異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
次に僕が目覚めたのは、翌日の昼過ぎだった。アデライド宰相の添い寝のおかげか、気分も体調もずいぶんと回復していた。しかし残念なことに、僕が期待していたようなイベントは起きなかった。好色で鳴らす宰相閣下だが、こういう時ばかりは淑女的だ。
職務に戻った宰相と別れた僕は風呂に浸かり、飯を食い、千回ほど立木打ち(地面に埋め込んだ丸太を木刀で打つ鍛錬法)をして、精神を平時モードへと戻した。いつまでも戦争気分のままでいるのは精神的によろしくないからな。
王都の方も、次第に平穏を取り戻しつつある。多少の混乱はまだ続いているようだが、衛兵隊で何とかできるレベルの話らしい。軍隊が長々と市街に展開し続けるのもよろしくないので、フランセット殿下は王軍の撤収を発表した。
殿下が王軍の早期撤収を決断したのは、国王陛下の身柄の保護に成功したからという点も大きかった。陛下は、どうやらグーディメル侯爵のアジトに監禁されていたらしい。国王陛下はやや衰弱しているものの、命に別状はないと聞いている。数日休養すれば政務に復帰できる見通しとのことだ。
「ふう……」
実家の庭先で、僕は香草茶を飲みつつため息を吐いた。デッキチェアの背もたれに体重を掛けつつ、ぼんやりと空を眺める。鳩の群れが、青い空をのんびりと横切っていた。
状況としては、一件落着といっていい。もちろん、国家の中枢で血みどろの殺し合いが起こったのだから、政治の現場はいまだ大混乱中だ。アデライド宰相やスオラハティ辺境伯、それにフィオレンツァ司教などは、随分と大変な思いをしているらしい。
「平和だねえ」
「だなあ」
隣に座ったカリーナの言葉に、僕はぼんやりと答える。政治にかかわっている方々は大忙しのようだが、僕は暇を持て余していた。戦場のド真ん中でぶっ倒れる醜態を晒してしまったせいで、しばらくの強制休暇を命じられてしまったのだ。
まあ、もともと政治云々からは距離を置いていたし、面倒を見るべき部下も手元に居るのはジョゼットとカリーナ、あとは少数の従士たちだけだ。直接的な戦闘が終結してしまえば、もうほとんど僕の仕事は残っていなかった。
「飲みに行ったら怒られるかな」
「そりゃ駄目に決まってるでしょ、お兄様」
「だよなあ」
僕はため息を吐きながら、膝の上に乗せた新聞に目を落とした。ガレア王国では活版印刷が普及しているので、少なくない数の新聞社も存在している。当然、今日の新聞で最も多くの紙面が割かれている記事は、反乱事件についてのものだった。
文字列の中に自分の名前を見つけて、僕は顔をしかめた。どこにどんな取材をしたのかは知らないが、記事では僕がまるで英雄であるかのように書かれていた。正直、勘弁してほしい。僕だって大概、叩けば埃が出てくる人間なんだ。あまりに目立つと、ボロを出してしまう可能性も上がる。
「……」
香草茶を口に含みつつ、紙面を目で追う。益体もないような記事ばかりだが、暇つぶしには十分だ。退屈……そう、退屈なのだ。母上は第二連隊長のジルベルト氏の家族を保護するために王都から出ていったままだし、父上は使用人たちと食料品の買い出しに出かけている。話し相手になってくれるのは、カリーナだけだ。
普段、こういう時はトレーニングでもして暇をつぶすのが常なんだが……昨日ぶっ倒れたばかりなので、今日一日くらいは安静にしておけとアデライド宰相と父上に厳命されていた。
「ねえ、お兄様」
「うん?」
「昨日のアレ……」
ちらりと義妹のほうを見ると、彼女は妙に不安そうな様子だった。僕は新聞を畳み、彼女の方に体を向ける。
「ちょっと、無茶しすぎなんじゃないかって……思うんだけど」
