これがPlus Ultra。
雄英体育祭──かつてはスポーツの祭典と言われたオリンピックに代わる日本のビックイベント。
当然、全国に放送され、スカウト目的のトップヒーローの目にも留まる。故に、毎年参加する生徒たちもやる気に満ち溢れている。
1−Aの生徒たちも控室にてこれからの競技に向けて準備をしているが、どこか上の空で集中しきれていない。
その原因は今この場に居ないクラスメイト──海兎の不在である。
「海兎……来ないな……」
「だ、大丈夫だよ!?きっともうすぐ来るって!」
「しかし、もうすぐ入場が始まってしまうぞ!」
不安そうに呟く葉隠に麗日がフォローするが、飯田の言う通り、あまり猶予はない。
雄英襲撃事件から2週間、未だに海兎は学校に来ていなかった。相澤先生によれば、体育祭に向けて傷の療養を第一に優先させているらしい。
お見舞いに行こうともしたが、ヴィランの狙いが海兎だったこともあって、直接病院に行くことは禁止された。
ラインでは『もう全然大丈夫!』との返信をもらっているが、やっぱり直接会えない分不安は拭いきれない。
相澤先生は遅れてくると言っていたが、早くしないと入場の時間になってしまう。
「早く来ないと始まっちゃうよ……!」
「誰か来てないの?」
「そうなの!海兎がまだ来てなくて!」
「……?私ならここにいるよ?」
「いやいや、私じゃなくて海兎が……」
……あれ?この声どこかで聞いたことあるような……?
恐る恐る振り返ると、そこには見慣れたウサミミが──
「「「海兎!?」」」「「「月下!?」」」
「わっ!びっくりした」
葉隠たちは慌てて海兎の周りに集まる。
「怪我はもう大丈夫なの!?」
「ダイジョーブ!お医者さんにも体育祭出ても大丈夫って言われたし、心配掛けてゴメンね」
手を広げて問題ないことをアピールする海兎を見るが、確かにどこも怪我をしているようには見えない。
「海兎……ごめんね。私がもっと強かったら──」
「ありがとね、透」
海兎が本当に無事だと直接確認した葉隠はあの日、海兎の役に立てななかったことを謝罪するが、それに対しての海兎の返答は葉隠への感謝の言葉だった。
「えっ?」
「透が助けを呼んでくれたから私は無事だったんだよ。だからありがとう!」
「……ううぅぅー、海兎ぉー」
思わず、泣きながら海兎に抱きつく葉隠に続いて、A組の女子たちも涙ぐみながら抱きついていく。
葉隠だけではなく、全身血まみれで運ばれていく海兎の姿を見ていた彼女らも心配で仕方がなかった。
「月下ぁー、俺も心配してたぜ―!」
「ヤメとけ峰田。流石に今はダメだって俺でも分かる」
その場のノリで自分も抱きつこうとした峰田だが、空気を読んだのか意外にも上鳴によって止められた。
海兎が来たことでその場の暗い雰囲気も消し飛び、A組の空気も穏やかになってきたが、そんな中、唐突に轟が緑谷に声を掛けた。
「緑谷」
「轟くん……何?」
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「え、あ、うん」
いきなりの発言に緑谷も返事をしつつも困惑している。他の生徒も同じだ。
「けどお前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
オールマイトの話が出た瞬間、あからさまに緑谷が動揺し始めた。周りは何のこと分かっていないが、麗日と飯田には心当たりがあった。
ある日の昼休憩にオールマイトが緑谷を昼食に誘いに来たことがあったのだ。それだけで目をかけられているとは言い切れないが他の生徒の対応とは少し違う気がしたのは確かだった。
「別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」
いきなりの険悪なムードに周りのクラスメイトも困惑する。
「おいおい急にどうした!?直前にやめろって」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。別にいいだろ」
たまらず切島が止めに入るが、轟は聞く耳を持たない。
いきなりの轟からの宣言に戸惑っていた緑谷だったが、俯きながら弱々しく話し始めた。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってるのかはわかんないけど……そりゃ君のほうが上だよ。実力なんて、大半の人に敵わないと思う」
「緑谷も、そういうネガティブなこと言わないほうが──」
「でもみんな、本気でトップを狙ってるんだ。最高のヒーローに、遅れをとるわけにはいかないんだ……!」
──僕も本気で獲りに行く!
