異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第188話 くっころ男騎士と新兵受け入れ計画(2)

「ねぐらが決まったのは結構ですがね」

 

 兵舎の建設計画の大枠についての話し合いが終わった後、ヴァレリー隊長が煙草に火を灯しながら口を開いた。

 

「アタシらは軍隊を作ろうとしているわけだから、箱だけ準備すりゃいいってわけでもないでしょう。武器も必要ですし、装具もいろいろと入り用だ。それだけじゃあありません。編成や訓練に関しても、しっかり考えとかにゃあなりません。……ま、この程度のことは、アル殿ならば言う必要もない事でしょうが」

 

 煙を吐き出しながらそんなことを言うヴァレリー隊長に、僕は頷いて見せた。もちろん、それらの準備についても計画を立ててある。……ちらりとジルベルトの方を見ると、自分も煙草を吸いたそうな顔をしていた。薄く笑いかけて頷いてから、僕は視線をヴァレリー隊長に戻した。

 

「いや、口に出して確認することは非常に重要だ。僕一人が頭の中でこねくり回した計画じゃ、あちこちボロがあるだろうしね。違和感や矛盾を感じたら、どんどん指摘してほしい」

 

 そう前置きしてから、僕は香草茶を一口飲んだ。ジルベルトがオイルライターの蓋を開くパチンという音が聞こえ、室内に漂う煙草の匂いが濃くなった。

……ああ、僕も吸いたいなあ。この世界、妙に男性喫煙者に当たりが強いんだよな。婚活市場ではすでに不良債権になりつつある自身の身の上を考えれば、これ以上女性から嫌われそうな要素を増やすわけにもいかない。我慢、我慢だ。前世じゃ一日二十か三十本は吸ってたのにな。転生してずーっと禁煙に成功してるのは、我ながら偉いと思う。

 

「これは編成にも関係する話だが、僕はリースベン軍の歩兵は基本的にライフル兵で構成するべきだと考えている」

 

「……そりゃすごい」

 

 ポーカーフェイスで、ロスヴィータ氏が呟いた。しかし、内心は穏やかではあるまい。彼女が率いるディーゼル伯爵軍の進撃を阻んだのは、僅か三十数名の鉄砲隊だった。

 戦場さえしっかりと設定すれば、それだけの火力で数百名の敵軍を足止めできるのがライフルという兵器である。そんな危険な代物を、僕たちは大量配備しようとしているのである。

 

「全員がライフル兵というのは、流石に近接戦では不安を覚えずにはいられませんがね。まあ、銃剣があればある程度カバーできるんでしょうが」

 

「銃剣というと、あの鉄砲の先端に取り付ける短剣か」

 

 紫煙をくゆらせながら、ジルベルトが聞く。そう言えば、彼女の指揮していたライフル兵隊は銃剣を装備していたのだろうか? 突撃が発起するまえに、迫撃砲の集中砲火で殲滅しちゃったからな。その辺り、よくわからない。

 

「その通りです、子爵殿。アタシも初めて見たときは驚きましたがね、ありゃ素晴らしい発明ですよ。白兵能力の低さが、鉄砲兵の泣き所でしたから……小銃を短槍として使えるんなら、運用の柔軟性はグンとあがります」

 

「なるほど。噂を聞いて、わたしの部隊でも一応導入していたんだがな。日の目を見る前に……その、なんだ。戦いが終わってしまったから、実戦でどの程度役立つものなのかわからなかった。しかしどうやら、なかなかに有用な兵器のようだな」

 

 あ、やっぱり配備してたのね、銃剣。第三連隊が装備していたライフルは、どうやら僕らが使っている工房の製品をデッドコピーした代物らしいからな。着券装置も、そのまま踏襲したのだろう。

 

「もちろん、ヴァレリー隊長の言うように白兵能力の低下は懸念すべき点だ。特に、リースベンは森ばかりの土地だからな。ここで戦う限り、白兵を避けるのはムリだ」

 

 まあ所詮は装填に時間のかかる先込め式の銃器だ。たとえ全く障害物のないまっさらな平原でも、やっぱり白兵戦は起きるだろうがね。それに、この世界にはライフル弾にも耐えうる強固な甲冑もあるわけだし……。

 

「これに関しては、白兵戦に特化した兵科を十分に用意することで対処する。……とはいえ、それよりなにより根本的な問題がある。歩兵全員に配備できるほど数のライフルは、すぐには用意できないということだ」

 

「ああ、まあ……そりゃそうっすね」

 

 苦笑いをしながら、ヴァレリー隊長が灰皿に煙草を押し付ける。鉄砲は比較的安価な武器だ。クロスボウなどと比べれば機構的にもシンプルで、大量生産はしやすい。

 前世の中近世では火薬の調達に難儀していたようだが、これもこの世界では容易に解決可能だ。なんといっても現世には魔法がある。特に錬金術という技術体系は極めて有用だ。人間や家畜のし尿から魔法でアンモニアだけを抽出し、それをオストワルト法で硝酸へ変換する。そういう方式で、火薬は安価に大量生産できる。魔法と近代化学のハイブリットだ。

 

「中央大陸屈指の大都会である王都パレア市とはいえ、鉄砲鍛冶の数は限られてるからな。ノール辺境領の鉄砲鍛冶にまで声をかけて、ライフルの大量発注を行ったが……それでも、用意できたのはせいぜい歩兵の半分程度の数だ」

 

「残りの半分は、しばらく別の武器を持たせておくしかないということですね」

 

 ソニアが僕の言葉を補足した。こればっかりは、仕方がないのである。この世界においては、長い間鉄砲は二流三流の武器とされていた。当然、その生産を生業とする人間は少ない。

 もちろん、僕としても積極的な投資を行い、鉄砲鍛冶の養成には力を入れている。リースベンにも王都の工房から親方を招き、工房を開設してもらう手はずになっていた。しかし、それらの措置が実を結ぶには、まだしばらくの時間がかかるだろう。

 

「なるほどなあ」

 

 懐から出した新しい煙草を手の中で弄びつつ、ヴァレリー隊長が唸った。

 

「歩兵の大半をライフル兵に置き換えるという目標を目指しつつ、実運用に支障をきたさないように編成するとなると……短槍兵にするしかないでしょうな。幸いにも、銃剣と短槍の操法はそれなりに共通したものが使えますし」

 

「いいアイデアだ。……短槍も発注しなくちゃいけないな。はあ、また金と手間がかかるぞ」

 

 僕はため息をついたが、内心はワクワクしていた。遠足の前準備をしている時のような、稚気じみた気分が胸の中に湧いている。まったく、我ながら救いがたい趣味をしているな。

 

「訓練の手順や内容についての策定は、わたしにお任せを。銃が届き次第、ライフル兵に兵科を切り替えられるような柔軟性の高い構成をめざせばよいわけですね?」

 

「ああ、その通りだ。頼りにしてるぞ、ソニア」

 

 この手のことは、ソニアに任せておけば間違いはない。まったく頼りになる副官だと感心しながら、僕は頷いた……。


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