曖昧な言い方だったが、カリーナの発言の意図は察しがついた。まあ、そりゃそうだよな。戦闘中にいきなりぶっ倒れるなんて、周りからすれば危なっかしくて仕方がないだろう。
「気はつけてるんだけね……」
僕は小さく唸った。筋力に劣る
万全の状態ならば一回使ったくらいではなんともないが、昨日のようにすでに疲労困憊の状態で使用すれば、行動不能になってしまう。自分でも、この魔法の使い勝手の悪さには辟易しているんだが……今さらどうしようもない。
「兵隊というのは、必要ならば死ぬほどの無茶だってやらなきゃならない仕事だ。昨日の一件は僕もヒヤリとしたが、もし今後同じような状況に陥っても、全く同じような対処をすると思う」
「……」
まあ、反省すべき点はいくらでもある。昨日の作戦は明らかに拙速に過ぎたし、自分自身かなり焦っていた。冷静な判断ができていれば、もっと安全に勝利できていた可能性はそれなりにある。
まあ、そうはいっても常に最善の選択をし続ける人間なんていないんだ。実戦に出続ける限り、また似たような窮地に陥る可能性は十分にある。「大丈夫、もうあんなことにはならないよ」などと無責任な嘘を吐くわけにはいかなかった。
「でもな、カリーナ。僕にはもう成長性はあまりないが、君は違う。成長期真っ盛りだ。僕がピンチになっても助けられるような、立派な騎士になってくれると嬉しい」
「……出来るかな、わたしに。昨日だって、大したことはできなかった。ただ、見てるだけで……」
「新兵なんて、そんなもんさ。五体満足で生き残った時点で、百点満点だ」
どうやら、カリーナは自信を喪失しているらしい。しかし、新兵なんてものはたいていそんなもんだ。むしろ、きちんと身体が動いていた分上出来の部類だろう。落ち込む必要などまったくない。
僕だって、前世の初陣の時は先任曹長に随分とドヤされたものだ。……前世の両親の顔はおぼろげにしか覚えていないというのに、戦場の記憶だけは鮮明によみがえってくる。不思議だな。
「自信を持て、カリーナ。初陣でビビって逃げ出したお前はもういない。昨日のお前は、最後まで己の役割を果たそうとしたんだ。これを成長以外の何だ?」
僕は新聞とティーカップをテーブルの上に置くと、カリーナの前へと歩み寄った。そして彼女の両肩に手を乗せ、その目を真っすぐに見据えながらそう言う。
「よく頑張ってるよ、お前は。流石は僕の妹だ」
「……うん」
頬を染めながらカリーナは頷き、控えめにその小さなツノの生えた頭を差し出してくる。撫でてくれ、ということらしい。勿論、拒否する理由などない。僕は彼女の頭を優しく撫でた。白と黒の混ざった不思議な色合いの髪の毛は柔らかく、とても手触りが良かった。
「明日も休暇だからな。ロッテも連れて、王都観光に行こうか」
「いいの?」
カリーナはパッと表情を輝かせ、聞き返してきた。現金なものである。
「あんまりあちこちは行けないけどな。あんなことがあった直後だし……」
二日で終わったとはいえ、内乱があったわけだからな。情勢も完全に落ちついているとは言い難い。とはいえ、直接戦場になった区画以外は日常を取り戻しつつあるという話なので、場所さえ選べば大丈夫だろう。
それに、終戦記念だとかなんとか言って、お祭り騒ぎが始まっているということも聞いている。内乱の間営業できなかった食堂や職人たちが屋台を出して、損失の埋め合わせを目論んでいるようだ。僕たちもせいぜい散財して、景気回復の一助になってやろうじゃないか。
「まあ、最低限美味いメシだけは保障しよう。王都の飯屋は名店ぞろいだぞ、楽しみにしておけ」
物流も再開して、食料品の不足も解消されつつある。王都メシの思い出が母上の揚げタマネギだけじゃ可哀想だからな。いろいろ食わせてやることにしよう。今から楽しみだ。