異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第142話 ナンパ王太子とくっころ男騎士

 余、フランセット・ドゥ・ヴァロワは愛馬の背中の上で懊悩していた。パレードが始まってから、すでに一時間が経過している。王城前を進発した我々は、貴族街を素通りしてそのまま平民街へと向かった。比較的落ち着いた状況の貴族街とは違い、平民街の方は相変わらず混乱している様子だったからだ。

 大通りにあふれていた平民たちは、軍楽隊の演奏に押し出されるようにして道の両脇へと退避した。代わりに道路の真ん中を歩くのは、余の率いる大部隊だ。

 磨き上げられた甲冑が真夏の陽光を反射してギラギラと輝き、普段の倍以上の数が用意された王家の紋章が描かれた軍旗が風にはためいている。勇壮という言葉が具現化したような、素晴らしい行進だった。そんな我々を、平民どもは畏怖と機体の籠った目で見つめている。

 

「ヴァロワ王家万歳!」

 

「反逆者どもに鉄槌を!」

 

 聞こえてくる歓声は、そんなものばかりだ。平民どもも、今回の騒ぎには辟易しているらしい。まあ、当然民衆の中にはこちらの手の者を紛れ込ませ、応援の声を上げるように扇動させているがな。

 とはいえ、早くこの混乱を鎮めて欲しいというのは、民たちの本音だろう。いざというときのため、反乱が始まって以降はずっと王都の外壁の門は閉鎖されている。王都内部の人間が外へ出ることも、外部の人間が中へ入ることもできない状況だということだ。

 王都は食料の供給を外部に頼っている。それが寸断されている状況で、不安を覚えないものなどいないだろう。実際、すでに食料価格の高騰は始まっている。麦をはじめとした穀物類など、昨日の倍以上の値段になっているというから驚きだった。確かに、これでは庶民などたまったものではないだろう。

 

「……」

 

 とはいえ、四大貴族のうちの二家が反乱を起こしたにしては、被害は微少だ。第三連隊をのぞけば、王軍はほとんどダメージを受けていない。

グーディメル侯爵についたという第二連隊についても、連隊長にまともな判断力があれば早期に降伏するだろう。……まあ、そうならずともこの戦力差なら圧勝できる。向こうが徹底抗戦を選択しても大丈夫だ。

 唯一の懸念事項はお婆様、つまり国王陛下だが……四大貴族とは名ばかりの没落貴族でしかないグーディメル侯爵が曲がりなりにも反乱を起こせているのは、陛下の身柄を確保しているからだ。その唯一の武器を投げ捨てるとは思えないので、安心しても良い。……まあ、万が一の場合に備えた準備は裏で進めているが。

 

「ふーんふーふふーん、んふふっんふふっふふふーん」

 

 反乱の件は、それでいい。問題は、別のところにあった。余の隣にいる男……アルベール・ブロンダンだ。彼も、そして余も兜は被っていない。民衆に対するアピールのためだ。

 素顔を晒したアルベールは表情こそ至極まじめなものだが、よく耳をすませば鼻歌をうたっていた。ひどくご満悦な様子だ。本人に聞いてみたところ、「僕は兵隊の行進を見るのが三度の飯より好きなんですよ」……とのことだった。

 

「……」

 

 本当にどうしよう、この男。対処に困る。コナをかけてはいるのだが、まったくこちらになびく様子がない。何しろスオラハティ辺境伯家の現当主と次期当主を同時に堕とすような筋金入りの毒夫だからな、女慣れしているのだろう。

 この男のことを考えると、お婆様に恨み言をぶつけたくなる。どうしてこんな化け物をこんな状態になるまで放置していたのだろう? どう考えても、将来的にはオレアン公やグーディメル侯など足元にも及ばないような巨大な火種になるような人間なのに……。

 自分の部隊の数倍の数を相手に、常に勝利し続けているのがアルベール・ブロンダンだ。さらに自ら剣を抜けば天下無双、おまけに人心掌握にも長けているのだからたまらない。正真正銘の英傑だ。

