異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
愛するからには愛されたい。なんとも自分勝手な考え方だが、これがわたしの本音だった。主君と男女の関係になろうとするなど、臣下にあるまじき不遜ぶりである。わたしは改めて自らの浅ましさに嫌気がさした。紫煙を肺一杯に吸い込み、すっかり短くなってしまった煙草を懐から出した携帯灰皿に押し込む。
「あら、不遜だなんて」
天使のような悪魔のほほえみを浮かべたフィオレンツァ司教が、そんなことを言う。内心を見透かされているとしか思えないタイミングの発言に、わたしは肩の震えが抑えきれなかった。
「むしろ、貴方は忠義者ですよ。なにしろ、アルベールさんは自分が婚期を逃しつつあることに少々焦っておりますからね」
「そ、そうなのですか……?」
「ええ、もちろん。普通の貴族令息ならば、成人を迎える前にすでに婚約者が決まっているのが普通ですからね」
「確かに……」
とはいえ、婚期云々で言えばわたしも大概なのだが。幼年騎士団時代の同期達は皆結婚したというのに、わたしはいまだに独り身である。実家も元婚約者の家もオレアン公爵領にあるというのに、わたし一人が王都で責任ある立場になってしまったせいだ。
「まあ、そんなことはどうでもよろしい」
懐中時計をちらりと確認してから、フィオレンツァ司教は視線をわたしのほうへと戻した。相手は宗教界の重鎮だ。いろいろ予定が詰まっているのだろう。……その貴重な時間を割いてまで、この人はなぜわたしに恋愛のアドバイスなどをしようとしているのだろうか? むろん、善意という訳ではないだろう。何かしらの思惑があるはずだが……。
「肝心なのは、出来るだけ早くに想いを伝えることです。プレゼントを渡したり、デートに誘ったりして『わたしの想いに気付いて……』とアピールするようないじましい真似は時間の浪費にしかなりません」
「ええっ、つまり……その、貴方のことが好きです、などと言わなければならないということですか?」
「その通り。いえ、それですら不足です。誤解の余地を与えぬよう、しっかりと自分の想いを伝えるべきです。「わたしはあなたを男性として愛しています」くらいは言うべきですね」
「は、恥ずかしすぎる……そ、それに、突然そんなことを言われても、主様も困ってしまうでしょう。下手をすれば……いや、下手をしなくても疎まれてしまうのでは?」
少なくとも、わたしの婚約者はそういうタイプだった。興味のない女からの好意など、気持ち悪いだけ。そんな言葉を吐いていた記憶がある。
「平気です。アルベールさんはチョロいので。むしろ、好意を伝えられることでかえって相手を意識してしまうでしょう。そうなればもう、こちらの術中にはまったも同然。そういう状態に持ち込んでから、デートなりなんなりに誘ってやればあっという間にコロリ……です」
「そんな、思春期の小娘ではないのですから……」
わたしは思わず呆れてしまった。わたしは確かに娼館にすら行ったことのない処女だが、大人の恋愛がそんなに単純なものではないということは心得ている。……長い事独り身をやっていると、耳ばかり肥えていくからな。
「アルベールさんのメンタルは、それこそ思春期の小娘のようなものですよ。なにしろ、あの方は幼少期からずっと同年代の娘どもと一緒に騎士としての訓練を受けてきたわけですからね。女性の友人はたくさんいるのに、同性の友人は一人もいない。そういう方です。一般的な男性と同じような感性をしているはずがない」
「ええ……」
主様には同性の友人がいらっしゃらない……? 本当か? ……いや、本当かもしれないな。軍隊がどれだけ男性と縁のない組織なのかは、わたしもよく心得ている。その上、主様は社交界にも一切顔を出さないお方だからな。そもそも、同年代の男性と顔を合わせる機会すらないはずだ。
「その上、周りの女どもの態度もよろしくない。遠慮や傲慢から、アルベールさん本人には自分の好意を伝えていない者ばかりですからね。そのせいで、彼は自分をヘンタイにしかモテない行き遅れ男だと認識しています」
「あ、あれだけあちこちの女からコナをかけられているのに!?」
ソニアにアデライド宰相、それにスオラハティ辺境伯も。主様に好意を向けている女は多い。これはわたしの直感だが、この三人以外にも主様を好いている女は居ると思う。これでモテてないは嘘だろう。
「アルベールさんは自分に自信がありませんから。自分が微塵も男らしくないことを気にしているのです。直接的に愛を伝えられない限り、彼は確信が持てません。だから、できるだけ早くに好意を伝えるべきなのです」
「は、はあ……」
確かに、主様は一見男性らしさには欠けているように思える。身長は高いし、筋肉質。手は剣ダコでごつごつしている。容姿は整っているものの、どちらかと言えば女性的な美形と言っていい。