普段はオドオドしていてあまり自分を出さない緑谷の一言にクラスメイトも意外そうな顔をするが、触発されるように各々が声を上げる。
轟は緑谷の返答に満足したのか一つ頷き、そのまま海兎に目を向けた。
「月下、お前もだ」
「……え?私も?」
「戦闘訓練では遅れを取ったが、今度は負けねぇ。病み上がりで悪ぃが手加減はしない」
轟がこちらを睨みつけてくるが、その瞳からは何か執念のようなものを感じる。
しかし、私だって負けるつもりは毛頭ない。
「私も負けられない理由があるんだ。轟にも他の人にも負けないよ」
「……そうか」
しばらくこちらをじっと見ていた轟だが一言告げて離れていった。
「皆!入場の時間だぞ!」
そんなやり取りをしているうちに入場時間が迫っていたようだ。声を上げる飯田に続いて続々と入場ゲートに向かう。
いよいよ、雄英体育祭が幕を上げる。
『雄英体育祭!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!どうせテメーらアレだろ、こいつらだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!』
入場ゲートの前で待機していたA組はプレゼント・マイク実況に合わせてゲートを通る。
『ヒーロー科!1年A組だろぉぉぉ!!』
その瞬間、グラウンドを爆音とも呼べる歓声が響き渡る。
ヴィランからの襲撃は既に世間に伝わっている。生徒が一人重症を負ったことから雄英に批判の声も寄せられたが、一人も欠けること無く20人全員揃っていることから、生徒たちの、特に重症を負いながらも戻ってきた生徒に注目が集まっているのだろう。
「うおっ!?すげー歓声だな!」
「やっぱヴィランに襲撃されたことが影響されてんな……不本意だが」
自分たちが入場した途端、今までを遥かに超える歓声に瀬呂が驚きの声を上げ、砂藤も同調するが、クラスメイトが危険な目に合ったことが、結果的に自分たちの話題性に繋がったことになんとも言えない顔をする。
「まあ、ここまで注目されているのは海兎さんの影響が大きいと思いますが……」
「……私?」
辺りを見回していた百がこちらを見てそんなことを言ってくるが、全然意味がわからない。私、無様にやられて一人病院送りになっただけだけど……。
「いやいや、だからこそだよ。」
そんなことを言っていると、近くを歩いていた響香が教えてくれた。
何でも、ヒーローになる前にヴィランと遭遇し、その恐怖でヒーローの道を挫折してしまう者は少なくないらしい。
表向きはオールマイトの活躍が目立っていて勘違いされているが、ヒーローとは常に命懸けの危険な仕事だ。実際にヴィランによって命を落としたヒーローも沢山いる。
故に一度でも現実を直視してしまうと、立ち直れなくなってしまう事例が多いらしい。
だからこそ、今回の雄英襲撃事件で突然ヴィランの脅威に晒され、しかも入院するほどの重症をこの前まで中学生だった子供が受けてしまったことでヒーロー科を辞めてしまうのではと危惧されていたらしい。
しかし、その予想に反してヒーロー科を辞める生徒は現れず、こうして20人全員が揃っていることに、A組への期待値が爆上がりしているらしい。
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんだって……」
正直、海兎からすればヒーロー科を辞めるなどカケラも考えたことが無かったので、いるだけで評価されてもいまいち受け取りづらい
怪我を負った生徒の個人名まではプライバシー保護のため出ていないので、観客には誰がそうなのか分からないが、知っている方からすれば当の本人がこんな調子なのに呆れた顔をしてしまう耳郎だった。
「選手宣誓!」
A組が並び終わり、1年生全員が揃ったのを確認したミッドナイトは壇上に立ち、声を高らかに上げた。
18禁ヒーローの登場にまたもや会場から歓声が上がった。その出処は男性が圧倒的に多い。それなのに先程の入場のときの歓声に負けず劣らずなのは気のせいだろうか?
というか、今更ながら18禁なのに高校の教師をしていて良いのだろうか?
「18禁なのに高校にいていいものか?」
「いい」
どうやら常闇も同じ疑問を持ったらしいが、即座に峰田が肯定していた。
「選手代表!1年A組、爆豪勝己!」
……あっ、そうだった。毎年1年の体育祭の選手宣誓は入試1位がやるんだった。USJでのゴタゴタですっかり忘れていた。
海兎は普段の爆豪の言動を思い出す。クラスメイトから『クソを下水で煮込んだような性格』と言われるほどの彼だ。どう考えても何事もなく終わる気がしない。
周りのクラスメイトも心配そうな視線を向けているが、どことなく諦めの感情が見えるのは気の所為では無いだろう。
「せんせー。俺が一位になる」
「「「絶対やると思った!!」」」
思わず、A組の声が揃った。
……やったよ。分かってた。絶対何かやらかすと思ってたけど、本当に全国の舞台でやったよ。
案の定、爆豪の宣誓を聞いた生徒たちから今までの歓声にも負けない大ブーイングが巻き起こる。それに対して怖気づく様子もなく更に親指で首を掻っ切るジェスチャーを向けた。
改めて思う。爆豪は本当にヒーロー志望なんだろうか?言動が完全にヴィランなんだが。
そのまま爆豪が壇上を降りたのを確認するとミッドナイト先生は第一種目の競技の発表を始めた。
爆豪のアレはスルーでいいのか……。
「さーて、第一種目はいわゆる予選よ!毎年ここで多くのものが
ミッドナイトの声に合わせて大型スクリーンのモニターが切り替わり、画面が高速で回転を始める。
それまでの歓声やブーイングが一瞬で止み、会場中の視線がスクリーンに集中する。
「コレッ!!」
全員がじっと見つめる中、ようやく画面の回転が止まり、一つの競技が表示される。
──障害物競走──
「計11クラスでの総当りレースよ!コースはこのスタジアムの外周、約4km!我が校は自由さが売り文句!コースさえ守れば何をしたって構わないわ!さあさあ、位置につきまくりなさい……」
長距離走か……。脚には自信がある。負けるつもりは無いが、油断もしない。
ミッドナイトの指示に従い、生徒たちがゲートに集まる。
殆どの生徒がゲートの最前列を取り合う中、海兎は前には向かわず、生徒たちが見渡せる後ろの位置に待機した。
生徒全員が位置についたところでゲートのランプが点滅を始める。
海兎は個性を発動させる準備をしながら、精神統一を図る。
(雄英体育祭……全国の人達が注目する日本のビックイベント。もしかしたら
会場が静まり返り、全員がその瞬間が訪れるのを待つ。
そして、最後のランプが消えた。
『スタート!!』
プレゼント・マイクの開始の合図と共に全員が一気に走り出した。
雄英高校体育祭 第一種目 障害物競走 開幕
ようやく雄英体育祭の開幕です。ある程度は書き進めていますが、登場人数が一気に増え、うまくまとめるのがめちゃくちゃ難しい。