「やあ、ヨナくぅん」
「レーム……」
「ついやっちゃんだって?ココの思惑とは違うことになったようだけど、反応が良いのは護衛としては良いことだし、あちらもそのつもりだったから構わねぇよ」
「だったらもう少し何か言ってほしかった……」
「危害を加えられそうだったんだろ?言ったところで止められんよ、気にすんなって」
「うぅん……」
東欧の或るペントハウス、大きなキッチンでスープの鍋をかき回す俺はすっかり落ち込んでいた。ココの商売に嘴を突っ込んできたフリーランスの武器商人との対決は早く着いた。それは自分の所為でそうなったのだが。早い話、クロシキンを撃ってしまったのだ。
結果からいうと、搬入の取り消しは成功した。正式に契約書は破棄され、直掩は狙撃しようとしていた連中を排除、クロシキン排除のGOサインは契約書が正式に破棄されたら出るはずだったのだが、クロシキンがおかしな動きをしたので咄嗟に射殺してしまったのだ。
咄嗟の射撃でも全く腕が鈍っておらず、殴られそうになったココを守り切れたのが救いだが、帰りの車内ではココがプリプリしていた。曰く「合図もなしに撃たないで!!!」とのこと。
護衛は合図なしで撃つのが基本だろうに……。そう言いそうになったが、膨れているココを見ていると何だか孫娘の機嫌を損ねたようで気まずかった。
~~
部隊の入隊儀式―新入りは卵料理を振舞う―の為にヨナがキッチンに向かったことを聞いて、社長であるレームは様子を見ようと向かっていた。今回の件は少し危なっかしい橋を渡ったが上手くいって万事良し、とは言えなくなった。それは、ヨナがクロシキンを射殺したのを目撃したルツからの疑問が発端だった。
あの時、直ぐに援護できるように監視していたのはルツ一人だった。自分とマオ、ウゴはちゃんと殺害できたか確認していた最中に、ココが不機嫌そうに怒りながら「撤収!!」との指示で車に乗り込むまでルツとは喋っていなかったのだ。
「なあ、おっさん」
高速道路に乗って暫くした時、何時になく真剣な声でルツが声をかけてきた。
「ん~?何だいルツ」
「ヨナって、本当に少年兵か?」
「何だい、藪から棒に。見た目からしたって少年兵でしょうに」
「ああ、見た目は完全にガキだよ。でもよ……」
ルツはとても言いにくそうだったが、意を決したようでこう聞いてきた。
「あいつ、
「……、はあ?」
つい呆れた声が出てしまった。当たり前だろう。
「ルツよう……、ヨナ坊は山岳部隊に居たって聞いた筈だろう?そりゃ一般部隊じゃないってのは――」
「そうじゃねぇよオッサン!」
つい声を荒げたことに車内にいた皆は驚いた。普段はヤンチャっぽいところはあるが、元は警察でスナイパーをやっていた男だ。冷静であることには常人以上なルツが、柄にもなく焦っているように見えた。
「あいつは、
「「「???」」」
「おっさん、俺がずっとお嬢たちを監視していたのは知ってるよな?」
「ああ、そのおかげでこっちの確認は早く済んだぜ」
「その時にヨナが武器商を射殺したのを見たんだが、完璧なモザンビークドリル*1決めてたんだ」
「……、それが?」
「山岳部隊ってさ、
「「「!!!」」」
「だから対テロ部隊、か?」
「そりゃ向こうで仕込まれたかもしれねぇよ?だけど何で教える必要があるんだよ?高々10代のガキ相手に。しかも慣れ過ぎていたぜ」
「いやいやルツ、偶然そうなったかも知れないしそうと決まったわけでは……」
そういうのはマオ。仲間で元砲兵という異色の経歴の持ち主だ。
「マオ、俺なら同じことが出来るぜ」
「それは、レームがデルタの人間――」
「元デルタだから出来るんだ。護衛の方法もドリルも散々やったしな。あのドリルの本質は標的を確実に殺すことだけじゃない」
「どういうことですか?」
「胴体にアーマー着ていた場合のフォローが即座に出来るか、だ」
「?」
「歩兵が前線でアーマーの有無考える余裕なんてあるか、っつー話さ」
「あ……!」
マオがその点で気づいたようだった。
「確かに……。レームは何か聞いていませんか?」
「いんや。あ~~、そういやチェキータがなぁ……」
「奥さんの?」
「元、だよ。そこ間違わんでくれる?」
~~
『ハァイ、おっさん。元気にしてる?』
『げぇ……』
『女性が折角電話しているのにげぇは無いでしょ?』
『余り得意じゃない女からの電話だからいいんだよ。んで、用件は?』
『あらつれない。そんなんじゃモテないわよ?まあ、今日はご機嫌伺いじゃないの。今度そっちに入ってくる新人について少し言いたいことがあって』
