異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
なんだか普通に
「ううん……」
僕の胸に顔をうずめるようにして眠っているスオラハティ辺境伯が、悩ましい声をあげる。その表情は非常に安らかなものだ。どうやら昨夜の夢見は悪くなかったらしい。
それは良い。それは良いのだが、困った。なにしろ辺境伯は非常に魅力的な女性である。そんな彼女を全身で抱きしめるような姿勢になっているのだから、大変だ。具体的に言えば息子が元気になりかかっている。これだけベッタリ密着した状態でアレを固くしたら大変なことになってしまう。
「まずいなあ……」
「ん、う……ああ? どうしたの……?」
ぼそりと呟くと、その声で辺境伯が目覚めてしまった。ぼんやりとした目で僕を見ながら彼女は子供のような仕草で小首をかしげる。
「なんでもありませんよ、辺境伯様」
「カステヘルミって呼んでよぉ……」
完全に寝ぼけた様子でスオラハティ辺境伯は亜麻布の夏用掛布団を跳ね飛ばし、僕に馬乗りになってきた。その動きは緩慢で、抵抗しようと思えば容易ではあるのだが……なにしろ相手は上司である。変に反撃して怪我でもさせたら大事だ。仕方なく、僕は無抵抗主義を貫いた。あくまで仕方なくだ。「こんな美女に押し倒されるなんて役得だなあ」などという不埒な考えは全くない。
「まったく、お前は……」
馬乗りになったまま、彼女は僕の唇を奪おうとした。ソニアによく似た端正な顔が近づいてくると、否応なしに鼓動が跳ね上がる。ひゃあ、この人酔ってる時より寝ぼけている時の方がタチが悪いぞ。
「アッ!!」
しかし、唇同士が触れ合った瞬間、辺境伯が正気に戻った。僕の身体の上から飛びのき、床に落ちて尻もちを搗く。
「アイタッ!?」
「へ、辺境……じゃないや、カステヘルミ、大丈夫ですか!?」
慌てて僕もベッドから降り、彼女を助け起こす。目尻に涙をためつつ、辺境伯は「アイタタタ……」と小さな声を漏らした。
「す、すまない。どうやら昨日の酒が残っているようだ」
などと謝ってから、辺境伯はひどく慌てた様子でベッドの下やらタンスの中やらを確認し始めた。顔には冷や汗が浮かんでいる。
「な、なにをされているのですか? 突然……」
「いや、万一ソニアが潜んでいたら殺されかねないなと思って」
「そんなところにソニアが居るわけないじゃないですか……」
確かにこんな状況をソニアに見られたらヤバいが、ベッドの下やらタンスの中やらにソニアが居るはずがないだろうに。錯乱しているのだろうか、辺境伯は。……そもそも、ソニアは遠く離れたリースベンでお留守番中だし。
「いや、たまにこういうところに隠れているから怖いんだよ、我が娘は……」
どういうことだよとは思ったが、真剣そのものの表情であちこちを見分している辺境伯には文句を付けづらい。黙って見守ることにした。
「ふう、流石に杞憂か」
五分後。安堵のため息を吐きながら、辺境伯は苦い笑みを浮かべた。
「いや、しかし……本当にすまないね。さっきのことはできれば忘れ……わす……ソニアの前では都合よく忘れてほしい」
「は、はあ、わかりました」
本当に都合がいいなあ! ……いや、僕も辺境伯にキスされました、などということをソニアに知られるわけにはいかないけどさあ。
しかしこの頃、いよいよ宰相や辺境伯の愛人呼ばわりされても否定しづらい状態になってきたな。不味いと言えば不味いが、別に宰相派閥に居る限りはそんなに困らないのも事実なんだよな。
とはいえ、宰相はまだしも辺境伯の方は僕をどういう風に見ているのかちょっとよくわからない。気に入られているのは確かだろうし、意識されているような気もしているのだが……なにしろ幼馴染兼親友の母親だ。距離感が図りづらい部分がある。それに、僕は化石じみた根っからのクソ童貞だ。自意識過剰で勘違いしている可能性も捨てきれない。
「申し訳ないが、よろしく頼む。……はあ、情けない」
なんとも言えない表情で辺境伯はため息を吐き、ベッドに腰掛けた。早朝だというのに、妙に疲れたような顔をしている。
「香草茶でもお淹れしましょうか?」
「いや、結構だ」
辺境伯は首を左右に振り、自分の隣に座るように促した。拒否する理由もないので従うと、彼女は僕の肩に自分の頭を預けた。スオラハティ辺境伯は僕より十センチくらい身長が高いのでかなり不自然な姿勢になるが、彼女は気にしない。ソニアと同じ蒼く美しい長髪から、香水らしきシトラスの香りがほのかに漂ってくる。
……やっぱり、意識されてるんじゃないのか? 僕。自意識過剰かねえ……うーん、男女関係のこととなると、自分の感覚がまったく信用ならんからな。とはいえ、こんなことを他人に相談するわけにもいかないし……。
「アル、今日の君の予定は?」
「ええと……午前中にパレア大聖堂でフィオレンツァ司教と面会。午後からは王城に参内して、フランセット殿下に今回の件の最終報告……という流れですかね。夕方からは、リースベンに戻るための荷造りをするつもりです」
「せわしいな」
僕の肩に頭を乗せたまま、スオラハティ辺境伯は寂しそうな口調で呟く。
「……良ければ、今夜もうちに泊まらないか?」
「申し訳ありませんが、そういう訳には……実家で過ごせる期間も、もう長くはありませんし」
なにしろ、僕は実質的にリースベンの領主になるわけだからな。どこぞの戦地で野垂れ死にしたり、ポカをやらかして領地没収などという事にならない限りは、あの土地に骨を埋めることになる。王都で過ごせる最後の時間は、両親とともに居たいものだ。
「それもそうか。……ごめんね、無理を言って」
普段とはまったく違う口調で、辺境伯は小さく謝った。センチメンタルな気分になっているのかもしれない。
「いいえ、そんなことは」
「時間が出来たら、今度は私がリースベンに行くよ」
「そんな、滅相もない!」
なにしろ辺境伯が治めるノール辺境領はガレア王国の最北端で、我らがリースベンは最南端である。
「いいや、絶対に行く。ソニアにも会わなければならないし……」
「……承知いたしました。大した歓迎もできませんが」
「いいよ、ソニアとアルがいるなら。私はそれだけで満足だから……」
湿った声で、辺境伯は言う。……僕たちは、明日か明後日には王都を発つ予定だ。そうなればもう、彼女とはしばらく会えなくなるだろう。寂しくなるな……。