雄英体育祭が終わった次の日。
世間では昨日の雄英体育祭の話題で盛り上がる中、大輔はとある人物との待ち合わせ場所に向かっていた。
「ねえねえ、昨日の雄英体育祭凄かったね!」
「月下だろ!?前情報ではエンデヴァーの息子の轟とヘドロ事件の爆豪が有力だったけど、とんだダークホースが出てきたよな!」
「決勝は残念だったけど、プロになったら絶対上位ランキングに来るだろ!」
街中の人たちの声を聞き、思わず大輔の頬も緩む。
今まで苦悩してきた海兎の姿を知っている身としては、こうして色んな人に受け入れられているのを見るのは自分の事のように嬉しくなる。
そんなことを考えているとスマホにメールが届いた。確認すると待ち合わせ相手から一言『着いた』とだけ書かれていた。
それだけで大輔の機嫌は急降下していき、返信はせずに歩みを進める。
街中を抜けて、人通りの少なくなった河川敷の高架下。そこに目的の人物が立っていた。
「……遅かったな」
「あんたが早いだけだよ。時間通りだろう、クソ兄貴」
海兎の実の父親、月下直哉がそこにいた。
「兄に向かってクソとは……。口の悪さは相変わらずだな」
「まだ兄を付けてやってるだけありがたいと思って欲しいけどな」
二人は血の繋がった兄弟なのだが、会っていきなり険悪な雰囲気が漂う。
大輔は今にも殴り掛かりそうな目つきで直哉を睨みつけるが、直哉の方は全く表情を変えずにただ面倒くさそうにため息をつく。
「ハア……まあいい、用はなんだ?お前が時間を作れとうるさいからこうして作ってやったんだ。……俺は暇じゃない」
「チッ……こっちだってあんたの顔なんか見たくもないがな。それでもあいつの為ならこのくらい我慢してやる」
「あいつ……?」
「ッ!?海兎のことに決まってんだろうが!!」
自分がわざわざ大嫌いな兄に会う目的など海兎の事以外にある筈も無いのだが、本気で分かってない様子の直哉に思わず声を荒げる。
「ああ、海兎のことか。それなら最初からそう言えばいい。……で?」
「で?じゃねえんだよ!いつまであいつをほっとくつもりだ!」
「ほっとくも何も毎月の生活費はしっかりと振り込んでいる。何も問題は無いだろう」
「大アリに決まってんだろうが!一人暮らしの娘が心配じゃねぇのか!」
「……あいつはああ見えて優秀だ。そのくらい問題はない」
「優秀だろうがなんだろうが、子供にとって親が側に居ないのは苦痛に決まってんだろう。前にも言ったろうが、あんたみたいな奴でもあいつには必要なんだ」
「……」
今の大輔にとって目の前の兄は顔も合わせたくないほど嫌いな存在だ。
小さい頃から周りに比較され続けた。
優秀な兄と平凡な弟。
勉強も運動も出来た兄に比べて、弟の自分は何をやってもうまくいかなかった。
それが納得いかなくて、小さい頃はそれなりに仲は悪くなかったのだが、だんだんと自分から距離を取るようになった。
何も出来なかったから注目を集めるために色々バカをやった。
そのおかげか友達はたくさん出来たし、愛想のない兄はあまり友達といえる存在はいなかった。
それだけで少し自分の中の劣等感が小さくなった。
そんな時、突然両親が離婚することになった。
自分の知る限り仲は悪くなかったし、喧嘩をしていたところも見たところがなかった。あまりに唐突だった為、呆然としていた記憶がある。後から知ったが原因は母親の浮気らしい。
しかし、そんな時にも兄は全く動じた様子はなかった。
これから別々に暮らすこと。自分たちは父親について行くことなどを聞いた兄はただ一言「分かった……」とだけ告げた。
そんな簡単に割り切れる兄に嫌気が差して自分は母について行くことにした。兄と離れられるなら何でも良かった。
そう告げた自分に向かって「我儘を言うな、迷惑だ」と言い放った兄を初めて殴った。
だからこそ、そんな兄が結婚すると父から聞いたときは己の耳を疑った。
あの愛想の欠片もない兄を好きになる女性がいるなど信じられなかった。
「お祝いついでに久しぶりに会わないか?」と父親に誘われ、一瞬悩んだがすぐに会うことに決めた。
義姉さんと初めて会ったとき、思わず聞いてしまった。
──兄のどこが好きなんですか?──と。
そんな自分の質問に義姉さんは苦笑しながら答えてくれた。
──優しいところかな。直哉さんね、不器用なだけでホントはすっごく周りの人のこと考えてるんだよ?
