異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第152話 くっころ男騎士と破れかぶれ突撃

 不味い事になった。敵の銃を持ちだした時点で、僕は内心そう思った。そしてその懸念は、現実となる。敵下馬騎兵が一斉射撃を氏、煙幕のように白煙が上がる。銃声を聞いた馬が怯えだし、動揺した味方騎士たちが隊列を崩してしまう。

 敵の銃がライフルではなく、従来型の滑腔銃であるのは明らかだ。なにしろ、僕の見る限りこの銃撃によって倒れた味方の騎士は居ないようだからな。これがライフルなら、どんなヘタクソが使ってももうちょっと命中弾は出ているはずだ。

 

「ちっ……」

 

 だが、そんな何の打撃にもならないような攻撃であっても、士気に重大なダメージを与えるのが銃という武器だ。大きな音、そして煙。そういうものに、人間は本能的な恐怖を抱く。

 まして、今の味方部隊は原隊から攻撃を受けたことでひどく動揺している。そこに予想外の攻撃を加えられれば、浮き足立つのも当然のことだ。

 

「敵銃騎兵隊、突撃に移ります!」

 

 ジョゼットがひどく抑制的な声で報告する。相手の騎士たちは、大通りの中央に布陣した下馬軽騎兵たちを避けるようにして二手に分かれ、こちらに向けて加速を始めた。不味い。非常に不味い。ここまで味方全体が動揺している状況では、騎兵突撃を受け止められない。

 せめて騎兵砲が一門か、ライフル兵が一個小隊でも居れば相手の出鼻をくじけるのに。そんな考えが脳裏をかすめるが、手元にないカードのことを考えても仕方がない。今は現有のカードでなんとかこの状況を打破する方策を考えねばならない。

 

「落ち着け! みんな落ち着くんだ!」

 

「おい、貴様ら! 情けないぞ!」

 

 騎兵隊長や気の利いたベテラン騎士がなんとか兵たちを宥めようとしているが、敵の騎兵突撃が迫っている状況では悠長に過ぎる。このまま敵の突撃を許せば、隊列が分断されるのは間違いないだろう。

 そのあとはひどい乱戦が始まって、まごまごしているうちに第二連隊の連中もつっこんでくる。そうなったら、各個撃破されてあっという間に全滅だ。とにかく、このまま突撃を受けるのは不味い。

 

「総員、突撃! 我に続け!」

 

 僕は反射的に叫び、馬の腹を蹴った。ジョゼットがベルトにひっかけていた信号ラッパを取り出し、突撃曲を奏で始める。どうやら、彼女も僕の意図を察したらしい。

 

「う……行くぞ! 貴様ら!」

 

「ウオオオオッ! ヴァロワ王家バンザーイ!」

 

 混乱で脳ミソが機能不全を起こしていても、普段からの訓練で身体にしみついた動作はそうそう忘れることはない。だからこそ、騎士という人種は突撃という単語と信号ラッパの音色を耳にすれば勝手に身体が動き始めるのだ。僕はその騎士の本能を利用することにした。

 僕に釣られるようにして、周囲の騎士たちも一斉に軍馬を進発させる。向かう先は、突撃を開始した敵騎兵隊である。大通りのうちの片方は第二連隊の主力らしき部隊に塞がれているのだから、突破を図るのならこの方向しかない。

 

「突撃! 突撃! とつげーき!」

 

 サーベルを振り上げながら、僕は渾身の力で叫ぶ。敵の突撃を茫然と受け止めれば、敗北は避けられない。ならば、突撃に突撃をぶつけて対抗するのが最適解なのである。

 幸いにも、重騎兵戦力はこちらが優越している。正面からぶつかれば、おそらく勝てるだろう。それがわかっているから、敵は銃を使ってこちらの動揺を誘ったに違いない。セコい小細工だが、なかなか厄介だ。やはり敵の司令官……グーディメル侯爵はなかなか頭が回るタイプのようだ。

 

「キエエエエエッ!」

 

