異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第141話 くっころ男騎士と行進準備(2)

「駄目じゃないか、余の元を離れては。今日の君は、余の副官なんだぞ?」

 

 その命令、まだ生きてたのか。僕は困惑した。確かに、オレアン公邸に踏み込む前に、僕はフランセット殿下の副官に任じられた。とはいえ、彼女には既にしっかりとした部下がついている。僕が口や手を出す必要など、まったくなかった。白兵戦の時は流石に手伝ったが、それだけだ。

 仕事のない場所に居たって仕方がないからな。だから、この後はスオラハティ辺境伯の所につもりだったのだが……どうやら殿下は僕を逃すつもりはないらしい。

 

「しかし、殿下。ご存じでしょうが、僕は評判のあまり宜しくない人間です。身体で上官に取り入って出世をしている毒夫だとか呼ばれているんですよ? そんな男がお傍に居たら、殿下ご自身の名誉を傷つけてしまいます」

 

 いやまあ、殿下は童貞五十人斬りなんて噂があるような人だからな。こと男性関係方面において、傷つくような名誉があるのかどうかは、ちょっと怪しいんだが……。

 しかし僕の評判が悪いというのは本当だ。確かに、僕は相当に不自然な出世をしているわけだからな、外野がそう判断するのも仕方がないだろう。とはいえ、この期に及んでこの軽薄軟派な王太子殿下に鞍替えしたら、僕の淫売男としての名声(・・)はいよいよ不動のものとなってしまう。流石にそれは避けたいだろ。

 

「好きに言わせておけばいいのさ。所詮は目の曇った塵芥(ちりあくた)どもだ。そんな連中が何を言おうが、大した影響はないだろう」

 

 自信ありげな表情で首を左右に振るフランセット殿下だが、僕はそうは思わないんだよな。しょせん、人ひとりの力なんか限られたものだし。世捨て人になるならともかく、軍という組織で生きていくにはむやみに人に嫌われるような行動は避けた方がいいんじゃないかね?

 まあ、その割に前世の僕は平気で陸軍や海軍のイベントに参加してたけどな! 軍隊ってのは縄張り意識が強いから、そういうのは結構嫌われるんだよ。でも、趣味だから仕方ないね。最終的に優先するのは、やっぱり自分自身の意志だ。

 

「……」

 

 あんたも大変だな、という表情をしながらジルベルト氏がこちらを見た。どうやら、僕に同情してくれているようだ。まあ、この人も上官のアレコレで随分と苦労してきただろう人だからな……。

 

「不満そうだね? いや、申し訳ないとは思っているんだ。確かに、余は君にふさわしい仕事を与えられていない。しかし、それは君を侮っているからじゃあない」

 

 ちょっと焦った様子で、フランセット殿下はそう弁明する。

 

「むしろ、余に旗や看板のような役割を押し付けたのは君の方だ。ちょっとくらい、手伝ってくれたっていいだろう?」

 

「う……」

 

 どうやら、殿下は「お前が余を客寄せパンダにしたんだから、お前も一緒に見世物になるのが道理だろうが」と言いたいらしい。……確かに僕は世にも珍しい男騎士だから、話題性は十分だ。殿下と一緒に行進してるだけで、かなり目立つだろう。

 王室の武威を示し、民衆の鎮静化と反乱軍に対する威圧を同時に行うのがこのパレードの意義だ。その主役である殿下の引き立て役として僕を傍に置くというのは、一理ある考えではあった。

 

「……承知しました」

 

 相手は王太子殿下である。しょせん新人城伯でしかない僕に、命令を拒否する選択肢などない。内心盛大なため息を吐きながら、不承不承頷いた。

 

「いや、助かるよ。ありがとう」

 

 殿下はニッコリと笑って頷き、それから視線を僕の隣にいるジルベルト氏に向けた。

 

「ああ、そうだ。ジルベルトくん、第三連隊のほうはどんな調子かな? 昨日の今日だ、あまり無理をさせるのは良くないと思うが」

 

「問題ありません、殿下」

 

 さっと表情を引き締め、ジルベルト氏は短く答えた。彼女の指揮する第三連隊は、昨日の戦いで随分と被害を出している。けが人も多いから、実際にパレードに参加するのは五百人程度だ

 

「よろしい。……この任務を無事に終えることができれば、余としても君を庇いやすくなる。大変だろうが、出来るだけ頑張ってほしい」

 

 殿下のその言葉に、ジルベルト氏ははっとなった様子で僕を見た。僕が頷き返すと、彼女は強張った表情で短く息を吐いた。……フランセット殿下にジルベルト氏を庇うように頼んだのは、僕だ。もちろん、アデライド宰相やスオラハティ辺境伯にも同じことを依頼してある。

 王都のド真ん中で起きた反乱の先鋒を務めたのがジルベルト氏だ。彼女の元の上司であるオレアン公は自身のお家の立て直しに集中しなくてはならないから、ジルベルト氏にまで気を回すのはムリだろう。彼女には新たな庇護者が必要だった。

 

「どうぞお任せください、殿下。王都防衛隊の最精鋭と呼ばれた第三連隊が、いまだ健在であるということをお見せいたしましょう」

 

 第三連隊は反乱に参加した挙句、わずか半日の戦闘で降伏してしまった。忠誠心にも練度にも問題がある連中など、さっさとクビにしてしまえ。そういう意見が王軍の上層部に出てくるのは、自然な流れだろう。部下想いのジルベルト氏としては、それはぜひ避けたいはずだった。

 

「うん、期待しているよ」

 

 にっこりと笑って、フランセット殿下は鷹揚に頷く。

 

「……さて、アルベールくん。そろそろ作戦の決行時間だ。準備をして、早く本営のほうに来てほしい。作戦の最終確認がしたいからね」

 

「了解です」

 

 僕はジルベルト氏に一礼して、歩き出そうとした。すると彼女は僕の肩に手を置き、耳元に口を寄せて囁いてくる。

 

「ご注意を、ブロンダン卿。殿下もオレアン公と同じかそれ以上に油断のならないお方です」

 

 小さな小さなその言葉に、僕は小さく頷いた。政治関連はからっきしの僕だが、フランセット殿下がなまじの策士ではないのはなんとなくわかる。全面的に信頼するのは、やめておいた方が良いという予感があった。


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