異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
ニノン・シャルリエ広場。下手な野球場よりよほど広いその公園に、多くの軍人が集結していた。剣と盾の紋章を掲げた重装騎兵隊に、火を吐くドラゴンの紋章を掲げた槍兵・銃兵隊。さらには、小さな大砲を馬で引く騎兵砲隊まで居る。兵数千二百名、八六ミリ騎兵砲四門、六〇ミリ迫撃砲六門。なかなかの陣容だ。これだけ集まると、流石に王都有数の大広場ですら狭く感じる。
「これは、これは」
フィオレンツァ司教に案内された先で遭遇したその大部隊を見て、僕は感嘆の声を上げた。
鎮圧軍の面々は地面に座り込み、大休止の姿勢を取っていた。兵士の雑談の声や息遣い、馬のいななきなどが混然一体となり、独特の雰囲気を放っている。兵士たちも実戦の気配を感じ取っているのか、その面持ちは緊張したものだった。
こちらに気付いた兵士たちが慌てて立ち上がり、敬礼の姿勢を取る。辺境伯はニコリと笑って返礼した。僕もそれに続く。……この部隊を率いているのは、実戦慣れした指揮官だな。兵士を棒立ちにさせて、指揮官の到着を待つような真似をさせていない。戦闘が間近に迫っているのだから、兵士たちは出来るだけ休ませておくべきだ。
「お待ちしておりました、お館様。それに、アルベール様」
兵士たちの中から一人の騎士が飛び出してきて、深々と頭を下げた。。彼女はスオラハティ辺境伯の腹心であり、騎兵中隊の隊長でもある人物だった。当然、辺境伯軍とは浅からぬ付き合いのある僕とも面識がある。
「うん、ご苦労。何かトラブルは起きていないか?」
鷹揚に頷いてから、辺境伯が聞いた。彼女らは王都郊外の練兵所で突貫作業で編成され、あわてて王都内に機動してきた。いままで共同訓練すらしたことのない部隊が一緒になったわけだから、なかなか大変だったはずだ。
「小さな問題は、大量に。しかし致命的な問題は発生していません」
「よろしい。流石は私の精鋭たちだ」
「お褒めにあずかり、恐悦至極」
ニヤリと笑ってから、騎士は視線をフィオレンツァ司教に向けた。誰もかれもが甲冑や軍装を纏ったこの場では、青白の司教服はあまりに不釣り合いだ。従軍司祭ですら、普通ならもっと野戦向きの服装をするものだからな。
「フィオレンツァ・キルアージ。御覧の通り、司教です。何かお手伝いできることはないかと、辺境伯様についてまいりました」
「ああ、貴方が噂の……わたしはトウコ・リューティカイネン。御覧の通り、お館様の元で禄を食んでいる騎士です」
「どんな噂なのかは、聞かないでおきましょう」
軽く笑って、二人は握手した。まあ、フィオレンツァ司教は良くも悪くも有名人だからな。若くして司教位についたというだけで、何かあくどい真似をしているのではないかと邪推する輩は居る。
「挨拶はこれくらいにして、現状把握をするとしよう。トウコ」
「はっ」
トウコ氏は頷き、僕たちを指揮用天幕に招いた。折りたたみ式のテーブルの上には、王都の地図が乗っている。地図の上には、敵味方の部隊を示す赤青のコマがいくつか配置されていた。
「王城は相変わらず連隊規模の敵部隊に包囲されています。ちょっとした射撃戦は発生しているようですが、本格的な攻城戦は起きていません」
「敵の目的は時間稼ぎ……ということですか」
僕の問いに、トウコ氏は頷いた。
「
「……」
厄介だな。やはり、とにかく街の中から敵を蹴りだす必要がある。そう考えていると、カリーナが僕の胴鎧をコンコンと叩いた。どうやら、質問があるようだ。……この事件が始まってから、カリーナは周囲へ積極的に質問をぶつけるようになったな。少しでも早く一人前になりたいという意識の表れだろうか? だとすれば、保護者としてはできるだけサポートしてやりたい。僕は頷いて見せた。
「あの、他の味方はどうなっているんでしょうか? まさか、王軍のすべてが敵に寝返った訳ではないでしょうし」
「良い質問だな」
トウコ氏は頷いてから、視線を地図へ向ける。味方部隊を表す青いコマは、ニノン・シャルリエ広場の上に置かれた一群のみ。他はすべて敵である赤いコマだけだった。
「もちろん、味方がいない訳ではない。しかし、何しろ敵の決起は突然だった。事前に情報を得ていた我々ですら、なんとか最低限の準備を整えるだけで精いっぱいだったような有様だからな。ましてや、情報の降りてきていなかった一般部隊からすれば、完全に青天の霹靂といっていい」
このタイミングでオレアン公がクーデターを起こすなんて、誰も予想してなかったからな。根回しすらなかったせいで、予兆を掴むことすら難しかった。政治的にはお粗末な行動ではあるが、それ故に軍事的には有効だったというわけだ。奇襲というのはいつだって最高最善の戦法だからな。
だったら一般部隊にもクーデターの情報を流して桶という話になるのだが……それはそれで難しい。そんなことをしたら、絶対にオレアン公のスパイに察知されるからな。最悪の場合、『王家とオレアン公爵家の離間を謀っている!』なんて言われて、こちらが反逆者の汚名を着せられる可能性すらある。
「軍隊というのは、いきなり行動を開始することはできない。何をするにしても、準備は必要だ。中途半端な状態で動かれると、逆に足手まといになってしまうしな。すくなくとも今日中は、味方は我々だけだと思って行動した方が良い」
ほとんどの部隊はすでに動き出してはいるんだろうけどな。しかし王城が封鎖されている以上、王軍は統制だった動きをするのは難しい。敵の電撃的な攻撃が、こちらの指揮系統を滅茶苦茶にしたんだ。これでは、動けるものも動けなくなってしまう。
「なるほど、ありがとうございます」
頷くカリーナ、そこへ、辺境伯が口を挟んだ。
「味方のことは分かった。では、敵は?」
「王城を包囲しているパレア第三連隊の動きが目立ちますが、他にも敵はいるようです。未確認情報ですが、大臣や将軍と言った要職についている者の邸宅が襲撃を受けているという話もあります」
「ふむ……アル、どう思う?」
「襲撃を受けている方々には申し訳ありませんが、とりあえずそちらは無視しましょう。我々は第一に、パレア第三連隊に攻撃を仕掛けます。王城の包囲を解けば、精鋭の近衛騎士団が戦線に参加できますから。他の敵と戦うのは、それからでも遅くはないでしょう」
「わたしも同意見です」
トウコ氏が頷いた。
「いいだろう。では、実際の作戦はどうする? 案があるのだろう?」
その言葉に、僕は視線を地図へと戻した。王城の周りにはドーナツ状の広場があり、その周囲を貴族街が取り囲んでいる。同心円状に区画が広がっているわけだな。パレア第三連隊が布陣しているのは、このドーナツ状の広場だ。
王城付近の貴族街に住んでいるのは、毎日のように登城する重鎮たちだ。当然その重鎮の中には、我らがアデライド宰相も含まれる。……アデライド宰相の自宅には、何度も行ったことがある。四階建ての立派な建物で、周囲の邸宅より頭一つ高い。これは、使える。
「宰相閣下には申し訳ありませんが、ご自宅を砲兵陣地として使わせてもらいましょう。ここからなら、迫撃砲の射程内に敵を収めることができます」