『ん?ああ、ジョナサン・マルか。腕は中々良いみたいだな。山岳部隊を率いる若き兵士、いいじゃあないの。でもそんな腕利き、キャスパーの奴が何で手元に置いとかないんだ?』
『それなんだけどね、彼の経歴が不自然だったの』
『ん?どういうこった?』
『彼、恐らく
『はあ?』
『キャスパーがね、私達が完全に抑えられたのが悔しくて彼の情報を調べたのよ。でも出てくるのは直近の情報のみで、10代以降の情報は一つも出てこなかったのよ』
『ほ~ん、それが何で怪しむ理由に?』
『ねぇレーム。私個人としてはココが好きよ?好きだから忠告しといてあげるのよ。彼には間違いなく見た目以上の経験と技術がある。相対した私が言うんだから間違いないわ。本当は30代で何処かの紐付きの凄腕工作員だった、なんて小説じみた事を言われても私は驚かないわ』
『何でそんな危険人物こっちに寄越すんだよ……』
『それは話を聞いたココが二つ返事で許可したからよ。彼も人質みたいな形で基地で世話していた子を差し出したし。でもいざとなったら、
『……』
『とりあえず、この事は心の中に留めておいてね?嫌よ?貴方達が私の部下になるなんて』
~~
「きな臭いこと確定じゃねぇか……」
そう言って頭を抱えるルツ。
「まだ決まったわけじゃないし、この事は此処だけの話にしとけ。こっちは他人の勘と与太話しか無いが、チェキータの話が万が一本当なら感づかれた時点で厄介なことになる」
「分かりました」
「ウゴもいいな?」
「了解です」
一仕事終えたのに、とんでもない爆弾が降ってきたのを苦々しく思った。
~~
というわけで入隊儀式の料理が気になったのでつまみ食いを兼ねてキッチンを覗いたわけだが……。
「はぁ~~~……」
大きな溜息をつきながらヨナがキャベツを刻んでいた。手際は物凄く良く、大玉のキャベツが瞬く間に細切りになっていく。そのキャベツを大きなスープ鍋に全部放り込んだところで、彼が此方を向いた。
「やあ、ヨナくぅん」
「レーム……」
いつもの少し不愛想な感じではなく、しょげ返った子犬のような顔で物凄く落ち込んでいることが分かる。……演技でなければ。
「ついやっちゃんだって?ココの思惑とは違うことになったようだけど、反応が良いのは護衛としては良いことだし、あちらもそのつもりだったから構わねぇよ」
「だったらもう少し何か言ってほしかった……」
「危害を加えられそうだったんだろ?言ったところで止められんよ、気にすんなって」
「うぅん……」
……、いやマジで落ち込んでるなぁ。そうレームは思った。
「もうちょっと話をしなきゃいけないなぁって……」
「オイオイ、そんな顔で料理されちゃ卵だって変になるぜ?折角の入隊儀式だ、ウジウジ悩んだって意味ないぜ」
「そうだね……、そうかも」
切り替えが出来たのか、少しだけ雰囲気が明るくなったヨナを見て「ありゃ与太話だったかな?」と思う。
「ところでヨナ、肝心の卵料理は何処に?」
「そこのオーブン」
「オーブン?」
「うん。皆の分のオムレツをフライパンで作ったら面倒だからオーブンで作るんだ。取り分けできるし、何より熱々なものがいっぺんに出せる」
ははあ、と感心する。
「そのスープは?」
「シチー*2。冷蔵庫にザワークラウトとキャベツがあったから久々に作ってみようと思って」
「へぇ……。楽しみだねぇ」
「あとレーム?」
「ん~?」
「ベーコンつまみ食いしちゃダメだよ」
「へへっ、ばれてら」
~~
「これが私の隊の入隊儀式だ」
そういう彼女は長テーブルの上座に座り、他の面々は両サイドにズラリと並んで「ハラヘリ~」と合唱している。各々の前にはナイフとフォーク。テーブル上には耐熱容器でふっくら焼きあがったバターたっぷりのオムレツと熱々のシチーが鍋ごと、取り分けられるのを待っている。……、何で武器商人の入隊儀式が料理なのさ?作りながらそう思っていたら、
「これより君は軍、国家、組織、家族を一新したタマゴ君だ。頼もしい仲間を、歓迎するよヨナ」
成程、そういうことか。
仕事では少し問題が出たが、こうして俺はココの部隊の一員と認められた。85歳の老いぼれが子供に戻って武器商人と旅とは、酒は飲めなくなって煙草も出来ないが、面白おかしく生きてやろうじゃないか。
尚、作った料理は大好評で時々作らされることとなった。
続く
やっと最初が終わった……。書くことは大変ですが、面白いです。これからもよろしくお願いします。