異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第128話 聖人司教の思惑違い

 ワタシ、フィオレンツァ・キアルージは焦っていた。状況が、どんどんワタシの手を離れていく。何の準備もしていない状況でクーデターに踏み切ったオレアン公陣営は、あっけなく敗北。一族郎党処刑。鎮圧を主導したパパ……アルベールは栄誉を得て、大団円。そういう計画だった。

 にもかかわらず第三連隊は妙に善戦するし、パパは直接狙われるし、あの腐れブラコン貴族のイザベルは妙な策を巡らすし、全く注意していなかった影薄貴族はしゃしゃり出てくるし……もう、最悪。こうなると、自分の計画の甘さを痛感せずにはいられない。もしかしたら、ワタシには陰謀は向いていないのかもしれない。

 

「はあ……」

 

 馬車の座席に身を埋めながら、ワタシは深いため息を吐いた。作戦の準備に入ったパパたちと別れ、ワタシは馬車に乗って郊外を目指している。状況の主導権を取り戻す必要があった。

 それに、どうやら戦場では思っていた以上にワタシは役立たずみたいだからね、その現実は受け入れなきゃいけない。出来ることならこの手と眼でパパを守護(まも)ってあげたいのに、実際は足を引っ張ることしかできないなんて。守るはずの相手に守られるなんて、本末転倒じゃない。妄想の中では、もっと華麗に動けるのに……本当に、現実ってやつはクソねぇ。

 正直に言えば、あの性悪王太子の元にパパを置いていくのはかなり心配なのよねぇ。とはいえ、ワタシにはやるべきことがある。王太子については、宰相と辺境伯に任せておくしかなさそうねぇ。まあ、あの二人もパパを想う気持ちは本物だし、政治屋としても優秀だからね。たぶん大丈夫でしょう。

 

「フィオレンツァ様、お加減はいかがでしょうか……?」

 

『ずっと不機嫌なの、やめてほしいなあ。面倒くさい』

 

 対面に座るお供の修道女から、そんな声と思考が同時に発される。ワタシは、生まれつき他人の思考が読める異能を備えていた。言葉とは裏腹にこちらを心配する様子などいっさい持っていない修道女だったが、その程度のことで不快感を覚えるほどワタシはうぶ(・・)ではない。ニッコリと笑って、頷く。

 

「ええ、問題ありませんよ。腕の方も、ほとんど痛みませんし」

 

 もちろん、嘘だ。ヘシ折れた右腕はいまだにジンジンと痛んでいる。涙が出ちゃいそう。はあ、パパに抱き着いて思う存分甘えたい。よく頑張ったねって、ぎゅっと抱きしめながら頭を撫でてほしいよ。でも、そういうわけにはいかないだよねぇ。自分で始めたこととはいえ、つらい。

 

「しかし、あの牛獣人……許しがたいですね。フィオレンツァ様の腕を折るなど……なんらかのペナルティを与えた方が良いのでは」

 

『勘当娘の分際で聖職者を傷つけるなど、あり得ない。死んで詫びるべきだ』

 

「あれはあくまで事故です。故意ではないのですから、責めるのはお門違いというものです」

 

 これだから、聖職者は嫌いだ。むやみやたらに偉ぶって、ばからしい。聖界の人間だろうが、俗界の人間だろうが、ゴミであることには代わりないじゃないの。皆まとめてパパの肥やしになってしまえばいいのに。

 だいたい、あの牛獣人の子……カリーナはパパを救うために行動したのよ。結局パパは怪我一つしなかったワケだし、結果オーライ。その過程でワタシの腕が一本折れるくらい、大したことじゃないわ。

 それに、まだ未熟とはいえあの子も将来はなかなかの騎士になりそうな気がする。やる気もあるから、パパの護衛にはピッタリよね。頭も悪そうだから、ソニアと違って扱いやすいだろうし。しかも胸も尻も牛獣人らしく立派で、丈夫ないい子を産んでくれそうじゃないの。そんな利用価値のカタマリみたいな子を殺すなんて、あり得ないわよ。

 

「流石はフィオレンツァ様。まさに海のようなご慈悲ですね」

 

『まったく、この人は……アルベール関連になると、突然あまあまになってしまうな。度し難い』

 

 ……なかなか、好き勝手思ってくれちゃって。まあ、いいけどねえ。所詮雑魚のたわごと、小虫の羽音と同じだもの。いちいち気にしてたら、身が持たないわ。

 とはいえ不愉快には違いないから、できれば潰してしまいたいけれど……この女は、ワタシのもう一つの能力については教えている。助手としては、まあ使いやすい部類だからね。少なくともしばらくは始末する予定はないわ。

 

「そういえばフィオレンツァ様。我々は、どこへ向かっているのでしょう?」

 

 微妙な雰囲気になった空気を振り払うように、修道女が話を変える。パパたちには「いったん大聖堂に戻り、集まった情報を整理してきます」といって出て来たけれど……もちろんこれは嘘。

 計画は滅茶苦茶になったせいで、パパにくっついてノンビリ戦場見学をしている余裕はなくなっちゃったのよねぇ。あちこちに根回しして、パパができるだけ有利になるよう手伝わなきゃいけない。

 

「ドミニク大橋です。グーディメル侯爵は、そちらで陣を張っているようですから……ひとまずは、彼女の真意を確かめることにいたしましょう」

 

 ワタシの手の者は王都のあちこちに潜んでいるから、兵を動かせばすぐに情報が入ってくる。どうやらグーディメル侯爵は国王の名前入りの命令書を乱発して、四方八方から兵を集めているみたい。そんな有様だったから、居場所の特定は容易だったわ。まったく、馬鹿よねぇ。

 他人の思考が読めるワタシならば、面会にさえ成功すれば相手の思惑もすべてわかってしまう。そして場合によっては、もう一つの能力も使ってパパが有利になるように侯爵の思考を誘導するつもりだった。

 とにかく、大切なのはさっさとこの内乱を終わらせること。火をつけるのは簡単だったのに、鎮火させるのは思った以上に難しい。我ながら、かなり思慮が浅かったみたい。結局パパも危険にさらしちゃって、ちょっと自己嫌悪してる。

 実際のところ、ワタシはパパが自己犠牲を躊躇しないタイプの人間であることを、ちゃんと理解してなかったんだと思う。よく考えれば、前世のパパが死んじゃったのもそういう性格のせいだものね。いくら思考が読めようと、ワタシみたいな性格ゴミ屑女じゃあホンモノの英雌(えいし)……もとい、英雄の行動を予測するのは難しい。これからは、その辺りをしっかり考えて計画を立てないとね。

 

「なるほど、畏まりました」

 

 深々と頭を下げる修道女だけど、その腹の中は真っ黒。今の状況も、ガレア王国の貴族勢力が内紛で消耗してくれてラッキー、くらいに思ってるのよね。貴族たちの力が弱くなれば、教会が勢力を伸ばすチャンス……そういう考えみたい。はあ、世の中クズばっかりで困っちゃうわねぇ。やっぱり、パパ以外の人間は信頼できないわ。


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