異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第113話 秀才連隊長と憂鬱なる参謀団

 わたし、ジルベルト・プレヴォは、指揮用天幕の中で地図とにらめっこをしていた。すっかりヌルくなった香草茶で唇を湿らせつつ、地図上に乗せられたコマを弄る。わたしの指揮するパレア第三連隊は、王城を包囲したままあの(・・)アルベール・ブロンダンの部隊と交戦することを強いられていた。これはいわゆる二正面作戦の状態であって、当然我々はひどく不利な状況に陥っている。

 本音を言えば、王城など無視して部隊の全力をもってブロンダン卿を倒しに行きたい。今の彼の部隊は騎兵一個中隊程度だが、後方からは大隊規模の歩兵部隊が複数戦場に向かっていることが確認されている。もしこれらの部隊が合流したら、おそらく事態は我々の手には負えない状況になるだろう。

 現在、我々は王城の周囲を取り囲み消極的な射撃戦を行っていた。国王陛下は秘密の経路を使ってすでに王城を脱出している可能性も高かったが、それでも包囲を解くわけにはいかなかった。オレアン公派の部隊が王城を取り囲んでいるという状況そのものに、象徴的な意味合いがあるからだ。それに、どさくさに紛れて火事場泥棒じみた真似をする輩が出てくる可能性もある。

 

「連隊長殿」

 

 天幕の中に伝令が走り込んできた。その表情を見ただけで、彼女が何を伝えたいのかは理解できる。

 

「攻撃失敗か」

 

「……はい。騎兵隊は兵員の四割が死傷し潰走。遊撃部隊、攪乱部隊に至っては帰還者は数名……壊滅です」

 

「ブロンダン卿の首は獲れたのか?」

 

「いえ……失敗です」

 

「そうか。わかった、下がっていい」

 

 ため息を吐きたい欲求を、香草茶の一気飲みでごまかす。空になったカップを従士に押し付けて、お代わりを要求した。参謀が無言で、ブロンダン卿と交戦状態にあった部隊のコマを、後ろに下げる。

 

「……やつの部隊は、現在騎兵隊一個中隊程度の戦力のハズ。倍以上の数をぶつけて、これですか? なんだかタチの悪い手品でも見せられている気分だ」

 

 別の参謀が、呆然とした様子で呟く。

 

「だから、作戦前に言っただろう? あの男は、間違いなくガレア最強の指揮官の一人だ。間違っても、片手間に倒せる相手ではないと。城内の部隊でヤツを仕留められなかった時点で、こうなることは見えていた」

 

 前々から、彼には注目していた。派閥や所属部隊は違えど、注目に値する軍人だと判断したからだ。それほど、彼の積み重ねてきた武功はすさまじいものがある。

 

「しかし、しかし奴は男ですよ? 男に指揮される部隊が、こんな……!」

 

 わたしは頭を抱えそうになった。こんな意識では、勝てる戦であっても負ける。敵を侮る将校など、無能を通り越して有害ですらある。

 

「奴らの指揮官は、スオラハティ辺境伯のハズ。実際の指揮も、辺境伯が執っているのでは? 我々の精鋭が男に敗れるなど、あり得ません」

 

 黙り込んでいた方の参謀が、渋い表情をしながらうなるような声で言う。……たしかにスオラハティ辺境伯は将としても有能だと聞くが、こちらの現場指揮官だって手持ちの人材で一番有能なヤツを差し向けていたんだ。指揮官の頭が同格なら、ここまで無惨な負け方をするとは思えない。つまり、敵の指揮官が特別なヤツだったと判断するほかない。

 しかし、参謀共のこの感覚には心底軽蔑するしかないな。ブロンダン卿が男だからと言って、なんだというのか。彼は以前から結果を示してきたし、我々の前に立ちふさがった今でも強烈な存在感を示している。何をどう判断したら、コレを侮って大丈夫だと思えるんだ? この作戦を成功させるつもりなら、最優先で対策を立てるべき敵の一人だろうに。

 

「知っているか? ブロンダン卿は、あのソニア・スオラハティと互角の剣の腕を持っているらしいぞ」

 

「……そんな、嘘でしょう?」

 

 ソニア・スオラハティは有名人だ。王都の剣術大会で連続優勝し、御前試合の経験も幾度もある。間違いなく、王国でも三指に入る剣の達人だと断言できる。

 

「互角というのが過言であっても、すくなくともまとも試合が成立するレベルの剣士であることは間違いない。それはわたしがこの目で確認している」

 

 その時の記憶を思い出して、私は暗澹たる気分になった。当時は「素晴らしい後輩ができたものだ」と感心していた。派閥は違えど、同じ王国軍人だ。頼りになる味方が現れたことを、無邪気に喜んでいた。それがどうだ、我々は武器を向けあう羽目になり、その結果私の部下が大勢死んだ。

 なぜ、王軍同士が戦う必要があるのだ? 我々は味方だったはずだ。わたしはオレアン公爵家の傍流の出で、確かにオレアン公に従う義務はある。だからこそ、こうして王に剣を向けるような真似もしている。しかし、自らの任務の正統性について、疑問を覚えるなというほうが無理があった。

 

「国王陛下のおひざ元にわたしを送るなど……まさか、公は謀反をお考えなのですか?」

 

