異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
その後、僕は参事たちと本格的な打ち合わせをした。事務系人材を借りたり、衛兵の代わりにするために自警団を強化したり、今後に備えて必要な物資を調達したり……やるべきことは、いくらでもあった。
ヴァルヴルガ氏との試合が効いたのは交渉自体は比較的スムーズに進んだが、相手も海千山千の商人や職人だ。隙あらば自らの権益を拡大しようとグイグイ突っ込んでくる。それらを躱しつつ話をまとめ終わったのが、昼過ぎのことである。
「いやー、兄貴には失礼なことをしてしまいやした。本当に申し訳ねぇ」
精神的にひどく疲弊しながら寄り合い所を出た僕を出迎えたのは、ヴァルヴルガ氏だった。彼女はぺこぺこと頭を下げながら、謝罪をしてくる。いや、兄貴ってなんだよ。
先ほどまでとの態度の違いに困惑するが、それはさておきその元気そうな様子にほっと息を吐いた。流石に心配してたんだよ、結構派手に吹っ飛ばしちゃったから……。
「よくあることだ。態度を改めてくれるならそれでいい」
手を振りながら、少しだけ笑う。本当にもう、行く先々でこの手のトラブルは起きるんだ。めちゃくちゃ舐められるからな、男騎士ってやつは……。いちいち憤慨していたら、胃に穴が空いてしまう。
「ありがてぇ……!」
そう言ってまた、ヴァルヴルガ氏は深々と頭を下げた。びっくりするくらい素直に謝って来たな、しかし……なんだか強情そうな雰囲気だったから、またひと悶着あるんじゃないかと心配してたんだが。疑問に思って、ちらりとソニアの方を見る。
「獣人どもは野蛮な連中ですが、それゆえに力が強い者を尊敬するという性質を持っています。ヤツもアル様を認めたのでしょう」
「なるほど」
向こうに聞こえない程度の声でそんなことを教えてくれるソニアは、やはり出来た副官だ。礼を言って、視線をヴァルヴルガ氏の隣に向ける。
「あ、アネキィ……」
そこに居たのは、例のリス獣人の子だ。彼女は目尻に涙を浮かべながら、ヴァルヴルガ氏の
「おいロッテ、お前も兄貴に失礼なことを言ったんだ。少しくらい謝ったらどうなんだ」
「え、ええ……」
ロッテという名前らしいその子は、ヴァルヴルガ氏と僕を交互に見た。その表情は、ひどく悔しそうだ。しかし何しろ小動物的な可愛さがある少女なので、そんな姿を見ても腹が立つより先にほほえましさを感じる。可愛いのって卑怯だよな。
「ご、ごめんなさいッス……」
あからさまに納得してない表情で、ロッテは少しだけ 頭を下げた。ま、所詮は生意気呼ばわりされただけだ。許す、そう言おうとした。しかしそれより早く、ソニアがズイと前に出る。
「随分とナメた態度だな、ええ? 本当に謝る気があるのか」
ヴァルブルガ氏ほどではないにしても、ソニアも随分とデカい。それが凄んでいるものだから、ロッテは完全にビビっていた。ぴゃあと悲鳴を上げながら、ヴァルブルガ氏の後ろに隠れる。
「やめんか」
慌ててソニアを止める。貴族は面子商売だから、侮辱されたのならそれなりの対応を取らねばならない。しかし、過剰な謝罪を要求するのも、またよろしくない。
あんまり詰めすぎると逆ギレして反撃してくるヤツも居るからな。隙を見せた瞬間後ろから刺される、なんてことを避けるためには、ある程度なあなあで済ませるのも大切なんだよ。
「とにかく、もうこの件はこれで良しとする。いいな」
「了解しました」
ピシリと敬礼するソニアに、僕はため息を吐きつつ返礼した。だいたい、他に忙しい事がありすぎるんだ。こんな大したことのない案件に、あまり時間を取られたくないだろ。
「しかし、立場を弁えたというのなら、約束はきちんと守ってもらおう。わかっているだろうな?」
「へい、もちろん」
ソニアが厳しい表情で聞くと、ヴァルブルガ氏は神妙な表情で頷いた。
「このヴァルヴルガ、女として約束を違えるわけにはまいりません。荷物持ちだろうがなんだろうが、使いつぶしてやってくだせぇ」
「今は人手がいくらあっても足りないからな、助かるよ」
相手は熊獣人、体力は無尽蔵だ。ほんの少し前まで気絶していたとは思えないほどケロリとした彼女の表情からも、それはうかがえる。
なにしろ、動力付きの機械なんか存在しない世界だからな。何をするにも、体力がいる。そういう面では、ヴァルブルガ氏は非常に頼りになるだろう。これは、言い拾い物をしたな。
「とりあえず、代官屋敷にでも送りますか?」
ソニアが提案する。確かに、代官屋敷に残った部下たちは今、慣れない仕事に悪戦苦闘しているはずだ。それは手伝ってやりたいところだが……。
「いや、慣れないヤツを連れて行ってもかえって邪魔になるだけだろう」
ただでさえ、代官屋敷にはこれから参事連中が事務員を送ってくれることになっているんだ。これ以上人を寄越したら、混乱のもとになる。
だいたい、ヴァルブルガ氏は事務のできるようなタイプには見えないからな。別の仕事を振った方がよさそうだ。
「とりあえず、僕たちもまだ町の方での仕事が残ってる。そっちについて来てもらおうか」
「へい」
「はいッス」
ヴァルブルガ氏とロッテは、神妙な顔で頷いた。