異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第189話 くっころ男騎士と蛮族対策

 僕たちがリースベンに帰還してから、二か月が経過した。季節はすでに秋……と言いたいところだが、リースベンは相変わらず暑い。夏が去る気配はまだまだ無かった。

 

「こんな個人用塹壕(タコツボ)じゃあ手榴弾一発も防げんぞ! 堀り直し!」

 

 教導役の騎士に罵声を浴びせかけられた新兵たちが、不承不承と言った態度で穴掘りを再開する。ここはカルレラ市郊外の軍駐屯地……の隣にある演習場だ。一か月ほど前に到着した兵士たちは、ここで厳しい訓練を受けていた。

 

「まだまだ実戦に出せるような有様ではありませんね」

 

 僕の隣で訓練を眺めていたソニアが、ため息交じりにボヤく。

 

「基礎的な教練だけでも、履修完了には一〇週間かかるんだ。僅か三週間の訓練では、こんなもんだろう」

 

 苦笑しながら香草茶を口に含むと、遠くからドカンという派手な爆発音が聞こえてきた。演習場内に意図的に残した森から、大量の鳥がバタバタと飛び立つ。

 これは、砲兵隊の射撃訓練だ。近代的な軍隊は歩兵だけでは成り立たない。砲兵、そして騎兵を組み合わせた諸兵科連合(コンバインドアームズ)を編成することで、より高い戦闘力を発揮することができる。もちろん、僕としてもリースベン軍に砲兵隊・騎兵隊を創設しないという選択肢はなかった。

 

「砲兵の錬成はうまく行っているんだろうか」

 

「ええ、順調ですよ。なにしろ、砲兵のほとんどが王軍から引き抜いてきた者たちですからね。まったくズブの素人とは訳が違います」

 

「心強いことだ」

 

 比較的早期に戦力化できる歩兵と違い、騎兵や砲兵と言った専門職を一人前に育て上げるには、かなりの時間と費用がかかる。しかし、リースベンの防衛力増強は急務だ。訓練が終わるまでノンビリと待っているわけにはいかない。

 こういう時は、すでに仕上がった人材をよそから引き抜いてくるに限る。砲兵は宰相に頼んで王軍から回してもらった者たちだし、騎兵も同じようにスオラハティ辺境伯に紹介してもらった連中だ。持つべきものはコネである。

 

「そんな軟弱ぶりで男を満足させられるとでも思ってんのかユル〇ンども! そんな体たらくじゃ蛮族どもに男を取られちまうぞ!!」

 

 演習場のあちこちからは、騎士や下士官たちががなり立てる罵声が聞こえてくる。ああ、僕もああやってシゴかれてた時期があったなあ。懐かしくなって、思わず笑みが漏れる。むろん当時はただただ辛いだけだったが、のど元過ぎればなんとやら。今となっては輝かしき記憶の一部だ。

 

「騎兵と砲兵はいいとしても、歩兵があの状態ではね。正直、不安を感じずにはいられません。特に今時期は、蛮族どもが活発化しがちですし」

 

 難しい表情で、ソニアが唸った。僕は軍用の折りたたみいすに体重を預けながら、少し考えこむ。彼女の言うように、夏から秋にかけての時期は蛮族の活動が活発になる。麦の収穫時期が終わり、穀物庫がいっぱいになっているからだ。

 そしてリースベンは辺境の開拓地、蛮族の脅威度は中央の比ではない。当然、ある程度の対策は実施済みだ。即応部隊を編成し、各地の農村に分散配置して警戒に当たらせている。この部隊はほとんどが第三連隊出身の古兵で構成されており、僕たちの前でヒィヒィ言っている訓練部隊と違ってすぐにでも実戦に投入できるだけの練度がある。

 

「例年なら、それこそシラミ潰しのような有様になっているはずなんだよな、この季節は……」

 

 僕は視線を空に向けながら、記憶を手繰り寄せる。農民や自警団員たちの証言によれば、晩夏から初秋にかけては毎週のように蛮族の小集団が農村や街道を襲い、食料や男たちを奪っていくそうだ。

 

「で、当の蛮族どもの動きはどうなってるんだ? 哨戒は念入りに行うよう、即応部隊には命じてあったが」

 

「相変わらず、ですね。動きらしい動きは、まったくありません。斥候や、野営の痕跡すら確認できていないのですから……はっきりいって、異常事態です」

 

 ……だが、今のところ僕の耳にはそのような報告は上がってきていない。このカルレラ市はもちろん、周辺の農村もいたって平和だった。なにしろ、今月に入ってから一回も襲撃は起きていないのである。家畜の一匹、男児の一人たりとも奪われていない。こんな年は初めてだと、農民たちも首をかしげていた。

 

「お兄様を恐れてるんじゃないの、蛮族連中も」

 

 などというのは、汗まみれで荒い息を吐くカリーナだった。彼女の隣には、これまた疲労困憊状態のロッテが倒れている。二人には、ほんの先ほどまで格闘訓練をやらせていた。今は休憩中だ。

 

「だったらいいがね、相手はあのエルフだぞ? 何か企んでると考えるのが自然だ」

 

 僕は顔をしかめながら言い返した。リースベンでは、蛮族と言えばエルフらしい。他の種族も居はするものの、もっぱら襲撃を仕掛けてくるのはエルフ部族の戦士たちだった。

 森の妖精的なイメージのあるエルフだが、この世界では蛇蝎のように嫌われている。連中は極めて寿命が長く、さらには魔力の素養を持ったものも多い。しかし気質は極端に閉鎖的で、文明社会と関わろうとしない。その癖、男や食料を求めてちょくちょく攻撃を仕掛けてくる。つまり、老練で魔法が得意な蛮族だ。こんなに恐ろしいものはなかなかない。

 

「リースベンは、大半が未探索地域。大まかな地図さえも作成されていないような場所だ。エルフどもが裏でどんなことをやっていても、こちらからは確かめるすべがないのだ」

 

 ソニアが僕の言葉を引き継いだ。これまで盛んに挑発行動をとっていた勢力が、突然大人しくなる……軍人としては、相手が戦争準備をしているのではないかと疑わざるを得ない状況だ。地球の現代国家なら、衛星写真でその手の行動は丸わかりなんだが……この世界ではそうもいかない。敵が未開の森の中に潜んでいるのならなおさらだ。

 

「あまり無茶はしたくないが、新兵どもの戦力化を急いだほうがよさそうだな。いつ大規模な攻勢があってもいいように、しっかり準備をしておくべきだ」

 

 例年通りなら、回数こそ多いがあくまで小規模襲撃が中心なので即応部隊だけで対処ができるはずだった。だが、エルフたちが戦争を目論んでいるなら話は別だ。急いで本格的な迎撃態勢を整えておく必要がある。むろん杞憂の可能性も十分にあるが、軍人である以上は常に最悪の事態に備えておくべきだろう。

 まったく、今年はひどい厄年だ。リースベン戦争が終わり、王都内乱が終わり、やっと平和が来るかと思えば今度は蛮族と来たか。本当に勘弁してほしいね。


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