ミルコの元を離れた海兎は一直線に緑谷の声のした方に向かった。
幸い、途中にヴィランの姿はなく、足を止めることなく目的地に到着していた。向かいながらもずっと会話は聞いており、状況もあらかた把握している。
「……みんな無事でよかった」
緑谷たちの無事な姿に胸を撫で下ろしながらも、目の前のヴィランから一切目は離さない。
意識を逸らせば一瞬でやられる。海兎の勘がそう告げていた。
「月下さん!あいつに血を見せちゃダメだ!ヒーロー殺しの個性は──」
「大丈夫、聞いてたから。血を摂取することで相手の自由を奪う個性……。なるほど、プロヒーローが何人もやられるわけだね」
今回のように多対一なら対応の仕様もあるが、一人で、それも個性の詳細を知らないで接敵すればどうなるかは想像に難しくない。とんでもない初見殺しの個性だ。
「ハア、的確かつ迅速な状況判断……悪くない。後はそれに見合う実力があるかどうかだ……行くぞ!」
「せっかちだなぁ!」
ステインが懐のナイフを手に取り、海兎目掛けて投げつける。
悪態をつきながら地面に伏してそれを躱し、ステイン目掛けて接近する。
「俺の個性を知ってなお近付くか!」
「離れたらみんなを狙うでしょ!」
直前に体を回転させて遠心力を加えた回し蹴り。腕で受け止めたステインだがその予想以上の威力に耐えきれず、反動で横に吹き飛ぶ。
「グッ!?──ッ!?」
壁に背中を強打したステインが呻きながらもすぐに顔を上げると、すぐ目の前に海兎のブーツの靴底が迫っていた。
間一髪、避けることで直撃を避ける。空振った蹴りがコンクリートの壁にめり込み、クモの巣状にヒビが広がる。
その後もステインに距離を開ける隙も与えぬほどの連撃を与え続ける海兎。
「月下さん、何でわざわざそんなインファイトを!?」
「お前らを助けるためだろ」
一太刀でも受ければ危険な状況でそこまで肉薄する海兎に疑問を持つ緑谷だが、すぐ近くから聞こえてきた声の方に目を向けるとそこには轟の姿が。
「轟くん!?何でここに!?」
「月下にすれ違いざまに頼まれたんだ。自分が引き付けてる間にお前らを頼むってな」
その言葉に緑谷が周りを見ると、少し離れた位置に飯田とプロヒーローの人移動させられていることに気付いた。
「そうか……。だから月下さんは……!」
「周りを優先し、自ら危険に飛び込む度胸は評価に値する。……が、まだまだ甘い!」
しかしステインもやられっぱなしではない。初めこそ海兎の勢いに押されていたが、すぐに態勢を立て直して徐々に海兎を追い詰め始めていた。
そしてついに海兎のハイキックを躱し、無防備になったその足を腕で掴む。
すぐに振りほどこうとした海兎だったが、その細腕からは想像できないほどの握力に振りほどくことが出来ない。
「信念があろうとも力がなければ意味が──ッ!?」
そのまま振りかぶっていた刀を振り下ろそうとした瞬間、ステインの背中に悪寒が走った。
その正体は分からないが、自分の経験から来る勘に従い、その場を全力で離脱する。
一瞬遅れて、海兎から雷が放出された。路地裏をまばゆい雷光が照らし出す。
「むっ、躱された……」
完全に捉えたと思ったがまさかあそこから回避行動に入るとは思わなかった。恐らく自分の想像以上に実戦慣れしている。
「雷か、厄介な……。だが中々良い動きをする……。ハア、いいぞ……お前は生かす価値がある」
「ここに来るまでにも何度も聞いたけど、価値があるとか無いとかどう言うつもり?」
「簡単なことだ……。この世には多くの偽物が蔓延っている。ヒーローとは名ばかりの愚者どもが……!だからこそ俺が粛清する!」
「……随分勝手なんだね。どう正当化しようとも貴方がしているのは犯罪だ」
「知っている。だがこの世界を変えるには誰かがやらなくてはならない……!正しき社会の為に……!」
「狂ってる……!」
いくら言葉を掛けようとも完全に暖簾に腕押しな状況に辟易とする。
やはり力づくで取り押さえるしかないかと戦闘を再開しようとした時、それまで黙っていた飯田が再び口を開いた。
「ダメだ、月下くん!こうなったのは僕のせいなんだ!君なら緑谷くんを連れて逃げられるだろう!?僕のことは良いから逃げてくれ!!」
飯田は自分のせいで危険な目にあうクラスメイトを見て、罪悪感で胸が苦しくなった。緑谷をはじめ、周りのみんなが自分を心配してくれているのは気付いていた。
だけど兄を傷つけられた怒りは止めることは出来なかった。その結果がこれだ。
ステインの狙いは自分だ。なら自分を置いて彼らを追うことは無いだろう。轟もいればここにいるプロヒーローも一緒に退避出来るはずだ。
