異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

115 / 700
第115話 くっころ男騎士とライフル中隊(2)

 敵銃兵隊が射撃を開始したのは、距離五〇〇メートルからだった。数十名単位で横隊を組んだ銃兵が足並みをそろえ、一斉に発砲する。そして装填をしている間に後列部隊が前に出て、また一斉射撃。これを繰り返しながら、ジリジリと全身を続ける。装填にかかる時間が長いという先ごめ式の弱点をおぎない、こちらに隙のない連続射撃を浴びせ続ける作戦のようだった。

 

「間合いが遠いな……」

 

 五〇〇メートルというと、射撃距離としてはかなり遠い。ライフル銃は一キロメートルくらいは弾が飛ぶのだが、照準器の問題でかなり接近しないと命中が見込めないのだ。実際、敵の射撃の精度はお粗末なものだった。弾のほとんどが石畳や民家の壁をえぐり、空の彼方へ飛んでいくものもある。

 馬車の車列に身を隠したこちらの前衛部隊は、それにじっと耐えていた。銃を持たない彼女らは、敵に反撃することができない。では、なぜそんな部隊を前に出しているかと言われれば、味方部隊の盾になって貰うためだ。射撃戦では強力な銃兵も、乱戦に持ち込まれると弱い。例え銃剣があっても、本職の槍兵にはそうそう勝てるもんじゃないからな。前衛部隊が健在な限り、敵は突撃には移れない。

 

「砲撃を警戒しているのでしょうか?」

 

 ジョゼットが寄ってきて、耳元で囁いた。僕は頷く。

 

「たぶんな」

 

 密集陣は砲撃に弱い。そんなことは、敵の指揮官も心得ているはずだ。大砲といっても、小型の騎兵砲だからな。射程はライフルと大差ない。やや離れた場所から射撃をはじめ、こちらの戦力を少しでも削っておこうというハラだろう。

 

「連中、装備は悪くない。適正距離で打ちあうのは勘弁願いたいな」

 

 望遠鏡を覗き込みつつ、僕は唸った。敵銃兵は青い軍装の上から胴鎧を着こみ、頭にはケトルハットと呼ばれるツバ付きの鉄帽子を被っていた。全身鎧ではないにしろ、装甲化された部隊ということだ。まともに銃兵同士で撃ち合ったら、厄介なことになりそうだ。

 

「有効射程に入る前に敵を減らしたいのはこっちも一緒だ。砲撃開始!」

 

 騎兵砲が火を噴き始める。弾種は榴弾だ。砲弾は敵横隊の付近に着弾し爆発を起こすが、射撃も前進も止まらない。彼女らがとっている戦列歩兵戦術は、とにかく敵の攻撃に耐えながら射撃を続行する我慢比べの要素が強い戦法だった。当然、根性の座った連中を選抜して編成しているはずだ。容易なことでは動揺を与えることができない。

 その上、騎兵砲の命中精度も決して高いものではないという問題もある。これまでの戦いでは敵の間合いが近かったため、比較的容易に命中弾を出せたのだが……今回はなかなかの遠距離戦だ。スペック上は有効射程内ではあるものの、砲兵が扱いに習熟していないということもありなかなか直撃を出せずにいるようだ。

 

「来たな……!」

 

 しかし、こちらの装備する大砲は騎兵砲だけではない。甲高い独特な飛翔音を出しつつ、空から砲弾が落ちてくる。迫撃砲だ。アデライド宰相の屋敷に配置した砲兵たちが、射撃を開始したのだ。

 が、その砲弾は敵の隊列から大きく離れた位置に着弾し、むなしく爆発した。大貴族の邸宅と思わしき屋敷の庭先に墜ちる砲弾もある。僕の額に冷や汗が浮かんだ。

 

「頼むから、民間人への誤射だけはしないでくれよ……」

 

 迫撃砲は、砲弾の軌道が極端な放物線を描く。命中精度は極めて悪い。もちろん、僕だって初弾命中など期待していない。とはいえ、やはり限度がある。この辺りの屋敷はすべて石造りだから、庭先に着弾するくらいでは大した被害は出ないが……邸宅に直撃したりすれば、シャレにならないことになる。それだけは避けろと厳命してはいるのだが、やはり事故の可能性をゼロにするのは難しいからな。とてもヒヤヒヤしてしまう。

 砲撃を受けつつも、敵は前進を続けていく。発砲煙が煙幕のようになって、彼女らの隊列を隠していた。時折騎兵砲が直撃をだし、榴弾や榴散弾が敵兵をなぎ倒す。しかし、そうやって出来た穴は即座に後列の部隊が塞いでしまった。一発二発程度では、隊列は揺るぎもしない。そして、頼みの綱の迫撃砲は相変わらずの有様だった。時折至近弾は出すものの、次の射撃では着弾が離れてしまう。

 

「距離四〇〇!」

 

 見張り員が叫ぶ。ここまで近づくと、敵の射撃もある程度当たり始める。案の定、馬車の車体はスパスパと抜かれていた。まあそれはいい。馬車に期待しているのはあくまで目隠し効果だ。その後ろに控えた前衛部隊は盾と甲冑でガッチリ固めているため、甲冑の隙間や弱点を狙われなければ大丈夫だ。しかしそれでも当たり所が悪く、悲鳴を上げながら倒れ伏す味方兵も増えてきた。味方の銃兵は、まだ射撃を始めていない。射程の短い騎兵銃では、もっと接近しないことには有効弾は期待できない。

