異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第108話 くっころ男騎士と大通り防衛作戦(1)

 軍靴が石畳を蹴る音、彼我の兵士の叫び声、剣や槍がぶつかり合う音……閑静な住宅地だったはずの貴族街は、すっかり戦場に変貌していた。敵は密集陣形を組み、ゆっくりと進撃してくる。

 一分の隙も無い、お手本のような横隊だった。文字通りハリネズミのような槍衾を組み、その穂先はまっすぐこちらを向いていた。それが全く同じ歩調で、列を乱すことなく迫ってくるのだ。移動要塞めいた威圧感があった。流石は首都防衛を担っている精鋭部隊だと感心するような練度である。

 対するこちらの戦力の中核は、下馬騎士たちだ。数も、敵に比べればあまりにも少ない。その上、騎士のメインウェポンである馬上槍(ランス)は下馬状態では扱いづらく、敵歩兵の装備している長槍よりはるかに攻撃範囲の狭い長剣や手槍で戦うほかなかった。これは、あまりにも不利だ。

 

「しばらくは、持久戦だ。攻勢が行えるだけの戦力は、今の我々の手元には存在しない」

 

 戦闘の直前、僕は騎士たちにそう説明していた。歩兵隊を置き去りにして進軍したツケだ。手元にあるのは、騎兵隊が一個中隊とわずかな大砲のみ。連隊が布陣する王城前広場へ進撃するのは不可能だ。とりあえずアデライド邸宅前の大通りを維持し続け、歩兵隊の到着を待つ。そういう作戦だった。

 

「射撃開始!」

 

 確かに、敵の長槍兵は脅威だ。しかし、こちらには長槍などよりよほど射程の長い武器がある。僕が命じると、大通りの両隣りにある建物の二階・三階の窓から騎士たちが身を乗り出し、敵の後列に一斉射撃を加えた。建物に潜ませた銃兵の射撃点は、ちょうど敵部隊のあたりで交差するように配置している。いわゆる十字砲火の形だ。こうすることで火力は格段に増すし、敵は回避しづらくなる。

 魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいる者も多いとはいえ、流石にこれはたまらない。普通の甲冑しか着ていない者は体の一部を吹き飛ばされて倒れ伏し、そうでないものも撃たれたショックと恐怖で一瞬身動きがとれなくなる。

 火力というのは、単に敵を殺傷するためだけにあるものではない。攻撃を受けているという心理的な圧迫は尋常ではなく、有効弾が出ないような射撃でも十分な足止め効果はあるものだ。これを主目的とした攻撃を制圧射撃という。今回の攻撃は、まさにその制圧射撃だった。

 

「後退、後退ー!」

 

 もちろん、その隙は逃さない。僕の命令を知らせる信号ラッパが高らかに吹き鳴らされ、それを聞いた前衛部隊が急いで後退する。前衛部隊が引いたことで、射線が空いた。騎兵砲の砲口が自分たちに向いていることに気付いた敵兵は泡を食って逃げようとしたが、密集陣形のせいで身動きが取れない、そうこうしているうちに、三門の騎兵砲が一斉に火を噴いた。小銃とは比べ物にならない発砲音と白煙が大通りを支配し、さらにそれをかき消すような爆発音が起きる。

 騎兵砲で使用する八六ミリ榴弾は炸薬量が少なく、敵陣すべてを吹き飛ばしてしまうような威力はない。それでも、直撃を受ければ魔装甲冑(エンチャントアーマー)装備の重装歩兵であってもひとたまりはなかった。何人もの兵士が四肢をバラバラにしながら吹き飛び、耳と心が痛くなるような悲鳴がいくつもあがる。

 僕はほとんど無意識に自分の腰のポーチを探っていた。酒の入ったスキットルを引っ張りだしかけたところで、手を止める。景気よく吹っ飛んでいく敵兵を見て、僕は言いようのない歓喜を感じていた。それを酒のせいにしたかったのだと思う。ため息を吐いて、スキットルを元に戻す。

 

「まったく、嫌になるね」

 

 殺すのも殺されるのも好きではないが、それはそれとして勝てばうれしいし敵が倒れれば快哉を叫びたくなる。戦場に出た人間は、たいていそうなってしまう。狂っているとしか思えないが、正気のまま殺し合いが出来てしまう人間はほとんどいない。人間の心の、正常な防衛反応だった。

 

「手榴弾だ、ぶち込め!」

 

