異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第145話 くっころ男騎士と迎撃作戦

 民衆の避難が進む中、敵も部隊の展開を始めた。大通りの向こうに第二連隊の連隊旗が翻るのが見える。ほんの先日まで味方として過ごしてきた相手の旗が敵方にあるのは、なかなかに胸糞が悪かった。

 

「想定通りといえば想定通りだが、やはり敵は避難完了まで待ってはくれないな」

 

 腕組みをしながら、フランセット殿下が小さく唸る。案の定、市民たちの避難には手間取っていた。大通りなどといっても、大軍が行動するには狭すぎる。それに市民たちがあふれているのだから、これでは戦闘隊形に以降するのも難しかった。

 

()軍は戦力的に劣勢ですから、こちらが移動隊形のうちに攻撃を仕掛ける以外に勝ち筋はないでしょう。速攻を仕掛けてくるのは自然な流れです」

 

 傍に寄ってきた騎士が、そう答えた。全身鎧にフルフェイスの兜という姿だから、一見誰なのかわかりづらいが……この騎士の正体はオレアン公だ。老齢ゆえに戦場に出なくなって長い彼女だったが、今回はそうもいかない。倉庫で(ほこり)を被っていた愛用の甲冑と槍を引っ張り出して参戦することと相成った。

 さすがに歳が歳なので、全身板金鎧なんか着用して大丈夫なのかと心配したが、今のところ危なげなく行軍についてきている。年老いたとはいえ、やはり竜人(ドラゴニュート)だ。やはり只人(ヒューム)とは基礎体力が違うな。

 

「だとすると、いきなり騎兵突撃を仕掛けてくる可能性が高いな。なかなか悩ましい局面だが……アルベールくん、君ならこういう状況をどう乗り越える?」

 

「騎兵突撃を相手にするときは、砲兵の射撃で粉砕するのが常道ですが……」

 

 僕は視線を周囲に向けた。僕たちの周りですら、避難民の誘導は完了していない。市民たちは興奮した様子でわあわあとわめき、誘導役の騎士や兵士たちはなかなかに難儀している様子だった。

 こんな状況で大砲なんかぶっ放したら、大変なことになる。もちろん敵が居る場所にも市民たちは残っているから誤射は避けられないし、大砲の砲声自体がひどいパニックの引き金を引いてしまう可能性があった。

 そもそも、この避難騒ぎは僕が王都の中心街で鉄砲や大砲を撃ちまくったせい発生した節もあるからな。大型火器の使用には慎重にならざるを得ない。

 

「この状況ではまともに火力を発揮するのは難しい。こちらも騎兵を出すべきでしょう。王道といえば王道ですが、伝統的な馬上槍試合(ジョスト)のスタイルで対抗しましょう」

 

 できれば支援としてカービン騎兵を付けてやりたいところだが、馬上射撃は命中精度がよろしくないからな。外れた弾丸が民間人に当たってしまうのは避けられない。その点、馬上槍なら誤射の心配はないから比較的安心して運用できる。

 

「そもそも騎兵突撃に大砲で対抗することを常道と呼ぶのが、私には理解できんのだが……」

 

 呆れたような、疲れたような口調でオレアン公が呟いた。……言われてみればその通りだな。この世界における対騎兵突撃戦術の常道といえば、同じく騎兵で対抗するか歩兵部隊に槍衾を組ませるかの二択だろう。

 

「時代が変わったということか。老いたな、私も」

 

「いや、彼の言うことは正直余も理解できないから安心したまえ、オレアン公。騎兵相手に砲撃するなど、聞いたこともない」

 

 苦笑しながら、フランセット殿下がオレアン公の肩を叩いた。……これ、下手したら『やはり所詮は男、まともに戦術すら理解してないのか』くらい言われる奴だよなあ。気を付けなきゃマズイ。

 

「そんな顔をするな、アルベールくん。今さら君の作戦立案能力にケチをつける奴がいたら、そいつの目は腐っているとしかいいようがないぞ」

 

「はあ、ありがとうございます」

 