まるで想像できない姿に何とも言い難い表情になった自分を見て、笑っていた義姉さんの顔が印象に残っている。
本当に兄にそんな一面があるのだろうかと半信半疑に思っていたが、ある日そんな考えを吹き飛ばす出来事が起こった。
二人の間に子供が──海兎が生まれた。
大輔が病院に着いたのは既に生まれた後で、そこで大輔は己の目を疑う光景を見た。
──兄が、あの無愛想な兄が……笑っていた。
思わず生まれたばかりの海兎よりも兄に目がいってしまったほどの衝撃だった。
笑顔……とまではいかないが、兄が笑っているのを見るのは何時振りだろうか。
最初はこんな兄に父親なんか務まるのか心配だったが、自分が知らなかっただけで兄にも色んな面があるのだろう。義姉さんの言う通りだった。不器用なりにもいい父親になるだろう。
大輔は本気でそう思っていた。
──まさか、たった7年で裏切られるとは思わなかった。
「関係ない」
「……は?」
「それはお前が勝手に思っているだけだろう?この8年間、何の問題もなかった。それにあいつも今年で16だ。別に今更親が居なくても不自由ないだろう」
「あんた、それ本気で言ってるのか……?」
「当たり前だ。それにあいつは本当に元に戻りたいと思っているのか?もしかすれば俺のことを恨んでいるかもしれんぞ。今のままで問題ないならそれで──ッグ!?」
「このクズ野郎が!!」
直哉の言葉を遮り、大輔は目の前の兄を殴りつけた。そのまま倒れ込んだ直哉の胸ぐらを掴む。
「あいつが何のために今まで頑張ってきたと思ってる!!全部……全部家族の為だろうが!!」
海兎がどれだけ苦しみながら頑張ってきたか、大輔は近くで見てきたからよく知っている。
「あいつはあんな目にあってもお前を恨んでなんかない!それどころか自分が変わればまた一緒に暮らせるって信じてるんだ!!それなのに……それなのにお前は……!!」
娘が信じてるのに当の父親がこんな様子に大輔は怒りを抑えることが出来ない。次の返答次第ではもう一発殴ることも躊躇しないだろう。
「……恨んでいない……か。お前は本気でそう思ってるのか?」
「……何が言いたい」
「なら聞くが……何故お前は海兎の奴に自分が叔父であることを伝えない?」
「ッ!?──そ、それは……」
「お前が海兎に会ったのはまだあいつが赤ん坊だったときだ。当時のことを海兎は覚えてはいないだろう。……怖いんだろ?拒絶されるのが」
「ち、違っ──」
「違わない。お前が海兎の隣に住んでいるのは知っている。何かあったときに助けになれるようにだろう?なら尚更言わない理由が無い。ただの隣人よりも叔父という立場の方がいざというときに動きやすい筈だ」
思わず掴んでいた胸ぐらを離し、動揺する大輔を尻目に直哉は服についた土を手で払いながら立ち上がる。
「お前は本心では海兎が俺のことを恨んでいるかもしれないと思っている。お前の言い方で言えば自分を見捨てたクソ親父……とな。だからこそ、そのクソ親父の弟と海兎が知った時、拒絶されるんじゃないかと言い出せないんだろ?」
「あ……う……」
”違う!”そう声を大にして反論しようとした大輔だが、真っ直ぐにこちらを見つめてくる兄の姿に声が出なくなってしまう。それは兄の迫力に怖気づいてしまったからなのか、それとも確信を突かれてしまったからなのか、大輔自身にも分からない。
そのまま黙り込んでしまった大輔に用は済んだと判断したのか直哉は背を向ける。
「用事はそれだけか?なら俺は帰る。お前は家族は全員一緒が幸せというがな、それはあくまで一般論に過ぎない。俺たちは今のこの状態が最善なんだ。お前に口を挟まれるいわれはない」
「──ッ!?ま、待て!?」
そのまま歩き出す直哉の背中を見て我に返った大輔は慌てて兄を止めようと手を伸ばす。
「……ああ、一つ伝え忘れていた」
しかし、大輔の手が届く前に唐突に立ち止まり、こちらを振り返る直哉に思わず、ビクッとして立ち止まる。
「
「……は?」
突然の兄の言葉に思わず呆けた声を上げる大輔。しかし、それも無理のない話だろう。
元々突拍子も無いことを言い出すことはよくあったが、今のは全く意味が分からない。
「それってどういう……」
「どうも何も、そのままの意味だ。……じゃあな」
「お、おい!?」
言いたいことだけ言って今度こそ振り返ることもなく直哉は去っていった。止めようと思えば止められたが、大輔は黙ってただその背中を見つめていた。
「そのままでいろって……どういうことだよ……」
大輔の呟きに答えるものは誰もいなかった。
個性【直感】──異常に勘が鋭い。
海兎を引き離した張本人。事件からたった2日で海兎の住むマンションの契約や引っ越しの手続きを済ませた。
個性【兎】──兎の異形型。
元々は海兎と同じく明るい性格だったが、事件後は自己嫌悪で鳴りを潜める。直哉に止められていることと、海兎への罪悪感で未だに会いに行くことが出来ない。
個性【感覚増大】──五感を強化出来る。一つを強化すると他が低下する。
千紗兎から連絡を受けて、すぐに直哉の元に殴り込んだ。というか殴った。自分が父親の弟と知ったくらいで海兎が態度を変えるとは思っていないが、いざとなると言い出せず、今に至る。