異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第170話 くっころ男騎士と移民志願兵

 その後、結局僕はジルベルトに押し切られ、彼女を臣下として認めることになった。部下は今までもそれなりに居たが、家族や郎党ぐるみブロンダン家に仕える本格的な家臣は初めてなので、だいぶ緊張する。

 とはいえ、手持ちの士官が激増したのは非常にありがたい。現代軍制に慣れた僕からすれば、この世界の軍隊は士官が少なすぎるのである。中隊ですら、多くて三名。小隊など、下士官が統率している有様だ。これでは、小部隊単位での有機的運用などできるはずもない。

 密集陣で戦う分には、この編成でもなんの問題もないんだけどな。しかし、ライフルや火砲を用いた火力戦を戦う場合、部隊を分散させられないのは致命的だ。火力戦が有効であることは、すでに戦場で証明されたからな。今後は敵も積極的に模倣してくるはずだ。実際、今回の内乱でもライフルを装備した兵士と矛を交えているわけだし。

 

「ふーむ……」

 

 三々五々に解散していく志願兵を見送りつつ、僕は小さく唸った。頭の中で、リースベン軍の編成案を考えているのだ。兵士は思った以上に集まった。士官も結構な数がいる。なんとも理想的な状況だ。ワクワクするね。

 まあ、予想以上に軍の規模が膨らんだせいで問題も発生したけどな。現状のリースベンの国力では、この規模の軍隊を維持するのはだいぶ厳しい。しかし、軍の削減という選択肢はない。なにしろリースベンはミスリル鉱脈という爆弾を抱えているわけだからな。近隣の領主から侵攻をうけるリスクはかなり高い。ここはもう、宰相や辺境伯にケツモチしてもらうしかないだろう。

 

「あ、あの……」

 

 そんなことを考えていると、突然話しかけられた。声の出所に目をやると、そこに居たのはハイエナ姉さんだった。彼女はひどく赤面し、モジモジしている。

 

「こ、この間はサーセンした……まさか、貴族様があんなところに来るとは」

 

「ハハハ、何の話やら。我々は初対面のはずでは?」

 

 ニヤリと笑って、そう答える。それを見て、ハイエナ姉さんはさらに顔を真っ赤にした。ミルクチョコレート色の肌をした異国情緒あふれるワイルド系美女がしどろもどろになっている姿は、なかなかの眼福だ。

 

「そ、その、ええ、ハイ」

 

 貴族の令息があんな大衆酒場で酒を飲んでいた、などという話を表沙汰にするわけにはいかないことはハイエナ姉さんもわかっている様子だ。食べごろのトマトのような顔をして、彼女はコクコクと頷いた。

 

「そう言えば、君もリースベン軍に?」

 

「エッ!? アッ、はい。えーと、こういう時は……お世話になります?」

 

「そんなに緊張しなくても……」

 

 苦笑しながら、彼女を天幕へと招く。近くで暇そうにしていた従卒を捕まえて香草茶を注文し、折りたたみ椅子に腰を下ろした。

 

「さあ、座って座って。そう硬くならないでほしい、これから同じ釜のメシを食う仲じゃないか」

 

「で、でも、お貴族様に失礼があったら……」

 

「確かにねぇ、気に入らない平民はすぐに無礼討ちにする、なんて貴族も居ないこともないけどさあ。……そんな人間が脱衣札並べなんか、やるわけないだろ?」

 

 最後の一言は、彼女にしか聞こえないよう小さな声で囁いた。ハイエナ姉さんは顔を茹でタコのようにしつつも、「確かに」と頷く。

 

「ニンゲンってやつは、徹底的にバカになりたくなる時がたまにあるんだ。そういう時間を共有できる友人(・・)ってのは、なかなか貴重なものだろ?」

 

 そこまで言って、ふと自分が彼女の名前も知らないことに気付く。お互い半裸状態まで見ておいて、名前も聞いていないなどというのはヘンな話だが……酔っ払いにはよくあることか。「友人……」などと呟きながらぽんやりしている彼女に、名前を尋ねてみる。

 

「そういえば君、名前は? ……その前に自分が名乗らなきゃ失礼ってものか。僕はリースベン城伯アルベール・ブロンダン」

 

「ザフィーラっていいます。姓はないです」

 

「綺麗な響きの名前だな。気に入った」

 

 笑いながら握手を求めると、彼女はカチカチになりながらも応じてくれた。手袋ごしにもわかるような、硬い手だった。……しかし、ザフィーラか。この辺りじゃ聞かないような名前だな。やはり、異国の出身か。僕たちの住む中央大陸西部では、ハイエナ獣人はほとんど見ないしな。

 そこへ、従卒が香草茶を持ってくる。ザフィーラに一礼してから、カップに口を付けた。なにしろ僕は全身甲冑姿で、しかも季節は真夏である。喉が渇いていないはずがない。アツアツのお茶でいいから、のどを潤したい気分だった。

 

「あちっ!」

 

「あんまり慌てるな、お茶は逃げないぞ」

 

 どうやらザフィーラは猫舌のようだ。目尻に涙を浮かべながら真っ赤な舌を突き出す彼女に、僕は思わず苦笑してしまう。

 

「そういえば、出身はどこなんだ?」

 

「南大陸です。アタシは生まれがあんまりよろしくないもんでして……故郷に居てもロクなことがないってんで、中央大陸で一旗揚げようと思いましてね。……ああ、密航はしてませんよ? 臨時雇いの水婦に応募したんスわ」

 

「そりゃ、見上げたバイタリティだな」

 

 この世界の海運は、案外発展している。魔法で風を操る技術が確立されているからだ。とはいえ、木造帆船を用いた航海が安全なはずもない。

 

「南大陸といえば、風土や食べ物もだいぶ違うだろう? なかなか苦労したんじゃないのか」

 

「いやあ、大したことないッスね。クソみたいな環境の故郷に比べりゃここは天国ってもんです」

 

「流石だなあ」

 

 ザフィーラに強がりを言っている様子はない。随分と兵隊向きの精神構造をしているようだ。こういうバイタリティにあふれたタイプの人間は、個人的には非常に好ましく感じるね。

 

「とはいえ、リースベンは王都とはだいぶ気候が違う。体調に異変を感じたら、すぐに上の者に報告するんだ」

 

「……了解です。しかし、なんか思ってたのと違うッスね。兵隊なんか、もっとこう……一山いくらで扱われるモンかと」

 

「一山いくらの兵隊なんかいらないよ、僕は。欲しいのはスペシャリスト、プロ中のプロだ。そんな連中を、粗末に扱うはずがない。言ったろう? 世界最強の兵士にしてやると」

 

「世界最強……へへ、そりゃあいい響きッスね」

 

「まあ、その分死ぬほどキツい訓練は受けてもらうがな!」

 

「うへえ、勘弁してくださいよ」

 

「ヤだね」

 

 ゲンナリとした様子のザフィーラに、僕はくすくすと笑いながら肩をすくめた。練度が上がれば致死率も下がる。僕は部下が死ぬのが何より嫌いなんだ。鬼や悪魔と罵られようとも、訓練で手を抜くつもりなどさらさらなかった。

 


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