干恥ずかしい気持ちもあるが、背に腹はかえられないので素直に答える。これ以上遅れると姉ちゃんに何されるかわからん。

 「そうだったんだ!えっと、新入生だよね?」

 「はい、そうです」

 「そっか!じゃあしょうがないよね!案内するよ!」

 これだけの会話でこの先輩が良い人だということがわかる。いい人オーラが滲み出ている。

 「ちなみにどこに行きたいの?」

 「えっと、特別棟なんですけど」

 「そうなんだ!ちょうど私も特別棟に用事があったんだ!一緒に行こうか」

 「すみません。助かります」

 「気にしないで!じゃあ、行こっか」

 「はい」

 本当に助かった。この先輩には感謝してもしきれないな。てか、さっきは気づかなかったけど、この人なんか見たことある気がする。文化祭とかで見たのか?

 「あ、そういえば。君名前は?」

 「一色です」

 「一色……もしかして、いろはちゃんの弟さん?」

 名前を聞いて少し考える仕草を見せながら問いかけてくる。

 この人も姉ちゃんの知り合いなのか。やっぱ生徒会長なだけあって顔が広いな。

 「あーはい。そうです」

 「やっぱり!私、由比ヶ浜結衣って言うんだ!」

 「あぁ……ユイ先輩」

 やはり世界は狭いということか。まさかこんなところでユイ先輩と会えるとは思わなかった。

 俺がこの人のことを知っているのは勿論姉繋がりだ。姉の話によく出てくる先輩の1人で、最近はよく話すようになったらしい。

 なんだか見たことがある気がしたのは、去年の文化祭でライブをしていたのを見たからか。あの時歌っていたのがユイ先輩だと姉ちゃんから聞いた気がする。今の今まで忘れてたわ。

 「話はよく姉から聞いてます。いつも姉がお世話になってます」

 「うぇ!?お世話だなんて!むしろ最近は私の方がお世話になってるっていうか……」

 姉ちゃんが?想像つかんな。

 「姉がですか?」

 「うん!最近はいろんな相談に乗ってもらってるよ!……今日のことだって……」

 最後の方は随分と歯切れが悪かったが、ユイ先輩の表情からは嘘は感じられない。姉ちゃんは本当にユイ先輩の力になれているようだ。

 「……あ!そうだ、時間!弟君もいろはちゃんに呼ばれてるんだよね?早く行こ!」

 「あ、はい」

 ふと思い出したように声を上げたユイ先輩に腕を掴まれ走り出す。ナチュラルにこういうことが出来るあたりコミュ力の高さがうかがえる。

 こりゃ、生粋の男子キラーですわ。勘違いする男子が目に見える。まあ、こういうところもユイ先輩の良さであるのだろうが……。

 とにかく、ユイ先輩のおかげでなんとか間に合いそうだ。

 

 

 「ふぅ……すぅーはぁー……よし」

 ユイ先輩と共に特別棟のとある教室の前へと到着すると、ユイ先輩は扉を前に深呼吸をする。

 彼女の中でどんな葛藤があったのかはわからないが、彼女にとってこの一瞬は大きな意味を持っていることがわかる。

 一体どれだけの感情をこの『よし』という言葉に込めたのだろう。どんな覚悟を決めたのだろう。それを考えるとユイ先輩を直視することが出来なかった。

 「お待たせ。じゃあ行こうか」

 「あ、いえ、俺は後から入ります。まずはユイ先輩が色々と整理してきて下さい」

 まだ若干緊張感の残る笑顔で声をかけてくれる。

 先程の姿やこの顔を見てしまっては一緒になんて行けない。

 恐らくこの扉の向こうには未完成の空間がある。そこに、ユイ先輩が入ることで完成する。そんな場面に俺がいて良いはずがないんだ。

 俺は全てが終わった後でいい。

 「……いろはちゃんの言ってた通りの子だね」

 「姉はなんと?」

 「気を遣いすぎる子だって」

 絶対褒め言葉ではない。それに俺にそんなつもりは無いんだけど。

 「だから、ワタシが側にいてなきゃダメなんです!世話のかかる弟だ!って」

 「世話のかかるのはどっちなんだ……と俺は思いますけどね。早く行った方がいいですよ」

 「はは。やっぱ仲いいね!うん。いってくるね!」

 少しは緊張をほぐすことが出来ただろうか。ユイ先輩の力になれただろうか。そうだったら良いなと思いながら、扉を開けるユイ先輩を見送った。

 

 

