異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第177話 カタブツ子爵と恋愛相談(2)

「の、覗き魔!?」

 

 稀代の天才、ソニア・スオラハティにはまったく似合わない単語である。驚くわたしに、フィオランツァ司教は神妙な表情で頷いて見せた。

 

「そう、覗き魔。アルベールさんの私生活は、ソニアの完全な監視下にあります。着替え中も、水浴び中も……いついかなる時もね。彼女は副官という立場を利用し、己の薄汚い欲望を満たしているのです」

 

「そんな……冗談でしょう?」

 

 わたしは顔を引きつらせ、煙草の煙を肺いっぱいに吸い込んだ。煙草だけではなく、酒まで飲みたい気分になってきた。あの威風堂々としたソニア・スオラハティが、覗きなどというバカげた真似をしている? シラフで聞くにはあまりに荒唐無稽な話だ。

 

「証拠はあるのですか?」

 

「証拠、証拠ですか。ふふふ」

 

 にこにこと純真無垢なように見える笑みを浮かべつつ、フィオレンツァ司教は香草茶を一口のみ、優雅な動作でカップをソーサーに乗せる。

 

「リースベンに到着したら、まずアルベールさんの自室を検分してみてください。あの女のことですから、のぞき穴の一つや二つや三つくらいは作っているはずです。わたしがここでアレコレ言うよりは、ご自分の目で確認していただいたほうが確実でしょう」

 

「……」

 

 何も言えなくなったわたしは、無言で指に挟んだ煙草から立ち上る紫煙を目で追った。フィオレンツァ司教の口調や表情は確信に満ちており、嘘を言っている様子はない。……まさか、本当なのか?

 

「覗きだけではありません。彼女は盗撮にも手を出していますよ。彼女の趣味は、アルベールさんの卑猥な写真をコレクションすることなのです」

 

「は、破廉恥な……!」

 

 高価かつ希少な魔道具である幻像機(カメラ)をなんということに使っているのだろうか? わたしは頭が痛くなってきた。

 

「主様は、ご存じなのですか?」

 

「まさか! 彼は、ソニア・スオラハティのことを信用しきっています。彼女がそのような悪行に手を染めているなど、想像すらしていないはずです」

 

「主様本人がご存じなくとも、司教様が伝えて差し上げればよろしいのでは……?」

 

 彼女の話が本当なら、今すぐ主様にはソニアの悪行を伝えておかねば不味いだろう。油断しきった状態では、覗きも盗撮もやられ放題だ。そう思ったのだが……フィオレンツァ司教は、悲しげな表情で首を左右に振る。

 

「ほとんど家族のように思っている幼馴染から、そのような薄汚い劣情を向けられているなどと……アルベールさんにはとても言えませんよ。真実を知ってしまえば、どれほどのショックを受けることか。わたくしは、あの方の傷つく表情など見たくはないのです」

 

「……」

 

 確かにその通りである。主様がソニアに向けている信頼は、尋常なものではない。そんな彼女が裏切っていると知れば、主様は人間不信に陥ってしまうかもしれないな。

 

「そういう訳で、貴方にはソニア・スオラハティに対する防壁となって貰いたいのです。能力的に見ても性格的に見ても、それが可能な人物は貴方を置いて他に居ませんので」

 

「……わたし程度の人間が、あのソニア・スオラハティに対抗するなど……可能なのでしょうか?」

 

 むろん、フィオレンツァ司教の話がすべて真実だった場合、ソニアをなんとかしないという選択肢はない。女としても臣下としても、覗きだの盗撮だのといった行為は看過できるものではないからだ。

 しかし、相手は天賦の才(ギフテッド)という言葉が誰よりも似合う真正の怪物だ。本家から使い捨てられてしまう程度の人材でしかないわたしに、出来ることなどあるのだろうか?

 

「できますよ」

 

 しかし、フィオレンツァ司教は自信に満ちた表情でそう言い切った。

 

「あなたには、ソニアにない強みをいくつも持っている。……具体的に言えば、組織力。ソニアは確かに天才ですが、実家とは半ば絶縁状態。いくら優秀でも、個人でしかありません。それに比べて、あなたにはプレヴォ家の一族郎党がいる」

 

「は、はあ……」

 

 なんだか生臭い話になって来たぞ。

 

「ご存じの通り、ブロンダン家はあくまで小さな宮廷騎士家にすぎません。領地経営に必要な人材は、他所で募るほかない。そこで必要になってくるのが、あなた達プレヴォ家というわけです」

 

「我々も、しょせんは宮廷貴族の一家に過ぎませんが……」

 

「それでも、家としての規模や歴史はブロンダン家とは比べ物になりませんよ」

 

 フィオレンツァ司教の言葉に、わたしは頷くほかなかった。ブロンダン家については、もちろん調査している。一族と言っても、騎士位を持っている人物ですら主様とその母君であるデジレ卿の二名だけ。家臣も持たず、居るのは数名の使用人のみ。

 典型的な宮廷騎士の家庭だ。はっきり言えば、この規模の家が広さだけなら伯爵領級のリースベンを統治するのは難しい。外からの援助が必要だ。

 

「アルベールさんはもちろん、ソニアですら貴方のことは無碍(むげ)にはできません。リースベンという領地において、あなたの率いるプレヴォ家こそが最大の派閥になるのですから」

 

「な、なるほど」

 

 理屈で言えば、その通りかもしれない。が、わたしたちはあくまで新参者である。そんな我々が数を頼みに傲慢な振る舞いをすればどうなるか……少し考えればわかることだ。むろん、わたしとてわざわざ積極的に不和の種をまこうとは思っていない。郎党たちにも、綱紀粛正を厳命してある。

 

「しかし、わたしは……」

 

「ええ、貴方のおっしゃりたいことはわかります。わたくしも、別にあなたに派閥闘争を行えと言っているわけではないのですよ。あなたには、ソニアに対抗できる力がある。それをお伝えしたかっただけなのです」

 

「……」

 

 わたしは黙り込むことしかできなかった。この女は危険だ。わたしの直感がそう告げていた。今すぐ話を切り上げ、告解室からでていくべきだ。が、わたしは動けない。彼女の言葉が、まるで蜘蛛の巣のようにわたしの心を絡めとっていた。

 

「いいですか、ジルベルト・プレヴォさん。アルベールさんの近くに居る女たちのことを思いなさい。セクハラ宰相に、覗き魔副官。このような連中がアルベールさんと結婚し、あなたの主人としてふるまう……許せますか? そのようなことが」

 

「うっ……」

 

 確かに、その通りである。あの高潔でやさしい主様が、好色な女どものオモチャにされてしまう……ああ、最悪だ。絶対に許せない。今朝のことを思い出せ。辺境伯の屋敷から出てきた主様を見て、わたしはどんな感情を抱いた? あのような不快な感覚を、これからずっと味わい続けるのか? 嫌だ。絶対に嫌だ。

 

「あの女どもの手管でアルベールさんの心が堕ちてしまう前に……あなたがアルベールさんを手に入れてしまいなさい。それが彼のためにもなります」

 

「……はい」

 

 ゆっくりと頷く私を見て。フィオレンツァ司教は天使のようなほほえみを浮かべた。

 

「では、本日の本題に移りましょう。わたくしは、アルベールさんの幼馴染。その性格は、よく存じております。そんなわたくしが考案した、彼を攻略するための作戦……興味、ありますでしょう?」

 

「……あります」

 

 もはや、わたしに拒否権は無かった。


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