そう訴える飯田を横目に、海兎は盛大にため息をつく。
「飯田……。後で蹴るから」
「ええ!?」
突然の海兎の発言に困惑の声を上げる飯田。声にこそ出さなかったが緑谷と轟も目を丸くする。
「飯田はさ、私が目の前で倒れてる人を置いて逃げるような臆病者だと思ってるの?」
「ち、違う!そんなこと思っていない!だ、だがこうなったのは僕の責任──」
「なら、大人しく助けられる!間違ったっていうなら次は間違えないようにすれば良い!」
「月下くん……」
「……ハア、綺麗事だな」
会話を聞いていたステインが目を細めて海兎の言葉を否定する。
「次……?ヒーローに次など存在しない。ヒーローが間違えるとき、それは罪のない民間人が傷つけられ、死ぬ時だ。だからこそヒーローは完璧でなくてはならない。オールマイトのように……!」
「……確かにオールマイトは凄いよ。でもね、オールマイトも一人の人間に過ぎない」
「……何が言いたい」
捉えようによってはオールマイトの侮辱にも感じられる言葉にステインの瞳に怒りの感情が浮かび上がる。
「オールマイトだって何でも一人で出来る訳じゃない。日本全国がパトロール範囲だけど、北海道から沖縄まで一瞬で行くことは出来ないし、誰かが事件を伝えなければ、事件を知ることも出来ない」
「……」
「完璧な人間なんて存在しない。不完全だからみんなで助け合うんだ。道を間違えたなら、蹴り飛ばしてでも正してあげれば良い。力が足りないなら合わせれば良い。ヒーローは一人じゃ無いんだから……!」
「貴様……!──チッ!」
自分の信念を否定されたステインが怒りをあらわにしながら海兎に迫る。
しかし、ステインと海兎を遮るように炎の壁が現れ、足を止めた瞬間──
「みどりん!?」
先程まで動けなくなっていた筈の緑谷がステインに殴りかかる。……が、あっさりと躱される。
「動けなくなってた筈じゃ!?」
「飯田たちの側に運んでたら急に動き出した」
海兎の疑問に体の左側に炎を纏った轟が海兎の近くに歩み寄りながら答える。
「個性に時間制限が?」
「ううん、僕は飯田くん達よりも後だったからそれは違うと思う」
「なら、人数制限か、摂取量か、血液型か……。何かで効果に差異があるんだろう」
海兎たちが様々な考察を口にするが、ステインは忌々しそうにため息をつくだけで詳細を口にすることはしない。
「何にせよ、厄介なことには変わりねぇ」
「二人は飯田とあのプロの人を連れて退避して。私がヒーロー殺しを抑えるから」
「お前は俺たちがクラスメイトを置いて逃げるような臆病者だと思ってんのか?」
「ウッ!?」
先程、飯田に言ったことをそのまま返されて思わず動揺する海兎。
「そうだよ、みんなで一緒に帰ろう!」
「みどりん……。うん、やろう!!」
「……ハア、いいだろう。ならば、俺に示してみろ!!」
再び激しい戦いが始まった。海兎と緑谷がステインに迫り、轟が後方から二人を援護、同時にステインの妨害を行う。
圧倒的にステインの不利だが、それでもステインは退かない。それどころか三人掛かりで抑えるのが精一杯だ。
血を摂取まではされていないが、ステインが投げるナイフに浅くとも傷が増えていく。
「なぜだ皆……やめてくれ。もう、僕は……」
「やめてほしけりゃ立て!なりてぇもん、ちゃんと見ろ!!」
自分のせいで傷ついていくクラスメイトの姿に飯田の胸が締め付けられるような痛みを感じる。
自分が傷つくなら全然構わない。だが、そのせいで友が傷つき、血を流しているのを黙って見ているだけの自分にひどく嫌悪感を覚える。
だからこそ退いて欲しかった。こんな自分など、皆が傷ついてまで助ける必要はないのだと。
……でも、本当は分かってた。どうしようもないくらいのお人好しの彼らが自分を置いていくことなどありえない……と。
(僕は大馬鹿だ……!兄さん……僕は怒りに囚われ、
それはただの偶然に過ぎない。ステインの個性はどんなに強い意志を持とうが、一度喰らえば効果が切れるまで動くことは絶対に叶わない。
だか、運は飯田に味方した。飯田が覚悟を決めた瞬間、個性が解けた。
そのことを疑問に思う暇もなく、飯田はステイン目掛けて飛び出した。
「レシプロバースト!!」
三人に注意が向いていたステインは反応に遅れ、飯田の蹴りをモロに受け、吹き飛ばされる。
「飯田くん!」
「解けたか!」
「皆、関係ないことで迷惑を掛けてすまない。だからもう、これ以上君たちだけに戦わせる訳にはいかない!」
そう宣言し、ステインの前に立ちはだかる。その姿に三人は笑みを浮かべるが、唯一ステインだけは変わらず憎悪の目で飯田を睨みつける。
