異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第130話 くっころ男騎士と敵の敵

 いったん大聖堂に戻ることになったフィオレンツァ司教を見送った後、僕たちは少数の部隊を率いて出撃した。騎兵隊二個小隊と、騎兵砲一門、およびその運用要員というコンパクトな独立部隊だ。攻勢を仕掛けるには心許ない戦力だが、この部隊は近衛騎士団から抽出した部隊だった。そのため、騎兵は全員が魔装甲冑(エンチャントアーマー)をで全身を固め、練度も士気も最高レベル。まさにガレアの最精鋭といっていい連中だった。

 

「こんな作戦、よく考えたものだ」

 

 そんなことを言うのは、フランセット殿下だ。彼女には、しばらく最前線で働いてもらう必要がある。もちろん、純軍事的に考えれば殿下は安全な後方に控えていてもらうべきなのだが……僕の立てた作戦は、軍事というより政治的なシロモノだった。敵にこちらが官軍であることをアピールするためにも、フランセット殿下には目立つ形で活躍してもらわなくてはならない。

 そう言う訳で、本来ならこの任務は殿下率いる近衛騎士団に丸投げするつもりだったのだが……殿下に「副官が必要なんだ」と強引に同行を命じられてしまった。僕の名目上の主君はガレア王家なので、殿下にそう言われてしまうと拒否権は無い。なんだか、完全にロックオンされてる気がするな。

 

「この戦いは、より多くの王軍を味方につけたものが勝ちます。なにしろごく少数の非正規部隊をのぞけば、今の王都に駐屯している戦力は近衛騎士団と王軍の王都防衛隊のみですからね」

 

 王都とその郊外には、五つの連隊が駐屯している。それらのうち、明確に僕たちに味方をしているのが指揮官が宰相派閥の貴族であるパレア第五連隊だ。そしてオレアン公派戦力の中核である第三連隊は、すでに降伏済みだである。このほか、二個ほどの大隊が原隊から離反してオレアン公派についているようだ。

 一方、新たな敵となったグーディメル侯爵は国王陛下の署名入り命令書を使って残り三つの連隊に自分の元へ参陣するよう要請している。

 実のところ、その命令書は僕たちの第五連隊の元にも届いていた。第五連隊の高級指揮官は宰相派で固められているため、現状離反者は出ていないが……これまで官軍だったはずの自分たちが突如賊軍呼ばわりされる状況に、やはり動揺は隠せない。

 

「つまり、首都防衛隊の指揮官たちから僕たちに対する戦意を失わせてしまえば……戦わずしてグーディメル侯爵の戦力を丸裸にすることができるわけです。なにしろ、彼女の持つ独自戦力はほとんどありませんから」

 

 もちろん、侯爵も領主貴族には違いないんだから、領地には最低限の兵力はあるんだろうが……そこは王都への戦力持ち込み禁止ルールが生きてくる。スオラハティ辺境伯と同じく、彼女が王都近郊に連れてこられる戦力は一個中隊が上限だ。その程度の数なら、普通なら戦うまでもなく降伏するだろう。

 まあ、僕も昨日は一個騎兵中隊で第三連隊に挑んでいたのだが……これは、敵の主力が王城前から離れられない状況だったからこそだ。第三連隊が完全にフリーハンドでこちらに対処できるような状況であれば、騎兵中隊だけ突出させるような真似は流石にしない。

 

「丸裸、ねえ。アルベールくんは女性を丸裸にするのが好きなのかい?」

 

「相手が何であれ、丸裸にするのは大好きですね。戦場に限って言えば」

 

 アデライド宰相のおかげで、際どい冗談には慣れている。おまけに今は脳みそも戦場モードだ。ほとんど反射的に、面白みのない答えが口から飛び出していった。平時なら、ちょっと恥ずかしがるくらいはするんだが……。

 

「おお、怖い怖い。余も丸裸にされないよう、気を付けないといけないな」

 

 ニヤニヤと笑いながら、殿下は言う。そりゃ、出来ることなら殿下をベッドの上で丸裸に剥きたい願望はあるけどね。愛人扱いだわ、どうも子供に対するスタンスが食い違ってるみたいだわ、どうも彼女にくっついていくのは気が進まないんだよな。フランセット殿下よりも、アーちゃんのほうがいい条件出してるしな。どっちか選べと言われたら、消去法でアーちゃんかもしれん。

 まあ、こういう遊び人の言う言葉をいちいち真に受けるのも馬鹿らしい。甘い言葉を囁いておいて、実際はオモチャ程度にしか思ってない可能性の方が高いんじゃないか? 本気になって馬鹿を見るのは僕の方だ。この人の言うことは、離し半分程度に聞いておいたほうがいいだろう。