 三〇〇メートルなどという距離は、馬の全力疾走……襲歩であれば一瞬で踏破できる程度のものだ。敵騎兵の姿がぐんぐんと大きくなり、突き出した馬上槍の穂先がきらめく。五メートル近い長さの馬上槍に対し、こちらのサーベルは刃渡り一メートル程度……圧倒的に不利である。

 おまけに、イの一番で飛び出した僕は味方の先頭に立っている。つまり、ほとんど単独で敵と接触しなくてはならないということだ。本来なら、こういう場合は密集した突撃隊形を組むべきなのだが……防御隊形からそのまま突撃に移行したのだから、仕方がない。

 今さら引き返すこともできないので、僕は逆に馬を加速させた。猛烈な勢いで迫りくる馬上槍をサーベルで受け流し、そのまま流れるような動作で敵騎兵の首元に切りかかる。

 

「グワーッ!」

 

 硬質な金属音が響き渡り、敵騎兵が落馬する。甲冑のせいで致命傷は与えられなかったようだが、追撃する余裕はない。衝撃にしびれる右手に力を込めつつ、前方から迫る新たな敵を睨みつける。

 今回はなんとかしのげたが、やはり得物の射程差はいかんともしがたい。二度も三度も馬上槍を防げるだろうか、そう考えた瞬間だった。猛烈な勢いで一騎の騎士が僕を追い抜いていった。その騎士の纏うサーコートには、見覚えがある。オレアン公だった。

 

「前に出過ぎなのだッ! 男の分際で!」

 

 そう叫ぶや、オレアン公は年齢を感じさせない見事な馬さばきで突進していき、敵前衛の一騎に襲い掛かる。

 

「失せろ、雑兵がッ!」

 

 オレアン公の馬上槍が、敵騎兵の胸に突き刺さる。強固極まりない魔装甲冑(エンチャントアーマー)であっても、流石にこれほどの一撃は防げない。哀れなグーディメル侯爵派騎士は血を噴き出しながら吹き飛ばされていった。

 

「やりますね、年寄りの分際で」

 

 口笛を吹いてから、僕はそう言い返した。もちろん、男の分際で、などと言われた意趣返しだ。

 

「オレアン公やブロンダン城伯に後れを取るな! 行け!」

 

「ウオオオオッ!」

 

 追従してきた味方騎士たちも、鬨の声を上げながら敵騎兵に殺到していく。馬上槍を構えた騎士同士が正面衝突し、凄まじい衝撃音があちこちで響き渡った。敵味方共にシャレにならない被害が出ているようだが……あきらかに、優勢なのはこちらの方だ。

 

「よし、良い調子だ。このまま敵陣を突破……」

 

「おい、この青薔薇のサーコート……こいつがブロンダン卿だ!」

 

「引きずり降ろせ! 新鮮な男だぞ!」

 

 安堵する間もなく、そこへ手槍や長剣を持った下馬軽騎兵たちが襲い掛かってくる。まさか重騎兵同士が正面からぶつかり合っている場所へ徒歩で突っ込んでくるとは思わなかった僕は、思わず面食らってしまう。

 

「なんだ、貴様らは!」

 

 左手で手綱を引っ掴んで、馬をコントロールする。突き出される槍の穂先を回避しつつサーベルで反撃するが、敵の数が多くあっという間に防戦一方に追い込まれる。どうやら、下馬軽騎兵たちは僕を集中的に狙っているようだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 そのうち、槍の穂先についたカギ爪でひっかけられて僕は落馬してしまった。なんとか受け身を取って即座に立ち上がるが、いつの間にか完全に囲まれてしまっている。

 

「この声、間違いない! 本物の男騎士だ!」

 

「最低限の仕事は果たした! かまうこたぁねェ、路地裏に引きずり込んでヤッちまおう!」

 

 下馬軽騎兵たちは、口々に下卑た言葉を喚き散らしながら距離を詰めてくる。……落馬の衝撃で、全身が痛い。おまけに味方は敵重騎兵と戦うので精いっぱいで、援護は受けられそうにない。相手は軽装備の雑兵とはいえ数はなかなかのものだし、こりゃヤバいかもしれんぞ……。


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