 と、格好つけて見送ったは良かったものの……

 「完全に入るタイミングを見失った」

 未だ教室の中では話が続いている。しかし、それはマイナスの方向ではない。あの中にいる全員があの空間を楽しんでいる。

 懐かしむように、こうでなければというように、あまりにも眩しかった。

 ユイ先輩も俺のこと忘れてそうだし。このまま帰っても大丈夫な気すらしてきた。

 教室内の声をBGMに窓の外を眺めていると、突然背にしていた扉が開く音がする。

 「あんた、何してんの」

 「窓の外を眺めてるんだよ」

 姿は見えずとも誰か分かる聞き慣れた声。さっきのワントーン高い声はどこに行ったんだよ……。

 「は?」

 「悪かったよ……姉ちゃん」

 「たく、しっかりしなさいよね……くろは」

 渋々振り向くと、その完璧に仕上げられた顔面を歪ませた我が姉が佇んでいた。

 その奥には思い出したような顔をするユイ先輩の顔があった。本当に忘れてたんすね、ユイ先輩……。

 「ご、ごめんね弟君!すっかり忘れてた!」

 「あー!一色君だー!」

 「おいおい……流石に忘れるのはひどくねぇか」

 「まあ、由比ヶ浜さんらしいと言えばらしいんじゃないかしら」

 教室内にいた4人が各々の反応を見せる。ユイ先輩に比企谷、姉ちゃんから聞いていた特徴的に恐らくユキノ先輩、そして、一目見ただけでわかった……センパイだ。

 「あー、ども」

 「とりあえず、こちらに来て座ったら?」

 「あ、はい。そうします」

 部屋の主といっても過言ではないユキノ先輩の言葉に従い教室へと入る。比企谷がどこから持って来たのか、椅子を用意してくれたので有り難く座らせてもらう。

 「皆さん紹介します。うちの弟で、くろはっていいますー」

 「どうも。一色くろはです」

 姉ちゃんの紹介に続いてとりあえず自分でも名乗っておく。

 「由比ヶ浜さんと小町さんはすでに知り合いのようだから、残りは私と比企谷君ね。雪ノ下雪乃よ」

 「比企谷八幡だ」

 俺の予想は見事当たったらしい。

 「話は姉から聞いてます。いつも姉がお世話になっています」

 「ちょっと!雪乃先輩はともかく、先輩はむしろワタシがお世話してるくらいだから!」

 「いや、おかしくない?俺、めっちゃ世話焼いてると思うんだけど」

 「は?」

 「嘘です。ごめんなさい」

 なんだこの漫才。熟練されすぎだろ。

 でもまあ、意外だった。姉ちゃんが俺以外にこのような接し方をしているのは中々見たことがない。他には……親父くらいだろうか。まあ、親父に関しては、この前涙目だったからもう少し優しくしてあげても良いとは思う。

 「むぅ……」

 「比企谷君?一色さんにどのような世話を焼いたのか、あとでじっくり聞かせて貰うわよ?」

 そして、2人のこの反応だ。世の男性諸君が見たら発狂しそうな空間だな。

 「むふふ……にやにや」

 そんな中、比企谷だけは楽しそうにニヤニヤしていた。

 すげえ顔だな。顔の筋肉という筋肉が緩んでそうだ。

 「楽しそうだな、お前」

 「幸せなんだよー」

 「そか」

 その声音に嘘はない。心からの思いだろう。

 「比企谷君への追求は後にするとして、一色君をここに連れてきた理由を聞きましょうか」

 結局追求はされるんだ。ご愁傷様です。

 「あ、そうでしたねー。えっとー、くろはを奉仕部に入部させて欲しいんですー」

 「一色君を?」

 聞いてない。そもそも奉仕部って何。

 「はい!それが、ワタシからの依頼です」

 「そう。依頼……なのね」

 「はい。依頼です」

 そこから暫し沈黙が訪れる。じっくり考えたあと、ユキノ先輩は顔をあげる。

 「奉仕部の部長は小町さんよ。決定は小町さんに任せるわ」

 「えぇ!?雪乃さん?」

 「間違ったことは言っていないわよ。事実だし」

 「それはそうですけど……」

 比企谷は困ったように腕を組み唸る。

 俺、何も説明受けてないんだけど……。と口を挟める空気でもない。

 「えっと、いろはさん。依頼ってことは、一色君が奉仕部に入ることによって、何かに何かしらの効果があるということですよね?」

 考えの後、比企谷は姉ちゃんへと問いかける。

 「もちろん」

 「そうですか……。お兄ちゃんはどう思う?」

 少しの間の後、次は自らの兄へと問いかける。

 「小町に任せる。てか、あとでこいつとの関係を教えなさい」

 なんか全く別問題のことも含まれていたが、比企谷に委ねるという思いはユキノ先輩と同じのようだ。

 「結衣先輩は?」

 「ヒッキーとゆきのんが言うなら私も任せるよ」

 ユイ先輩も同じ。

 「……わかりました。一色君の入部を許可します!」

 「ありがとう、おこめちゃん」

 「どういたしまして。あと、小町です!」

 ついていけないままに入部が許可されてしまった。あと、おこめちゃんってなんだ。

 「決まったようね。では、歓迎するわ。一色君」

 「あ、はい。よろしくお願いします」

 こうして、俺の高校生活はスタートした。

 

 

 「……」


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