 

「……まあ、しかし君の言うこともわかる。この戦いは、敵兵の損害も出来るだけ減らさなくてはならない。敵兵一人を殺せば、明日のガレアを守る兵士が一人減るわけだからな。だからこそ、君の作戦が気に入った。戦わずして勝つ、素晴らしい発想だ」

 

「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり……先人の言葉に(なら)ったまでです」

 

 これは、孫武の言葉だ。彼が書いたとされる兵法書、孫子は現代においても指揮官の必読書とされている。今も昔も、そして前世の世界も現世の世界も……戦争がヒトとヒトのぶつかり合いであることには変わりがないからな。この手の知識は、案外と頼りになる。

 

「良い言葉だね。ガレアの王太子として、胸に刻んでおこう」

 

 そう言って笑ってから、殿下は表情を真剣なものに戻した。

 

「……しかし、本当に面白い発想だな。まさか、オレアン公を味方にしようだなんてね」

 

 ……オレアン公の身柄を確保する、それが僕たちの任務だった。クーデターの発生直前から姿をくらませていた彼女だが、フィオレンツァ司教がその居場所を明らかにしてくれた。なんとオレアン公は、自宅で監禁されているというのだ。

 

「この反乱の首謀者は、どうやらオレアン公ではなくその娘イザベルのようです。彼女にとっては、オレアン公は目の上のたんこぶ……邪魔者以外の何物でもありません。なにしろ、オレアン公はひどく慎重で保守的な人物ですからね。性急なクーデター作戦など、承認するはずがありません」

 

 これはフィオレンツァ司教の言葉だが、なるほど言われてみれば納得する。たしかに、最初からこのクーデターには妙な違和感があった。オレアン公が主導した作戦にしては、粗末に過ぎる。お家騒動が大規模に飛び火してしまったような状況なのだろう。

 最初からこの違和感に疑問を覚えていたフィオレンツァ司教は、オレアン公の身辺を調査していたそうだ。その結果、ここ数日公爵本人は一度も屋敷から外出していないことが判明した。どうやら、彼女は自宅で監禁されてしまっているらしい。

 第三連隊を撃破した後、僕はオレアン公邸のある区画を最優先で制圧しようとした。しかし猛烈な反撃にあい、攻勢は途中でとん挫している。現在は屋敷周辺を封鎖し、にらみ合いをしている状態だった。敵部隊は今のところ要人をどこかへ移送するような動きは見せていないため、オレアン公はいまだに屋敷内に居るものと推測されている。

 しかし、まさかオレアン公が屋敷に居るとはな。事前にその情報がわかっていれば、もっとたくさんの部隊を送っていたのに。道理で防衛戦力が多いはずだよ。あの時点では、オレアン公本人が黒幕だとばかり思ってたからな。私兵と共に出陣しているものだとばっかり思っていた。

 

「敵の敵は味方ですから。それに、この状況で一番不利な状況にあるのはオレアン公本人です。もはや、公爵派の主力である第三連隊は降伏済みで、これ以上戦い続けたところで勝ち目はありませんからね。まして自身はこのクーデターに反対していたというなら……恩赦や減刑をチラつかせてやれば、すぐこちらに転ぶのではないかと」

 

 まあ、明後日あたりにはオレアン公爵軍が王都に到着するんだけどな。しかし、次期当主が死亡し、現当主もこちらに捕縛されている状況であれば、公爵軍も王都には手出しできまい。公爵軍を止めるためにも、オレアン公の身柄は絶対に確保する必要があった。

 

「我々の部隊とオレアン公派の部隊が糾合されれば、かなりの戦力になります。兵士の数を頼りに敵に戦闘をためらわせ、あとは……」

 

「余が前に出て、こちらの正当性を訴える。王軍相打つ事態を避けたいのは、向こうも同じだ。戦わなくてもいい理由を見せてやれば、自然と戦意は崩れる。……まったく、素晴らしい策士ぶりだな。余の軍師になってほしいくらいだ」

 

 その言葉に何と返そうか一瞬悩んだが、僕が結論を出すより早く先導の騎士が大きな声で叫んだ。

 

「これより封鎖区画へ入ります。敵防御陣地、視認しました!」

 

「よし、敵が迎撃態勢を整える前に防衛陣を突破する! 砲兵隊、射撃準備!」

 

 僕と話している時の甘い声音から一転、フランセット殿下は凛々しい声でそう号令した。


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