異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

131 / 700
第131話 くっころ男騎士と用兵術

 敵は馬車や付近の民家から運び出してきたものと思わしき家具類で即席のバリケードを作り、強固な防御陣地を構築していた。こういった場所に無策で突っ込むと、騎馬騎士であっても大きな被害を受ける。僕もさんざんに使った手だ。ではいざ自分が攻撃側にたった場合、どういう風に対処するか? これも、当然普段から考えてある。

 

「射撃開始!」

 

 フランセット殿下の号令に従い、八六ミリ騎兵砲が火を噴いた。耳がキーンとなるような轟音と共に、榴弾が炸裂する。バリケードといっても、所詮は木製だ。強力な火器の前には遮蔽物としては機能しない。

 

「二、三発撃ち込めば敵は壊乱するでしょう。あとは騎兵突撃で蹂躙するだけです」

 

「なるほどな」

 

 殿下は僕の言葉に頷きつつ、再装填作業に入った砲兵の方を見た。装填の隙をついて反撃しようと、敵のクロスボウ兵が前に出てくる。そこへ、味方弓兵が猛烈な射撃を加えた。矢の雨あられを前に、クロスボウ兵は後退せざるを得ない。

 僕たちが到着する前から、この大通りには味方部隊が展開し敵とにらみ合っていた。弓兵と槍兵で編成された伝統的なタイプの歩兵部隊だが、相手の装備も同水準だ。支援目的なら十分に活躍できる。

 

「装填にはどれくらいの時間がかかるんだい?」

 

「あの騎兵砲の場合は、実戦では一分間に一発が限度ですね。これは理想的な条件の場合で、戦闘が続くと砲身の過熱、要員の疲労などでどんどんと再装填速度は下がっていきます」

 

「威力・連射速度共に、簡易版攻城級魔法と大差がないわけか。このクラスの魔法なら、それなりの魔術兵二人が居れば安定して運用できる。魔術兵を代替するだけの価値があるかというと、少し怪しいかもしれないな……」

 

 どうやら、フランセット殿下は頭の中で騎兵砲部隊と既存の魔術師部隊、どちらの方が使い勝手が良いか考えているようだ。……そういう観点で見ると、正直魔術師の方が圧倒的に扱いやすい。なにしろ、騎兵砲は小さいとは言ってもやはり青銅のカタマリだからな。結構重い。柔軟に運用するのはなかなか難しいだろう。

 一方、魔術師は凄い。なにしろその身ひとつで行動できるからな。砲兵に比べて部隊員が少人数で済むのも大きい。運用の自由度が段違いだ。

 もっとも、魔術師も万能というわけじゃない。継戦能力は砲兵の方が段違いに高いし、その上魔術師兵は育成に十年以上かかる。

 いや、小さな炎の矢を飛ばす程度の魔法なら才能さえあれば三年で習得できるのだが、同じ魔法を複数人で発動するユニゾンという技術は非常に習得が難しい。この技術を修めた魔術師は、平民出身であっても貴族扱いされるほど貴重な人材だった。当然、気軽に戦闘に投入するわけにはいかない。切り札として、ギリギリまで温存されるのが普通だった。

 

「砲兵は一年二年あれば育成できますし、教育をマニュアル化することで大量育成もしやすいのが特徴です。なにしろ魔術師の育成方法は口伝が中心ですからね。魔術兵が一人戦死すれば、その穴埋めにはなかなか苦労します。それに比べて、砲兵は比較的容易に補充できますよ」

 

 砲兵も、歩兵などに比べれば圧倒的に育成に手間も時間もかかるのだが……それでも魔術兵に比べればだいぶマシだ。それに、魔力云々の先天的な才能も必要ないしな。

 

「砲兵と魔術兵……どちらも長所と短所があります。状況に応じて使い分けるのが一番ですね」

 

「なるほど、正論だな」

 

 馬上で腕組みをしつつ、殿下は何かを思案しているようだった。そうこうしているうちに再装填が終わり、二射目が発砲される。バリケード代わりの馬車がバラバラになって吹き飛び、周囲の兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。

 やはり、大砲を防ぐにはせめてしっかりした塹壕が必要だ。この程度のバリケードでは、壁にすらならない。明らかに、敵兵には動揺が広がっていた。

 

