異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第110話 くっころ男騎士と大通り防衛作戦(3)

 騎士たちに連れてこられたプラドン子爵は、どうにも風采の上がらない雰囲気の竜人(ドラゴニュート)だった。服装は戦装束ではなく、貴族向けの平服。こちらと接触した時には帯剣していたらしいが、今は腰には何も下げていない。武装解除には大人しく応じたと聞いている。

 

「申し訳ありません、このような時に。ご迷惑をおかけしているというのは、わかっておるのですが」

 

 恐縮と恐怖が入り混じった様子で、プラドン子爵はちらりと目を逸らす。その先には、敵陣に向けて砲撃を続ける騎兵砲の姿があった。矢弾がとどかない程度の距離は取っているとはいえ、ここも最前線。発砲音、剣戟の音、悲鳴……いわゆる戦場音楽と呼ばれる音が、否応なしに耳に突き刺さってくる。慣れていない者にはキツいだろう。

 

「私も国王陛下の臣下、今すぐあなた方にご協力したいのですが……このような状況で、夫子や使用人たちを放り出すわけには参りません。どうか、どこかへ匿っていただきたく……」

 

 びくびくとしながら、プラドン子爵は言う。戦場を知らない臆病者の宮廷貴族、そういう雰囲気だ。すくなくとも、こちらに対する敵意や殺気は感じない。……しかし

 

「駄目ですね、あの方はおそらく刺客です」

 

 フィオレンツァ司教がそう囁いた。本当か? とは聞き返さない。僕の直感も、この女が敵だと告げていた。小心者のような態度をしていても、その立ち振る舞いの端々には武術に親しんだ者特有の気配が滲んでいる。まあ、道場剣術ばかりやっていたタイプの可能性もあるが……今は緊急時。常に最悪を想定して行動しなくてはならない。

 しかし。戦闘に関しては完全な素人であるフィオレンツァ司教に、この手の機微がわかるとは思えない。いったいどういう理由で、プラドン子爵が敵だと判断したのだろうか? まだ、子爵とはほとんど会話を交わしていないはずなんだが。……いや、今はそんなことはどうでもいいか。肝心なのは、この面倒な局面をどう切り抜けるかだ、

 

「ええ、それはもちろん。戦えない者たちを戦火に巻き込むような真似は、騎士として認められません」

 

 司教に軽く頷いて見せてから、僕はプラドン子爵に向けて言う。彼女が刺客だとして、一人で何ができるだろうか? ボディチェックを実施しているわけだから、武器はせいぜい暗器程度しか持ち込めない。僕を含め、周囲の騎士たちは魔装甲冑(エンチャントアーマー)で全身を固めているし、兜の面頬もおろしたままだ。暗器程度ではそうそうやられない。

 魔法という手もあるが、この世界には詠唱破棄なんて存在しないからな。初級の攻撃魔法であっても発動には最短で十秒はかかる。例外は二つ。魔術紋を身体に刻むか(僕の身体強化魔法はこのタイプだ)、魔道具を使うかだ。

 しかし魔術紋を使う方式では攻撃魔法は使えない。魔術紋を刻んだ部位から魔法が飛び出すため、攻撃魔法なんか打った日には自分が一番被害を受ける羽目になる。魔道具に関しては、武器と同様の理由であまり警戒する必要はない。人を殺傷できる威力の魔道具となると、最低でも大型拳銃クラスの大きさになってしまう。

 

「かたじけない。深く感謝申し上げます」

 

「いえ、いえ。当然のことですから」

 

 会話しつつも、頭は全力回転し続けている。"避難民"とやらは後方で待機しているから、少なくとも子爵とは連携することはできない。もし彼女らが騒ぎを起こしても、本陣からは離れているためそれなりに落ち着いて対処ができるだろう。問題はこの女だ。

 甲冑なし、武器も著しく制限されている。そんな状況では、大したことはできまい。……いや、逆に考えるべきか。大したことが出来なくても、問題ないんじゃないか? つまり、プラドン子爵も陽動。そもそも、こんな状況で寄ってくる避難民など、警戒されるに決まっている。本命の攻撃として使うには、あまりにも稚拙だ。つまり……

 

「では、少々お待ちを。伝令を出して……」

 

「敵襲! 西の路地からです!」

 

 伝令の叫びが戦場に響き渡る。その声に、周囲の騎士たちの意識が向けられた瞬間だった。プラドン子爵が腰に手を当てた。そのままスルリと何かを引っ張りぬく。彼女の手に握られていたのは、鞭のようにしなる薄っぺらい剣だった。いわゆる腰帯剣、ベルトのフリをして隠し持つことのできる暗器の一種だ。

 

「ご無礼を、司教殿!」

 