が、それはあくまで外見上のことだ。情けなく涙を流すわたしを、主様は優しく抱きしめてくださった。その上、家族の心配までもしてくれた。外見上はさておき、内面はひどく男性的で包容力のある性格なのである。そういうギャップが、主様最大の魅力と言っても過言ではない。
「同感ね」
「はい?」
「いえ、なんでもありません」
こほんと咳払いをして、フィオレンツァ司教はカップに残った香草茶を飲み干す。
「それから、もう一つ。跡継ぎに関する不安、これを解消して差し上げるのも重要です。プレヴォ家も格式ある家ですから、当然それなりの規模の裏族も抱えているのでしょう? 未婚の裏族女性も、一人や二人は居るのでは」
裏族というのは、亜人貴族が養っている
そこで、
ちなみに、ガレア王国は一夫二妻が基本である。亜人貴族が婿を迎えた場合、その伝統に従い身内の裏族女性とも夫を共有するのが普通だった。貴族と裏族は血のつながらない親戚といういびつな関係である。それを繋ぎ合わせるため、夫を
「ええ、もちろん」
「で、あれば何の問題もありません。ブロンダン家は
「なるほど……」
言われてみれば、その通りである。通常の亜人貴族家では、こんな問題は発生しない。なにしろ令息とはいえ養子に過ぎないわけだから、男性には家督の継承権がないのである。これは
頭の中で、プレヴォ家に属する結婚適齢期の
「あなたの子はプレヴォ家の跡取りに、そして
「承知いたしました」
わたしは素直に頷いた。思った以上に真面目なアドバイスが来たので、すこし驚いている。
「しかし、司教様。なぜわたしに、これほどの助力を?」
「簡単なことです。貴方の応援をすることが、アルベールさんの幸福につながる……そう考えているからですよ」
「あ、主様の幸福、ですか……」
なんだかふんわりした理由だな。はぐらかされているのだろうか?
「より良い人生を送るためには、相応の伴侶が必要です。その点、貴方は良い。真面目で、裏切る心配もない。血筋、格式、能力、問題なし。運命を感じざるを得ません。やはり、これは星のお導きでしょう」
「は、はあ……」
褒められている、というのはわかるが……なんだか困ってしまうな。なにしろ、競合相手が化け物ぞろいだ。そんな中で、わたしが主様の伴侶として適任だと言われても、お世辞を言われているとしか思えない。
「どうも、貴方には自信が足りないようですね。しかし、あえて言わせてもらうと……恋愛という領域では、あなたは極めて優勢なのです。ソニアやアデライド宰相よりもね」
「いくらなんでも、それは」
わたしは苦笑しながら、煙草ケースから最後の一本を引き抜いて口に咥えた。ライターで着火し、紫煙を吐き出す。自分が負け犬でしかないことなど、よくわかっている。
「いいえ、いいえ! 冷静に考えてみなさい。ソニアにしろ宰相にしろ、偉すぎる。城伯でしかないアルベールさんからすれば、本来雲の上の人間です。結婚相手としては、少々問題のある身分差でしょう。しかし、あなたは子爵……位階としては、城伯と全くの同格です。結婚するために越えねばならないハードルが、圧倒的に低い。これはアドバンテージですよ」
「……確かに」
言われてみれば、その通りである。わたしは思わず、着火したばかりの煙草をもみ消した。現実逃避をしたいような気分が、消し飛んでしまったからだ。
「アルベールさんにとって、貴方は現実的な結婚相手です。その上、リースベン内部での立場も有力と来ている。ソニアのような内部勢力からも、宰相のような外部勢力からも手を出しづらい。なにしろ、プレヴォ家の協力なしにリースベン領を運営していくのは困難ですからね」
「……」
その言葉を聞いたわたしは、黙り込む他なかった。突然、主様との結婚という未来が現実的なもののように思え始めたからだ。
「あなたの望む未来は、決して遠いものではありません。必要なのは、それをつかみ取る覚悟だけ」
「……そうですね、ええ。一度は敗者に堕ちた身ですが……この
「よろしい。粉骨砕身の努力をなさい。さすれば、極星様は絶対にあなたを見捨てはしません」
ニッコリと笑ってそう言った司教だったが、ふと顔色を青ざめさせる。
「あ、でも、暴走はしてはいけませんよ。ソニアにしろ、宰相にしろ、アルベールさんにとって必要な人材ではあるのです。彼女らを直接排除するような真似は、絶対にしないように。リースベンで内乱が発生した場合、一番迷惑を被るのはアルベールさんですからね」
そう語るフィオレンツァ司教の口調は真剣そのものだ。誰かに暴走されて、ひどい目に合った経験でもあるのだろうか?
「え、ええ。もちろん」
「水面下でのさや当て程度ならば、喜んで応援いたしますが……本格的な戦争は、絶対におこしてはなりませんよ。絶対ですよ? そんなことをしでかしたら、わたくしは躊躇なく貴方の敵に回ります。いいですね?」
「は、はい……」
迫力すら感じるフィオレンツァ司教の剣幕に、わたしは頷くほかなかった……。