異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第120話 くっころ男騎士と降伏

 白旗を掲げてこちらに近づいてくる一団を見た時、僕は思わず安堵のため息を吐きそうになった。時刻はすでに夕方で、王都の白い街並みは夕日に照らされ真っ赤に染まっている。夜戦ってヤツは不意打ちは受けやすいし同士討ちの可能性も高いしロクなもんじゃない。できれば避けたいところだった。竜人(ドラゴニュート)は夜目の利きやすい種族だが、それでも限度はあるんだよ。

 とはいえ封鎖されていたハズの大通りを素通しされ、何の抵抗もなく敵本営の真後ろに出られた時点でこうなることは何となく予想がついていた。敵側も戦闘が夜になっても終わらないような事態は避けたかったのかもしれないな。

 

「総員停止!」

 

 率いてきた騎兵隊を止め、敵の指揮官と思わしき女性に会釈する。彼女は兜も被っておらず、気丈な表情が浮かんだ顔が露わになっていた。その顔は、確かにパレア第三連隊の隊長、ジルベルト・プレヴォ氏で間違いなかった。直接面識があるわけではないが、僕も王都暮らしの騎士だったわけだからな。顔を見る機会は多少あった。

 

「話し合いがしたい!」

 

 ジルベルト氏が大声で叫んだ。前線では、まだ壮絶な戦闘が続いている。響いてくる銃声や砲声のせいで、声が聞き取りづらいことこの上なかった。

 

「承知しました! こちらへゆっくり歩いて来てください!」

 

 おそらくは、降伏か休戦の申し入れだろう。時間稼ぎ、あるいは話し合いのフリをしてこちらの油断を誘う可能性も無きにしも非ずだが……とにかく、話を聞いてみる価値はあるだろう。

 ジルベルト氏はおとなしく指示に従い、旗手と従士だけを伴ってこちらに歩み寄ってきた。相手に感付かれないよう気を付けながら、腰の拳銃を確認する。万一に捨て身の攻撃を仕掛けられても、対処できるようにしておかねばならなかった。何しろ一回暗殺じみた攻撃を仕掛けられてるわけだからな。二回目があってもおかしくないだろ。

 

「パレア第三連隊、連隊長のジルベルト・プレヴォと申します。一応、始めましてになりますか」

 

 しかし、結局銃を抜く機会は訪れなかった。彼女は指示通りゆっくり僕たちの前に歩み寄り、一礼する。僕も覚悟を決めて、馬から降りた。馬上で返礼するのは非常に失礼な行為だ。たとえ敵同士でも、相手の名誉は尊重する必要がある。

 

「アルベール・ブロンダンです。パーティやパレードで何度かお目にかかったことはありますが、直接会話するのはこれが初めてですね。お会いできて光栄です、プレヴォ郷」

 

 僕よりやや高い位置にある彼女の顔を見上げながら、握手をする。

 

「アルベール卿、単刀直入に申しますが……」

 

 本来ならば、挨拶をした後は社交辞令を交わすのが貴族のマナーである。しかしジルベルト氏は前線の方をちらりと見てから、いきなり本題に切り込んできた。失礼だとは思わない。僕だって、自分の部下が戦っている中で長々と無意味な会話に興じるような趣味はないからな。

 

「条件付きで、降伏に応じる用意があります」

 

 なるほど、休戦ではなく降伏か。パレア第三連隊は、現状では確かに劣勢に立たされている。しかし、もう一押しすれば簡単に倒すことが出来る……などということはない。第三連隊が苦戦しているのは、僕たちと近衛騎士団、二つの部隊と同時に戦っているからだ。

 いったん王城前広場から撤退し、部隊を再編制すればまだまだ戦えるはずだ。他の味方部隊と合流すれば、王城前広場の再奪還だって不可能ではないだろう。極論、彼女らは時間稼ぎさえ成功すればそれで勝ちなんだからな。指揮官さえやる気なら、どうとでもなるはずなのだが……。

 

「条件付き、ですか。内容はどういったものでしょうか?」

 

「わたしがこの首を差し出しますので、部下たちはどうか許していただきたい。命令を出したのは私なのですから、そのすべての責任はわたしが取るべきなのです」

 

「……」

 

「我が連隊の兵士たちは、ほとんど全員が王都やその近郊で生まれ育った者たちです。国王陛下に対する叛意など、あろうはずもございません。わたしが、オレアン公爵家の傍流の出身であるわたしが命じたからこそ、彼女らは武器を取ったのです。責任を負うべき人間は、わたし一人なのです」

 

 なるほどな。……うん、なるほど。そう来たか。もともと、責任感の強いひとだったんだろう。部隊の兵士たちをこれ以上死なせないためには、ここで降伏するしかないと判断したわけだな。たしかに、これ以上戦闘を継続すれば泥沼じみた状況になるのは間違いない。負けはしないが勝てもしない戦いが長々と続き、兵士の被害はどんどん増える。僕だって、そんな状況は勘弁願いたい。

 

「ブロンダン卿、わたしは貴方の命を直接狙うような作戦を実行しました。さぞお怒りのことだと思います。そのことについては、弁明のしようもありません。しかしどうか、お慈悲を頂きたく」

 

 ジルベルト氏は、地面に膝をつこうとした。土下座をするつもりだ、そう直感した僕は慌てて彼女の肩を掴んでそれを阻止した。……彼女は武装解除もしていない。むやみに近づくのは危険だ。そんなことは僕だってわかっているが、ほとんど反射的に動いてしまった。幸いにも、ジルベルト氏が僕に襲い掛かってくることはなかったが……。

 

「やめてください、連隊長殿(カーネル)! 謝ってもらう必要などありません!」

 

 ここは敵陣で、僕たちの周りには彼女の部下が大勢いるのだ。部下の前で土下座などすれば、士官としての威厳など吹き飛んでしまう。つまり、部下が言うことを聞いてくれなくなるということだ。そんなことは彼女も理解しているだろう。指揮官としての地位を投げ捨ててでも、部下の助命を優先する。そういう判断がなければ、こんな行動はとれない。ジルベルト氏は本気だ。

 僕は泣きたい気分になってきた。なぜこのような立派な将校と、敵味方に別れて戦わなければならないんだ。本来なら、味方だったはずなのに……。この人と(くつわ)を並べて戦えていたら、さぞ心強かっただろうに。

 

「万事承知いたしました、このアルベールにすべてお任せください。とにかく、今はこのくだらない戦いを早く終わらせましょう。味方同士で殺し合うほどバカげたことはありません」

 

「感謝いたします……!」

 

 大きく息を吐いて、ジルベルト氏は頷いた。その目には、確かな安堵の色があった。

 

「指揮下の部隊に即時停戦命令を出します。そちらも矛を収めて頂けますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 こうして、王城前広場の戦闘は夜を待たずして終結したのだった。


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