異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第15話 くっころ男騎士と用心棒

 そういう訳で、腕試しをするべく僕たちは野外へ出た。道場じゃあるまいし、屋内で木剣を振り回すわけにはいかないからな。

 

「へえ、男騎士か。実在してるんだな」

 

 例の用心棒がニタニタと品のない笑みを浮かべつつ、舐めまわすような目つきで僕を見る。ランドン参事が連れてきたのは、熊獣人の大女だった。デカいといえば僕の副官のソニアも大概だが、この熊獣人は彼女よりも背が高い。

 熊獣人は鎖帷子(チェーンメイル)の上から鉄製の胸当てをつけるという一分の隙も無い戦装束だった。しかし、何より目立つのは、頭に生えた熊の耳だ。これが獣人の最大の外見的特徴になっている。竜人(ドラゴニュート)が主体の我が国では、少々珍しい人種でもあった。

 

「僕も自分以外の男騎士は見たことがないな」

 

「そりゃ、男に騎士なんてムリだからよ。お前らの仕事なんか、女相手に腰を振る事だけさ」

 

 こっちも女相手に腰を振りてぇよ! 好き好んで童貞やってるんじゃねえぞ!

 内心キレそうになる僕だったが、僕よりもっとキレている奴がいた。ソニアだ。僕の真後ろに控えた彼女が周囲に聞こえないような声で「ミンチにしてやろうかあの女……」などと呟くものだから、かなりの恐怖を感じる。

 

「僕に騎士が務まるだけの実力があるかどうかは、これからわかることだ」

 

 あからさまに馬鹿にされてはいるが、彼女を打倒しなければ参事会には認めてもらえないんだ。むしろ甘く見られているのはこちらに有利ですらある。

 ……だから用心棒に飛び掛かっていきそうな表情をするのはやめてくれ、ソニア。僕の代わりにお前が戦ったら、話がややこしいことになる。なので、僕は一歩前に踏み出して挑発的な笑みを返した。

 

「随分と生意気な男ッスねえ! アネキにボコボコにされてヒィヒィ泣いてるのを見るのが楽しみッスよ!」

 

 そう言って騒ぐのは、熊獣人の腰ぎんちゃくの少女だ。耳やくるんとカールした尻尾を見るに、こちらはリス獣人のようだ。小動物めいた外見で、おもわずホンワカしてしまう。かわいいね。

 

「そりゃいいな。……よし。おい、男騎士さんよ」

 

「なんだ?」

 

 熊獣人がニヤリと笑い、こちらを見る。その目つきはひどく好色だ。聞き返してみたものの、何を言い出すのかは予想がつくな、これは。

 

「お前、童貞か?」

 

「……そうだが」

 

 寄り合い所の前は、大通りになっている。そのため通行人も多い。そんな公衆の面前で童貞をカミングアウトさせられるとか、どういう罰ゲームだよ。とはいえ、誤魔化すのもそれはそれで向こうの思うつぼだ。何も思っていない様子を装って、頷く。

 しかし案の定、通行人や参事たちがセクハラ親父のような目つきで僕を見てきた。なんだかゾワゾワするので、やめてほしい。

 

「へえ、いいじゃないか。アタシが勝ったら、一晩抱かせろ」

 

 いや、僕にとってもご褒美なんだけど、それ。なにしろ、この世界の顔面偏差値はやたらと高い。スケベなことを言い出したこの熊獣人も、かなりのワイルド系美女だ。僕はどちらかといえば小柄な女性が好みなんだけど、それはそれとして彼女に抱かれるならアリよりのアリなんだよな。

 

「……ッ!」

 

 一瞬『試合が始まった瞬間降伏しようかな』などと考えていた僕だったが、無言でブチ切れたソニアが自分の剣の柄を引っ掴んだものだからたまらない。あわてて前へ出ようとした彼女をブロックする。

 

「抑えろ抑えろ!」

 

「しかし……!」

 

「これは命令だ。……いいな?」

 

「……はっ!」

 

 短気ではあっても、ソニアも軍人だ。命令と言えば、不承不承でも従ってはくれる。凄まじく不本意そうな表情で、彼女は敬礼をした。

 ほっと胸を撫でおろし、用心棒の方へ向き直る。とにかく、今はこのいかにも強そうな戦士を、僕が倒すというデモンストレーションが必要なんだ。

 いかにも一流の騎士と言った様子のソニアでは、熊獣人に勝ったところでインパクトはない。それに、部下を代わりに戦わせる軟弱者だ、やはり代官にはふさわしくない……という風評が僕に付きかねないからな。ここは彼女に任せるわけにはいかないだろ。

 

「いいだろう。その条件を認めよう」

 

 万一負けても、ご褒美があると思えばなんだか嬉しくなってくるんだよな。専用CG見たさにエロゲでわざとバットエンドルートに入りたくなるような、危険な魅力を感じる。

 とはいえ、僕は転生者であってループ能力者じゃないからな。ルート確認のためにわざと負けるような真似は、流石にできない。滅茶苦茶残念だ。

 ……いや、童貞歴が長すぎてちょっとおかしくなってないか? 僕。結婚適齢期に入ったのに、全然お相手が見つからないからストレスが溜まっているのかもしれない。身体目当てのヘンな奴らは集まってくるのになあ……。