 連隊長に着任する直前、わたしはオレアン公にそんな質問をぶつけたことがある。

 

「まさかまさかだ。そんな馬鹿な真似を、この私がすると思うのか? あくまで、これは将来に向けた布石に過ぎない。クーデターのような性急で乱暴な手段を取らずとも、こうしてジワジワと王国の中枢に食い込んでいけば、やがてオレアン公爵家は合法的に国王位を手に入れることができる。私や娘の代では難しかろうが、孫の代では……な?」

 

 そしてオレアン公から返ってきた答えがこれだ。何が孫の代だ、馬鹿らしい。今となっては、なんたる詭弁と憤慨せざるを得ない。それでも私が公の命令に従っているのは、公爵家にぶら下がることでかろうじて存続している実家を想ってのことだ。そうでなければ、こんな命令など最初から無視している。

 

「それが本当だとしても、だから何だというのです?」

 

 剣の腕と指揮能力は関係ないだろう。そう言いたげな様子で参謀の一人が首を振った。私は従士が持ってきた香草茶を受け取り、その熱い液体でのどを潤す。それなりにいい茶葉を使っているはずだが、何の味も香りもしなかった。そんなものを感じ取るだけの余裕が、いまのわたしの心の中にないのだろう。

 

「ヤツの部隊が、どれだけ白兵戦をしたというのか。今回の作戦だけではなく、彼はずっと火器に頼った戦い方をしている。これがどういう意味なのか、わからんか?」

 

 私の脳裏に浮かんでいるのは、リースベン戦の報告書だ。彼のやり方で編成された部隊が、初めて他国の正規部隊とぶつかった戦闘である。気にならないはずもない。謀反の命令を受領したその日に、わたしは急いでその報告書を取り寄せて熟読していた。

 

「男の、只人(ヒューム)の身の上でそれだけの剣術を修めているのだ。どれほど辛い修行をしたのか、想像もできない。……にもかかわらず、彼は剣に頼らない。銃や大砲を軸に戦術を組み立てた。その方が効率的と判断したからだ」

 

「……」

 

「必要だと思えば、どれほどの時間と労力をかけてきたものであっても投げ捨てることができる。これが、指揮官にとってどれほど重要な資質かわかるか? 事前に立てていた作戦に拘泥するあまり敗北を喫した将は、古今東西いくらでもいる。しかし、彼はそのような凡百の指揮官とは明らかに違うんだ。なぜそれがわからん!」

 

 有能な敵を侮って負けるなど、あまりに無能だ。わたしはすっかり、参謀たちを罵りたい気分になっていた。追い込まれているのはこちらだというのに、彼女らにはいまいち真剣みがない。

 

「……馬鹿らしい」

 

 それまで黙って聞いていた女が、侮蔑的な口調でそう言った。彼女は立ち上がり、肩をすくめる。

 

「ビビりすぎですよ、連隊長殿。たしかに、こちらの被害は大きい。しかしそれは、アルベールなにがしの指揮能力から来るものではありません。武器の性能差です。辺境伯軍は、ライフルを大量配備している。その上、今回は新式砲まで配備しているという話ではありませんか」

 

 こちらを馬鹿にしていることを隠しもしない態度で、女は語った。彼女は、連隊隷下(れいか)の中隊の隊長だ。予備戦力として待機を命じていたのだが……どうやら思うところがあるらしい。

 

「あたしから言わせれば、アルベールとやらは戦闘の素人です。火力の扱い方を理解しているとはとても思えない。あたしの中隊であれば、鎧袖一触で勝利できますよ。何しろ武器が同じだ。その上、今なら数も同じ。で、あれば指揮能力に優れている方が勝つに決まっています」

 

 彼女の部隊は、ライフル兵中隊だ。今年になって、初めて新設されたタイプの部隊である。兵員の以上がライフルを装備しているのだ。ライフルは、アルベールが銃を発注している工房から非合法な手段で手に入れたサンプルをコピー生産したものだった。雷管なるパーツは再現が出来なかったため、撃発方式はこちらの鉄砲鍛冶が考案した火打石を使う方式だが……少なくとも、射程や威力は同等の性能を備えていた。

 

「火力の扱い方を理解していない? どういうことだ」

 

「簡単です。あの男は、兵士を分散させて戦う。密集陣形はめったに使わない。機動性を上げるための工夫でしょうが……所詮は男の浅知恵だ。精度に優れたライフル兵だからこそ、密集陣形を取らせるべきなのに。そうすりゃ、面積当たりの火力は飛躍的に上がる」

 

 ヘラヘラと笑いながら、彼女はそう言った。……理屈はわかる。が、妙に嫌な予感はした。しかし、わたしもライフル兵なる兵科を扱った経験はほとんどない。実際の運用に関しては、部隊長である彼女に一任するほかなかった。

 

「連隊長殿。あたしに出撃を命じてください。そうりゃ、一時間もしない間にあの男の首を献上して差し上げますよ。いや、生け捕りが良いかな? はは、その時にゃ先に味見をさせてもらいますが、ご容赦を。せっかくの男騎士なんでね」

 

 わたしはため息を吐きたい気分になったが、結局出撃を許可した。今のところ、彼女の他に打開策を持っていそうなヤツがいなかったからだ。


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