異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
部下たちに仕事を振ったあと、僕は急いで身だしなみを整えた。都市の自治を担う市参事会は、時には領主を相手にしても一歩も退かず対抗してくることもあるような、一筋縄ではいかない組織だ。
そんな連中に協力を依頼する必要があるのだから、こちらも当然戦場へ出るくらいの気合をいれておかないと押し負けてしまうかもしれない。愛用の板金鎧を纏い、ソニアとともに代官屋敷を後にする。
「たんなる代官の交代でなぜそんなトラブルが発生するんだ!」
「中央は何を考えているの? お貴族様の政争にこっちを巻き込むのは勘弁してほしいんだけど!」
「そもそも、なぜ男ごときが代官に任命されたんだ。我々をナメているのか?」
三十分後、僕は小さな会議室で市の参事たちに罵倒を投げつけられまくっていた。参事というのは市の有力者たちであり、行政機能が麻痺すれば真っ先に被害を受けるのが彼女らだ。まあ、文句を言いたい気持ちはわかる。
うるさい、僕だって被害者なんだが!? そう言い返したい気分もあるが、そんな無責任な言葉を吐けばその場でなけなしの信用がすべて吹き飛んでしまう。我慢だ、我慢。
肝心なことは、彼女らの信用を得ること。僕に代官を任せても大丈夫だと納得してもらうことだ。醜態を見せて参事たちから見放されれば、この事件が穏便に解決されても、今後の市の運営に著しい悪影響を及ぼすのは確実なワケだし。
「前任者がなぜこんなことをしでかしたかについては、後ほど調査をする予定だ。しかし、今は……」
「聞いたところによれば、衛兵隊も機能不全に陥っているらしいじゃないか! 悪党どもがそれに感付いてみろ、盗みも殺しもやり放題になるぞ!」
「その通りだ! 代官殿は、一体どう責任を取るおつもりか!」
とにかく場を治めようとするが、参事たちはまったく僕の話を聞こうとはしてくれない。これでは、協力を要請するどころじゃないな。
「何人か見せしめにしましょう。それでいう事を聞くようになるはずです」
ソニアが、耳元でぼそりと呟く。その目は、先ほど「男ごとき」と言い放ったガタイのいい
「駄目に決まってるだろ」
まあ、男だてらに騎士などやっていればナメられることなんて珍しくもない。こういう事態は想定済みだ。僕は腰のホルスターからリボルバーを引っこ抜き、銃口を天井に向けて発砲した。
乾いた大音響が会議室に響き渡る。ほとんど全員が反射的に耳を押さえ、一歩下がった。
「――いったい何をするんだ! いきなり!」
参事の一人が顔を真っ赤にして吠えたが、僕は気にせず撃鉄を起こし、もう一発撃った。参事は赤かった顔を青くして、腰を抜かす。
剣も魔法もあるこの世界じゃ、銃を使う人間は少数派だ。まして相手は一般人、銃声など聞いたこともないハズ。効果は抜群だった。
実のところ、僕が撃ったのは空砲だ。実弾をぶっ放したら、天井に大穴が空くからな。大音響で一時的な難聴になられでもしたら話し合いどころではなくなるので、装填する火薬量も減らしてある。僕は最初からこういう手段に出るつもりだった、ということだ。
「失礼」
先ほどまでの喧騒から一転、シンと静まり返った会議室の中、僕は参事たちに笑いかける。前世でこんなことをしでかしたら大変なことになっただろうが、この世界なら問題ない。そう思うと、なかなか愉快な気分になれた。
「事態は一刻を争う。あなた方の言う通り、この町の秩序は破壊されようとしているわけだからな。余計な問答で時間を浪費している余力などない」
「き、貴様……」
参事の一人が非難がましい声を上げた。しかし、その視線は僕の右手に握られた拳銃に釘付けになっている。
「もちろん、現状がかなり不味い状況にあるのは事実だ。しかし、この町に襲い掛かる災難がこれで打ち止めだという確証もない」
拳銃をホルスターに戻しながら、僕は前へ一歩踏み出した。参事たちは何かを言いたげな様子だが、すくなくとも先ほどまでのようなマシンガンじみた文句は言ってこない。銃から吐き出された濃密な白煙を手で払いつつ、僕は言葉を続ける。
「混乱に乗じてゴロツキどもが騒ぎを起こす可能性もあるし、あるいは蛮族どもが略奪にやってくるかもしれない」
「……」
もともと不安定な情勢下にあるド辺境だ。僕が語ったような出来事が実際に発生する可能性はかなり高い。参事たちの表情が露骨に強張った。
「それに、北の山脈の向こうにある国は、ガレア王国だけじゃない」
「神聖帝国……」
「そう、あの獣人たちの国だ。天性の狩猟者である彼女らの目の前で隙を晒したらどうなるか……想像する間でもないだろう?」
リースベン領はあまり魅力的な土地という訳でもないが、それでも敵が汗水たらして切り開いた農地を簡単な労力で奪えるとなれば攻撃をためらう理由はないはずだ。
「カルレラ市、そしてリースベン領は、極めて危険な状況にある」
念押しするかのような口調で、僕はそう言い切った。