「魔術兵と砲兵の混成運用……面白い観点だ。用兵に関していえば、君は余より優れているのかもしれないな。君のような部下を持てて、余は幸せだ」

 

「……いえ、そのような。自分など、まだまだです」

 

 偉い人に「自分より優れている」なんてほめられても、全然嬉しくないよな。下手すりゃ消される奴じゃん。このパターンで粛清された将軍なんか、歴史上に何人もいるからな。

 

「君が女だったら、余の強力なライバルになっていたかもしれない。アルベールくんが男として生まれたことを、極星に感謝するべきだな」

 

 そう言ってから、殿下は兜のバイザーを降ろした。すでに敵は壊乱に近い状態になっている。とはいっても、所詮は小口径砲だ。出ている被害自体は、大したことはない。しかし、頼りにしていたバリケードが無効化されたことで、敵は腰が引け始めている。こういうタイミングで攻撃を仕掛ければ、勝利を得るのは簡単だ。

 

「砲兵隊の次の射撃の後、総攻撃を仕掛ける。騎兵隊、突撃用意」

 

「はっ!」

 

 槍騎兵を先鋒にして、騎兵隊は密集した突撃陣形を組んだ。僕は殿下の右横を守る位置につく。一応用意してきた後装ライフル銃に弾薬を装填し、槍のように構えた。この騎兵隊で銃を持っているのは、僕だけだ。今回は射撃を中心にしたサポートに徹する方が良いだろう。

 こちらの動きを見て、敵陣にも緊張が走る。槍兵が集まって、槍衾を作り始めた。しかし、砲兵の前で兵を密集させるのはむしろ愚策だった。猛烈な砲声と共に放たれた榴弾が、敵密集陣のド真ん中で炸裂する。

 

「突撃にぃ……かかれ!」

 

 殿下の号令と共に、僕は馬の腹を蹴った。僕が乗っているのは、母上が実家の厩舎から連れてきた軍馬だ。僕とも付き合いが長いから、手綱を握らずともこちらの意図は察してくれる。蛮声を上げる近衛騎士たちと共に、敵陣に向け一気に加速した。

 

「うわああっ!?」

 

「逃げろ逃げろ! てったーい!」

 

 槍衾を吹き飛ばされたことですっかり戦意を失った敵兵は、武器を捨てて一目散に逃げだし始めた。こうなると、もう指揮官や下士官がどれだけ頑張っても統制を回復するのはムリだ。

 

「逃げるなっ! 軟弱ものォ!」

 

 指揮官らしき鎧姿の女が、長剣を振り回しながら叫んでいるのが見えた。僕はその女に向けて騎兵銃を撃ち込む。しかし、襲歩中の馬上はひどく揺れる。流石に命中はしなかった。

 だが、僕の騎兵銃は後装式だ。ボルトハンドルを引き、弾薬ポーチから出した紙製薬莢を装填する。そのまま、発砲。今度は指揮官の胴鎧に命中した。

 

「う、うわっ!?」

 

 もっとも、指揮官級は流石に魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいる。銃弾は貫通しなかった。しかし、いかに頑丈な甲冑でも被弾のショックまでは殺せない。衝撃のあまり転びかけた敵指揮官に、槍騎兵が突撃をかける。長大な馬上槍で胸元を刺し貫かれた敵指揮官は、長い悲鳴を上げながら絶命した。

 

「女爵殿がやられた!」

 

「もう駄目だ、何もかもおしまいだ!」

 

 指揮官が戦死したことで、敵は総崩れになった。逃げ出す敵兵たちに、槍を構えた騎兵たちが殺到した。騎馬突撃を防ぐための馬防柵は、砲撃の余波であらかた吹っ飛んでいる。馬車や柵の残骸を踏みつけて肉薄攻撃を仕掛けた騎兵隊は、あっという間に多くの敵歩兵が血祭りにあげた。

 

「このままオレアン公の屋敷まで一気に突破する! 者ども、続け!」

 

 そう叫びながら先陣を切るフランセット殿下の姿は、先ほどまでの軽薄な態度からは考えられないほどの堂々とした騎士ぶりだった。……この人、やっぱりただのナンパ師じゃないな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。