 僕まで慰められてしまった。すぐにフォローを入れてくれるあたり、やはりフランセット殿下は人の心の機微に聡い。モテ女は違うね、やっぱり。

 

「それはさておき、騎兵を使うのは賛成だ。……そうだな、第三連隊の騎兵隊を使うか。彼女らも汚名を晴らす機会を欲しているだろう」

 

「……もうしわけありません、殿下。第三連隊の騎兵隊は僕が撃破してしまいました。再編成をしている余裕はなかったので、おそらく戦闘に耐える状態ではないかと……」

 

 非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、僕は具申した。『騎兵突撃を砲兵で粉砕する』……第三連隊の騎兵隊は、その戦術の犠牲になったばかりだ。もちろん完全に殲滅されたわけではないが、敵と正面から戦うのはまだ厳しいだろう。

 いや、仕方ないんだよ。第三連隊は精鋭で、手加減して勝てるような相手じゃなかった。全力でブチのめすくらいの勢いで戦う必要があった。

 

「……」

 

「……」

 

 微妙な沈黙と共に、フランセット殿下とオレアン公が目を合わせた。二人ともフルフェイスの兜を被っているから、その顔は完全に隠されている。しかし、呆れた表情を浮かべているような雰囲気が明らかに感じられた。

 

「……なら仕方ない。近衛騎士団を使おう。まあ、余も前に出る必要があるのだからな。王族の護衛であれば、近衛以上の適任は居ないだろう」

 

 フランセット殿下には、敵軍の説得という大任があるのだ。通信機や拡声器がない以上、肉声が届く距離まで敵に接近する必要があった。

 しかし、殿下の身柄を確保することがグーディメル侯爵の狙いだろうから、当然これは極めて危険な作戦になる。護衛のための戦力は、十二分に用意しておかないとマズイ。

 

「近衛団長、余の近侍を任せる。よろしく頼むぞ」

 

「はっ!」

 

 ピシリと姿勢を正しながら、近衛団長が威勢のいい声で応えた。近衛騎士団も昨日から戦い通しだろうに、その声には全く疲労の色がない。流石は精鋭だ。

 ……同じく徹夜明けの僕は、そろそろ疲れが出てきた。この程度でヘバるなんて、情けない。前世は一日二日の徹夜なんか、全然平気だったのになあ。只人(ヒューム)という種族は、もしかしたら地球人類よりも貧弱にできているのかもしれない。

 

「近衛騎士団は余に同行し、敵部隊が説得に従わない場合は阻止攻撃を仕掛ける。その隙に、歩兵隊は市民の避難を進めつつ迎撃態勢を築け」

 

「了解!」

 

 殿下の命令を受け、伝令兵が何人も飛び出していく。通信機がない以上、命令の通達にはこういう古典的な手段を用いるほかないわけだが……やっぱり不便だな。

 

「殿下、これを」

 

 そんなことを思いつつ、僕はフランセット殿下に愛用のリボルバーをホルスターごと手渡した。受け取った殿下は、ホルスターから引っこ抜いた拳銃を物珍しげな目つきでしげしげと眺める。

 現状、リボルバー拳銃を運用しているのは僕の部隊と辺境伯軍だけだから、殿下もこのタイプの銃を生で見るのは初めてだろう。

 

「第二連隊に話しかける前に、空に向けてぶっ放してください。かなりの注目を集めることができると思います」

 

「……なるほどな、良い手だ。有難く借り受けよう」

 

 そう言って、殿下は腰のベルトにホルスターを固定した。

 

「グリップの上についたパーツ……撃鉄を完全に起こし、引き金を引けば弾が出ます。最大六発の弾を装填できる連発銃ですが、暴発防止のために五発しか装填していません。ご注意を」

 

「なるほど、わかった」

 

 殿下は頷き、こほんと咳払いをした。

 

「……よし。敵の方も、そろそろ攻撃を仕掛けてきそうな気配がある。手遅れになる前に、先手を打つことにしよう。近衛騎士団、我に続け!」


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