 騎兵砲と迫撃砲がその穴を埋めるように、射撃を続けている。騎兵砲は安定して命中するようになってきた。しかし、所詮は前装式。発射間隔は一分に一発程度だ。これでは、敵隊列を粉砕するのはなかなか難しい。だからこそ発射速度に優れる迫撃砲に期待しているのだが……残念なことに、いまだに弾着は安定していなかった。敵隊列の近くに弾が落ちることもあるのだが、所詮は六〇ミリの小口径砲。直撃しない限りは大した効果を発揮できない。

 

「大丈夫なの?」

 

 カリーナが不安の声を漏らした。僕は「大丈夫だ」といって頷き、彼女の頭をぽんぽんと叩く。しかし、僕自身も内臓を直火で炙られているような焦燥を覚えていた。勝てるとは踏んでいる。とはいえ、敵の銃火力は極めて高い。砲撃が安定して命中しはじめる前に、前衛が壊乱してしまうのではないかという不安があった。

 敵の連続射撃は、そんな不安を抱くほどに強烈だった。ライフル兵のみで編成された部隊など、(前世はさておき現世では)僕ですら指揮をしたことがない。彼女らこそが、現時点のこの世界で最も高い火力をもった中隊だと断言できる。こちらの前衛部隊は剣と槍のみでそんな化け物部隊と相対しているわけだから、心配するなという方が無理だ。味方の隊列から悲鳴が上がるたびに、焦燥は深くなっていく。

 

「距離三〇〇!」

 

「カービン兵、射撃開始!」

 

 僕の命令に従い、建物内の味方銃兵が発砲し始めた。流石にこれは効果があった。銃声が上がるたびに、敵兵が数名ずつ減っていく。彼女らの装備している胴鎧は魔装甲冑(エンチャントアーマー)のようだが、腕や足は防護されていない。集中射撃をしかければ、十分な効果があるようだった。とはいえ、まだ距離が遠い。積極的にダメージを与えるためには、もっと接近して撃ちたいところなのだが……残念なことに、敵部隊はそこで足を止めた。

 そこからは、猛烈な射撃戦が始まった。彼我のライフル兵が全力射撃を繰り出す。お互いの火器から放出される白煙で、大通り全体が霧がかかったようになる。騎兵銃の有効射程にはやや遠い距離での戦闘だったが、それを操っているのは辺境伯軍の精鋭騎士だ。しばらくするとコンスタントに命中弾を送り込めるようになり、敵の損害も増えていった。

 とはいえ、対するこちらもタダではすまない。馬車はハチの巣のように穴だらけになって、崩落するものもあった。人員の方も、無事とは言い難い。防御態勢とはいえ、甲冑や盾を貫通されて倒れる者も増えてくる。魔装甲冑(エンチャントアーマー)も無敵ではない。

 とはいえ、彼女らの役割はあくまで盾に徹すること。前衛部隊が敵の攻撃を吸ってくれるぶん、カービン兵たちは邪魔を受けずに火力を発揮できるという寸法だ。もちろんそちらに応射する敵銃兵もいたが、なにしろカービン兵たちは大通り両脇の建物の窓から銃だけ出して射撃しているわけだからな。身体を晒しているのは、照準をつけている間だけだ。装填の間もずっと棒立ちを強いられる敵銃兵に比べると、遥かに安全だった。

 

「いいぞ、もっと……」

 

 被害は大きいが、優勢なのはこちらの方だ。味方を鼓舞しようと叫んだ瞬間、大声で指示を出していた例の砲兵士官が血をまき散らしながら地面に倒れた。どうやら敵の射撃を喰らったらしい。あわてて部下たちが助け起こそうとする。そこに、さらに射撃が加えられる。まともな甲冑も着込んでいない砲兵たちからすれば、たまったものではない。若い兵士が慌てて逃げ出そうとして、下士官がブン殴ってそれを止めた。

 

「……」

 

 嫌な感じだ。僕は深く息を吐きだした。思った以上に、砲兵たちが苦戦している。想定では、もっと遠距離から敵を殲滅するつもりだったのだが……訓練期間が短すぎたのだろう。慣れない兵器を扱ったところで、その性能を十全に発揮できるはずもないからな。

 もちろん、砲兵隊がまるっきり使い物にならなかったとしても、勝てるように作戦は立てている。全身を暴露して戦っている敵銃兵と、建物に隠れながら射撃が出来る味方銃兵、どちらが有利かなど考えるまでもない。今や敵の火力は戦闘開始時から三割から四割ほど減じているが、こちらの銃兵にはほとんど損害が出ていないのである。近いうちに、火力差は逆転するだろう。

 それでも、前衛に過大な負担を強いてしまっているのは事実だ。考えが甘かった。新兵器に期待するべきではないというのは、軍人の常識だというのに……。

 

「迫撃砲隊、次より効力射だそうです!」

 

 そんなことを思っていた矢先だった。手旗を持った信号員が、待望の報告を上げてくる。別に、迫撃砲部隊は適当に砲弾を撃ちまくっていたわけではない。着弾する位置を確認しつつ、照準を修正していた。いわば、『照準のための射撃』だ。しかし次からは効力射……つまり『敵に打撃を与えるための射撃』になる。僕はこの瞬間を待っていた。

 

「ブロンダン様!」

 

 そこへ、伝令が走り寄ってくる。彼女がもたらした報告を聞いて、僕は会心の笑みを浮かべた。これで、やっと反撃に移ることができる。

 

「後衛部隊、乗馬せよ! 敵陣突破の準備だ!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。