 僕がそんなことを考えている間にも、戦況は変化していく。最前線で指揮を執るトウコ氏が叫ぶと、騎士たちが一斉に腰にぶら下げていた手投げ爆弾の導火線に火をつけた。そのまま、乱れに乱れた敵隊列へ向けて投擲する。榴弾より小さいが、それでも凄まじい爆発がいくつも連続して起こった。

 

「ぜんしーん、前へっ!」

 

 爆風が吹き荒れる中、盾と剣・手槍を構えた前衛部隊が突撃した。まだ生きている敵兵たちは隊列を千々に乱しながらも、長槍を構えてそれを迎え撃つ。振り下ろされる槍を、騎士たちは盾で受け止めた。別の騎士が槍を避けて反撃しようとするが、後列から新たな槍が突き出され、それを許さない。敵部隊はまだ士気を失っていなかった。豊富な予備戦力を生かし、急速に槍衾を再構築しようとしている。

 

「催涙弾だ、急げ!」

 

 しかし、そんなことは許さない。僕が叫ぶと、こちらの後列部隊が小さなタルを敵隊列に向けて投げ始めた。タルには導火線がついており、それが燃え尽きるとすさまじい白煙を噴き上げ始める。タルの中には、いくつかのスパイスと硝石が詰め込まれていた。当然、そんなものを燃やすことで発生する煙には、激烈なまでの刺激性がある。

 

「うぇっ、ゴホッゴホッ!」

 

「またこれか! ゴホッ、くそっ! 辺境領の蛮族騎士どもめ……騎士の誇りはないのか!」

 

 催涙煙幕に包まれた敵隊列から咳と怨嗟の声が上がる。目やのど、鼻、あらゆる部位に痛みを生じさせるこの煙の中では、慣れていない者はマトモに呼吸すらできない。長槍を投げ捨て、口元を押さえる者すら居た。

 だが、こちらの前衛部隊は防毒面をつけている。ガスマスクというにはやや原始的で、見た目としてはペスト医者のつけるカラスのようなマスクに近いが……こんなものでも、あると無いとでは大違いだ。彼女らは催涙弾の影響を受けることなく前進し、もだえ苦しむ敵を武器や盾で殴りつけた。

 

「ウワーッ!」

 

「やめろ! やめろーっ!」

 

 こうなればもう、まな板に乗った鯉と同じだ。いかようにも料理が出来る。こちらの部隊はグイグイと前進し、敵にそれを押しとどめる力はなかった。

 

「……」

 

 それを見ながら、考え込む。前世で何度も経験した市街地戦は、まさに地獄のような有様だった。路肩爆弾、自動車爆弾、ブービートラップ、捨て駒めいた伏兵……この世の悪意を煮詰めたような卑劣で周到な罠の数々が、僕たちに牙をむいた。過酷な訓練を乗り越えてきた精鋭たちがひとり、また一人とその毒牙にかかっていき、僕自身も最後には……。

 それに比べれば、今のほうがはるかに安心できる戦場だ。この世界には、まだ洗練されたゲリラ戦術論は生まれていない。それに、歩兵個人が持つ火力も全く違う。魔法があるとはいえ、剣や槍、クロスボウ程度の武装しか持たない兵士と、自動小銃で武装した兵士では危険度が違いすぎる。

 ……しかし、しかしだ。武装が違おうと、戦術が違おうと、それを運用しているのが人間であることには変わりない。既存の戦術が通じないなら新しい戦法を考えてくるし、新兵器にもしっかり対策を打ってくる。ボンヤリしていたら、あっという間に形勢を逆転されてしまうだろう。

 

「この場合、敵はどう出てくる?」

 

 正面戦闘では、とりあえず優勢に立っている。しかし、敵にはまだ予備戦力がたっぷりある。その上、パレア第三連隊は名前の通り首都防衛隊だ。当然、王都の地理に関してはこちら以上に詳しいとみて間違いない。ならば、どういった戦術を取ってくるか……。

 

「サイドアタック、かね?」

 

 貴族街にも、裏路地の類は大量にある。大部隊の進軍には不適だろうが、少人数の遊撃部隊ならば十分通行可能だ。こちらも四方八方を監視できるわけではない。

 

「路地に注意だ。いつ敵が飛び出してくるかわからんぞ」

 

「う……了解」

 

「お任せを」

 

 カリーナとジョゼットが頷く。僕の予想が的中したのは、それからしばらくたった頃だった。


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