 

「まったく……!」

 

 思わず、舌打ちが出そうになる。そんな傑物を、国内最大の貴族であるスオラハティ辺境伯が抱えているのだ。辺境伯が反乱を起こせば、我がヴァロワ王家は高確率で敗北する。ヴァロワ朝は余の代でおしまい、次からはスオラハティ朝だ。

 そんな事態を避けるには、アルベールをこちら側に引き込む他ない。……残念なことに、殺害という選択肢はない。直接的に彼を害せば、辺境伯と宰相は即座に反乱を開始するだろう。そうなれば、神聖帝国の獣人どもも介入を始める。最悪の場合、ガレア王国は滅びる。

 

「……」

 

 余は極力感情を表に出さないよう気を付けながら、アルベールの方を見た。こちらの視線に気づいた彼は、にこりと笑って一礼してくる。……男など道具に過ぎないという主義である余ですら、少しばかり心が動きそうになるほどの華やかな笑顔だ。

 しかし、油断してはいけない。彼は恐ろしい人間だ。昨日だって、この男は第三連隊のライフル兵中隊を僅か三十分で消滅させるという化け物じみた所業を行っている。当時彼が率いていた部下は、下馬した騎兵中隊が一つだけ。つまり、敵味方はまったく同じ戦力を持っていたことになる。

 しかし、敗北したのはライフル兵中隊の方だ。それも、三十分という短時間の間にライフル兵中隊は最後の一兵にいたるまで完璧に殲滅されている。こんな異様な戦例は、古今東西のどの戦史にも乗っていない。あまりにも、異様に過ぎる。

 

「……はあ」

 

 アルベールに笑顔を返してから、余は密かにため息を吐いた。この男は人外の化け物、いわば魔王のような存在だ。敵に回せば破滅は避けられないかもしれない。味方に引き込み、飼い殺しにして無力化する。それくらいしか対処法はないだろう。

 しかし彼は、すでにスオラハティ辺境伯とアデライド宰相の寵愛を受けている。つまり、辺境伯と宰相から得られる以上のメリットを提示しなければ、こちらにはついてくれないということだ。そうなると、選択肢は一つ。王配……つまり、余の夫としての地位を与えるほかない。

 

「お婆様め……!」

 

 思わず、恨み言が漏れる。非常に困ったことに、余は一年前に婚約が決まったばかりだ。相手は西の島国、アヴァロニア王国の第一王子。お婆様が持ってきた縁談だった。実際、東と北に敵国を抱える我が国としては西のアヴァロニアと関係を深めるのは悪い選択ではないだろう。

 だが、アルベールが居るならば話は別だ。お婆様は、何が何でもこの男を王家に寝返るよう工作すべきだった。余の婚約者の席が空いていれば、それが餌として機能したというのに……。

 

「どうしよう、本当に」

 

 周囲に聞かれないよう、微かな声でそう呟く。余は困り切っていた。今さら婚約破棄など言い出したら、アヴァロニアとの関係悪化は避けられない。しかし、アルベールは公認愛人程度の地位ではこちらに転んでくれそうにない。このままでは不味い。本当に不味い。我が国ガレア、我が王家ヴァロワが、この男一人のために滅びかねない。

 

「……」

 

 結局、余が頑張ってこの男を口説くしかないのだ。アルベールが余のモノになれば、亡国の魔王は一転してガレア中興の国父と化す。一発逆転の妙手だ。活路はそこにしかない。

 しかし、そう上手くいくものだろうか? 正直、かなり不安だった。むしろ、こちらが丸め込まれてしまうのではないか? スオラハティ辺境伯、その娘のソニア、そしてアデライド宰相、ついでにフィオレンツァ司教……みな、一筋縄ではいかない曲者ばかりだ。それを自在に手のひらの上で転がしているのだから、やはり彼の手管は尋常ではない。こんな暴れ馬を、果たして余は御せるのだろうか……?

 

「はあ……」

 

 もはや、ため息を吐くしかないな。どうするんだよ、本当に。


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