 プラドン子爵は、素晴らしい踏み込みでフィオレンツァ司教に突進する。騎士たちが慌てて阻止しようとしたが、子爵は見事なステップでそれを突破する。尋常な足運びではない。やはり、只者ではなかったようだ。

 しかし、やはり司教が狙われたか。彼女は非武装で、一見防具もつけていないように見える。この場に居る者たちの中では、もっとも戦闘力が低いのは間違いないだろう。……予想通りといえば、予想通りだ。心の準備はとうにできている。即座に司教を庇って前に出た。腰のホルスターからリボルバーを抜き、引き金を引いたまま左手の指で流れるように撃鉄を弾く。

 乾いた銃声が三度鳴って、プラドン子爵が足を止めた。腹に三発、致命傷だ。彼女は血を吐きながら、ゆっくりと倒れ伏す。銃口から吐き出された白煙が、微風に吹き散らされてふわりと舞っていた。

 

「う、ぐ……剣の達人と聞いたが、そんなモノまで使うか……抜かった……」

 

 湿った咳をしつつ、子爵は呟く。司教が手を合わせ、「おお、彼女の魂に極星の導きがあらんことを」と祈った。自分が狙われたというのに、落ち着いたものだ。やっぱり、肝の太さは並みじゃないな。そこらの兵士よりよっぽど根性が座っている。これが聖職者の凄みってやつかね。

 

「迎撃急げ!」

 

  脳みその片隅でそんなことを思考しつつも、僕は何事もなかったようにそう叫んだ。伝令の言うように、西の路地から幾人もの武装した女たちが現れ、こちらに突っ込んで来ていたからだ。予想通り、敵の遊撃部隊がこちらの本丸を脅かしに来たわけだ。もちろん、警戒網は敷いていたが……相手は首都防衛隊だ。地の利を生かし、こちらの知らないようなルートで侵入してきたのだろう。

 不味い事に、プラドン子爵のせいで初動が遅れた。水際での迎撃が間に合わず、遊撃部隊は無傷で大通りに突入することに成功していた。幾人かの兵士がクロスボウを放ち、こちらに攻撃してくる。ほとんどが外れたり盾で防いだりしたが、一人の従士が腹に矢弾を受けて倒れ伏す。反射的に舌打ちが出た。しかし、焦ってはいけない。深呼吸をしてから、指示を出す。

 

「落ち着いて対処しろよ、大した相手じゃない!」

 

 実際、敵は軽装備かつ二十名ほどの戦力だった。いくら後方が手薄といっても、普通に対処すれば問題なく殲滅できる程度の数だ。いくら地の利があっても、大部隊を動かせばこちらの警戒網に引っかかってしまう。隠密のためには、部隊の数を絞らざるを得なかったのだろう。

 おそらくだが、その不利を補うためにプラドン子爵を使ったわけだな。敵襲の混乱に紛れ、フィオレンツァ司教を確保。彼女を人質に取って、状況を有利に進める……そういう策だった可能性が高い。

 

「まったく、汚い手を使ってくる……!」

 

 ジョゼットがぼやきながら小銃を構え、発砲。味方騎士に斬りかかろうとしていた革鎧姿の敵兵がばたりと倒れた。ジョゼットは小銃を構えたままボルトハンドルを引き、弾薬ポーチから出した紙製薬莢を機関部へと押し込んだ。あとはボルトハンドルを戻すだけで、再装填は完了だ。銃口を新たな敵に向け、また一人撃ち殺した。

 

「流石の腕前だな、ジョゼット。頼りにしてるぞ」

 

「ソニアほどは頑張れないので、ほどほどに期待していてくださいな」

 

 敵兵に視線を向けたまま、ジョゼットはにやりと笑った。彼女に渡してある後装式ライフル銃は、従来の銃口から弾を装填するタイプの小銃に比べると圧倒的に発射速度が速い。この火力があれば、敵遊撃部隊の殲滅などたやすいはずだ。問題は……

 

「前衛部隊に通達。後ろは気にするな、敵の本命攻撃が来るぞ!」

 

 この遊撃部隊が仕掛けてきたのは、あくまで攪乱攻撃に過ぎないという点だ。僕が敵の指揮官なら、このタイミングで強烈な一撃をお見舞いする。

 

「敵騎兵接近! 総員、対騎兵陣形!」

 

 前線で、トウコ氏が叫んだ。遠くから、馬の蹄の音がいくつも聞こえてくる。どうやら、敵は騎兵突撃を仕掛けてきたらしい。後衛をかく乱しつつ、前衛に圧迫をかける。それによってこちらの対処能力をパンクさせる作戦って訳だ。……敵の指揮官はなかなか厄介なヤツだな。切れ者だという評判は、本当らしい。

 

「歩兵部隊はまだ到着しないってのに……まったく、面白くなってきたな」

 

 僕は肩をすくめながら、そう呟いた。もちろん、強がりだ。

 

 


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