 

「その代わり、こちらが勝ったらしばらく僕の部隊の手伝いをやってもらうぞ。なんといっても、ウチは人手不足だからな。荷物持ちの一人でもいれば、大助かりだ」

 

「荷物持ちだと? ナメやがって……いいさ。だが、このアタシを馬鹿にした報いはベッドでしっかり受けてもらうよ」

 

 僕、負けたらどんな風になるんだろうね。すごく興味があるんだが。

 

「ヴァルブルガくん、君は私が大金を支払って雇っているんだぞ! 勝手によその荷物持ちになって貰っては困る」

 

 そばで見物していたランドン参事が文句を言う。しかし、その口調は冗談めかしたものだ。自分の用心棒が負けるとは、全く思っていないのだろう。

 

「ははは、まあ見といてくださいよ、参事殿。この調子に乗った男に、身の程ってヤツを理解(わか)らせてやりますから」

 

 ニタニタと笑って、片手に握った訓練用木剣を軽く振った。標準的なロングソードサイズの木剣ではあるが、彼女が持つとショートソードのように見えるからすごい。

 

「しかし、裏族(りぞく)の男を抱くのは初めてだ。なかなか楽しみだな」

 

 裏族というのは、亜人貴族に養われている只人(ヒューム)の一族のことだ。この一族に男が生まれると、貴族はこれを自身の養子として迎え入れる。

 いわば、貴族の夫として相応しい男を安定供給するためのシステムだな。政略結婚のためにも、貴族は身元のはっきりした男を手元に置いておく必要があるんだ。

 とはいえ、裏族はハッキリ貴族と区別されている。あくまでウラの存在、表舞台に立たせてはいけない、ということだ。

 

「僕は裏族じゃない、貴族だぞ」

 

 しかし。僕は一応裏族ではなく貴族の出身だ。只人(ヒューム)の貴族は珍しいが、それ故に裏族扱いするのは最大限の侮辱となる。現代人の価値観を引きずった僕ですら多少カチンと来るのだから、これが母上なら試合なんてことを忘れて(ドタマ)をカチ割りに行っているだろう。

 とはいえ、こんなあからさまな挑発に乗るのは流石に避けたい。あえて余裕ぶった表情で言い返す。

 

「そうかい。ま、裏族だろうが貴族だろうが、抱けるんならなんでもいいけどよ」

 

 僕が否定しても、用心棒はニタニタ笑いを止めない。そのまま木剣を振り上げ、その切っ先を僕へ向けた。

 

「一応、名乗りをしておこうか。アタシはヴァルブルガ・フォイルゲン。流しの用心棒だ」

 

「……アルベール・ブロンダン。騎士だ」

 

 僕も名乗り返し、木剣を構える。切っ先を真上に向け、顔の真横で柄を握る独特の構えだ。

 

「両者、よろしいですかな?」

 

 立会人役の理事が、僕とヴァルブルガ氏に確認する。僕はコクリと頷いて見せた。

 

「よろしい。では、勝負はじめっ!」

 

 立会人の号令と共に、僕は息を限界まで吸い込んだ。それと同時に、前世では存在しなかったチカラ……魔力を、自らの手首へ刻んだふたつの魔術紋へと流し込む。一秒もしないうちに、戦闘準備は完了。肺にため込んだ空気をのどへ流し込み、あらん限りの力を込めて叫ぶ。

 

「キィエエエエエエエエッ!!」

 

 猿のごとき絶叫。突然のことに、ヴァルブルガ氏の動きが止まった。それに構わず、僕は全力で地面を蹴った。弾丸のような加速。困惑するヴァルブルガ氏に向かって、猛然と剣を振り下ろした。

 

「……チッ!」

 

 しかし、ヴァルブルガ氏も素人ではない。大上段から振り下ろした僕の木剣を、自身の木剣でうけとめる。フェルトが巻き付けられた日本の木の棒がぶつかり合い、砲声と聞き間違えそうなほどの大音響が大通りに響き渡った。

 しかし、防御された程度では僕の剣は止まらない。相手の木剣を押し切り、思いっきり彼女の胸当てを打ち据えた。衝撃で木剣がへし折れ、ヴァルブルガ氏が吹っ飛ばされていく。彼女は空中で三回転半し、土煙あげながら地面に転がった。

 

「……え、ええと……気絶していますね。しょ、勝負あり、ということで……」

 

 慌ててヴァルブルガ氏に駆け寄った立会人が、彼女の頬をぺちぺちと叩いて意識を確認しつつ言った。たしかにヴァルブルガ氏は白目を剥き、気を失っている様子だ。

 

「という訳で、僕の勝ちだ」

 

 折れたままの自身の木剣を掲げつつ、僕はランドン参事にドヤ顔を向けた。


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