「友の姿に感化され、取り繕うとも無駄だ。人間の本質はそう簡単には変わらない。お前は粛清すべき社会のガンだ……!」
これが最初にステインと対峙した時の姿なら飯田に価値を見出した可能性もあるが、ステインは助けるべき人間を無視し、自らの復讐を優先した飯田の姿を見ている。
故に、友の姿に今更考えを改めようとも、一時的なものに過ぎないと、再び刀を向ける。
「時代錯誤の原理主義者だ。飯田、人殺しの理屈に耳を貸すな」
「いや、奴の言う通りさ……。僕にヒーローを名乗る資格など無い。それでも、折れるわけにはいかないんだ……!俺が折れてしまえば、インゲニウムが死んでしまう!」
「論外!!」
飯田の言葉を切り捨て特攻するが、地面を雷が、空中を炎が走る。
「ッ!──邪魔をするな!」
すかさず、元凶の二人──海兎と轟に向けてナイフを投擲するが、轟の氷結によって防がれる。
そのまま緑谷と飯田がステインに肉薄するが、尋常ではない反応速度で対応する。
そのまま押し切ろうとしたステインだが、自ら目掛けて地面を走る氷を見て、舌打ちをしながら上空に逃げる。
しかし、跳び上がった先には同じように跳び上がった海兎の姿があった。
「チッ!」
すぐさま刀で斬りつけようとしたステインだが、それよりも速く海兎の左足がステインの刀を腕ごと蹴り上げる。
「貰った!」
そのまま足をステイン目掛けて振り下ろす。誰もが決まったと確信し、そのまま落下してきたステインを拘束する為の行動に入ろうとした。その瞬間──
──鮮血が舞った。
「え?」
海兎は一瞬、何が起きたのか分からなかった。だが、一拍遅れて右肩の痛みを感じることで理解した。
斬られた……と。
(確かに腕ごとカチ上げた筈!?どうして!?)
海兎だけじゃない。下から見ていた三人も困惑しているが、轟だけは少し距離があったことから、ステインの絶技を目撃していた。
ステインは腕ごと刀を蹴り上げられた瞬間、右手を背中に回し、左手で持ち替えてそのまま斬り上げた。
言うだけなら簡単だ。だが実戦で、それも体の自由が効かない空中でそれを実行したステインの技量に絶句した。
「バケモンかよ……!」
海兎を斬りつけたステインはすぐに刀についた血を舐め取る。その瞬間、海兎の体が石のように硬直し、自由が効かなくなる。
動けなくなった海兎を足場にし、ステインは更に後ろに高く跳び上がる。
「月下さん!!」
「月下!!」
「月下くん!!」
「これで後は三人だ……」
体の自由が効かない海兎はそのまま地面に落下していき、このままでは地面に叩きつけられてしまうだろう。緑谷たちは反応に遅れ、間に合わない。
そして無惨にも地面に叩きつけられる瞬間、三人の顔に絶望の色が浮かび上がった瞬間──
──叩きつけられる直前に
「「「……え?」」」
思わず三人の口から呆けた声が漏れる。そしてそれはステインも例外ではない。
「……は?」
ステインは目の前の光景が理解できなかった。だがそれは海兎からしたら決定的な隙となる。
すぐさまステインの頭上まで跳躍する。そしてその勢いのまま脚を振り下ろす。
「ミルコ直伝!
「ガッ!!」
ミルコとの組み手で散々体に覚えさせられた強烈な蹴り。それが、ステインの後頭部に直撃した。
意識が飛ぶほどの痛みを感じ、落下しながらも、ステインは態勢を整えることすら忘れる程困惑していた。
ステインとして活動するために死すら生ぬるい鍛錬に励んだ。偽物に遅れを取らないように。個性の訓練もその一つだ。個性の強化、弱点の理解。だからこそ断言できる。
ステインの個性【凝血】は血を摂取すれば無条件で相手の自由を奪える。血液型で拘束できる時間に差異はあれど、老若男女関係なく、少なくとも数分間は動くことが出来ない──筈だった。
確かに、目の前の
それなのになぜ?なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!?──なぜ!!
「
ステインの叫びに一瞬眉をひそめるも、トドメを指すべく、一人の級友の名を叫ぶ。
「飯田ぁ!!」
「レシプロエクステンド!!」
海兎の行動に度肝を抜かれたが、すぐに切り替えていた飯田がステインに迫る。
海兎に意識が集中していたステインは飯田の存在に気付くのが遅れ、渾身の蹴りが叩き込まれる。
「ガアアァァ……!」
海兎の蹴りに続き、飯田の蹴りも直撃し、とうとうステインは倒れたのだった。
ミルコとの組み手で散々後頭部を蹴られた。本気では無いので頭は砕けてない。ステインの頭も砕けてない。
他にも色んな技を(体で)教えて貰ったが、
海兎「手加減ずるって……ゆっだのにッ……首が、首がメキッでぇぇぇ(泣)」